7ー5
ようやく俺達が風呂に入れることになった。農場主が沸かし直してくれた湯は、泥で冷え切った体を芯から温め、今日の泥まみれの激闘で凝り固まった筋肉をゆっくりと解きほぐしてくれる。
他の男達も、普段はぶっきらぼうな奴でさえ、湯船に浸かりながら「はぁ~」と、まるで別人のような間の抜けた声を漏らしていた。
風呂上がりには、旅の用意にと準備していた予備の服に着替えさせてもらった。こういった時に本当に収納袋を買って良かったと思う。
広間に集まると、すでにいくつかの簡単な食事が並べられていた。焼かれた硬いパン、それにいくつかの保存食。今日の疲労と空腹には十分すぎるほどのご馳走だ。しかし、俺の視線は、厨房から漂ってくる甘く香ばしい芳醇な香りに釘付けだ。
その香りの元である大きな鍋を抱えて農場主が広間へ入ってきた。ずしりと重そうな鍋の中には、淡い緑のクリーム色をしたポタージュが満ちている。芳醇な香りが一層強くなり、空腹の腹の虫が騒ぎ出す。皆、固唾を飲んで大鍋を見つめている。
「さあ、皆さん。これが越冬アースポワローを使ったポタージュです」
にこやかに言い、用意された素朴な木製のボウルに、順番になみなみとポタージュを注いでくれた。
白い湯気がふわりと立ち上り、甘く春の息吹を感じさせるような、複雑で豊かな香りが鼻腔をくすぐる。見た目は滑らかでクリーミーで、表面には微かに光沢があり、その温かさがボウルを持つ手を通して伝わってきた。
ゴクリ
俺の喉が勝手に鳴く。視線をボウルの中のポタージュへ落とす。
この中に泥濘の中で必死に追いかけた、越冬アースポワローの全てが詰まっているのか。冬の間に土中で蓄えられた養分、雪解け水を吸い上げた瑞々しさ、そして春の訪れと共に目覚めた生命力。それが、この淡いクリーム色の液体に凝縮されている。
熱さを冷ますのももどかしく、匙を手に取り、一口すくう。湯気と共に立ち上る香りが、期待を一層煽る。ゆっくりと、口へと運んだ。
その瞬間、全身に電流が走ったかのようだった。舌に触れたのは、とろりとしていながらも決して重すぎない。驚くほど滑らかな口当たりの後に押し寄せてきたのは、圧倒的な旨味だった。
土のミネラル分と、越冬によって凝縮された旨みが溶け合った、深く複雑で優しい甘み。
まるで、大地そのものを啜っているかのようであり、生まれたての春の光を飲んでいるかのようでもある。
甘さの中に、アースポワロー特有の微かなネギの風味がある。しかしそれは、生や加熱が不十分な時の刺激的なものではなく、じっくりと煮込まれることで引き出された甘みと見事に調和した奥深いコクとなっていた。舌の上でとろけ喉を滑り落ちていく度に、その風味が脳天を駆け巡り体の芯まで染み渡っていく。
泥まみれになり、足を取られ、奴らの俊足に翻弄された今日の苦労が、この一口で全て報われた気がした。体の中に温かいものが流れ込み、疲労していた筋肉が喜びの声を上げているようだ。冷え切っていた手足の先まで、じんわりと血が巡っていくのを感じる。まるで、春の恵みがそのまま体内に流れ込んできたかのようだった。
このポタージュはただのスープではない。この大地が冬を乗り越え新しい命を育む力を蓄えた証であり、それを我々が今受け取っているのだ。不思議と一口飲むごとに、全身に力が満ちてくるような感覚に襲われる。
隣では、普段は無口な戦士が「う、うめぇ…」と、子供のように呟きながらボウルを傾けている。土魔法使いの青年は、目を閉じてその味を噛み締めているようだし、弓使いの女性も、頬を赤らめながら「こんなに甘いなんて…」と感嘆の声を漏らしていた。皆、同じように、この越冬アースポワローのポタージュが持つ圧倒的な「力」に打ちのめされているのがわかる。
ボウルを両手で包み込み、温かさを感じながら、ゆっくりと、慈しむように飲み進める。最後の一滴まで名残惜しく、ボウルに残ったポタージュをレンゲで綺麗にすくい取った。
「農場主さん…これは…これは本当に…」
言葉にならない感動で、俺は農場主に視線を向けた。農場主は、俺たちの反応を見て満足そうに微笑んでいる。
「美味いでしょう? この時期のアースポワローは格別ですかかね。皆さんの頑張りのおかげです。こうして私もご相伴に授かれました」
農場主の言葉に今日の頑張りが報われる。ポタージュを飲み終えた体は、泥濘での激闘による疲労をすっかり忘れ、内側から熱く燃えているようだった。春の力が、全身を駆け巡っている。
よし。これで明日の狩りも全力で臨める。今日培った連携とこの体に満ちた力があれば、きっと目標を達成できるだろう。
春の夜はまだ冷えるが、このアースポワローのポタージュがくれた温かさと力強さが、俺たちの体を内側からしっかりと支えてくれた。
明日の更なるアースポワローとの戦いに英気を養いながら、俺は他の冒険者たちと談笑を始めた。




