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19 リハビリの最中

「優陽さん、おむつ替えましょうか」


今度は男の看護師が女性の看護師と入れ代わり立ち代わり入ってきた。


「はい」


優陽はお昼後のこのおむつを替える時間が苦手だった。

早く歩けるようにならなければ、このままでは0歳児の朝陽と同じだ。

身体がちょうど横に向いているので、逆向きにされながらおむつを替えた。ついでに陰部洗浄もされた。ズボンを上げたり下げたりされてなんとなくむず痒かった。

看護師は布団を優陽に被せると何処かに行ってしまった。

優陽は少しの時間でもリハビリに費やした。没頭しているといつの間にか夕食の時間になっていた。

時計の針は留まることを知らなかった。




意識を取り戻して3日目。今日を入れて、余命48日。

優陽は右腕の力で身体を起こせるようになった。


「母さん、僕の部屋の引き出しにあるレターセットを持ってきて欲しい」


優陽の隣には面会中の美優がいた。


「誰かに手紙書くの?」

「そうだけど」

「葉子ちゃんくらいしか思いつかないけど」

「ち、ちち、違うよ!」


優陽は必死で否定したが美優は口元を緩ませている。


「ふうん、わかった」

「あーあ、早く、母さんの飯食いたいなあ」


優陽は話を変えようと必死だった。


「ふふ、そんな美味しい?」

「病院食よりはな」

「そろそろ時間だ、またね」

「うん」


部屋からでていく美優の姿を見送った。

その後、いつものリハビリ中に驚異的なことが起こった。

それは、左の腕に力が入るようになったのだ。左手だけで軽く挙手できるようになった。しかし、それだけではなかった。昼食まで昼寝していたら、足首あたりにひんやりとした手の感触があり、その手が足つぼマッサージしてくれたという体験だったのか夢だったのかわからない不思議な出来事があった後、左足の感覚が戻ってきた。10センチと、わずかながらも左足が上がるようになった。


「石井さん、食事です」


若そうな茶髪の女性の看護師が来た。

リクライニングベッドは優陽を起き上がらせた。


「お姉さん、僕、左の足と手が少し動くようになりました」

「へえ、それは良かったですね」


その看護師は他人行儀だった。


「食事は自分で食べます」

「食欲あります?」

「いや、リハビリとして」

「それでは、食べている所を見てます。食べやすいように御飯茶碗におかずをまとめますよ」


看護師は粗挽きにしたようなささみとブロッコリーやにんじんの入っているであろう粗みじん切りしたサラダをおかゆの上に乗せた。


「ありがとうございます、いただきます」


優陽はスプーンを右手で器用に使って、お粥とおかずを混ぜながらゆっくり食べる。噛む力は衰えていない。

しかし、相変わらず薄味だ。

少しこぼしながら、完食すると、彼女はさっさと食器類を片付けて出ていこうとする。帰り間際に押されたリクライニングで優陽は再び寝かされた状態になった。


「床ずれ予防に来ましたよ。あれ? もしかして」


恰幅のいい看護師はお役御免だった。


「はい、自分で寝返り打てます」


優陽は思った以上に身体が回復しているようで寝返りを打てるようになっていた。


「まあ、まあ、そのこと主治医に話しときますね」

「でも寂しいので、ちょいちょい来てください」

「うふふ、わかりました。おむつももうじき取れそうですね」


彼女はそう言うと、また男の看護師とすれ違った。


「おむつ替えに来ました」

「僕、左の手足少し動かせるようになりました」

「これからが楽しみですね。じゃあ右向きになってください」


彼はそう言うと、右を向く優陽のおむつを替えながら喋り続ける。


「ありがとうございます。おむつ替えるのが楽になりました。…………進歩しましたね。これからもリハビリ頑張ってください。それでは」


彼は笑いながら汚物を入れた袋を片手に優陽に手を降った。


「こちらこそ!」

優陽も右手で手を降った。

左手は肘が曲げられるなったので次は高く上げてみようとした。それはできず、指も握れなかった。それでも少しずつ、感覚は戻ってきている。


「1、2、3」


優陽は左手を上げる練習をする。左の手のひらで軽く挙手することはできるが、その手を真上に上げることはできなかった。


「時間はまだある、焦るな、僕」


優陽は自分を鼓舞する。

それからは多くの時間をリハビリに費やした。




4日目。今日を入れて、余命47日目。


今日も面会の時間が優陽の心を癒やす。

優陽は葉子からレターセットを受け取った。


「葉子さん。聞いてください。左手足動かせるようになったんです」

「まあ、本当? 見たい」


葉子は嬉しそうに首を振るう。

優陽は軽く左の手足を持ち上げた。手は手のひらを見せるように、足は15センチくらい浮き上がった


「今はこのくらいですが、これからはもっとリハビリします」

「うん、頑張ったね」


葉子はキラキラした目で優陽を見た。


「ありがとう」

「美優さんが、行きたい所は全部行こうって」

「楽しもうな」

「朝陽はまた大きくなったよ。写真見る?」

「見る!」


優陽は葉子のケータイに目をやった。

髪の生えてきた朝陽はまた一回りくらい大きくなっていた。


「朝陽に会いたいなあ」

「赤ちゃんは子守が必要だからね」

「子守、……コモリ?」

「何言ってるの? じゃあ私はそろそろお暇します」

「うん、気をつけてね」


優陽は葉子が帰った後、右半身で伸びをする。そしてその勢いで余りそうな便箋に正の字で余命を書いた。

手紙は書かなかった。というよりも、便箋が涙に濡れ、ぼやけて書けなかった。



5日目。今日を入れて余命46日目。


目が覚めると足の筋肉に違和感を覚えた。

左足がゆっくりながら動かせるのだ。完全に治ったわけではないが感覚を取り戻していた。

ナースコールを押す。


『どうしました?』

「主治医を呼んでください」

『今日は往診だから違う先生ですね』


太った先生が病室に入ってきた。


「どうしました?」

「足が動かせるようになったんです」

「えーーーっと。左半身片麻痺の石井優陽さんだったね」


先生はのんびりとカルテを読んだ。

優陽の左足はゆっくり、いきいきと曲げられた。


「このまま様子見ましょう。主治医には私から話しておきます」

「ありがとうございます」



6日目。今日を入れて余命45日。

憩いの面会が済み、お昼を食べた後のことだ。


「石井さん、そろそろこの場所から移動したいと思いませんか?」


優しそうな理学療法士が優陽に疑問を投げかけた。ネームプレートには理学療法士の姫吉由佳(ひめよしゆか)と書かれている。


「まあ、そうですね」

「それでは車椅子に乗ってみますか? 立つリハビリもしましょう」

「ええ? 僕にはまだ無理ですよ」

「大丈夫です。自分を信じて。もうカテーテルとおむつも、今日とります。隣にポータブルトイレを設置するのでそこで用を足してください」

「……はい」


姫吉が言っている間に、おむつを替えるいつもの看護師がやってきた。


「代々木君、主治医から話は聞いたよね?」

「はい、導尿解除、おむつはずしでということを聞きました」

「私は車椅子お持ちします。しばらくお待ちください」

「はい」


代々木は優陽のおむつをはずし、尿道カテーテルを取る。リハビリパンツを履かせられた。

先程の姫吉は車椅子を用意して代々木と入れ違う。


「介助しますので、一度床に足をつけてください」


右側から、ゆっくりと床に足をつけた。左足も同様に。一瞬ふらふらに立って、姫吉に支えられて、車椅子にもたれかかるように座った。

彼女が車椅子のベルトをしめた。


「行きましょう」

「は……はい」


優陽は姫吉と病室を出ると、長い廊下を進んだ。突き当りを右に曲がると手すりのある廊下が広がっていた。

優陽には途方もなく長い廊下が広がっている気がした。


「さあ、手すりを持って、立ちますよ。10秒からいきましょう」


姫吉に声と顔のギャップにに恐れおののきながら、優陽は手すりに掴まり、立ち上がる。右手に余計な力が加わっているのがわかった。


「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10」


姫吉の声にビクビクしながら立っていることに成功した。


「1分休んで、次は片足立ちです」


姫吉は車椅子に座るように手で示した。

優陽は腰をかけた。


「デイルームには平行棒もあるので、明日からはデイルームに行きましょう」

「はい」


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