12 ヴィンセント視点
私は今日も屋敷にある図書室へと来ている。今まではあまり足を運ぶ場所ではなかったのだが、最近はよく行くようになった。なぜならここで彼女、レイと会っているからだ。
「こういうのはどうだろうか?」
「でもそれならこうした方が――」
レイとの会話は楽しい。話してみると彼女は賢く、そして非常に優秀な人材だとわかる。料理や裁縫が得意だそうで、さらにメイドなのになぜか経済や領地経営にも明るいときた。所作もきれいである。もしかしたら彼女はどこかの貴族令嬢なのかもしれない。私の中の貴族令嬢のイメージとはかけ離れているが、これだけの教養を持つ彼女は平民ではないはずだ。
しかしそれを彼女に聞くのはダメなような気がして気づかないふりを続けている。彼女には彼女の事情がある。それをわざわざ聞き出すようなことはしたくなかった。
「なるほどな」
「まぁあくまでも理想ですけどね」
「いや、目の付け所はいいと思うぞ」
「そうですか?ヴィンセント様にそう言っていただけると嬉しいですね」
「そうか?」
「そりゃそうですよ。何て言ってもヴィンセント様は公爵様ですからね。私のような使用人の言葉を聞いてもらえるだけでもありがたいくらいです」
「私は身分で差別はしないぞ」
「それはもちろんわかっています。ヴィンセント様が治めているからこそ公爵領はここまで発展しているんだなって日々実感しているんですよ」
「どうだ?ここは住みやすいか?」
「はい。この間休みの日に初めて街に買い物に行きましたが、活気が溢れていました。ご飯も美味しいし欲しいものが何でも手に入る。楽しくて気づいたら門限ギリギリの時間で焦りました」
「…誰かと街に行ったのか?」
「?いいえ。一人で行きましたよ」
「今度からは誰かと行くんだ。治安がいいと言っても一人だと危ないからな」
「うーん、そうですか?じゃあ次は庭師のダンを誘ってみようかしら」
「ダン?」
「はい。実はあの大木のことが気になって声をかけたんです。そしたら歳も近いし気さくな人で仲良くなったんですよ」
「…」
「ダンが一緒なら門限ギリギリまで出掛けてても問題な」
「ダメだ!」
「え?」
「い、いや。年頃の男女が一緒に出掛けるのは…」
「あ…。たしかに男性と二人きりで出掛けるのはあまりよくないですよね。じゃあやっぱり一人で出掛けるしか…」
「…私が一緒に行こう」
「えっ!?いや、それはさすがに悪いというか…」
「私もそろそろ街の様子を見に行きたいと思っていたんだ。…どうだろうか?」
なぜか私は自分でも驚くような提案を彼女にしてしまった。彼女が他の男と出掛けると聞いて咄嗟に口から言葉が出てきたのだ。彼女の口振りからして庭師の男とはただの友達なのだろうが、なぜか心がモヤモヤして嫌だなと思った。
(このモヤモヤは一体なんなんだ?)
生まれて初めての経験で私は答えを持ち合わせていない。ただわかるのはこのモヤモヤが不快だということだけ。
「…返事は少し待ってもらってもいいですか?」
「っ!…嫌か?」
「あっ!嫌とかそういう訳じゃないです!ただ…」
「ただ?」
「…実は私、ヴィンセント様に伝えていないことがあるんです」
「それはなんなんだ?」
「えっと、その、私一人では判断するのが難しくて…」
彼女の困った顔を初めて見た。私は彼女を困らせたいわけではないし、私のことが嫌だというわけでもないのならここは素直に待つことにしよう。
「わかった。返事は待つことにしよう」
「あ、ありがとうございます」
「できたらその時に私に伝えていないことも教えてもらえたら嬉しい」
「…わかりました!」
彼女は困った顔から何かを決意したような顔になっていた。彼女が言う私にまだ伝えていないこととはなんだろうか。
私がその答えを知るまで、あと少し。




