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「キルシュタイン公爵様、ならびにハーストン男爵令嬢のご入場です」
入場の合図と共に扉が開かれた。すでに会場にはたくさんの人がいる。建国記念パーティーに参加するのは初めてで、しかも初めてを共にするのが麗しきヴィンセント様だ。緊張しない方が無理というものである。
「…ふぅ」
「私がいるから大丈夫だ」
どうやら緊張していることに気づかれてしまったようだ。
「すみません。会場の雰囲気に圧倒されてしまって…」
「レイでも緊張することがあるんだな」
「わ、私だって緊張しますよ!」
「公爵である私に面と向かって文句を言ってくるのにか?」
「そ、それはもう忘れてください!」
「ははっ。…どうだ?少しは落ち着いたか?」
「っ!」
「では行こうか」
「…はい」
差し出された手に自身の手を重ねた。何度も練習したはずなのにすごくドキドキする。これは緊張からなのか初めてのパーティーに気分が高揚しているのからなのか、それとも他の何かか。しかし今はそんなことを考えている場合ではない。今日の私はヴィンセント様の婚約者(仮)だ。しっかりと自分の役目を果たさなければ。
そうして私たちはパーティー会場へと足を踏み入れたのであった。
◇◇◇
あの顔合わせからパーティーまでは毎日忙しく過ごしていた。パーティーまであまり時間がないことからメイドの仕事は一旦辞めることにし、婚約者業務に集中することになった。座学やマナーは問題ないとキースさんとマチルダさんからお墨付きをいただいている。
では何が忙しかったのかというと、それはダンスだ。公式の場であってもダンスは踊らないと契約書に記されていたのだが、事情が変わった。隣国の王女様に仲睦まじい姿を見せてヴィンセント様との結婚を諦めてもらわなければならないのだ。そのためにはダンスも必須だろうということで急遽ダンスレッスンが追加された。
しかし私はダンスはあまり得意ではない。それはなぜか。答えは踊る相手がいなかったからだ。
だからダンスレッスンはなかなか大変であった。それに基本的に相手役はキースさんがしてくれることになっていたのだが、なぜか忙しいはずのヴィンセント様が何度もレッスンに顔を出すのだ。ヴィンセント様が来た時は当然練習相手はキースさんよりヴィンセント様が適任なのはわかるのだが、私はダンスは得意ではない。だから何度もステップを間違え、ヴィンセントの足を踏んでしまったりと体力的にも精神的にもきついレッスンであった。しかしヴィンセント様が嫌な顔一つせず練習に付き合ってくれたのはとてもありがたかった。
レッスンが無事に全部終わったあとには約束していた街へのお出掛けもした。一人で行った時も楽しかったが、ヴィンセント様とのお出掛けはもっと楽しかった。また行けたらいいなと思ったがそれは私のわがままだし、ヴィンセント様が優しくしてくれるのは私が婚約者(仮)だからだ。だからその想いは口にせず心の中に仕舞った。
その他にもパーティーで着るドレスや、マナーの再確認など細々としたことをこなしていく。それに仲睦まじい演技のためにヴィンセント様と一緒に過ごすことも多く、お互いのことをたくさん知っていった。
キルシュタイン公爵領から王都までは距離があるため、余裕を持ってパーティーの二週間前に公爵邸を出発した。途中休憩を挟みながらも三日前には王都にあるタウンハウスへと到着した。私が公爵領へやって来た時に乗った馬車とは段違いの速度だ。時間に余裕があったのでヴィンセント様と王都を探索したのは楽しい思い出である。
そうしてあっという間にパーティー当日を迎えた。




