9 葉子との関係
「ちょっと、危ないじゃない。私にじゃないとしても、ちゃんと丁寧に扱いなさいよ……え?」
美優は戸惑うように優陽の目を見た。
優陽は両手でチョコを美優に手渡した。
「このチョコ、1つは母さんになんだ! なんだ、その、いつも、ありがとうって」
「本当に?」
「うん」
「ありがと」
「もうひとつは石塚さんに……って知らないか」
「石塚さん? 待って、石塚葉子さん?」
「そうだけど、なんで知ってるの?」
「やめなさい! その子じゃあ優陽に似合わない!」
美優は眉間にシワを寄せ般若のように怒りをぶつける。
「どうしてそんな事を」
「理由は言えないけど、釣り合わない」
「母さんには言われたくないよ」
「絶対に失敗するから。違う子見つけなさい」
「僕と彼女が決めることだ!」
優陽はチョコレートを持って2階に避難する。
冷房をつけとけば溶けないだろう。
冷房ガンガンの部屋で夜通しゲームを続けた。
◇
次の日。
優陽は目が覚めるとお昼だった。
「あーあ、また異世界に行きそびれた」
優陽は起きるといつもそんなことを思っている。
お腹が空いたので、下に向かう。
美優は仕事に行っているらしく人の気配はない。
ハンカチはテーブルの上においてあった。
「ご飯は、冷凍のチャーハンでいいか」
優陽は冷凍庫を探り、見つけたチャーハンを温める。
「いただきます」
優陽はリビングに座って、テレビをつけた。
対して面白い番組はない。
クッキングの番組を見る。
中華あんかけを作るらしい。
優陽はあまりの手際の良さに驚く。とても美味しそうな中華あんかけだっだ。
「青井さんに連絡しておこうかな」
優陽は小春からもらった紙切れの電話番号に電話した。
『もしもし。僕です、石井優陽です』
『石井君? どうしたの?』
『相談にのってもらいたくて』
『何かあった?』
『はい、実は家の地下にお墓がありまして、石碑には何も書かれておらず、中には遺骨はありませんでした』
『へえ……それはおかしいわね』
『母親にも聞けず、ここにいるのも怖いです』
『ごめんね、旦那がいるから私の家泊めてあげられないの』
『あ、いや、そういう意味で言ったんじゃなくて』
『そうねぇ、自立してみれば? せっかく石井君のアパート空いてるんだし』
『あ。……それ良いですね』
『たまには家政婦の代わりに行っても良い?』
『それは、いけません』
『何も変なことしないわよ?』
『もう大丈夫です、ありがとうございました』
『また何か進展あったら教えて』
『はい、失礼します』
優陽は丁寧に言いながら電話を切った。
アパートか。ここにいるよりかマシかな。
優陽は心が穏やかになるのを感じた。
石塚さんに会いたいな。
優陽は風呂に入って、汗を流した。
夜、美優が帰ってくるまで、2階に行き、ゲームを進めた。
夕ご飯は麻婆豆腐だった。
そして再び月曜日がやってくるのだった。
◇
その日の朝、優陽は12分早い電車に乗り込み、車両を移動する。
なかなか見つからない。
もしかして騙されたのか?
「あ、石塚さん」
優陽はようやく椅子に腰掛けている葉子を発見し、ホッとした。
「おはようごさいます」
葉子は目を合わせて微笑をうかべた。
「おはようございます、これハンカチとお菓子です」
優陽は保冷剤の入ったバッグを差し出した。
「え? 開けてもいいですか?」
葉子は嬉しそうに中を確認した。
「お高いチョコだ、お菓子屋ならどこでも良いのに」
「良くないです。葉子さんのお陰でこんなにも人生が楽しいのに」
「まあいいです、ありがとうございます」
葉子は保冷剤のバッグをハンドバッグにしまった。
「石塚さんっていつからチョコが好きなんですか?」
「子どもの頃からですね。失踪した父がよく買ってきてくれていました」
「失踪って。僕の父親も失踪しているんです」
「え?」
「今探してて」
「もしかして」
「父の名前は」
「「太陽?」」
葉子と呼んだ名前が一緒だった。
つまり優陽と葉子は異母兄妹であったのだ。
優陽は混乱する。
異母兄妹は結婚することができないと言われている。
「9年前に母が海岸で飛び降り自殺してて、その時、父が行方知らずで捜査されていたんです。それから養子になって石塚葉子という名前になったんです」
「まさか、父さんが浮気していたなんて」
「マグロ漁船で出会ったんだって昔聞いたけど、浮気していたんだ。……知りたくなかったな」
「泣かないでくださいよ」
優陽は泣き出す葉子を見てどうにもできない歯がゆさを感じた。
葉子は新しいハンカチを取り出して涙を拭った。
「どうにもできませんね、もう次の駅だ」
そういい立ち上がった葉子に、優陽はなけなしの勇気を振り絞り、葉子を後ろから抱きしめる。
「石塚さんは僕が守る!」
「気持ちは嬉しいんですが、人目を気にしてくれますか?」
「あ、すみません」
「いえいえ」
葉子と優陽は改札をくぐる。
「誰もいなければ抱きしめてもいいと?」
「違います! 私に気安く触らないでください!」
「そんな事言わないでください」
「私が触りたくなったら、私から触ります」
「それって口説いているんですか?」
「違いますよ!」
葉子は赤面した顔を手で仰いだ。
デイケアは2人で言い合いしながらのろのろと向かった。
「あれ? 今日も一緒に来た!」
舞桜が驚きの声を上げる。
「今日も偶然、一緒の電車に乗って来たんだよ」
説明をしながら、優陽は葉子が何事もなくスタッフルームに入るのを見届けた。
「おはようございます。今日の朝の司会をしてくれる人?」
俊の声にいち早く反応したのはイヌタンだった。
「今日のプログラムは午前クッキング、ストレッチ。午後お仕事カフェ、クラフト活動です、今日も暑いので水分補給しっかりととりましょう。体操をします、上ー、右ー、左ー、前ー、後ろー」
イヌタンが暗号のように体操をするので、優陽もかじりつくように真似して対応した。