表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/20

第八章『怪物』

「あなたたちが来るなんて珍しいですね」

 いつもの椅子に座り、何もなかったかのように笑顔で話す女王に、双子は心配の目を向けていた。

「そんな呑気なこと言ってないで、何があったか話してよ」

「絶対何かあっただろ」

 詰め寄る双子に女王は戸惑い、少し考える。何も把握できていない状態で、今の妖精界の現状について話してもいいのだろうか、不安を煽るだけなのではないか、そんな考えが頭をよぎる。

「私にも詳しいことはまだわからないのです」

 女王は言葉を濁した。大切な妖精界の住民に、大切な息子たちに、確証のないことはまだ話せない。

「そっか……」

「まあ、話したくないならいいけど」

 双子はわかりやすく落ち込んでいる。女王はそれを見て少し心が痛んだ。

「それで、今日は何しに城へ?」

 城には滅多に客が来ない。そして双子が帰ってくることはもっと珍しいことなのだ。この前の再会がおよそ二年ぶりだったため、一日後にまた帰ってきたことが女王は不思議でならなかった。

「特に理由はない。会いたくなっただけ」

 ぶっきらぼうに言うトトだが、その顔は赤面している。

「本当に変わらないですね、トトは」

 そう言ってトトの頭を撫でる女王に、ララが言った。

「お母様、たまには僕たちを頼ってよね。お母様の息子ではあるけど、もう子供じゃないんだよ」

 女王は少し困った顔をした後、またいつもの笑顔で答える。

「わかっていますよ。十分、あなたたちを頼りにしていますから」

「それなら、いいんだけど……」

 不安そうなララを女王は優しく抱きしめた。双子にもう恥ずかしさの感情はなく、自然と笑顔になっていた。

「そろそろアカデミーが終わる時間だ!」

 掛け時計を見てトトが叫んだ。

「日菜ちゃんを迎えに行かなくちゃ!」

 トトにつられてララも慌てて叫ぶ。

「落ち着いて。今から出れば間に合います。さあ、行ってあげてください」

 そんな双子をなだめ、女王は城の扉まで見送った。

 女王はまた一人、部屋に戻って紅茶を嗜みながら本を読む、静かな時間が流れ出した。


「もー! 遅いよー!」

 校門でずっと待っていた日菜が、全速力で飛ぶ双子に叫んだ。

「はあ、はあ、ご、ごめんな」

「ちょっと、急用が……ね」

 双子の息切れは激しく、しばらく息を整える。日菜は腕組みをして、どん、と構えている。

「迎えに来るって言うから待ってたのに、全然来ないんだもん。心配するじゃんか」

「まさか一時間早く終わってるとは思わねえって」

 アカデミーは今朝の事件を受けて、授業を一時間短縮していた。その連絡を聞く前に、双子はアカデミーを後にしてしまったのだ。

「まあまあ、ゆっくり帰ろうよ」

 ララは呑気に帰り道を指差した。

 三人はいつも通り手を繋ぎ、のんびりと歩いて帰る。フェアリーランドを出て、人間界に帰るための入り口へと向かっていた。

 その道中、広い草原に怪しげな影がいくつも集まっていた。それを見て三人は足を止める。

「なんだあれ」

「なんかいっぱいいる」

 双子が必死に目を凝らすが、それが何なのか遠すぎてわからない。ただ、日菜だけははっきりとその姿が見えていた。

「カメ……」

「「え?」」

 日菜の言葉に双子の驚きがシンクロした。その視力の良さにも驚きだが、それ以前になぜカメがこんなところにいるのか。

「待て、あいつら近づいてきてないか?」

「え、なんで?」

 徐々に群れとの距離が縮まっていく。もちろん三人は一歩も動いていない。双子が戸惑っている間にどんどん近づいてくる。

 後方にはフェアリーランドがある。この群れは絶対に国に入れてはいけないと、双子の妖精の本能が言っている。どうするべきか、悩んでいるうちに勢いよく群れが押し寄せ、三人はあっという間に囲まれてしまった。

「どどどどうしよう!」

 わかりやすく慌てるララと、突然のことすぎて固まる日菜。カメたちは三人に襲いかかろうとしていた。もう時間がない、トトはその場しのぎの策を思いつく。

「今から俺の言う通りに動くんだ。手は繋いでるよな?」

 ララと日菜は無言で頷いた。

「俺が『飛べ!』って言ったら真上に飛ぶ、いいな?」

「ちょっと待って、日菜ちゃんは」

「俺たちで日菜ちゃんを持ち上げて飛び続けるんだよ、前やったみたいにな。日菜ちゃんは少しでいいから羽を動かしてくれると助かる」

「わ、わかった」

 躊躇している時間はない。ついにカメたちが三人に襲いかかってきた。

「飛べ!」

 トトの合図で三人同時に真上へと飛んだ。日菜は必死で羽を動かす。両端の双子は、カメたちが追いかけて来ないことを確認し、息を合わせて人間界への入り口へと飛び込んだ。

 勢いよく木の幹から飛び出した三人は、それぞれ地面に転がり落ちる。

「ふう、なんとか戻って来れたあ」

 仰向けで大の字になって安堵する日菜。かなりギリギリの状態で飛んでいた双子は、溶けたように汗だくで倒れていた。

「もう、何なんだよあいつら……」

「ざっと三十体はいたよね……」

 今まで見たこともない怪物に、双子の脳内は処理が追いついていなかった。あの存在は確実に生態系を破壊しかねない、危険な生物だということだけはわかる。

「二人とも大丈夫?」

 特に体力が減ってない日菜が双子に声をかける。

「全然、大丈夫、だ……」

「うそつき、兄ちゃん、顔、死んでる……」

「お、お前だって、顔死んでる、だ、ろ……」

 体力ゼロの状態でもけんかできるのはもはや才能だろう。日菜は大丈夫ではないと判断し、双子を木陰に移動させ、近くの泉まで水を汲みに行った。

「これ、お水だよ。私が飛べないから、ごめんね」

 双子はコップに注がれた水を一気に飲み干し、一息つく。

「気にすることねえって。元人間、しかも学校通いたてで出来たら苦労しねえよ」

 生き返ったトトが日菜を責めることはなく、ララもその言葉に頷いていた。

「それよりあの怪物、あのままだと国を荒らすぞ」

「さすがにもうあの場所から離れてるよね、もう一回行く?」

 双子は初めて妖精界に危険が迫っていることを察した。三人を襲った数だけでなく、もっと多くの軍勢を連れて国に入ってしまうかもしれない。

「俺たちだけで行く。日菜ちゃんは先に帰っててくれ」

「え、やだよ、私も行く!」

 日菜は助けてもらった分、何か役に立ちたいという思いで駄々をこねる。

「危険だし、今日だけだから、ね?」

 そんな日菜をララがなだめるが、日菜は一向に引こうとしない。

「やだ、絶対に行くの!」

「いい加減にしろ!」

 トトが日菜に怒鳴るのはこれが初めてだった。怯んだ日菜の目からは涙が溢れている。

「飛べない、魔法も使えないやつに何ができるんだ。また襲われてもお前を助けてやる余裕なんてないかもしれないんだぞ」

 辛辣な言葉が日菜の心に突き刺さる。当然、何も言い返せない。

「俺たちは最強じゃないし、妖精が何でもできるわけじゃない。元人間のお前が今やるべきことは、おとなしく家に帰ることだ」

 ここまで言うトトは珍しかった。別に邪魔だから来るなと言っているわけではない。心配しすぎるゆえに、厳しく言ってしまうのだ。

「兄ちゃん、言い過ぎ」

 ララの注意も虚しく、重苦しい空気が流れる。日菜は無言で泣いているだけだった。

「行くぞ」

「う、うん」

 双子は日菜を置いて行ってしまった。日菜は一人、泣きながら妖精界への入り口を見つめるのであった。


 妖精界、フェアリーランド入り口。

「別に様子を見に行くだけなんだし、連れてきてもよかったんじゃない?」

「うるせえ、これでいいんだよ」

 トトは後で日菜に謝ろうと思っていた。ララは日菜を思ってしたことなら、特に何も言うつもりはなかった。

 国の中は変わらず、平和そのものだった。城に向かい、女王にさっき起こったことを報告する。

「そうでしたか。もうそんなところまで来ているのですね」

 女王は深刻な表情で頭を抱えた。

「やっぱり知ってたんだな」

「はい。ですが、今の時点でわかっているのは姿だけです。他の情報が全くつかめてないので、下手に言うわけにもいかなかったのですよ」

 女王はトトに対して丁寧に頭を下げた。トトは女王の他人行儀な態度が気に食わない。国のことになるといつもそうなるのが、昔から嫌だった。

「もっと頼れよ。俺たちは息子なんだから」

「そう、ですね」

 女王の表情が少し暗くなった。トトは不思議に思ったが、気にせず話を変えた。

「とりあえず、あいつらが何者なのか突き止めないとな」

「解析をお願いしているのですが、写真だけではなかなか……」

 その時、城の外で大きな音が鳴り響いた。

「今のなんだ?」

「僕、様子を見てくる」

 ララが率先して行動する。大きな音は二回、三回と続いていく。

 国の中央広場に到着したララは、街の変わり果てた姿に唖然としていた。

「この数分で一体何が……」

 周りの家や店にはすでに誰もおらず、中央広場のシンボルの噴水は壊され、タイルが敷き詰められた地面は水浸しになっていた。

「助けて!」

 悲鳴が聞こえた先で、少女が例の怪物に襲われていた。

「ど、どうしよう! えっとえっと、おりゃああああああ!」

 ララは助けたいという気持ちがあっても、好戦的ではないため戦いは苦手だ。魔法も武力もトトとほとんど違いはないが、気持ちでいつも負けている。

 そんなララが、勇気を出して怪物に立ち向かう。

 大きく振りかぶった拳で怪物を殴り飛ばし、怯えている少女に声をかけた。

「もう大丈夫だよ。早くお逃げ」

「あ、ありがとう」

 小さくお礼を言って走り去った少女に軽く手を振り、ララは再び辺りを見回した。

「うわ、うじゃうじゃいる。あの時より増えてるよ……」

 ふと一体の怪物と目が合う。

「え?」

 けけけ、と笑う怪物は容赦なくララに襲いかかった。

「もうやだあ!」

 怪物は意外と硬いらしく、殴った後の拳がじんじんと痛み、少し出血していた。こうなると使えるのは魔法だけ。

「止まれええええ!」

 ララはぱんっと手を叩き、地面に手をついた。

 地面の中からタイルを突き抜け、木の根が怪物たちに巻きついていく。

 個人魔法『草』を持つララが使える範囲魔法の一つ。地面に魔力を流し込み、ララを中心に木の根を伸ばして相手に絡ませる。

「はあ、これで少しは、止められた、かな」

 力を使い果たし、ララはへなへなと座り込む。さすがに国全部には届いていないだろう。

 目の前の怪物が必死に抜け出そうとしているが、魔法で形成されたものは魔法でしか壊せないため、素手で抜け出すことは不可能だ。

「しばらく動けないや」

 ララは静かに目を瞑った。


 一方、城で待機していた女王とトトは、戻ってこないララを心配して外に出ていた。

「こりゃ、戦ってんな」

「とても一人では無理です、助けに行きましょう。」

 そう言った矢先、ララの魔法にかからなかった怪物たちが一斉に押し寄せてきていた。

「ちっ、本当に鬱陶しい奴らだな」

「私が抑えます、トトはララを探しに行ってください」

 男として、息子として、トトはその言葉を受け入れられなかった。

「そんなことできるわけ……」

「女王からの命令です。行きなさい」

 トトは仕方なく『命令』として言う事を聞くことにした。

「わかった。どうかご無事で……お母様」

 トトは怪物たちの上を超スピードで通り過ぎていった。

 女王はトトの姿が見えなくなると同時に大きな杖を構え、魔力を込める。

「泡と共に弾けなさい」

 杖から大きな泡が次々と出始め、怪物たちを一体ずつ閉じ込めていく。そして杖で地面を軽く叩き、魔法転換する。

「遠くまで飛ばしてあげましょう」

 魔法が切り替わり、強い風が吹く。泡に入った怪物たちはそのまま国の外まで一気に飛んでいき、しばらくして弾けた。

 これで、ララの魔法にかかった者以外は倒すことに成功した。

 

「ララ、おい、大丈夫か?」

 トトが声をかけると、ララはゆっくりを体を起こし、伸びをした。

「ごめん、寝てた」

「なんだよ、心配して損したじゃねえか」

 ララの魔法にかかった者たちを道中に倒してきたトト。残るは目の前の一体だけだ。

「こいつもさっさと倒して……」

「いや、このまま捕まえよう。解析に役立つかもしれない」

 ララの提案に賛成したトトは、改めて怪物を縄で縛り、ララと共に城へと戻る。

 幸い、破壊されていたのは中心部で、住民は全員無事だった。

 女王と合流した双子は、怪物を受け渡し、日菜が待つ人間界へと帰るのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ