9ー5
王都フランシアに到着すると、俺たちは休む間もなく冒険者ギルドへと向かった。
「皆、戻ったぞ」
バルドが意気揚々とギルドの扉を開けると、そこには先日にも増して多くの女性職員たちが集まっていた。彼女たちは業務の手を止め、その視線は俺たちに釘付けだ。
「お疲れ様!早かったね。どれ、見せてごらん?」
「お、おう。バン、頼む」
バルドを一回り小さくしたような女性が俺たちに声をかけてきた。するとバルドは戸惑うように答え、俺に話を振ってきた。
「あんたがバンかい?」
俺は収納袋からラピスラズベリーをどさっと取り出した。山と積まれた宝石のような果実に、女性職員たちから一斉に感嘆の声が上がる。
(おい、お前の奥さんだろ?やりとりはお前が主体でやってくれ!)
すると、バルドだけではなく皆が拝むように謝っていた。
(((すまん、頼む)))
「はぁ~~~」
「何ため息ついてるんだい?さっさと出すもんだしな!」
「あ、ああ……結構取れたぞ」
依頼をこなし納品しにきただけなのに、なぜかカツアゲされているような感覚になる。しかし多少ムカつくも、俺の感が逆らってはいけない人物だと警報を鳴り響かせていた。
「大量だね!?あんた達、良くやったよ」
「「「きゃーーーー」」」
俺は収納袋からラピスラズベリーをどさっと取り出すと、山と積まれた宝石のような果実に、女性職員たちから一斉に感嘆の声が上がった。
「バン様、すごい!こんなにたくさん!」
「これで、憧れのラピス化粧品が手に入るのね!」
興奮した女性職員たちが慌ただしくラピスラズベリーの計量を始めた。
「みんな落ち着きな!まずは王城へ納品する分を先に分けな!その後の半分を五人で割って山分けして、残りはギルドが買い取って店に納品するよ」
「「「はい、ギルダ姉さん!」」」
ギルダの指示は手際が良く、女性職員たちもキビキビと動き出した。計量と分別が滞りなく進み、王城へ納品する分、俺たち五人の分、そしてギルドが正式に買い取り店へと卸される分が分けられた。
(いやいや、おかしくないか?う~ん、言い出せる雰囲気ではないな……)
「これだけあれば王宮にも顔が立つし、私たち女性職員の福利厚生にも大いに貢献できるさね、あんた、良くやったよ」
ギルダが満足げにバルドの肩を叩いた。
「ま、まあな!」
ギルダに褒められ満更でもないバルド。色々と言ってはいたが、結局惚れている弱みってやつだろう。
指名依頼を果たせて料理長への恩も返せて、不義理にならずにすんだ。パーティーの皆も、ラピスラズベリーを手に入れ、尚且つギルドが買い取ってくれたことでかなりの臨時報酬が手に入り喜んでいる。それぞれの家族が来ているらしく、笑顔で語り合っていた。
俺は皆の会話から一人距離を置き、王城への納品をギルドに任せ、直接ラピスラズベリーと金を受け取った。そしてジロール男爵邸を訪ねた。
門番が俺を見た途端、すぐにいつもの部屋に案内される。するとドタドタと廊下を走る音が聞こえてきて、扉がバタンと大きな音を立てて開かれた。
「バン、無理を言ってすまなかった。で、手に入ったのか?」
挨拶や謝罪もそこそこに、料理長が期待の眼差しで尋ねてきた。
「料理長、これで貸し借り無しにしてください。とりあえず指名依頼は無事達成し、ギルドが今頃王城へ納品に走ってますよ」
「そうかそうか。ところで……」
その物欲しそうな顔はやめて欲しいが、物が物だけに仕方がないのだろう。ここが交渉処だ。
「調理してくれるなら、俺の分を少しお分けしますが?」
「頼む。しかし、なにを作ろうか……」
「先ずは味見で一粒どうぞ」
「おお、ひさしぶりに見たぞ。ラピスラズベリー!では早速………はぁ、やはりベリーの女王と呼ばれるだけはある味わいだ」
ラピスラズベリーを食べ幸せそうな笑顔の後、呆けていたがすぐに我に返った料理長。しかし味の余韻に浸っているのが分かる。ここだ!
「悩まれるならリクエストしても?」
「ふむ、それも面白い。バン、何が食べたい?」
よし、作戦成功だ。俺は味見した時から食べたい料理が浮かんでいたんだ。
「ゴールデンミルクはありますか?」
「ああ、定期的に仕入れてるぞ」
「なら、チーズケーキが食べたいですね。しかもフレッシュなレアチーズケーキを」
「なるほどな……あのミルクならラピスラズベリーの味に負けない。よし、明日の昼すぎに訪ねてこい。用意してやろう」
「あの、出来れば採取のメンバーにも渡したいので5ホールお願いできませんか?勿論ラピスラズベリーを多めにお渡ししますので」
「わかった、わかった。5ホール用意しといてやろう」
「ありがとうございます」
翌日、春分祭前夜祭の準備で賑わう街をすり抜け、ジロール男爵邸を訪れた。
「バン、凄いものが出来上がったぞ!昨夜の晩餐後に出したら御当主様も感激しておられた」
「それほどですか!」
「ああ、私も久しぶりの会心の出来だと自負している。先ずは一切れ食べていってくれ」
そう言われ出された皿の上には、綺麗に飾り切りされたラピスラズベリーが乗っている青紫、白、茶色と三層のグラデーションに分かれたカットケーキが出された。既に芳醇なラピスラズベリーの香りが漂ってくる。
「いただきます」
目に鮮やかな色彩に、俺は思わず息を呑んだ。芳醇なラピスラズベリーの香りが、俺の胃袋を刺激する。一切れをフォークで切り取り、口に運ぶ。
冷たいレアチーズケーキの滑らかな舌触り、そしてその後に広がるラピスラズベリーの爽やかな酸味と甘み。濃厚なゴールデンミルクの風味が、それら全てを包み込み、絶妙なハーモニーを奏でる。まさに宝石のような味わいだ。一口食べるごとに、口の中に幸せが広がっていく。
「……うまい!」
俺は感動に打ち震え、思わず声が出た。料理長は、俺の反応を見て満足げに頷いている。
「だろう?ラピスラズベリーの風味を最大限に活かすために、フレッシュだけではなく他のチーズの種類や配分を何度か試行錯誤したんだ。ゴールデンミルクのコクが、よりいっそうラピスラズベリーの華やかさを引き立てているだろう?」
料理長の言葉に、俺はただ頷くことしかできなかった。流石料理長だ。
「これなら、皆の家族も喜んでくれる、いや、感動すると思いますよ」
俺は残りをあっという間に平らげてしまった。
「そうか、そうか。では、この5ホールだ」
料理長は、美しく包装された5つのホールケーキを俺に手渡してくれた。そのずっしりとした重みが、喜びとなって俺の手に伝わってくる。
「本当にありがとうございました」
俺は深々と頭を下げ、ジロール男爵邸を後にした。
街に出ると、春分祭前夜祭の準備でさらに賑わいが増していた。色とりどりの提灯が飾られ、屋台からは美味しそうな匂いが漂ってくる。そんな誘惑に負けず先ずは冒険者ギルドを目指さなければ。
ギルドの扉を開け、俺は真っ先にギルダの元へと向かった。他の職員に気づかれないよう、少し身をかがめて、カウンター越しにギルダに話しかける。
「ギルダさん、少しよろしいでしょうか?」
ギルダは俺の様子を見て、すぐに何かを察したように頷いた。
「どうしたんだい、バン。何か急ぎの用かい?」
「これ、俺の依頼主の料理長が作ってくれたラピスラズベリーのレアチーズケーキです。パーティーメンバーに渡したいんですが、それぞれの家に届けるのは大変で。ギルダさんから、こっそり彼らに渡していただけませんか?」
俺は小声で頼み、持っていた五つのホールケーキの箱のうち四つを、カウンターの下からそっと差し出した。ギルダは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに俺の意図を理解したようだった。
「なるほどね。あんたも粋なことをするじゃないか。分かったよ、任せておきな。誰にも気づかれずに、責任を持って届けておいてやるよ」
ギルダはニヤリと笑い、受け取ったケーキの箱を巧みに自分の収納袋へと隠す。その手際の良さに、俺は安心感を覚えた。
「ありがとうございます。助かります」
俺はそう言ってギルドを後にした。他の女性職員たちが俺に気づき、「バン様、この間はありがとうございました!」などと声をかけてくるが、俺は軽く会釈を返すに留め、足早にギルドを後にした。
日が暮れる頃、俺は自分の部屋へと戻った。残ったケーキは一ホール。それをゆっくりと味わいながら、俺は今日一日の出来事を振り返った。
指名依頼を達成し、料理長への恩を返すことができた。ギルダに託したから、無事パーティーメンバーにも届けられるだろう。
一人でいることが多い俺にとって、誰かの喜ぶ顔を想像できるのは何よりも嬉しいことだ。
それに今回の報酬で散財した分の金も貯まった。名残惜しいが祭りが終わったら、北風商店に寄った後、いよいよリタリア共和国に向かうとするか。




