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「うん、やっぱり美味い。やはり肉は活力が湧くな。これでリタリアまでの無事は保証されたようなもんだな」
「ははは、そうですか」
そう言いながら、俺は狼煙亭のジューシーな肉料理を次々と平らげていった。出会った店を片っ端から寄りまくり、持ち帰りができる料理を頼んでは収納袋へと納めていく。だが、一件だけ持ち帰りができず、食い納めのために店内に入り、注文した肉をカウンターで味わっていた。狼煙亭オーナーシェフのガロは、オープンキッチンから俺の食べっぷりと独り言に笑いながら、他の客の肉を焼き始める。
「しかし、リタリアですか」
「ええ、あの国に興味がありまして。もちろん他にも興味がある国は多くありますけどね。次はスペン王国やインディー共和連邦、それに東国にも足を伸ばすつもりです」
「いや~さすがは冒険者ですね」
「各国で旅の商人に狼煙亭の宣伝をしておきますよ」
「はっはっはっ、そういった方々が来たらサービスさせていただきますね」
しかし、ここの料理を超える肉料理に出会えるだろうか……
晩餐が終わる頃を見計らい、ジロール男爵邸を訪ねる。すぐにいつもの部屋に案内されると、料理長が来てくれた。
「今日は別れの挨拶に来ました。リタリアに向かおうと思います。色々ありがとうございました」
「そ、そうか……寂しくなるな……」
「もし、向こうで珍しい食材などあれば手紙でお知らせしますよ」
「ああ……できればバンが持ってきてくれると皆喜ぶんだが、さすがにそれは我が儘が過ぎるな」
「そのうち、お土産の食材を持ってまたふらっと戻ってきますよ。その時には訪ねても?」
「水臭い、まずはここに寄ってくれ。その時までまだまだ私も現役で頑張らねばな」
料理長は損得抜きで悲しんでくれているのが分かり、不謹慎ながらも嬉しかった。この人とは色々と食の縁が多かったな。
「では、これで失礼します」
「ああ、ちゃんと帰ってこい」
◆
数日後、俺は旅立ちの最終準備を整えた。マダム特製のおにぎりを収納袋に詰め込む。カンタロウさんの屋台計画は順調に進んでいるようで、試作の焼きおにぎりも少しばかり分けてもらった。香ばしい醤油の匂いが食欲をそそる。
そして出発の日冒険者ギルドに立ち寄り、簡単な挨拶を済ませた。
「バン、気をつけていってこいよ」
バルドはいつも通り腕を組み、不器用な表情で俺を見送ってくれた。その隣では、女性職員たちが小さな声で「バン様、お気をつけて!」「早く戻ってきてくださいね!」と囁いている。ラピスラズベリーのお礼だろうか、温かい視線を感じた。
そして、ギルドの門を出て王都の東門へと向かう。門番にギルドの身分証を提示し、いつものように外に出た。
「気を付けてな」
門番の言葉に俺は軽く頷き、いよいよリタリア共和国へと続く道を歩み始めた。
道はなだらかな坂道を上り、王都の街並みが徐々に遠ざかっていく。
春の柔らかな日差しが、旅立つ俺の背中を優しく照らしている。足元には、道端に咲く名も知らぬ小さな花々。
胸の中には、未知の国への期待と、少しばかりの不安が入り混じっていた。
リタリア共和国
どんな風景が広がり、どんな人々が暮らしているのだろうか。そして、どんな新しい食の出会いが待っているのだろう。
「よし、出発だ!」
俺は大きく息を吸い込み、気合を入れるように呟いた。
王都フランシアの喧騒が遠ざかるにつれ、俺の心は高鳴っていく。これまでの経験が、新たな旅への自信を与えてくれる。食を求める冒険者として、まだ見ぬ味、まだ見ぬ食材との出会いを求めて、俺の旅は続いていく。
夕方に農村にたどり着いた。
「どちら様で?」
「旅の冒険者です。この村に宿屋はありますか?なければ納屋でも良いので一晩お借りできれば……」
「そういうことなら村長に聞いてみるとええ」
入口の見張りに尋ねると、村長宅を教えてくれ尋ねると、快く中へと招き入れてくれ泊めてもらえることになった。
「リタリアへですか!?それは随分と遠いですな」
「流石に道中全てが徒歩ではありまけんよ。途中のリヨン辺りで、乗り合い馬車に乗ろうかと」
リヨン
フラン王国南西部にある流通の拠点となっている商業都市だ。二つの川を渡り、三つの山を越えればたどり着く予定ではあるが、一ヶ月はかかるだろう。
「別に急ぐ旅でもないので秋の終わりまでにたどり着ければ」
「自由を謳歌してあるようで何よりですじゃ。流石、冒険者じゃな」
「おまたせしました、出来上がりましたよ」
「あ、運ぶの手伝います」
「あら、うれしいわ。うちの人は何を言っても席から動かないんでね……」
「………………」
余計な事をしたのだろうか。少し気まずい空気が流れる。
「しかし、美味そうなポトフですね」
「中身は全部自家製だよ」
「そうなんですか!?」
鍋の中には、キャベツ、じゃがいも、にんじん、ブロッコリー、玉ねぎが、大きくゴロゴロとスープに沈み、巨大なソーセージが鎮座し、その存在感をあらわにしている。
皿に盛られると湯気と共に煮込まれた野菜からでた出汁の良い香りが漂い、渡されるとズッシリと重く何とも食べ応えの有りそうだ。
「全部がお勧めだが、ばあさんの作った腸詰が絶品じゃぞ」
「あら、ひさしぶりに褒められたわ」
村長は熱々のポトフを食べる前から、顔に熱がこもっていた。




