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馬車を乗り継ぐこと二週間。私はようやく目的地であるキルシュタイン公爵領にたどり着いた。
道中は休憩があったものの、二週間馬車に乗り続けたのでさすがにお尻が痛い。しかしなかなか楽しい道のりではあった。他の乗客と話をしたり自然と触れあったりその地の美味しいものを食べたりと、家を出なければ経験することはできなかっただろう。
そうしてたどり着いたここキルシュタイン公爵領は、その名のとおりキルシュタイン公爵様が治めている領地だ。ハーストン男爵領とは比べものにならないほどの広さがあり、また領都は王都の次に栄えていると言われているほどだ。実際にたどり着いたキルシュタイン公爵領の領都はたくさんの人で溢れていた。
「わぁ!さすが領都ね!」
私は人の多さに驚きながら馬車を降りた。
「お嬢ちゃん頑張れよ」
「ええ、ありがとう」
道中仲良くなった御者のおじさんから激励の言葉をもらい馬車を見送った。馬車を見送ったあと私は馬車乗り場から離れ、領都にある目的地へと向かう。場所は事前におじさんに聞いておいたので迷うことなくたどり着くことができた。
「ここね」
私は扉を開き建物の中へと入っていく。
「すみません。この求人の面接をお願いしたいのですが…」
「はい、こんにちは。こちらの求人の面接ですね。ただいま確認して参りますので少しお待ちください」
「お願いします」
私がやってきたのは職業斡旋所だ。あの求人に面接希望者はここに来るように書かれていたのだ。おそらくこの場で面接が始まるのだろう。そう思うと緊張してきた。
そして緊張しながら待つこと数分。先ほどの受付の人が戻ってきた。
「お待たせいたしました。ご案内いたします」
「は、はい」
案内された先で面接が始まるのかとドキドキしながら受付の人のあとをついていく。
「こちらでお待ちください」
そう言って受付の人は部屋から出ていった。
案内された部屋には私一人。これから大切な面接が始まるので部屋の中をウロウロするわけにもいかない。私はソファに座り静かに待つことにした。
しかしそれから数分、数十分、数時間経っても誰も部屋にやってこない。いや、受付の人が二回お茶を持って部屋へと来てくれたが、それ以外は誰も来ない。さすがにこれはおかしいのではと不安になり席を立とうとしたその時、
――コンコンコン
「っ!」
扉がノックされた。席を立とうとしていた私は驚きで再びソファに腰を下ろしてしまう。
(びっくりした…。もしかしたら受付の人かな?そうだったらやっぱり辞退するって言って…)
――ガチャ
扉が開き誰かが部屋へと入ってきた。きっと受付の人だろう。私は思いきって声を出した。
「あの、すみません!やっぱり辞退…」
「お待たせして申し訳ございません」
「え?」
聞こえてきたのは男性の声。受付の人は女性だった。ということは部屋に入ってきた人は先ほどの受付の人ではない。私は失礼だということも忘れて入り口にパッと顔を向けた。するとそこには執事服に身をつつんだ男性がいて、何事もなく私の向かい側のソファに座ったのだ。
「あなたが面接希望のレイラ・ハーストンさんですね?」
「あ、はい…」
「それでは面接を始めさせていただきます」
「あ、はい…」
私が驚いているうちに何事もなく名前を確認され面接が始まってしまった。これはもう辞退したいと言える雰囲気ではない。
名前に年齢、家族構成など諸々の質問をされていく。質問されれば答えないわけにもいかないので私は正直に答えていった。
「それでは次が最後の質問になります。この質問は女性に対して大変失礼な質問だということは分かっておりますが、この質問こそ一番重要になりますのでどうかご了承ください」
「わ、わかりました」
(失礼だって分かっているのなら聞かないでほしいけど、この質問が重要なのね。一体どんな質問をされるのかしら…)
「それではお聞きします」
「はい…」
「あなたには現在、婚約者や恋人はいますか?」
「いません!」
若干食い気味で答えてしまったのは仕方ないだろう。たしかに失礼な質問ではあるが、私がここに来た理由は結婚相手が見つからなかったからだ。面接で聞かれるとは思わなかったが隠すことでもない。むしろあまりにもタイムリーな質問で食い気味に答えてしまったくらいだ。
「わかりました。では面接はこれで終わりになります」
「あ、ありがとうございました」
本当に先ほどの質問が最後だったようだ。
(なんとか終わったけど結果はあとで連絡くるのかな?まぁきっとダメだろうし次の求人を探さないと…)
「それでは行きましょうか」
「へ?え、えっと、どこへ?」
「ああ、言葉足らずで申し訳ございません。面接の結果、あなたを採用することにしましたので職場にご案内いたします」
「…へ?さ、採用?」
「ええ。詳しい説明は職場に着いてからさせていただきますので参りましょう」
そうして私は半ば呆然としながら、気づけば執事服の男性に付いて馬車へと乗り込んでいた。馬車に乗ってから気づいたが、この馬車は華美な装飾こそないが乗り心地は最高だ。キルシュタイン公爵領まで来るのに乗ってきた馬車とは乗り心地が違う。それに私の向かい側に座る執事服の男性と私の隣に座っている年配の女性。服装からして女性はおそらく侍女だ。乗り心地のいい馬車に執事に侍女。私が今向かっている場所はどこかの貴族家だと思われる。それも間違いなく我が家よりも家格が上の貴族家だ。
(…使用人の求人だったのかな?もしかしたら伯爵家あたりなのかもしれないわね)
それなら求人に使用人と書けばいいのにと思いながらも、やっぱりあの時辞退しなくてよかったなどとこの時の私は呑気に考えていた。
そして馬車に揺られること二十分。馬車が止まり執事服の男性に手を借りて馬車を降りる。足元に気をつけて馬車から降りたあと視線を前に向けた。
「え…」
目の前に広がる光景に私は呆然としてしまった。伯爵家あたりだと思っていたが、目の前の光景はそれ以上の家格だということを物語っている。ここは屋敷と言っていいのだろうか。控えめに言っても城だ。
(まさか侯爵家?…違う。もしかしてここは…)
私は頭の中でひとつの家を思い浮かべた。よくよく考えればキルシュタイン公爵領の領都から二十分で着く距離に伯爵家も侯爵家もないはずだ。どうしてそんな当たり前のことを忘れていたのか。ここはキルシュタイン公爵領だと。そして止めとばかりに執事服の男性から告げられたのだ。
「こちらがあなたの職場になるキルシュタイン公爵家です」と。