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第四章『歴史』

日菜が目を覚ますと綺麗な部屋のベッドで横になっていた。それに気づいたトトが叫ぶ。

「起きたぞ!」

 ララもトトも大騒ぎで、日菜はいまいち状況を理解できずにいた。

「起きたばかりなのですから、もう少し静かに」

 茶髪のロングヘアーに白いドレスを纏った、どこか双子と似ている女の妖精が制止をかける。

「日菜さん、初めまして。私はこの国を治める女王アリアです。ご気分はいかがですか?」

 丁寧な口調と表情に優しさを感じ、日菜は少し見惚れてしまった。

「だ、大丈夫です。でも私は何でここに?」

 日菜は森であった出来事を忘れてしまっていた。何となく怖かったという感情だけが微かに残っている。

「日菜ちゃんは『悪魔の森』で倒れてたんだ」

「悪魔の森?」

 妖精界のことを全然知らない日菜に、トトは少しずつ説明していく。

「昔のいざこざで悪魔が作り出した森だ。今回出れたのは奇跡だな」

 日菜は『悪魔』という単語に鳥肌が立った。どんな神話でもおとぎ話でも聞いたことがない、悪魔と妖精の関係と歴史。

「悪魔はとても危険な存在ですが、妖精界にいる限り、あちらから何か仕掛けてくるというようなことはないでしょう」

 女王はそう言うと、日菜に温かい紅茶を差し入れた。アールグレイの華やかな香りが部屋中に広がる。

「あの森は生き物を呼び寄せて森の中に誘うんだよ。そして生命エネルギーを奪う。だから妖精界に住む者はみんな警戒してるんだ」

「実際、日菜ちゃんはかなり危ない状態だったしな」

 双子も今回ばかりは少し気を落としていた。あの時自由行動などしなければこんなことにはならなかったのかもしれないと、トトは深く反省する。

「まあ、無事だったのですから。お城でゆっくり休んでください」

 女王は双子にも紅茶を出し、ふかふかのソファに腰掛けた。

「どうして悪魔と妖精はけんかしているんですか?」

 日菜は少しでも深く知ろうと、女王に質問する。

「では、お話しましょうか」

 立ち上がって本棚に手を伸ばし、分厚い書物を取る女王。そしてゆっくりと語り始めた。


「悪魔という存在は、この世に要らないわ」

 約二百年前、当時の女王アクアは魔界で悪魔に言い放った。わがままでプライドが高く、それゆえ傲慢であった彼女は新たな領地を求め、魔界に攻め入ったのである。

「我々が何をしたというのだ!」

「あんたたちは悪、ただそれだけよ」

 アクアの言葉により、悪魔討伐を建前としたお互いの領地を巡る戦争が始まった。

 悪魔たちは魔界に来た妖精たちを全て倒し、そのまま妖精界へと突入。アクアから何も聞かされていない妖精たちは混乱に陥った。

 当時の女王アクアは、現女王アリアの姉である。妹は姉を止めるため説得に踏み込んだ。

「姉さん、一体何を考えているの?」

「あんたにどうこう言う権利はないでしょ、この出来損ないが」

 今は亡き両親に虐げられて育った妹に、反対に可愛がられ大事にされて育った姉は暴言を吐く。

「こんなこともうやめましょう、このままだと誰も幸せに……」

 姉に目を向けた瞬間、妹は強烈なビンタを受けた。乾いた音が部屋に響く。

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと仕事しな!」

 食事、洗濯、掃除、その他雑用。使用人がいないこの城で働くのは、妹のアリアただ一人だった。

 女王の命令は絶対。そんな独裁政治は住民だけでなく、妹ですら対象となる。当時の妖精界は魔界以上に腐っていた。

 最初は互角だった戦いも、五十年ほど経つと悪魔側が有利となり始める。妖精界の森は半分以上が焼け、精霊たちの守りも効かなくなっていた。

 この頃はまだ人間界を行き来する妖精は数えるほどしかおらず、決まったルートさえ確保されていなかった。妖精と精霊に、妖精界以外の逃げ場はもうない。

「大丈夫かい?」

 アリアには恋人がいた。こんな状況でも優しく声をかけてくれる恋人と、アリアは戦争が終わったら結婚しようと約束していた。ただ、その願いが叶うことはなかった。

「あら、私に隠れて何してるの?」

 女王は当然気に食わない。アリアに、妹に恋人がいて、自分より幸せになろうとしていることが許せなかった。

 恋人は女王の命令で戦争へと駆り出される。数年後に戻ってきたのは、彼の羽だけだった。

「少しは国のために役に立ってよかったじゃない」

 泣き崩れるアリアに、女王は高々と笑いながらそう吐き捨てた。

 姉と妹、そんな関係は最初から存在していない。女王アクアは自分以外の妖精を駒としか思っていなかった。

「絶対に許さない」

 アリアは心に決めた。この戦争を終わらせ平和を取り戻す、そして新たな女王として妖精界を変えていこう。それは姉への復讐ではなく、純粋な願いだった。

 そこから戦争は激しさを増す。妖精側は不利なまま、ついに国にまで悪魔が押し寄せ、女王アクアは焦りを感じていた。

「もっと戦える者を行かせなさい!」

 その野蛮な命令を、アリアは正論で打ち負かす。

「じゃあ、姉さんが行けばいい。これはあなたが起こした戦争なのだから」

 妖精界の民は誰一人として女王の言葉に耳を傾けなかった。最後までそばにいた妹のアリアさえも、首を縦に振ることはない。

「私が死んだらこの国は終わりなのよ? 負けたら全てなくなるの! わかったらさっさと私を……」

 二人きりの城で盛大に怒鳴り散らす姉を、妹は思い切りビンタした。

「姉さんがいないほうが妖精界は良くなるわ。見せてあげる、姉さんのせいでどれだけのものが犠牲になったのか」

 いきなりのことで驚き硬直した女王アクアを、今まで言えずにいた本音を全てぶつけたアリアは、怒りを含んだ瞳で冷たく見つめている。

「あ、あ……」

 もう言葉が出ないアクア。暴力など受けたことがないため、この初めての感覚はアクアに痛みと恐怖を植え付けた。

「さあ、自分の目で確かめて」

 アリアは無理やり女王の手を引き、城の外へと連れ出した。

 自然は完全に崩壊し、それを蘇らせることも守ることも、悪魔を倒すことすらできないほどに悲惨な妖精界の景色が姉妹の目に映る。

 城を攻めようとしていた悪魔たちが姉妹に気付き、容赦なく襲いかかってきた。魔界に攻め入った時の威厳などなく、姉のアクアはうずくまって震えている。それに反し、妹のアリアは堂々と待ち構え、悪魔たちに向かって叫んだ。

「私たちに戦う意志はありません! どうか話し合いの場を設けてはいただけないでしょうか!」

 必死の訴えだった。もし受け入れてもらえなければ、アリアは姉とともに力尽きようと覚悟していた。

「止まれ」

 その一言で悪魔たちの進行がぴたっと治まった。そして軍団の後ろから声の主が現れる。

「惨めな妖精どもだ。自信満々にふっかけたけんかに勝てず、挙げ句の果てに降参とはな」

 悪魔たちを束ねる魔界上層部の一人だ。異様な重圧感で罵詈雑言を並べ、半笑いで吐きかける。それに対してアリアは怯むことなく言葉を返した。

「今更なのはわかっています。もう魔界に手出しはしないと約束し、私は姉と共に罰を受けます。それで、許してもらえないでしょうか」

 アリアはその場にひざまずき、頭を地面につけて許しを乞う。その行動に悪魔たちはざわつき始め、口々に「どういうつもりだ」と愚痴をこぼした。

「お前間違ってるよ」

 悪魔は同情などしない。それゆえに許すという選択もしない。制裁すべき根源を断つまで戦うことが、悪魔たちのルールなのだ。

「俺たちは女王を消せればそれでいいんだよ。お前の謝罪なんか何の価値もない、だから顔上げろ」

 アリアは言われた通り顔を上げ、悪魔の姿を再確認する。そして、悪魔の視線が姉のアクアに向いていることに気づいた。

「女王を、姉を生かしておくことはできないのですか」

「お前、何を言ってる」

 アリア本人にもわからなかった。姉としても女王としても最低なアクアを、どうしてまだ守りたいと思うのか。

「姉の代わりに私ではだめなのですか」

 さっきの決意に矛盾した犠牲。アリアはどこまでいってもお人好しだった。

 その言葉に悪魔は心底怒りを感じ、アリアに突きつける。

「じゃあ聞こうか。妖精界を完全に破壊して、女王以外の妖精全てを消すか。それとも、女王だけを消して俺たちが手を退くか。どっちが正しいか、わかるだろう?」

 こんな馬鹿げた二択を出したものの、悪魔には一つの答えしかなかった。それを察したアリアはついに覚悟を決める。

「もう手遅れなのですね」

 アリアはすっと立ち上がり、悪魔たちに背を向けて城に戻ろうとした。この選択は正しいはずなのに、どうしても涙が止まらない。

「あと一つだけ条件がある」

 悪魔の言葉に足を止めるアリア。そして涙を拭い振り返る。

「何でしょう」

「森の一部をよこせ。それだけだ」

 これはお願いではなく命令だった。受け入れる以外の選択肢はない。

「わかりました」

 そこからアリアは振り返らなかった。城の扉に手をかけると、後ろから女王アクアの助けを求める声が聞こえる。

「アリア! 助けて! あんたは私の妹でしょ!」

 今更そんなことを言ってももう遅い。アリアは既に、女王アクアを姉とは認識していなかった。

「あなたは姉なんかじゃない!」

 扉の前で叫んだアリア。一切振り向かず、今度は扉の取手を強く握りながら小さく呟いた。

「ただの罪人よ……」

 アリアは勢いよく扉を開け、城の中へと姿を消した。しばらくは外から声がしていたが、やがて静寂となり、再び外を確認したアリアの目には荒廃した妖精界が映るだけだった。

 こうして、約百年にも及ぶ戦争は幕を閉じた。その後、女王アクアがどうなったのかは誰にもわからない。


 日菜はうまく言葉が出ず、女王に目を向けていた。可哀想などという簡単な言葉では到底表せない。双子ですらも口をつぐんでいる。

 優しい女王は書物を閉じ、日菜の頭を撫でた。

「そんな顔しないでください。確かに触れづらく辛い過去ですが、それがあったからこそ妖精界は変われたのです」

 もう平和は百年ほど続いている。それは女王が過去と真剣に向き合い、過ちを繰り返さないように努力した結果だった。

「俺たちは直接関わったわけじゃねえけどさ、やっぱり無視はできねえよ」

「忘れちゃいけないことなんだって、僕も思う」

 妖精なら誰しもが聞かされる話だが、双子は特にこの話を何度も耳にしていた。それは、自分たちの出生に大きく関わる出来事だったからだ。

「ちょっとだけ妖精界のことがわかって良かったです。またお話聞いてもいいですか?」

 日菜はもっと知りたいと思った。いつか人間に戻る日が来るまで、妖精として楽しく過ごしていけるように。

「もちろんいいですよ。トトとララも顔を出してくれるでしょうから」

 双子の表情が明らかに変わった。女王から、たまには帰ってこい、という圧が双子に向けられている。

「定期的に帰ってる、つもりではあるんだが」

「そうそう、お母……じゃなくて女王様の顔も見てるし」

 たじたじな双子を見て日菜は何かを察した。

「もしかして、女王様は二人のお母さん?」

 的を得た質問に双子は硬直した。女王はくすくすと笑っている。

「その通りですよ。別に隠すつもりはなかったのですが、なぜか二人が嫌がるので」

 女王は双子の頭に両手をぽんと置き、わしゃわしゃと撫で回す。双子はされるがまま、抵抗もせず赤面していた。

「すぐそうやって……」

「子供扱いする……」

 恥ずかしがっている双子を見て、女王は楽しんでいた。日菜はその光景に懐かしさを感じ、自分もよく母に撫でてもらっていたのを思い出す。

「じゃあ、このくらいにしておきましょうか。二人は日菜さんを学校に案内してあげてください」

「妖精界にも学校があるんですか?」

 日菜は『学校』という言葉に恐ろしい速さで食いつく。今からわくわくが止まらない。

「ええ。きっと日菜さんのためになると思いますよ」

 女王は笑顔で答える。双子は乱れた髪を整えながら、椅子から立ち上がった。

「よーし、久しぶりに顔出すか」

「先生たちにも全然会ってなかったからね」

 双子が学校に行くのは一年ぶりで、卒業したのは何十年も前のことだ。

 トトは日菜の手を掴み、またララを置き去りにして勢いよく部屋を飛び出していった。

「だからなんで置いていくのさ!」

 ララは必死で追いかける。

「あらあら」

 女王は微笑ましい光景に笑みを浮かべ、三人を見送った。

 三人は妖精界の学校『ミル・アカデミー』へと駆けていくのだった。

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