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 この国で黒い髪を持つ人間はキルシュタイン公爵家のみ。ここに来てからキースさんに聞いた話によると、キルシュタイン公爵様には兄弟がいないそうだ。ということは今ここで眠っている黒髪の男性はキルシュタイン公爵様本人だと推測できる。



(でもたしか今は王都のタウンハウスにいるって…)



 しかし目の前にいるのは間違いなくキルシュタイン公爵様だ。一応業務上私は婚約者(仮)だが、キースさんからは交流する必要はないと言われている。それに貧乏男爵家の娘である私からしてみればキルシュタイン公爵様は雲の上の存在だ。不必要に関わらないほうがいいだろう。



(公爵様が起きる前にここから離れなくちゃ)



 そう思い後ろに下がろうと足を動かした瞬間…




 ――パキッ



「っ!」



 まさかの木の枝を踏んでしまい、私は気づかれずにこの場から立ち去ることに失敗してしまった。



「…誰だ?」


「ひっ!」



(あんな小さな音で起きなくてもいいじゃない…!)



 口にすることはできないので心の中で文句を言う。



「初めて見る顔だな…。新しい使用人か?」


「!」



(そうだ!今の私はただの使用人だったわ!)



 今の私は婚約者(仮)ではなくただのメイドだ。ここは無難やり過ごすのがいいだろう。



「は、はい。そうです」


「はぁ、またか」



(ん?また?)



「えっと…」


「どうせ君も私目当てなんだろう?」


「…はい?」


「こんな場所にわざわざ来てまで私の目に留まりたかったのか?」


「…はい?」


「本当に困るんだよ。だから女は嫌いなんだ」


「…」


「ほらな。図星だからってだんまりか」


「…わよ」


「なんだ?」


「違うわよ!勝手に勘違いしないでくれます!?私はあなたにこれっぽっちも興味なんてないんですけど!?私はあっちから来たんだからあなたの姿なんて全く見えないのに、なに言ってるんですか?」



 たしかにキースさんから聞いてはいたしキルシュタイン公爵様は有名だから噂だけは耳にしたことはあった。公爵様は極度の女性嫌いだと。私には想像がつかないが、きっとあのひどく美しい顔のせいで苦労してきたのだろう。しかしだからといってただ女性というだけで決めつけるのはどうなのか。それになぜか私から言い寄って振られたみたいな感じの言い方は非常に心外である。頭では相手が公爵様だと分かっていても黙っていることができなかった。



(私は結婚するのを諦めて仕事に生きる身なのよ?それなのに色恋にしか興味のない女みたいな言い方されるなんて…!いくら顔がいいからって言っていいことと悪いことがあるわ!)



「なっ…」


「ここに来たのもこの木が気になっただけです!間違ってもあなたに興味があったからではありません!仕事を中断したことは申し訳ありませんが、女性ってだけで決めつけられるのは非常に不愉快です」


「お、俺に興味がないだと…?」


「ええ、そうです!私はただこの木の下で読書をしたら気持ち良さそうだなと思っただけで、興味あるのはあなたではなくこの木です!それ以上でも以下でもありません!」


「っ!」


「…使用人ごときが大変申し訳ございませんでした!失礼いたします」



 私はそう言ってその場をあとにした。

 どうせ今は使用人の服を着て髪を結って伊達眼鏡をしているからと言いたいことを言ってしまった。さすがに謝罪の言葉だけは言って立ち去ったが、本来は許されることではない。でも我慢ならなかったのだ。

 おそらく私がどこのだれかを突き止めて解雇されるだろう。それならそれでいい。あのような考えの人間の婚約者(仮)などこちらからお断りだ。

 その後も悶々とした気持ちを抱えながらも仕事はきちんとこなした。しかしキースさんやマチルダさんに会う度にいつ解雇を言い渡されるのだろうとそわそわしていたのだが、私の予想は外れ、数日経ってもなぜか解雇されることはなかったのである。

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