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第三章『悪魔』

今度は三人で手を繋ぎ、妖精界へとやってきた。広大な草原を抜けた先には妖精界最大の国、フェアリーランドが形成されていた。

 石のタイルが敷き詰められ、道の脇には様々な店が屋台のように並んでいる。

「おや、見ない顔だね」

 パン屋のおじさんが日菜に声をかけた。

 妖精界は広いが、ほぼ全員が顔見知りのような感じだ。見たことがない者はかなり珍しく、こういう質問をされることは、双子の想定内だった。

「ああ、田舎の子なんだ。見たことなくてもおかしくないさ」

「そうそう。おじさんはずっとパン売ってるだけだもんね」

 日菜が人間だとバレないようにした言い訳は少し悪口を含んだものだったが、おじさんは双子の言うことに疑問を持つことはなく、安易に納得した。

「そうだったのか。まあ、トトとララに会うのも久しぶりなぐらいだからな。君、名前は?」

「日菜、です」

 人見知りが発動中の日菜はかたことの言葉で自己紹介をする。

「ヒナちゃん、いい名前じゃないか。今回は特別にサービスだ」

 日菜はおじさんから袋いっぱいに詰まったシュガーラスクを貰い、それを吉備団子のように腰からぶら下げた。

「ありがとうございます」

「珍しい、礼儀正しい妖精だ」

 おじさんは丁寧に敬語を使う日菜に少し違和感を覚えたが、特に咎めることはなかった。

「じゃあ、俺たち他にも行きたいところあるから」

 トトがいきなり日菜の手を掴む。そしてララを置き去りにして二人だけで行ってしまった。

「あの子ら付き合ってるのか?」

「さあね」

 おじさんの悪意なき質問にララは冷たく答えた。


「兄ちゃん、速いってば!」

 追いかけても兄は待ってくれない。ララが感じたのは物理的な距離ではなく、勢いでなんでもこなせるトトとの能力的な距離だった。

「仕方ねえな、待ってやるよ」

 手加減されなければ追いつけないこの距離は、ララの精神を静かに苦しめていた。

「本当にトト速すぎ。私も疲れちゃったよ」

手を引かれて必死に走っていた日菜の純粋な言葉に、ララは少しだけ救われている。

「ごめんごめん、国のやつらに見られると少し厄介だから」

 さっきのようにうまく誤魔化せるとは限らない。直感で人間だと気づいてしまう可能性があるため、トトは一番手っ取り早い選択をしたのだ。

「次はどこ行くの?」

 日菜は息を整えながら、次に待つ冒険に期待して質問した。

「ここからは自由行動でどうだ? 国の方に行かなきゃ人に会う確率も低いし」

「うん! あ、うーん」

 トトの提案に賛成しようとした日菜に突然、一人になるという不安が押し寄せた。

「何かあったらすぐ駆けつけるさ、あまり遠くには行くなよ」

 さりげなく日菜の頭を撫でるトト。兄としての責任感が無意識に出た瞬間だったが、それを異性にすると意味合いが変わってくる。

 ララは嫉妬していた。ただこれは何に対しての嫉妬なのか、弟としてか男としてか、その答えが今出ることはなかった。

「わかった。ありがとう」

 日菜は恥ずかしさで顔が赤くなっていたが、この乙女心に男どもは気づかない。

 三人は草原で落ち合う事を約束し、それぞれ別の方向へと進んで行くのだった。


 国とは反対に進んだ日菜は、暗い森に迷い込んでいた。

「うー、変なところに来ちゃったなあ」

 とりあえず進んで出口を探す。

 日の光を遮るほどの木々には見たこともない虫や鳥たちが留まっており、それらは日菜を音もなく見つめていた。

 そんな視線を感じながら日菜は歩き続ける。

「暗いし寒いし、全然出口が見つからないよお」

 もう一時間は歩いているが、出口に着くどころか同じところをぐるぐると回っているとしか思えず、日菜は半泣きでその場にうずくまった。

 後ろを振り返ると、さっきまで歩いてきたはずの道が塞がっている。この森は何かがおかしい。

「トト、ララ、助けてえ」

 日菜はひどく絶望し、パニックになっていた。濃い霧が辺りに広がり、暗闇と同化して日菜の視界を遮っている。

「こっち、こっちだよ」

 誰かの声が聞こえてきた。日菜を誘う不気味な声は、頻りに「こっち」としか言わない。

「誰なの?」

 日菜の質問に答えは返ってこない。他に縋るものもなく、その声がする方へと進むしかなかった。

 しばらく歩いてもやはり景色は同じで、いつの間にか声も聞こえなくなっていた。その代わりに一定間隔で聞こえる水滴の音。強く風が吹き抜けた直後、日菜は背後に気配を感じて立ち止まった。

「そこに、誰かいるの?」

 振り返るのは怖い。日菜は絶対に見ないように目を瞑る。

「半妖精とは珍しいな」

 相手は日菜が完全な妖精ではないことに気づいた。日菜は恐怖のあまり声が出せない。

「そうだ」

 何者かの手が日菜の肩に触れ、その手は徐々に顔の輪郭をなぞっていく。目を瞑っている日菜の感覚はより敏感になっていた。

 長い爪に冷えきった手、この森の気温よりもその手は冷たかった。

 そして、日菜の耳元で囁く。

「悪魔になれ、そうすればお前はもっと強くなれる」

 その言葉で日菜の意識は遠くへと消えていくのだった。


 一方、トトとララは既に草原に集合していた。

 しばらくしても帰ってこない日菜に、双子は何かあったのではないかと勘づいた。

「確か森の方に行ってたよな」

 トトはそれぞれ別方向に進んでいた時、密かに後ろを振り返っていた。勇敢に歩く日菜の姿を遠くから見送って、それで安心しきっていたのだ。

「とりあえず行ってみようよ」

 何かあってからでは遅いと、超高速で森へと飛んでいく双子。この先にある森が不安を増幅させていた。

「どっちだ?」

 森の入口までやってきたのはいいが、入口が二つに分かれている。一見見分けのつかない二つの森の中は、一歩進むだけで全くの別物と化す。

「兄ちゃん、あそこなんか落ちてるよ」

 ララの指差す方向にトトは目を凝らした。周りには鳥が集っている。何か食べ物のようだ。

 恐る恐る近づいた双子が見つけたのは見覚えのあるものだった。

「シュガーラスク?」

「おじさんが日菜ちゃんにあげたやつ!」

 ララの指摘により、あの時の日菜の笑顔がトトの脳裏に浮かぶ。そういえば貰って腰にぶら下げていた、袋いっぱいのシュガーラスク。

「最悪な方に進んだみたいだな」

 トトが大きな森を見上げる。

 妖精界に住んでいる者は絶対に入ろうとしない、災いを招く森。双子はもちろん、全妖精の共通認識である。

「日菜ちゃん、大丈夫かな」

「泣べぞかくだけじゃ済まねえかもな」

 一度この森に入ったら、基本的に外に出るのは不可能だと言われており、出れるかどうかは気まぐれで決まる、なんとも厄介で運任せな森だ。

「まだ向こうにも落ちてるみたいだね」

 よく見ると森の奥にもラスクがあり、早速鳥が食べようとしていた。

「こりゃ時間の問題だな、急ぐぞ」

 トトは合図もなしに森へ飛び込んだ。

「ちょっと待ってよ!」

 ララも急いで追いかける。

 森に入った途端、濃い霧が双子の感覚を狂わせ、羽がうまく動かなくなっていく。

「これじゃ飛べねえ。ララ、大丈夫か?」

「僕ももう飛べないよ」

 双子は仕方なく地面に足をついた。飛べなくなった妖精を嘲笑うかのように、森に住む鳥がけらけらと鳴いていた。

「ちっ、気分悪い。やけにうるせえ奴らだ」

「うわあ! 何すんのさ!」

 トトが声に驚いて振り返ると、ララが鳥に襲われていた。ばたばたと翼を打ち、周囲を舞う羽根がララの姿を飲み込んでいく。

「兄ちゃん!」

 ララは必死に手を伸ばし助けを求めたが、あと少しのところでまたもや鳥に阻止される。

 鳥がその場を去り、散り散りになった羽根の中にララの姿はなかった。

「おい! 俺の弟をどこにやった!」

 トトの叫び声が森中にこだまする。その声は誰に届くこともなく、さっきと同様に鳥がけらけらと鳴くだけだった。

 双子は森の悪戯によってばらばらになってしまった。


「さて、珍しい子もいるもんだ」

 気を失った日菜を見下ろす影は、どう調理してやろうかと企んでいた。

 日菜の中にあるエネルギーに才能を感じ、手の加え方次第で善にも悪にもなるという直感が興奮とともに影の脳内に訴えている。

「悪魔か妖精か、選ぶのはお前の心だよ」

 影は優しく日菜の頭に触れる。そして何かを流し込むように額に手を押し当て、仰向けの日菜をまじまじと見つめていた。

 苦しい表情を見せる日菜。依然として意識はないが、悪夢にうなされているのだ。

 それを見た影は何とも言えない幸福に満たされ、思わず口角が上がる。

「期待通りになるといいのだが」

 そう呟いた影はふと気配を感じた。何だか鳥が騒がしい。

「邪魔が入ったか。少女よ、また会おう」

 影は一瞬で姿を消した。代わりにやってきたのは鳥に連れ去られたララだった。

 鳥は乱暴にララを放り投げ、そそくさと飛んでいってしまった。

「なんだよ、痛いなあ」

 腰をさすりながら周りを見渡したララは、倒れている日菜の姿を発見した。

「日菜ちゃん、日菜ちゃん!」

 ララはすぐに駆け寄り揺さぶるが反応がない。ぐったりした様子の日菜を見て不安が募る。

「息はしてるみたいだけど、すごく苦しそう。兄ちゃんは大丈夫かなあ」

 出口もわからず、そもそも脱出できるかどうかもわからない状況で、むやみやたらに移動することはできなかった。

 ララは周囲の生き物から守るように、日菜を抱き寄せながらトトが見つけてくれるのを待つことにしたのだった。


「くそ! 完全に一人になっちまった。魔法は使えねえし、どうすりゃいいんだよ」

 トトもその場から移動することを躊躇していた。

 この森には全体的に呪いがかけられており、妖精は魔法が使えない。それに加えて、沼地から発生する毒素によって徐々に身体が蝕まれていき、一日いるだけでも命の危険がある。

 そんな森から日菜たちを見つけ出し、脱出することはほぼ不可能に近かった。唯一の手がかりは、日菜が落としていったシュガーラスク。ただそれも、ほとんど鳥に食べられほんのちょっとの欠片しか残っていなかった。

 諦めかけていたトトに、何者かが近づく。

「お困りのようだね」

 背後からの声に驚き振り返ると、トトはもっと驚くべきものを目の当たりにした。

「ララ? じゃないな、お前誰だ」

 双子にそっくりの少年が薄気味悪い笑みを浮かべている。ララではないことは明らかで、何よりこの者からは妖精のエネルギーを感じない。

「君ならわかるでしょ」

 意味深な回答にトトは頭をフル回転させる。この森の噂と妙に安心するこの者の存在感に、一つの答えを導き出した。

「まさか、俺か?」

「さすがだね」

 この者は俗に言う『ドッペルゲンガー』という類だった。正確にはこの森が作り出した未来の姿だと言われている。この存在が本人をどうしようとしているのか、何か企みがあるのかは未だに謎のままだ。

「偽物が何の用だ」

「案内してあげようと思って。大切な人たちを見つけたいんでしょ?」

 偽物には全てお見通しのようで、為す術のないトトは嫌々それに縋るしかなかった。

「俺を助ける理由は何だよ」

「君が死ぬとこっちも消えちゃうからさ、せっかくなら長生きしたいじゃないか。ほら、あっちだよ」

 納得のいく理由だが、本心は全く読めない。

 トトは偽物の指差す方へ歩き出していく。その後ろをまるで影のように付いてくる偽物に、前を向いたまま冗談まじりで質問した。

「俺の未来はどんな感じなんだ?」

「絶望と葛藤、そして『欲』のためにした選択に苦しめられる」

 意味は理解できなかったが、散々な未来を聞いたトトはこれ以上質問するのをやめた。

 そうしているうちに少しひらけた場所に着く。そこには二つの人影が寄り添いあっていた。

「ララ! お前先に着いてたのか!」

「兄ちゃん!」

 双子は強く抱き合って、再会を喜んだ。まだ目を覚さない日菜をトトが背負い、偽物に出口を聞く。

「このまままっすぐ進んでごらん。入口に戻れるはずだから」

 偽物はそう言うと、一人闇の中へ戻っていった。

「兄ちゃん、あの人は?」

「気にすんな。さっさと出るぞ」

 未来など誰にもわからない。偽物が言った通りかもしれないし、そうじゃないかもしれない。曖昧なものを信じるより、トトは自分の見たものだけを信じようと心に決めていた。

 やっとの思いで森を脱出した双子は、日菜を診てもらうためフェアリーランドに向かうのだった。

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