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少女の妖精物語 ~魔女が生み出した魔物~  作者: 畝澄ヒナ


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第十九章『日菜の力』

「トト、ララ、助けに来たよ!」

頭上から響いたのは、コノハの声だった。続けて、女王アリア、その他数十名の妖精たちがこの戦場に到着した。

「人間界に慣れている妖精たちを連れてきました。妖精界に残っている者たちは、カメの駆除と復興に向けて動いてもらっています」

女王はどんな状況でも頼りになる。

「ありがとう、女王様。俺たちはそろそろザーラに一撃与えに行く、その辺のカメたちを任せてもいいか?」

「もしかして僕も行かないといけない……?」

「当たり前だ。俺一人じゃ多分、ザーラを守ってるカメに精一杯でたどり着けやしねえ。周りをやるか、ボスの首を取るか、二つに一つだ」

ララは再び覚悟を決めないといけないようだ。

「トト、ララ。私はあなたたちの強さを信じています。こちらは私たちに任せて、思う存分戦ってきてください」

「日菜の事は私に任せて。今のところは大丈夫みたいだけど、これ以上カメが押し寄せると防禦魔法だけじゃ太刀打ちできなくなるだろうから」

女王とコノハは双子を安心させる言葉をかける。この二人になら任せられると、双子は力強く頷いた。

「じゃあ、行くぞ、ララ!」

「わ、分かった……!」

双子は一直線にカメ軍団のボス、ザーラの元へと向かうのだった。


一方日菜は、防御魔法でどうにか耐えている間、また不思議な力を感じていた。

「あの時と同じ、どこかから力が湧いてくるみたいな、この感覚はなんだろう」

「日菜! 助けに来たよ!」

コノハが日菜の元へ駆けつける。コノハも少しの違和感を感じ取った。

「気温が下がってる……日菜、どういうことなの?」

「あ、コノハ姉ちゃん。私、どうしちゃったんだろう。少し前から身体がおかしくて、この前も勝手に魔法が出ちゃったことがあったし……」

ある程度の事情を察したコノハ。ただ、どうしてあげることもできない。

「大丈夫、落ち着いて。とりあえず日菜はバリアで自分の身を守ってて。私がカメを蹴散らしていくから」

「う、うん……」

日菜は、少しでも誰かの役に立ちたいという気持ちが高ぶっていく。でも、それに見合う力がないという現実を受け入れなければならない。感情と現実の矛盾が、日菜の隠された力を増幅させていく。

「日菜、今はどんな感じ?」

コノハが戦いながらも日菜を気遣う。

「今は……誰かを助けないと……そんな気持ちばかりで……」

「十分やってるよ。少なくとも日菜がいなかったら、今グラウンドに避難している人間たちは助かっていないかもしれない。それだけ、日菜は重要な役割を果たしてるんだよ」

コノハの励ましに、日菜は心を落ち着かせる。気持ちの高ぶりが、少しずつ静まっていった。

「分かった、私頑張る!」

「うん、その調子だよ」

少しずつ戦況は、カメ軍団が有利だったものから、妖精たちが有利な方向へと傾き始めていた。


グラウンドに避難していた教員と児童は、おぞましいカメたちの姿と、それに対抗する光の存在を目の当たりにしていた。

「先生、僕たち大丈夫かな」

「あの怪物に食べられちゃうのかな」

児童たちが不安の気持ちを露わにする。もちろん教員たちも、現実では普通起こりえない事態に、恐怖を感じていた。

「戦っているあれは……一体……」

「妖精……だとでも言うのか?」

誰もが妖精たちの姿を目撃していた。大勢の人間が、妖精という存在を認識してしまったのだ。

「妖精さん?」

「妖精さん頑張れー!」

児童たちはとりあえず目に見えるヒーローを応援するしかなかった。人間界の命運が、異世界に棲む、妖精たちにかかっている。

「子供たちの声が聞こえる。ララ、本当にとんでもないことになっちまったな」

「兄ちゃん、後始末は大変だけどさ、僕は嫌な気持ちはしないよ」

上空からグラウンドを見下ろしていた双子は、関わることのなかったはずの人間たちに、勇気をもらっていた。


崩れゆく校舎内で、この状況を静かに見届けていた勢力がいた。

「ねえ、キラーはあの子に期待してるんでしょ?」

「俺は魔王様からの指示を全うしているだけだ。お前こそ、余計な感情を抱いているんじゃないのか」

どちらの味方でもない悪魔たち。正直、どちらが勝とうが知ったことではない。ミル・アカデミーにやってきた魔界幹部の一人『キラー』と、日菜の家に偵察に行った緑の悪魔が、悠長に話をしていた。

「僕は可愛い子なら大歓迎。というか、魔界には女の子が少なすぎるんだよ」

「まあ、しきたりがあるから仕方ないだろう。俺の嫁も、もう魔界にはいないからな」

窓の外では妖精たちが戦っている。ただ、観察していたのはその中の一人、日菜の姿だけだった。

「人間から妖精、そして悪魔になるなんて、キラーとは真逆だね」

「俺は妖精にも人間にもなった覚えはないが」

キラーの姿は人間そのもの。だが、本物の人間になることは出来なかった。

「どうしてそこまでして人間になりたいのか、僕には理解できないけどね」

「気の迷い、というものだ。お前には関係ない」

多くを語ろうとはしないキラー。特に詮索するような話でもないと、緑の悪魔はそれ以上は聞かなかった。

「こんな壊れかけの建物で何してるんだ、お前たち」

「あれ、君も来たの?」

もう一人、男の悪魔が合流した。紫色の体にとがった耳、蜘蛛の耳飾りをつけた無表情の悪魔。

「魔王様に、お前たちを連れてくるように言われたのさ。別に戦争の行方なんざ興味はない」

「俺たちを招集するってことは、幹部集会か」

水晶で人間界の様子を覗いていた魔王が、日菜の異変に気付き、幹部たちに指令を言い渡すため、魔界に帰ってくるよう招集をかけていた。

「魔王様だけ見てるなんてズルいじゃないか。僕だってあの子の様子を間近で見ておきたいのに」

「何か変化はあったのか? 俺は魔王様に言われただけで何が起こっているのか何も知らないんだ」

緑の悪魔はくすくすと笑う。日菜の隠された能力が開花する瞬間を見届けて、自慢でもしようかと妄想していた。

「妖精としての成長など、俺たちには関係ないと思うんだが」

「キラーは無関心にもほどがあるよ。あの力を放っておいて僕たちの敵になったら厄介でしょ? そうなる前に悪魔に引き入れるのさ」

魔王はこの時を待ちわびていたのだ。悪魔が全てを統治する、その可能性が跳ね上がるこの時代を。

「招集の件は伝えたからな、来ないと大目玉くらうのはお前たちだぞ。俺はそんなのごめんだね」

そう言って、紫の悪魔は魔界へと戻っていった。

「僕は別にいいもんね。キラーはどうするの?」

「俺も構わん。集会なんぞ俺たちがいなくても成り立つ」

崩れゆく校舎内から、悪魔たちは静かに日菜を見つめるのだった。


戦場ではほとんどのカメが倒され、残りはザーラのみ。

「やっとお前をぶん殴れるぜ」

「貴様ら……どこまでも私の邪魔を……本当に忌々しい!」

ザーラは双子に向かって雄叫びをあげる。

「ぼ、僕がいなくても兄ちゃん一人でどうにかしてよ……!」

「まあ、雑魚どもはいなくなったし、別に下がっててもいいぞ」

あっさりと返された答えに、ララはぽかんと口を開ける。

「小僧、そう簡単に私に触れると思わないことだねえ」

「うるせえ、超至近距離、ウォータースクリュー!」

トトの先制攻撃、圧縮した水に高速回転をかけて飛ばす。直撃したものの、煙が晴れた先には無傷のザーラが座っていた。

「貴様は私に触れることは出来ない。この防御を壊すことが出来ない限り絶対にな!」

高笑いするザーラ。悔しそうなトトの後ろから、ララが叫ぶ。

「兄ちゃん避けて! 新緑(しんりょく)弓矢(ゆみや)!」

ララの攻撃特化魔法、『新緑の弓矢』は草木のエネルギーを矢に変換、木の根で出来た弓で放つ。ザーラが作り出した防御に若干食い込んだものの、しばらくして弾き返されてしまった。

「どんだけ固いんだよ、俺たちの攻撃が全然入らねえ」

「無駄だって事がまだ分からないのかい? いい加減見ているだけは飽き飽きだ。あの塵のような人間どもでも消すとしようか」

ザーラはグラウンドに避難していた人間たちに向かって巨大な火の玉を投げつけた。

「おい、お前……! くそ、この距離じゃ間に合わない」

「ど、どうしよう……! 兄ちゃん!」

慌てる双子は火の玉を攻撃するが、全く消える様子がない。火の玉は刻一刻と、人間たちへと近づいていた。


地上から見届けていた日菜の心に、怒りと正義感が沸き上がる。日菜の瞳と髪色は水色へと変化し、周りの気温が急激に下がっていく。

「みんな、絶対に助けて見せる……!」

氷の波動と共に日菜の衣装は水色に包まれる。瞬時にグラウンド上空に移動した日菜、火の玉に向けて魔法を放つ。その様子はとてつもなく冷静だった。

「エアフローズン」

その言葉と共に、一瞬にして火の玉が凍り、日菜が触れるとその場で静かに砕け散った。

「あれは……本当に日菜ちゃんなのか……?」

「僕も信じられないよ……」

双子は驚くことしかできなかった。日菜はすぐにザーラの目の前へと一瞬で移動する。その威圧感に、ザーラは少し困惑していた。

「な、なんだ小娘」

日菜は何も言わず、強固な防御に触れる。その防御は氷に侵食されるように、徐々に凍っていく。

「たとえ凍らせたとて、この防御は誰にも……」

ザーラの言葉を無視して防御が完全に凍り付いた時、日菜はそこから手を放した。

「砕け散れ」

そう言って、日菜が指を鳴らすと、防御は簡単に崩れ落ちた。

「や、やめてくれ! これ以上近づいてくるな!」

防御が壊され、ザーラは恐怖心に苛まれる。あれだけ余裕だった態度は一変し、日菜に命乞いをするほど、怯えきっていた。

「もうあなたに、助かる道はない」

そう冷酷に、日菜はザーラに手を伸ばす。

「もう二度としない! だから許してくれ!」

恐怖に屈したと思われたザーラだったが、次の瞬間には表情を変え、口を大きく開けた。

「なーんて、言うと思ったら大間違いだよ!」

日菜は至近距離で、ザーラが口から吐き出した炎を浴びてしまった。辺りが蒸気で包まれる。日菜の後ろから様子を見ていた双子は、日菜がやられていないことを確信していた。

「全く、効いていない……」

「これだけの魔力、氷の力なんてどこから……」

日菜の体は無意識に、氷の空気で守られていた。異常に冷えきった空気に炎が触れた瞬間、日菜の体には触れることもなく蒸発したのだ。蒸気は晴れ、当然無傷の日菜が、そこには浮かんでいた。

「なぜだ……! 私の炎が効いてない……?」

「もうあなたに、助かる道はない」

日菜は容赦なくザーラに触れる。

「私は、まだ……!」

「フリーズ」

一気に魔力を流し込まれたザーラの体が一瞬で凍る。日菜は無表情で一つだけ言い放った。

「さようなら」

凍ったザーラが跡形もなく砕け散った。そして日菜は元の姿に戻り、気を失って真っ逆さまに落ちていく。

「日菜ちゃん!」

トトが日菜を助け、腕に抱きかかえる。

「しっかりしろ、まさか死んだりしないよな?」

「……ん、うーん……」

日菜は疲れて寝ているだけだった。

「なんじゃそりゃ。まったく、心配かけやがって」

トトは日菜を抱きかかえながら地上へと降りた。ララもそれに続いて地上へ降りる。双子の周りに妖精たちが群がっていく。

「大丈夫ですか?」

駆けつけた女王は日菜の様子を見るなり安心した。コノハも胸をさっと撫でおろす。

「とりあえずこの状況をどうにかしないとな。人間たちは全部見ちまってるし、色々と面倒くさそうだ」

「人間たちの記憶については私が対処します。その間に建物の修繕を援軍に来てくれた妖精たちに任せましょう」

女王はグラウンド上空へと向かい、集まっている人間たちに魔法をかけた。それは一部の記憶を操作できる上級魔法。女王は人間たちの記憶から、妖精に関することだけを消し去った。

「よし、建物の修繕は済んだみたいだな。だが、俺たちがやるべきことはまだある」

「僕はコノハを送っていくよ」

コノハとララは転移魔法でその場を後に、女王が事を終えて戻ってくると、援軍を連れて妖精界へと戻っていった。

「日菜ちゃん、あとは俺たちだけだ」

トトは寝ている日菜に魔法をかけ、人間の姿へと変える。

「櫻井さーん!」

グラウンドに日菜がいないことに気づいた教員が、日菜を探しに校庭まで来ていた。

「とりあえずは学校側に任せるか。日菜ちゃん、また後でな」

日菜の額にそっとキスをしたトトは、その場を立ち去った。


全てが終わった後、教員が校庭で寝ている日菜を発見し、保健室へと運んだ。魔女が生み出した魔物、ザーラとの戦いは、妖精の勝利で無事に幕を閉じたのだった。

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