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少女の妖精物語 ~魔女が生み出した魔物~  作者: 畝澄ヒナ


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第十四章『薬の調達』

 トトが眠り始めて一か月が経った。トトがかかった病気、魔力消失症候群を治すには、妖精界にあるもので薬を作る必要がある。日菜、ララ、心乃葉の三人は、今の妖精界に行くのは危険すぎると頭を悩ませていた。

「もう一か月だよ、トト、行ってくるね」

 日菜は心配しながらも、今日も学校に行かなければならない。あとはララと心乃葉に任せて、日菜は学校へと向かった。

「コノハ、兄ちゃんは強いね。もう一か月もこの状態だ。よく耐えてるよ。でも、さすがにこれ以上はこのままにしておけない」

「でも、私たちは妖精界には……」

「僕に考えがある」

 ララの提案に、心乃葉は耳を傾けた。


「日菜、日菜?」

「……ん? な、何?」

「最近様子が変だよ。ずっとぼーっとしてさ、授業も聞いてないみたいだし」

 日菜は学校にいてもトトのことが心配で、授業も会話もまともに聞くことができていなかった。友達に相談できないのが余計に苦しい。

「別に普通だよ、最近寝不足でさ、授業もめんどくさいなーって感じ」

「本当に? そんな感じには見えないけど……」

 友達の心配をよそに、またトトのことを考え始める日菜。これ以上会話が続かないと判断した友達は、適当に話題を持ち出した。

「ねえねえ、私最近、ペット飼い始めたんだよね」

「う、うーん」

「それがね、ミドリガメのみどりちゃん!」

「か、カメ!?」

 予想外のペットに、日菜は思わず大きな声を出してしまった。

「びっくりした、急に大声出さないでよ」

「ご、ごめん。あんまり聞かないペットだったからさ、あはは……」

「水槽の水換えたり、餌あげたり、お世話は大変だけど可愛いんだよね」

「そ、そっか……。私はあんまり、かな」

 もちろん、カメにいい思い出などない。

「カメは嫌い?」

「うん、まあ、そんな感じ」

「そっか、今度見せてあげようと思ったのに、残念」

「そ、そうだねー……」

 なんだか気まずい空気になってしまった。授業開始のチャイムが、静かに鳴った。


「もう長い時間、ここにいるけど、やっぱ慣れねえな」

「僕は君との出口探し、結構楽しいよ」

 トトたちはまだ歩き続けている。暗闇の中を休まず、足の感覚が麻痺しかけるほどに。

「不思議なのがさ、ずっと歩いてんのに疲れねえんだよ、腹も減らねえし、喉も乾かねえ」

「僕もそれは不思議に思ってた。まあ、ここは現実とはかけ離れているからね」

 疲れないとはいえ、体の異常は治まっていない。トトの体は熱を帯び、だるく重いままだ。そんな中諦めず歩いているのは、かろうじて一人ではないからだろう。

「じゃあ、夢の中か?」

「うーん、近いかもだけど、二人同じ夢に入り込めると思うかい? しかも偶然姿の似た二人が」

 確かにそんなことは現実では起こりえないだろう。トトは考えるが、結局答えは謎のままだ。

「夢じゃないとしたら、現実の俺は何をしてるんだろうな」

「案外楽しく暮らしているかもね」

 どういう原理でこの空間に迷い込んでいるのか、相手は答えを知っている素振りを時々見せる。ただ、回りくどく、望んだ答えを教えてくれない。

「そんなことされちゃ困るぜ。本物の俺は、俺の意識はここにあるんだから。現実の俺が楽しく暮らしていたとしても、俺は許せないね」

「はは、君らしい。僕は、僕に謝らないと」

 相手は申し訳なさそうに下を向く。お互いが何者なのか証明できない今、相手が現実世界で起こした罪を、トトは予想することができない。

「じゃあ、お前も戻らないと。戻って謝ったら逃げなくて済むし、後悔も消えるだろ」

「そんな単純なことじゃないさ。事が解決して許されたとしても、僕の中に後悔は残るよ。だから僕は、より辛いほうを選んだ」

 意味が分からないことを淡々と話す相手。わざわざそんな選択をするぐらいだ、よほどのことをしたのだろうと、トトは心の中でひっそりと思う。

「お前は強いな。俺には、できない。今こうやって歩いていられるのも、一人じゃきっと無理だっただろうから、強いお前がいてくれて心強い」

「そう言ってくれるなら嬉しいよ。さあ、進もうか」

 二人の長い旅はまだ終わらない。


「その方法なら私たちが直接行かなくても調達が可能だね」

「でも、僕はその方法が使えない。コノハはどう?」

 どうにか妖精界に薬の材料を取りに行く方法を思いついたララだったが、それには条件があった。

「私もアカデミーを卒業したばかりで全然考えてなかったから……」

「兄ちゃんならできたんだけど、もしかしたら僕が代わりに呼び出せるかもしれない」

 その条件は『契約』してるかどうか。特別な存在を呼び出すのにその条件を満たしているのは、皮肉にも眠り続けるトトだけだった。

「どうやって呼び出すの?」

「兄ちゃんの手を少し借りてっと……」

 トトの手を床にかざし、ララが呪文を唱える。床に不思議な紋章が浮かび上がるが、特別な存在は現れなかった。

「うーん、難しそう?」

「そうだね、やっぱり本人じゃないと……ん?」

「あなたたち、わが主の代わりに何の用ですか」

 いきなり紋章から声が聞こえた。それはトトが契約している特別な存在だった。

「わ、私はあなたの主の友人で……」

「僕は君の主の弟だよ。君に頼みがあって代わりに呼び出そうとしたんだけど……」

「我は主様自らのお呼び出しでなければそちらにお向かいすることは出来かねます。主様はどうされたのですか?」

 やはり代わりに呼び出すことはできない。丁寧な言葉使いのそれは、トトの身に何があったのか知らない。

「今、兄ちゃんは魔力消失症候群で眠り続けているんだ。治すには薬を作らないといけないんだけど、僕たちは妖精界に戻れない状態なんだ。だから君にお願いしたかったんだけど……」

「そういうことだったのですね。しかし契約上そちらにお向かいすることは出来ません。直接こちらに来て、あなたたち自ら別の者と契約してもらうしかありません」

 特別な存在のわがままではなく、契約的にこちらに来ることは出来ない。再びふりだしに戻ってしまうのか。

「僕たち妖精界からの行き方しか知らなくて、どうしたらいいかな」

「そのことでしたら大丈夫です。私が今から扉を開放します。そうすればその場所からこちらに来ることが可能です。準備はよろしいですか?」

 なんとも便利なシステムだ。ただ、いきなりすぎて二人は焦り倒していた。

「あ、えっと、もうちょっとだけ待ってくれるかな。もう一人連れていきたい子がいるんだ。今別のところにいるから、その子が戻ってきたらまた呪文を唱えるよ」

「分かりました。お待ちしております」

 床の紋章が消え、声も聞こえなくなった。トトを助ける糸口が見つかったララと心乃葉は、日菜の帰りを待つことにした。


「はあ……」

「櫻井さん、櫻井さん!」

「あ、はい!」

 授業中にぼーっとしていた日菜。先生が声を掛けても気づかないのは相当だ。

「この問題、答え分かりますか?」

「えっと、分かりません……」

 もちろん聞いていないから、分かるはずもない。

「授業はちゃんと聞いてくださいね。次はないですよ」

「はい……」

 それどころではない日菜は、結局またぼーっとし始める。トトは大丈夫だろうか、症状が悪化していないだろうか、もしかしたら今頃、大変なことになっているかもしれない。

「櫻井さん!」

「は、はい……!」

「後で職員室に来なさい」

「はい……」

 先生に呼び出しを食らってしまった。長い長い先生のお説教が始まる。

「最近授業に集中できてないようですね。お家で何かあったのですか?」

「あ、いや、最近よく眠れてないだけで……」

「それは良くないですね。何か心配事でも?」

「別に大したことじゃなくて……」

「じゃあ、ちゃんと授業も集中できますね?」

「はい、気を付けます……」

 先生にはもちろん言えないし、言ったところで信じてもらえないだろう。人間界が危ないかもしれない、妖精の友達が命の危機、心の中に秘めなければいけないことばかりだ。

 先生の長い長いお説教が終わり、日菜は急いで家へと帰っていく。


「うう、頭が、体が、痛い……」

「大丈夫? しっかりして」

 現実のトトが限界になり始めている。さっきまで平気だった体調は明らかに悪くなっている。

「だ、いじょうぶだ……ほら、歩くぞ……」

「少し休憩したほうが……」

 トトはあるかもわからない出口を必死に探している。一人じゃなければ、可能性があるなら、トトは絶対に諦めようとしなかった。

「大丈夫だって言ってんだろ! いいからついてこい!」

「そ、そんなに怒らないでよ。一旦落ち着こうよ」

 相手は一生懸命トトをなだめる。今は冷静にならなければいけない。

「うるせえ、うるせえうるせえ! 俺の言うこと聞けないのかよ、お前のためでもあるんだぞ! もうちょっと俺に感謝しろよ!」

「どうしちゃったの? 感謝してるよ、こんな僕を一緒に連れてってくれてありがとう。でも、君が心配なんだよ」

 精神が壊れ始めている。性格すら破綻してしまうように、長い間暗闇を彷徨い続けた代償が、トトに重くのしかかる。

「俺だって分かってる、おかしくなってんだ……全部、俺のせいでこうなったんだろ……お前がここにいるのも、俺のせいだって、誰かが言うんだよ……」

「誰もそんなこと言ってないさ。ここにいるのは僕と君だけ、他に声なんて聞こえないはずで、僕の罪は僕が背負うから、君のせいじゃないよ」

 他に当たり、後悔する。トト自身も分からなくなっていて、何が正解で何が不正解か、もがきながら答えを探そうとしている。

「すまねえ、俺はもう……」

「そんなこと言わないでよ」

「あ……じ……」

 遠くから声が聞こえる。かすかに聞こえる声は、あの時聞いた時のようにはっきりせず消えていく。

「もうなんなんだよ……もっとわかるように話せよ……」

「なんて、言ってるんだろう……」

「僕……兄ちゃ……助け……」

 トトを心配する声が、届きそうで届かない。トトがここから出る方法は、もう見つかっている。

「ああ、疲れた……ララ……俺はここから出るから……」

「それは弟くんのこと? 実はね、僕にも弟がいるんだよ。今は全然話してないんだけどね」

「そうか、ララは俺の大事な弟だ……俺が守らないといけないんだ」

「案外、君より強いかもしれない。僕の弟は、僕よりしっかりしてるんだよ」

 相手の言っていることは間違っていない。ララは今、トトを救おうと同じくもがいている。ララだけではない、トトには救いたいと思ってくれる仲間がいた。

「取り乱したみてえだ。本当に大丈夫だから、行くぞ」

「うん、分かった」

 再び二人は歩き出した。


「ただいまー」

「あ、日菜ちゃんおかえり!」

「あれ、コノハ姉ちゃんは?」

「今日は病院の日だから、お家に帰ったよ。そうそう、コノハと話し合って、兄ちゃんの薬の材料を取りに行く方法を見つけ出したんだ」

 心乃葉は帰宅。特別な存在に会いに行くのは、ララと日菜に決まった。

「やった! これでトトも助かるね! それで、どうするの?」

「ちょっと待ってね、準備するから」

 ララはトトの手を借りて呪文を唱える。不思議な紋章とともに声が聞こえてきた。

「準備が整ったのですね。そちらの方は、主様とどのような関係ですか?」

「な、何これ!」

「この子も兄ちゃんの友達だよ。兄ちゃんが間違って妖精にさせちゃってね、それはそれは大変なことになっちゃったんだ」

 日菜が半分人間で半分妖精だということを、特別な存在に説明するララ。すると、紋章からため息が聞こえてきた。

「またやってしまったのですか。全く主様は懲りない人です。そんな主様のために動いてくれるとは、とても良いご友人なのですね」

「それほどでも……」

 あからさまに照れる日菜。ララもつられてちょっと照れている。

「では、準備はよろしいですね、ララ様、日菜様」

「よろしく頼むよ」

「だ、大丈夫です……!」

 今、特別な国への扉が開かれる。床の紋章が光り始め、辺りが光に包まれた。二人は目をつむり、その光に身を任せる。次に目を開けた時には、目の前の光景が部屋ではなくなっていた。

「ここは……?」

「不思議な動物たちが住む、動物界のワンダーアニマルランドだよ。妖精界とは世界が別だから、人間界からでも干渉が可能だったんだ」

 難しい話は日菜には分からないが、ここには様々な動物たちが住んでいる。転移してきたのは、動物界ワンダーアニマルランドのフェアリーシティ。

「無事に転移できたみたいですね。初めまして、我はトト様の契約妖精動物、パトラでございます」

 赤い体の小さなドラゴン、トトと契約している炎魔法を得意とする妖精動物だ。

「パトラ、早速だけど僕たちも契約したいんだけど……」

「え、どういうこと?」

 日菜はまだ状況が掴めていない。ここからトトのために二人は動き出す。

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