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異世界おっさん一人飯  作者: S・B
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1話 ホーンラビットの煮込み


 この大陸は実に広大だ。北には凍てつく極寒の地が広がり、南には灼熱の砂漠が果てしなく続く。もちろん、四季折々の美しい景色を見せる地域もある。


 そして現在、俺がいるのは大陸の南西に位置する西方連合。その連合に加盟するフラン王国の王都フレンシスだ。

 治安は良好で、物の価格も安定している。人種差別も他の国々より少なく、様々な種族が街の通りを闊歩している。

 ここで言う人種とは、肌の色のことではない。ヒューマンはもちろん、エルフ、ドワーフ、獣人、有翼人、そして魔人まで、実に多様な種族が共存しているのだ。

 

 多様な種族がいれば、多様な文化が育まれる。文化同士が交われば、さらに新しい文化が生まれる。政治や経済、宗教や芸術には特に興味はないが、食文化となると話は別だ。

 美味ければそれで良いとするヒューマン、魚菜食文化が根強いエルフ、高度な酒造技術を持ち酒に情熱を注ぐドワーフ、肉食を好む獣人もいれば草食を主とする獣人もいる。空を飛ぶ生き物を食することを禁忌とする有翼人や、魔力の濃い食材にこそ価値を見出す魔人。

 様々な食文化が交わり、新たな料理が誕生する。中には首を傾げるようなものもあるが、俺にとってはそれも楽しみの一つだ。


 フラン王国には四季があり、つい先日まで夏だったはずだが、今日はひどく肌寒い。こんな日は、体の芯から温まるものが恋しくなる。しかし、同時にガッツリとしたものが食べたい気分だ。となると、煮込み料理、鍋料理、あるいは具沢山のスープといったところだろうか。


 街の通りをぶらつきながら、今日入る新たな店を探していると、ふと、たまらなく美味そうな匂いが鼻腔をくすぐった。匂いを辿っていくと、路地裏にひっそりと佇む一軒の酒場の前に辿り着く。

 なかなか年季の入った店構えだ。店名が書かれた看板はなく、「開店」と書かれた札がドアノブに掛けられているだけ。しかし、中からはなんとも食欲をそそる匂いが漂ってくる。店の前まで来ると、その匂いはさらに強烈になり、俺の胃袋は、早く食わせろとばかりに、盛大な音を立て催促してくる。

 さて、どうしたものか……


 立ち止まって思案していると、ちょうど店から二人組の男が出てきた。服装からして職人だろうか。


「ごちそうさん。いやあ、やっぱりここの煮込みは美味いなぁ〜 」

「ああ、少し値は張るが、ボリュームもあるし本当に美味いよな。メニューがあれしかないから、注文して出てくるまでも早いし、直ぐに食えるのもありがたいぜ」


 二人の会話が耳に入ってきた。メニューが一品だけ、か。それは店主の自信と強いこだわりを示すものではないだろうか!値が張ると言っていたが、どうするか、ボリュームはあるらしいから、腹一杯にはなれそうだが……

 この匂いに導かれたのも何かの縁だ。今日は、貯蓄が少し減っても仕方ない。俺は意を決して、店のドアノブに手をかけた。

 

「いらっしゃいませ、何名様で?」


 店の中に入ると、ふくよかな年配の女性が、忙しそうに料理をしながら明るく挨拶してくれた。


「一人です」

「なら、カウンターでよろしいですか?」

「はい」


 オープンキッチンの中から案内され、目の前のカウンター席に腰を下ろす。仕切越しに中をみると魔導コンロが二台あり、そのうち一つには、かなり大きな寸胴鍋が置かれ、湯気を上げながらグツグツと音を立てていた。

 俺をここまで誘い込んだ罪な匂いの元は、これに違いない!


「お飲み物は?」

「エールはありますか?」

「ええ、ございますよ。そんなことをお尋ねになるなんて、お客さん、うちの店は初めて?」

「はい、この匂いに誘われて」

「あら、嬉しいことを言ってくれますね!」

「ははは……」


 女将は俺と話しながらも、手際よく次々と小ぶりな鍋料理を仕上げていく。無駄のない動きはまさに職人技だ、と感心して見ていると、


「前から失礼しますね、エールです」

「ありがとうございます」


 カウンター越しに、縁まで並々と注がれたエールがジョッキで提供された。

 まずは喉を潤そう。冷えていない分、エールの風味がより強く感じられるな。


「ゴクゴクゴク、ぷっふぁぁぁ〜〜〜」

「いい飲みっぷりですね。今日も一日お疲れ様でした。うちは料理のメニューが一品しかないんですけど、それでもよろしいですか?」


「えっと……どんな料理なんですか?」

「ホーンラビットのエール煮込みです。丸ごと一羽を小さな鍋で提供していていまして。パンもつくから、お腹いっぱいになれますよ」

「じゃあ、それで」

「はい、承知いたしました」


 おお!これは当たりかもしれない。望んでいた体の芯から温まりそうな料理だ。あの大きな寸胴から取り出されていた肉は、ホーンラビットだったのか……

 先ほど聞こえた話と見た目から、煮込み料理とは解っていたが、ホーンラビットとは。オークやコッコーを勝手に予想していた。良い意味で裏切られたな。


 ホーンラビット。

 森や草原に生息する、額から角が生えたウサギの魔物だ。しかし、前世のウサギと比較すると、少し大きい。全長一メートルほどだろうか。皮を剥ぐとわかるが、体積の半分は毛皮だ。

 商人の間では、その毛皮がこれからの季節、そこそこの高値で取引される。特に、色むらや傷のないものは貴重で高額で買い取ってもらえる。角も、槍や鏃といった武器の素材として人気が高い。

 しかし、捕れる肉の量は少なく骨が多くて食べづらく、味は美味いものの人気はあまりない。味は鶏系の魔物に近く、胸肉やささみに近いような感じだ。それが女将の腕によって、どんな美味い煮込み料理に変身したのか、楽しみでならない。


 濃厚で複雑な匂い。素人の俺がわかることといえば、野菜をじっくり炒めた甘い香りと、トマトのような酸味の聞いた独特の香り。あとは、ニンニクだろうか。香辛料も使っているみたいだが複雑すぎて、ただただ食欲をそそるとしか説明できない。一人ソワソワして待っていると、


「お待たせしました。かなり熱いので、火傷には気をつけてくださいね」

「確かにこれは随分と熱そうだ!」


 熱々に熱せられた鍋が、カタカタと蓋を鳴らし目の前に置かれた。そして、大きめに切り出されたパンが数枚、別の皿に盛られて、後から鍋の隣に添えられた。


「いただきます」

「骨はパンのお皿に置いてくださいね」


 待ちに待った実食だ。店内ではそれほど待ったわけではないが、依頼からの帰り道で、既に腹ペコだ。しかし、携帯食を我慢し水を飲んで誤魔化し凌いだ。

 空腹こそ最大の調味料とは、誰かが言っていたが、まさにその通りだと俺も思う。


 冒険者ギルドで報酬を受け取り、あの食欲をそそる匂いを辿り、ようやく巡り会えたホーンラビットの煮込み。

 提供された鍋の蓋を開けると、ぶつ切りにされたホーンラビットが一羽分、丸ごと入っていた。所々骨が見えるほど煮崩れていて、柔らかく煮込まれているのが見てわかる。ソースは赤茶色で、細かく刻まれた野菜が、かろうじて形を保っていた。


 まずは、一番大きな塊から頂くとしよう。やはり柔らかい、いや、溶ける。これはフォークよりもスプーンの方が食べやすそうだ。丁寧に骨を外すと、どの部位なのかわかった。この塊は、上半身だな。あばら骨が、ほろほろと取れていく。ほぐした肉をスプーンと一緒に掬い口へと運ぶ。


 (なんだこれは!美味っ!!めちゃくちゃ美味いぞ!!!)


 その美味さに思わず目を閉じ天を仰いで心の中で叫んでしまった。

 思っていたより肉自体の味が濃く、ソースの濃厚さに負けていない。ホーンラビットとソースの対決は、見事な引き分けだ。なんてバランスの取れた味わいなんだ。


 口の中に広がるホーンラビットの滋味と、香味野菜の甘み、そしてトマトの酸味が絶妙に絡み合い、舌の上で一つの壮大なオーケストラを奏でているようだ。濃厚でありながらも後味はすっきりとしていて、次の一口をすぐに欲してしまう。煮込まれた肉は信じられないほど柔らかく、スプーンで軽く押すだけで繊維がほぐれていく。骨の周りの髄までしっかりと煮込まれていて、その旨味がソースに溶け出しているのだろう。

 パンをちぎり、ソースをたっぷりとつけてほぐした肉を乗せ口に運ぶ。肉の旨味が染み込んだソースは、それだけでも立派な一品料理だ。香ばしいパンとの相性も抜群で、ついつい食べる手が早くなり止まらななくなる。

 夢中で平らげ、ジョッキに残ったエールをゆっくりと味わう。温かい煮込み料理と、喉を潤すエールの組み合わせは、まさに至福のひとときだ。体の内側からじんわりと温まっていくのを感じる。


「ふぅ〜〜 いやあ、本当に美味しかったです。ごちそうさま」


 食べ終えた鍋をカウンター越しに女将に差し出しながら、心からの感謝を伝えた。


「お気に召しましたか?それは良かった」


 女将はにこやかに微笑んだ。その顔には、自分の料理が客に喜ばれたことへの満足感が滲み出ている。


「ええ、本当に。あのホーンラビットが、こんなに美味しくなるなんて驚きです」

「ふふ、うちは創業以来、この煮込み一本でやってまして。秘伝のレシピなんですよ」


 女将はそう言って、少し誇らしげに胸を張った。既に他の客はほとんど帰っていたので、色々と訪ねてみることにした。


「もし差し支えなければ、少しお話を伺っても?」

「あら、珍しいお客さんね。うちは常連さんばかりだから、そんなこと聞かれるのは初めてだわ」

 

 そう言いながらも、女将は嫌な顔一つせずに、カウンターの端に肘をつき、興味深そうに俺を見つめた。

 

「実は俺、食べ歩きをするのが生きがいなんですけど。街に来てからも、色々と美味しい料理がないかと探していたんですよ」

「なるほどね。それで、うちの匂いに釣られて来てくれたってわけですか」

「はい。あの匂いは、本当に強烈でした」

「ふふふ、うちの自慢の料理の香りですからね」


 女将は楽しそうに笑った。口調も少し砕けている、


「この煮込みに使われているホーンラビットは、どちらで獲れたものなんですか?」

「ああ、これは街の近くの森で獲れたものですよ。毛皮を剥ぎ終わって直ぐの新鮮なものを使うのが一番美味しいから」

「なるほど。やはり、素材の良さも美味しさの秘訣なんだな」

「もちろんそうよ。それに、仕込みにも手間暇かけてますからね。そして長時間じっくりと煮込んでますから」


 女将の言葉には、料理に対する愛情と自分の仕事への自信が感じられた。


「あの、もしよろしければ、このお店の名前を教えていただけますか?看板が出ていなかったので」

「えっと……うちは特に名前はないんですよ。『路地裏の煮込み屋』って、みんな呼んでるみたいですけど」

「『路地裏の煮込み屋』ですか。素敵な名前ですね」


 看板がない店、メニューが一品だけ。それでも客が途絶えないのは、この煮込み料理の圧倒的な美味しさゆえだろう。そして、女将の人柄も、この店の魅力の一つに違いない。


「もしよかったら、この街で他に美味しいお店を知りませんか?」

「そうねえ……お客さんの好みにもよるけどね。あっさりしたものが好きかい?それとも、もっとパンチのあるものが好き?」

「どちらも興味があります。せっかくこの街にいる間は、色々な味を試してみたいんです」


 俺の言葉に、女将は少し考えてから、いくつかのお店の名前を挙げ始めた。魚介料理が自慢の店、地元産の野菜をふんだんに使った食堂、そして、少し変わった魔獣肉を出す店など、実に様々だ。

 

「ありがとう。参考にさせてもらいます」

「どういたしまして。またうちにも顔を出してくださいな」

「はい、もちろんです」


 女将との会話は、思いがけず有益なものになった。この街には、まだまだ俺の知らない美味しいものがたくさん眠っているようだ。


 店を出て、日が沈み切った街を歩き始める。先ほどの煮込み料理のおかげで、体の芯から温まり、冷たい風も心地よい。女将に教えてもらったお店をいくつか頭に思い浮かべながら、明日はどこか行ってみようと考えていたが、宿に入り横になると幸せな気分で直ぐに眠りに落ちた。


 数日後、また店を訪ねると残念ながら看板が閉店となっていて、店前で女将が少し困ったような表情をして立っている。


「どうかしましたか?」

「あら、また来てくれたのね。実は最近、ホーンラビットの仕入れが難しくなってきてまして。冒険者達は平原は勿論、森でもまったく見かけなくなったって」


 女将の言葉に、俺は少しの不安を覚えた。ホーンラビットは、この店の看板料理であり、俺にとっても忘れられない味だ。何よりまた味わいたい。


「何か俺にできることはありますか?」

「そうねえ……もしよかったら、ホーンラビッドを数羽取ってきてもらえませんか?もちろん、無理はしてほしくないんですけど」

「わかりました、俺が探してきますよ」


 女将の頼みに、俺は二つ返事で了承した。冒険者として、魔物の討伐は日常業務の一つだ。それに、この店の味を守るためなら、喜んで協力したいと思った。

 

 翌朝、俺は一人森へと向かった。しかし森の中では、なかなか魔物の気配を感じない。

 (おかしい…以前来た時の雰囲気じゃない…)

 慎重に周囲を警戒しながら、さらに奥へと進んでいくと、開けた場所に出た。そこで俺は、信じられない光景を目にした。

 十数匹のゴブリンが、何かに怯えるように一箇所に集まっているのだ。そしてゴブリン共の視線には、巨大な影があった。

 それは、巨大な鬼のような魔物オーガだった。鋭い牙をむき出し強烈な気配をまき散らしている。

(あのオーガが原因か……?)

 その巨大なオーガの存在感は圧倒的で、下級の魔物たちが恐れるのも無理はない。しかし、なぜこんな場所に、これほど強い魔物が現れたのだろうか。

 俺は冒険者ギルドに、このことを伝える必要があると考え、 急ぎに森を後にした。


 街に戻り冒険者ギルドで森で見た光景を伝えると、受付嬢の顔が青ざめた。


「そんな大きな魔物が……森の生態系が変わってしまったのかもしれないですね……」


 受付嬢の言葉には、深い憂慮の色が滲んでいる。その顔は、事態の深刻さを物語っていた。彼女はすぐに奥へと駆け込み、しばらくして、屈強な体格の壮年の男と共に戻ってきた。その男とはギルドマスターのバルドだった。

 

「詳しく話を聞かせてもらえるか?」

 

 バルドの声は低く顔の表情は厳しく威圧感があった。俺は森で見た巨大なオーガの姿、そして下級魔物と出くわさず、ゴブリン共が異常なほど怯えていた様子を、できる限り詳細に伝えた。


「そのような魔物が、王都近郊の森に現れるなど前代未聞だ」

「ああ」


 バルドの言葉に頷く俺。

 

「何としても、この事態を早急に解決せねばならんな」


 バルドはすぐにギルド職員たちに指示を出し始めた。緊急の調査隊が組織され、俺もその一員として加わることになった。仕方ない。街の平和と、美味い煮込み料理のためだ。


 翌朝早く、俺たちは武装を固めて森へと出発した。調査隊は、熟練の冒険者たちを中心に構成されており、ギルドマスターのバルドがリーダーだ。それぞれが長年の経験と確かな実力を持っている。

 森の中は、昨日感じた不気味な静けさがさらに増していた。鳥の鳴き声一つせず、風の音だけが木々を揺らしている。

 俺たちは慎重に足を進め、巨大オーガがいた開けた場所へと向かった。そこには、昨日いたであろうゴブリン達が食い散らかされた痕跡と、巨大オーガがいた。

 しかし、昨日の姿とは明らかに異なっていた。魔物の体は黒い瘴気に包まれ、目は赤く光り、周囲の空気をねじ曲げるほどの強大な魔力を放っていた。


「あれは、ただの魔物ではない……特殊個体だ!」

 

 一人のベテラン冒険者が、 低い声で叫んだ。


 特殊個体

通常の魔物が何らかの原因でより強力な個体となった魔物のことだ。魔力や環境、感情や食事など、特殊個体となる条件に一貫性はないらしい。ただ、通常の魔物のおよそ三倍ほど能力が高い上に凶暴性が異常に高くなるらしい。

 

 その言葉を聞きバルドは直ぐに皆に指示を出した。


「各員、戦闘準備!あの魔物をここで仕留めなければ、王都が危険に晒される!」


 俺達は素早く陣形を組んだ。魔法使いは詠唱を始め、戦士は剣を抜き、弓使いは弓に矢をつがえる。俺もまた、背中の大剣を抜き、臨戦態勢に入った。


 すると巨大オーガは、威嚇するように咆哮を上げた。その声は森全体に響き渡り、地を震わせるほどだった。そして次の瞬間、オーガは俺達に向かって突進してきた。

 その巨体が生み出す圧力は凄まじく、まるで巨大な岩の塊が迫ってくるようだ。悲鳴を上げながら吹き飛ばされていく前衛の面々。

 

「各個撃破するぞ!連携を乱すな!」


 バルドの号令の下、俺たちは一斉に攻撃を開始した。魔法使いの放つ炎の球が命中し、弓使いの矢が皮膚を掠める。戦士たちは魔物の足元に斬りかかり、動きを封じようとする。

 俺もまた、魔物の巨体に体制を低くし掛けより膝を狙って大剣を打ち込む。しかし、オーガの皮膚は想像以上に硬く、剣はわずかに皮膚を傷をつけるのがやっとだった。オーガは怒り狂い、巨大な腕を振り回してきた。その一撃は、 木々を簡単に薙ぎ倒すほどの威力を持つ。

 辛うじてそれを回避し、俺はオーガの背後へと回り込んだ。こいつの動きは鈍重だが、その一撃の重さは致命的だ。油断すれば、一瞬で骨も砕かれてしまうだろう。

 激しい攻防が続く中、オーガの瘴気はますます濃くなっていった。力も増しているように感じる。このままでは、俺たちの方が先に力尽きてしまうかもしれない……

そんな不安な考えが浮かんでしまったが、一人のベテラン冒険者が叫んだ。

 

「オーガの角を狙え!あれが瘴気の源だ!」


 魔物の頭部に生えた巨大な角。確かに、そこから濃い瘴気が立ち上っている。しかし、オーガの巨体を前に、どうやってあの角に近づけばいいのか。

 俺は四属性の魔法を連続して角めがけて放放つ。


「炎弾、水刃、風刃、土弾」

 

 動きを鈍らせることは出来たが、決定的なダメージを与えるには至らない。

 その隙に、身軽な獣人の冒険者が魔物の背によじ登り、短剣で角を攻撃しようとした。しかしオーガは、激しく体を揺さぶり、獣人の冒険者は振り落とされ、地面に叩きつけられる。

 絶望的な状況の中、俺は最後の手段に出ることにした。前世の知識を応用し、魔法を組み合わせる。大剣を地面に突き刺し右手に火魔法、左手に風魔法を同時に操り、一点に集中させ高熱の竜巻を生み出す。

 

「喰らえ!炎巻」


 俺は渾身の魔力を込めて放つと、その高熱の竜巻はオーガの頭へと纏わりつく。


「グォォォ」


 顔を焼き焦がしダメージを与え視界を奪い、周りの酸素を燃やし呼吸を阻害する。

 すると角が高熱により色が熱した金属のように赤くなった。


「任せろ!氷弾」


 俺の魔法が途切れた瞬間、ベテランの魔法使いが水属性の上位である氷の攻撃魔法を赤くなった角に向かって放った。


パリーーン

 

 ガラスが割れるような音と共に、オーガの角が砕け散った。同時に、体に纏っていた黒い瘴気が霧散していく。するとオーガの動きは急激に鈍くなり、その巨体が地面に崩れ落ちた。


「とどめだぁーー」


 巨大な戦斧を握り、倒れたオーガに走り込むバルド。渾身の一撃を放つとオーガの首が胴から切り飛ばされた。


「「「うおーーーー」」」


 その瞬間、皆で歓喜の叫びを上げた。

  

 激戦の末、俺達は特殊個体を討伐することに成功した。辺りには疲労困憊した冒険者たちの荒い息遣いだけが残った。死者が出なかったのは奇跡だろう。

 戦いが終わり疲労困憊した身体を引きずって皆で街へと帰る。

 ギルドでは、俺達の勝利に歓声が上がり、皆が満面の笑みで迎えてくれた。

 

「よくやった!諸君らの勇敢な戦いぶりは、長く語り継がれるだろう!」


 そうバルドが声を大にして俺達に叫ぶと、歓声はより大きくなった。そして俺に近づき肩を寄せると、


「特にバン、お前の魔法は見事だった。あんな難易度が高い魔法を使うとは驚嘆に値する。どうだ?ランクアップ試験を受けないか?」

 

 俺は申し訳なさそうに頭を掻きながら答えた。


「ああ、あれは……少しばかり工夫を凝らしただけだ。俺はこのまま、縛られること無くのんびりと、冒険者を続けていきたい」

「そうか……残念だが仕方ない。気が向いたらいつでも言ってくれ」


 今回の事件で、俺の冒険者としての評価は大きく上がったみたいだが、これまでどおり慎重に生きていきたい。今の生活で十分満足しているのだから。


 翌日、俺は再び「路地裏の煮込み屋」を訪れた。店の前には、いつもの「開店」の札がかかっており、中からはあの食欲をそそる匂いが漂ってきていた。店に入ると、女将は 満面の笑顔で迎えてくれた。


「あら、いらっしゃい。噂は聞いたよ。原因だった森の魔物を退治してくれたんだって?本当にありがとうね」

 

 女将の言葉には、心からの感謝が込められていた。


「いえ、あれはギルドの皆と協力してのことです。それに、ここの煮込みが食べられなくなるのは困りますから」


 俺の言葉に、女将は嬉しそうに目を細めた。


「おかげで、また美味しいホーンラビットの煮込みが作れるよ。今日は特別に、大盛りにしてあげるからね」


 女将の言葉に、俺の顔も綻ぶ。やはり、この街には、この味はなくてはならない。そして、この味を守るために、俺にできることがあるなら、これからも喜んで協力したいと思った。


 今回の事件を通して、俺はただの冒険者から、この街の人々にとって、少しばかり頼りになる存在へと変わったのかもしれない。それは、前世では決して味わうことのできなかった、誰かの役に立てるという、嬉しい感情だった。

 これからも美味しいものを探求しながら、困っている人を出来うる範囲で助ける。それが、この世界での俺の生きる道なのだろうか。


「おまち、沢山食べとくれ」


 そんな事を考えていると、大盛り熱々のホーンラビッドの煮込みがドンッと目の前に置かれた。中には二羽分の肉が、これでもかと入っている。


「いただきます」


 俺は必死になって全部食い切った。

 


 

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― 新着の感想 ―
異世界の風景と食の魅力が丁寧に描かれていて、読んでいるだけで心もお腹もあたたかくなりました。女将さんとのやりとりも素敵で、料理に込めた愛情が伝わってきます。優しい味と人のつながりが、こんなにも心を癒し…
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