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8 地下室へ

 電車から降りて財布から切符を出す。その時、桜歌の電話番号の書かれている紙が目に映った。


「石橋桜歌さんか。叔母さんって呼べば良いのかな?」


 優陽は冠婚葬祭にはあまりでたことがなかった。記憶力の薄い幼少期の頃に、葬式が行われたことをうっすら覚えているだけで、その一度しかなかった。つまり祖父母の1人以外はまだ生きているということだ。流石に亡くなった人がいて、優陽だけをハブるなんてことは美優はしないだろう。

 優陽は電話をするため、家の付近の喫茶店に入った。その時、雨が降り出してきた。




 ◇

『もしもし、僕、太陽の息子の優陽と申しますが、桜歌さんですか?』

『お兄ちゃんの息子の優陽君かぁ、久しぶりだねぇ、叔母さんでいいよぉ』

『いきなりのお電話でびっくりされたでしょう、すみません。実は父の太陽を探してて……、何か手がかりないですか?』

『えー? 行方不明なんだぁ?』

『なにか知ってませんか?』

『連絡とってないし、最近は知らないなぁ』

『26年前くらい前に失踪したんですけど。昔のことでも構わないので何か知りませんか?』

『それぐらいの時期だったかなぁ? カジノで1億負けて、美優お義姉さんがお金はなんとかするけど、数年間はマグロ漁船で稼ぐから離婚は勘弁してくれって話しになって、了承を経たんだぁ。そして約9年前、石井家に帰ってこれたからってお菓子折りを持って私の家に来たけどぉ』

『僕が引きこもりになった時期と被ってる』

『美優お義姉さんに聞いてみようか?』

『いいえ! それは僕が聞くんで!』

『分かった、こっちでもお兄ちゃんの居場所調べてみるね。何かあったらすぐに電話してね』

『はい。ありがとうございます、失礼します』

『はーい』


 ケータイを置いて、キャラメルマキアートを飲む。

 すこぶる甘い。一気に飲むと泡でヒゲができそうだ。美味しかった。

 自宅に戻ることにした。


「おかえり、優陽」

「ただいま、母さん」

「今日は冷やし中華よ」


 美優は段取りよく食材を切っている。


「この家に」


 優陽は言いかけて止めた。

 この家にもしかしたらどこかに太陽が美優に閉じ込められているのか? 

 俗に言う調教されているかも知れない。そうすると自分が太陽を探していることを美優に気づかれてはならない。


「なあに?」


 包丁を持った美優は横顔で優陽に笑ってみせた。


「えっと、もう虫とかいないのかなって」

「多分大丈夫だよ」


 美優は目線をまな板に戻した。

 優陽は閉じ込められているだろうと思う場所から、夜の内に調べてみようと思った。そして2階へ行く。


「あと15分後に降りてきてね」


 美優は平常だ。


「はーい」


 言い返して優陽は太陽のことを思いやった。

 どこにいるのだろう。自分だったらどこかにつれていくか? 美優と太陽の使っている防音室が怪しい。それにしても、本当にいたらどうしよう。


「警察に届けても保護してくれるか?」


 優陽はだんだん怖くなってきた。

 しばらく考えていると、インターネット上で聞いてみるという名案が浮かんだ。


『引きこもりをしていたら、父親が依然として失踪しているのだが、助けてほしい』

『ま?』

『中学2年の時に失踪している。俺は32歳の時まで働いていて後に引きこもりに。41の俺は少し前に脱引きこもりをした。母親に父親のことを聞いても知らないとの一点張り。叔母に聞くと、俺が引きこもりしている内に帰ってきたらしい。しかし、またいなくなった。庭に産められてないかドキドキしている』

『まず焦らず、彼がどこで働いていたのか確認し、無断欠勤していたのなら警察に届け出ましょう。既に事件や事故に巻き込まれて死亡している可能性もあります。探偵を雇うのも1つの手です』


 ついたコメントに大きく深呼吸する優陽。


「警察もしくは探偵か。事件になってたらとっくに新聞やニュースに乗ってるはず。まさか母さんが? いや、そんなはずない」

「優陽ー、ご飯よ!」

「今行く!」


 優陽は下に降りていった。

 出てきたものは氷の入った普通の冷やし中華だった。


「いただきます」

 ものの5分で食べ終わった。

 優陽は食べたりないので冷蔵庫を漁る。アロエヨーグルトを見つけたので、それもぱくつく。


「じゃあ、私お風呂はいるから」

「うん、先どうぞ」


 優陽は美優が風呂に入っている間なにかできないかと、防音室に狙いをつけた。

 ガチャガチャ!

 鍵がかかっている。

 優陽はこっそりと美優のキーケースをとりに行く。横付けされた洗面台に置かれたバッグを探った。

 あった。

 5つ、鍵がついている。


「よし。この鍵のどれかだ」


 防音室に舞い戻った。


「開け、開け」


 優陽は次々に鍵を差し込み、ドアノブを回した。


 カチャ!


 開いた。


 急いで、美優のバッグに鍵を戻しに行く。


「優陽?」


 美優の声が後ろから聞こえる。ガラス戸が開かれる。

 バッグには間に合わない。

 優陽はとっさにタオル入れにキーケースを持った手を突っ込んだ。


「ごめん。自分の部屋でお茶こぼしちゃって、タオル借りに来た」

「そう……、着替えるから出ていって?」

「はいはい」


 優陽はタオルでキーケースを隠しながら洗面所から出ていった。

 後で戻せるタイミングで戻そう。

 優陽は歯を磨く。そして2階へ。


「車の鍵と家の鍵と防音室の鍵はわかったけど、あと2つ、どこの鍵だろう」


 おおよその見当もつかないが、まあいい。

 美優が寝静まるまで仮眠をとった。そして優陽は寝ぼけまなこをこすりながら起き出す。

 時刻は午前2時。

 外は真っ暗だ。

 さて、早めに探検しておこう。

 優陽は電気をつけずに下へ降りていく。懐中電灯を片手にもち、何があってもいいように身構える。

 迷いもせず、防音室のドアを開けた。

 そこにあったのは、大きなグランドピアノ、トロフィー、トランペットの入っているであろう楽器カバン。そこかしこに楽譜が散乱している。

 恐る恐る、中に入っていく。

 ガチャ!

 美優にバレないように内側から鍵をかけた。

 グランドピアノの正面の床に引きずったあとがある。

 どうしようかと思っていると、グランドピアノはいきなり姿形を残さず消えた。まるで最初からなかったかのように。

 グランドピアノのあったところに、地下室への入口の蓋が見えた。

 蓋は軽々開けることができた。

 中に入ってみよう。

 優陽は中のはしごに足をかけた。

 心臓が高鳴っている。

 優陽は10段の足場を踏み地下の床に降り立った。

 中は狭い。幅が1人分の廊下を進む。

 急に広くなった。

 ゴロゴロ、ピシャーン

 雷がなっていた。

 優陽は怖くて床に突っ伏す。

 床はススやこびりついた灰とホコリでいっぱいだった。


「はあはあ、スーーハーー。誰かいますかー」


 呼吸を整えて、小声で呼びかけてみる。

 目の前を懐中電灯で照らす。

 墓があった。

 優陽はちびっていた。

 墓にはしおれた仏花が飾られていた。石碑に名前は書いていない。古びた墓だ。仏花を飾って、半年以上はたっていそうだ。

 チチチ!

 すぐ横でネズミの声が響いていた。

 拝石はやはり少し引きずられたような跡がある。

 ケータイで墓の開ける説明を読む。

 カロート、つまり墓のした部分の空洞をこじ開けた。

 中は…………何も無い。

 普通骨壺があるはずだった。

 この墓は何なのか?

 これ以上の情報はないようだ。

 早く引き返す方が良いと身体が危険信号をだしている。

 大人しく帰り道を進んだ。

 地下から地上へ出る。


「ふう、……あぶね!」


 優陽が防音室の窓際に移動したところ、グランドピアノが出現した。

 窓際はカーテンで太陽の光も、月の光も遮断していた。

 骨壺にない名無しの墓は一体何だったのだろう。

 ゴロゴロ!

 まだ雷がなっている。雨音もやまない様子だ。

 優陽はすごすごと防音室を出て鍵を閉め、1階の美優の部屋に行く。美優は眠っているようだ。バッグの中にキーケースを入れて、いそいそと2階へ移動した。


「あの墓はまさか……まさかね」


 言いかけた優陽はベッドに横たわった。すぐさま眠気に襲われた。

 地下にあのような空間があるってことはいつかは自分も?


「ごめんね、あの秘密を知られた以上、ただで置くことができないの」


 美優の声が聞こえた瞬間、首を絞められていた。


「か、あ……苦し……」


 目の前が暗くなった。


「優陽、ご飯よ!」


 美優の声がして、優陽ははっと目を覚ました。


「は、はい!」


 優陽は背筋が凍る思いで返事をする。

 まさか、殺される夢を見るとは。

 気分を切り替えよう。今日は葉子に送るお菓子を買いに行くため、都心まで行く予定だ。

 優陽は意を決して下のリビングへ向かった。

 ハムエッグにトースト、牛乳というオーソドックスな朝食をとった。


「どうしたの? 怖い顔して」

「あ、ああ、悪夢を見て……首を絞められて殺される夢」

「それって逆夢じゃない? 首は財力の象徴でもあるからお金の悩みが解消されるんじゃない?」

「そうだね。僕、ちょっと都心まで買い物していくけどなにか買うものある?」

「んー特にないけど、じゃあ障害者年金の申請しとくね」

「宜しく、あと洗濯してもらいたいものがあるんだけど」


 優陽は美優に例のハンカチを渡すと、半袖に着替えた。帽子をかぶる。

 太陽光がレースのカーテンから差し込んでいる。

 良い日になりそうだ。

 優陽は電車に乗ると1時間近くかけて、都心にあるチョコレートの専門店まで足を運んだ。

 ハートの形のチョコレートの入った包みを2つ買った。あらかじめ持ってきた保冷剤のバッグの中に入れた。

 初夏のため暑い。それに引き換えビルからの入り口付近の冷気がすごい。しかし、室内の温度を下げるために発生した熱で外が熱くなっている、これがヒートアイランド現象というものだろう。

 優陽は近くにあった牛丼屋で牛丼を食べる。

 昨日は怖い思いをしたものだ。あれが美優の太陽に対する思いなのか? それとも、他の誰かの墓か? いや怖いことは考えないようにしよう。

 まだ日が高い内に電車に乗って帰ることにした。

 電車の中の冷房はとてもよく効いている。

 寒いくらいだ。

 約1時間揺られて、地元についた。


「母さんは、いないのか。そういえば、あの時、なんで、ピアノがひとりでに消えたんだろう」


 冷蔵庫にチョコレートを入れて、2階へあがった。

 ベッドにのり、月曜日の一本早い電車を調べる。

 12分、早い電車に目を留めた。この電車に違いない。保冷剤のバッグごと渡そう。

 3時間後。

 ♪


「うぇ?」


 優陽はまたケータイがなったことに驚き、変な声を上げてしまった。

 ケータイには美優の名前がでてきている。

 優陽は気づくとベッドの端に寄っていた。美優の声を聞くのが怖かった。

 ベッドの中央で鳴り響く単調な曲が恐怖の象徴のように鳴り響いていた。


「はあはあ、ウォエエ」


 優陽はゴミ箱に吐いていた。

 何故こんなにも怖いのかと言うと、誰かがこの家の下に埋葬されていて、そして取り出した人がいるという事だ。

 優陽は水を飲みに下へ降りた。そして、天然水をコップについで飲んだ。

 ああ、美味しい。

 不思議と気持ちが落ち着いてきた。

 今はいないが、屍がひとりでに動く妄想に苛まれた。

 再び2階へ。吐瀉物をトイレに流して、ゴミ箱を綺麗にした。

 我慢しなければならないのか? ぶっちゃけてしまうか?


「でも、母さんが怒って殺されかねんくない?」


 優陽は怯えるようにシーツの中で小さく丸くなり、目を閉じ、耳をふさいだ。


「優陽ー、無事帰ってきたのね、心配しちゃったよ」


 美優の声に優陽は目を開けた。

 いつの間にやら、もう夜の9時だ。

 優陽はすっかり寝入っていた。


「ちょっと、いるなら返事くらいしなさい。まったくもう」


 美優は怒気のある声を上げる。


「勝手に部屋に入ってくるなよ。体調が悪いんだ」


 優陽は美優の顔を見ることができなかった。


「おかゆ作るよ。卵入りの!」

「部屋の前に置いといてくれ」

「わかったけど長い引きこもり生活はしないでね」

「はいはい」


 もう吐き気はしないが少し頭が痛い。寝すぎたようだ。

 明日は日曜日だ。

 今日はオンラインゲームでもして気を紛らわせよう。


「回復、回復」


 優陽は回復役に徹している。

 あまり先頭に立って戦う気にはなれない。

 しばらくすると部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。


「僕自身も回復しないとな」


 オンラインゲームを抜けて、ご飯をとりに行く。。

 おかゆは塩加減が絶妙で美味しすぎた。米のひと粒さえもったいなく、すべて平らげた。

 下に持っていくのは面倒で部屋の前に食器類を置いといた。

 ああ、ニートで引きこもりのいつもの毎日に早戻りだ。


「ねえ、優陽、冷蔵庫のチョコどうしたの?」


 "チョコ”という言葉にハッとした。

 そうだ!

 優陽は猛攻するように部屋の外に出て階段を踏ん切りつけて降りていく。美優の手にあるチョコレートをぶんどるように奪った。


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