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俺は料理長に熱弁した。レッドダックのフライドチキンの衝撃的な美味しさや、代官による横暴なレシピ強奪の試みを知ってる限りで一部始終を話した。
料理長は俺が語る間、真剣な表情で腕を組み時折頷きながら耳を傾けていた。特にレッドダックのフライドチキンの味を語る段になると、彼の目には食に対する情熱の炎が目に宿るのが見て取れた。
「――と、いうわけで、自分が焚きつけておいてなんですが、今頃は冒険者たちが牽制のため店に駆けつけているはずです。でも向こうの出方によっては事態がより荒れる可能性もあります。しかし相手は代官…… そこで、料理長のお力添えをいただけないかと思いまして……」
俺がそう締めくくると料理長は大きく息を吐き、テーブルに置いた東酒の瓶を手に取った。
「なるほどな……代官がその店のレシピを? しかも、店を潰すなどと脅したと?」
料理長の口調は静かだったが、その声には怒りの色が滲んでいた。東酒の瓶を握る手に、微かに力がこもっているのが見て取れる。いや、早く飲みたいだけかも……
「ええ、その通りです。あの店の味は失わせてはならないと、私を始め冒険者達は強く思っています」
俺の言葉に料理長は深く頷いた。
「ふむ、『フライ亭』か……以前からその名は耳にしていたが、まさかそこまでの名店とは知らなかった。それに、揚げ物をそこまで昇華させるとは並々ならぬ技量を持った店主と見た。その上レシピを欲しがるほどの味、か……」
料理長はしばし沈黙し顎に手を当てて考え込んだ。その表情は真剣そのもので、俺は彼の決断を固唾を飲んで待つ。
「わかった、君の頼みだ。それに看過できない問題だ。代官が街の食文化を脅かすなど断じて許されることではない。すぐに男爵様にご報告し事態を収拾するようお願いしてみる」
料理長の言葉に、俺は安堵のため息をついた。彼の言葉は俺が求めていた「切り札」だった。
「本当にありがとうございます、料理長!」
俺は座ったまま深々と頭を下げた。
「いや、礼には及ばん。むしろ素晴らしい店の存在を教えてくれたことに感謝する。私も最近忙しく街の料理研究が疎かになっていたようだ。バン君は一旦『フライ亭』に戻り、冒険者たちと協力して事態が悪化しないよう努めてくれ。私が着けば代官もそれ以上は手出しできまい」
料理長はそう言うと素早く立ち上がった。彼の表情には、食の守護者としての強い使命感が宿っていた。
「やかりました! では、すぐに戻ります!」
俺は料理長に改めて感謝を告げ、ジロール男爵邸を飛び出した。料理長の介入があればどうにかなるはずだ。あとは冒険者たちが代官たちと大きな騒ぎを起こさないよう、俺が何とかするしかない。
『フライ亭』に引き返すと、すでに店の前には冒険者たちが集まっていた。彼らの顔には今にも殴りかかりそうなほどの怒りが漲っている。店の中からは、代官と店主の怒鳴り声がさらに大きくなっていた。
「おい、遅かったじゃねえか! 中はもう一触即発だぜ!」
一人の冒険者が、焦ったように声をかけてきた。
「代官より偉い人に話は通した! もうすぐ使者が来るはずだ! それまでは穏便に時間を稼ぐんだ!」
俺は冒険者たちにそう告げ、店の扉を勢いよく開けた。しかし店の中は修羅場と化していた。代官の手下たちが店主を取り囲み、今にも掴みかかろうとしている。しかし、店主は微動だにせず、油断なく彼らを見据えていた。
「おい、離れろ」
「なんだ。てめぇは?」
「それ以上、店主に近寄るな」
俺は手下と店主の間に無理やり身体を割り込ませる。その行動に頭にきたのか、突っかかってくる手下。しかし挑発には乗らずひたすら耐える。
「貴様は誰だ? 代官であるこの私に逆らうつもりか!」
既に取り繕った言葉遣いは鳴りを潜め、代官が怒鳴りつけてくるが、俺は無視し聞く無言を貫いた。
「おい、邪魔者を外へ連れ出せ」
「へい、ちょっと面貸せよ」
「さっさと動け」
両腕を捕まれ外に連れ出そうされるも、身体強化を発動し店主の盾として踏ん張り続ける。
「くっ、全然引くともしねえ」
「くそ重てえな」
すると、店の外から一際大きな声が響いた。
「邪魔するぞ、ここが噂に聞いた「フライ亭」か」
店の入り口には料理長と、知らない壮年のイケメン男性が立っていた。




