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18 リハビリスタート

「優陽、今日もいい天気だね」

「母さん?」


コモリ改め、優陽は身体が思うように動かなかったが、頭部を浮かせることはできた。しかしその行為で頭が傷んだ。苦痛に顔を歪める。


「優陽! あなた、大丈夫なの!?」


美優の顔が視界に入ってきた。

それはデジャヴのようだった。


「大丈夫。僕は……1ヶ月と20日くらい眠っていた」

「え? なんでわかるの? やっぱり意識あったの?」

「いや、なんでもない」

「なんでもなくない!」


美優は複雑な顔をして叫んだ。


「どうしました?」


老齢の看護師が病室に入ってきた。


「優陽が目を! 医者を呼んでください!」

「わかりました、待ってください。けど、主治医は初診で今いないから、違う先生ね」


老齢の看護師はすぐにいなくなった。


「母さん、僕、異世界に行っていたんだ。異世界と行っても母さんの知ってる所だけど」

「異世界って? テイアのこと?」

「そう…………」


優陽の声はそこで止まる。

半月牧場作業所に行ってきたと、声がでなかった。


『わー! 何言おうとしてるんですかー? 異世界のことは他言無用でお願いしまーす』


突然の脳裏に流れる神様の声で日本に帰れたことと約束を実感した。


「優陽?」

「とにかく、僕は後1ヶ月と20日しか生きられないんだ。生き返らせるのも多分無理だろうと思う」

『今日を抜かすと1ヶ月と19日になりますー。何でも叶える願い石でも100%生き返りませーん』


神様のお告げが聞こえた。


「矛盾してるだろ」


優陽は呟く。


「何言ってるの? 死ぬって? え? 精神科行く?」

「自殺はしないよ。そうじゃなくて。願い石でも生き返らせることは不可能だって」

「願い石のことを知ってるということは……」


美優は発音をやめる。

それは痩せていて、度の強いメガネをかけている医師の先生が入ってきたからだ。白衣を着用している。


「聞きたくないかも知れませんが答えてください。自分の名前は?」

「石井優陽」

「年齢は?」

「41歳」

「家族は?」

「母親と、まだ正式に結婚したわけじゃないけど、葉子さんという女性と赤ちゃんの朝陽です」

「あなたは頭に怪我をしたこと覚えてますか?」

「首に当たったと思っていたんですが」

「かすった程度で、脈は切れてません。頭の傷は、前に受けた打撲と同じところでしたのでなおさら効いたのでしょう。身体は五体満足ですか?」

「左の手足が思うように動きません。身体も少ししか浮かせられません」


優陽は肩から神経がおかしくなっているのを見せつけるように左肩から腕をぶらつかせた。

だらんとした手が印象深いようで、先生はまじまじと見る。


「先日、身体が健康か、脳と身体のMRIの結果でました。今日もとりましょう。1ヶ月前に内視鏡手術をしたので予後の方を確認しました」

「伺ってます。どうでしたか?」

「前回と前々回と比べて脳は回復の一途を辿ってます。今はおそらく寛解する脳出血による片麻痺以外に、特にこれと言った病気などはございませんでした。……ただ、肥満気味ですね」

「そうですか。ありがとうございます。ですが何か息子が自殺予告してます、どうすれば」

「母さん、僕は大丈夫だから」

「それなら、精神病院に転院なさいますか?」


悪気のない先生の言葉が優陽の精神を蝕むように黒い感情が湧き上がる。

優陽はそれが何なのかわからずにいたが、残りの寿命は葉子と過ごしたいと願っていた。


「転院はしなくても平気です。自殺なんてしません」

「それでは脳が少し回復するまで3ヶ月以上の間、入院してください」

「3ヶ月?」

「リハビリを頑張りましょう」

「だめだ! 1ヶ月で退院する」

「身体が治らなくてどう生活なさるおつもりですか?」

「身体さえ治れば早く退院できるんですか?」

「これは病院の規則です」


先生は顔色一つ変えず言い切った。


「そうだよ、優陽、焦らないで!」


美優は優陽の右肩に手を置いた。


「ほしいものがあるんだ」

「身体が良くなれば外出の許可は出せますから」

「そうですか、それならいいです」


優陽はあっさりと了承した。


「夕食を用意させていただきますので私は離れます。食べ終えたらMRIをとるので。お母様も面会時間は後5分です。それでは」


先生は早々に引き下がった。


「そうだ、あなたの父と葉子ちゃんのDNA鑑定結果きたよ」

「そのリアクションなら平気だな」

「うん、血はつながっていなかった」

「で、葉子さんは今何を?」

「朝陽の世話をしていて、交代でお見舞いに来てるの」


美優は優陽の尿道カテーテルを見た。


「車椅子で電車はきついかな? 左は弱点だな、ははは」


優陽は笑いながら傷心する。


「遠くに行くの? 乗せてこうか?」

「1ヶ月半で、リハビリして少しでも左半身を動かせるようにしたい」

「行けるといいね、それじゃあ、また来る。明日は葉子ちゃんだから」


美優は安心した顔で病室からでていった。


「葉子さん、無事で良かった」

優陽は看護師に食事を持ってきてもらった。

それは口腔疾患食だった。

一口ずつ、看護師に食べさせてもらった。味気なく完食はできなかった。歯磨きも同様にしてもらった。

余命がわかっていながらも、病院に入院するって不思議なことだ。しかし、そのような人は多いのだろう。

優陽の心は闇が渦巻いて、表情はなくなってきていた。

MRIを取るようでシーツごとストレッチャーに乗せられた。それは狭くて暗いトンネルに引き込まれているようだった。

20分くらいするとベッドに戻された。


「電気消しますよ」

「はい」


優陽は、気がつけば、真っ暗闇で1人、身体は寝返りもうてず、希望が打ちのめされていた。






優陽は、はっと目を覚ます。

朝の光が薄いカーテン越しに伝わってきた。


「朝か」


隣の廊下はばたばた、ガシャンガシャンとうるさかった。


「人工呼吸器〜〜〜〜輸血した血液が〜〜〜〜」


話し声と物音から察するに、隣の部屋に急患が入ったらしい。患者の手術は成功したかは定かではないが、このナースステーションの前に面している部屋なら何が起きても、ある程度はなんとかなりそうだ。

音が静かになったのはちょうど、朝食の頃だった。時計の針は8時をさしている。

優陽は相変わらず、左腕が上がらないので、御飯を食べさせてもらう。まず、リクライニングシートで身体を起こした。

今日の口腔疾患食はお粥と、白身魚の細かくしたものと、野菜の細かくしたものと、具のない味噌汁、栄養補助食品の飲み物だった。


「すみません、隣の部屋の人って、どんな人ですか」

「守秘義務がありますので」

「そうですか」


優陽の質問はバッサリときられた。

御飯は半分くらい食べて、食べるのをリタイアした。それは胃が受け付けなくなったからだ。


「お昼の食事の後、男性の看護師が清拭します、それまで寝ていてください」

「待ってください。今日から、リハビリします」

「そうですか? それでしたら、ベッドの上で手足をあげられる訓練をして、それができたら院内を歩きましょう」

「はい!」


優陽は歯切れよく返事をした。しかし、不安はつきものだった。


「1、2、3!」


優陽は看護師がいなくなると、掛け声とともにリハビリを始めた。

左肩はなんとかあげられる。ただ手がついてこない。足もしびれた感覚が伝わるだけで全くと言っていいほど上がらなかった。

もう一度。


「1、2、3!」


右手で左腕を掴み、両手を上げる。

左腕はほとんど感覚がない。

僕はもう一生歩けないのではないかと、涙がこぼれた。


「大の大人が泣かないでください」


あの時と同じ声が聞こえた。そして、涙でグシャグシャになった顔をハンカチで拭かれた。


「よ、葉子さん?」

「優陽さんは大丈夫」


葉子は手袋を外して、コートのポケットにいれると、優陽の両手を掴んだ。

まっすぐした目を向ける葉子の手は暖かかった。

しばらくたって、優陽は葉子に声をかけた。


「葉子さん、無事で良かった。あの時どうなったの?」

「ウェイターの人が警察を呼んでくれたらしく、私を誘拐しようとした人達はすぐにお縄になったんです」

「葉子さん」

「何?」

「僕はこれから異世界に行くことになる」

「え? そうなの、大丈夫?」


葉子は不安げに優陽の顔を覗く。


「いいから聞いてくれ。善意で死んだ人間はそうなると神が言っていた。葉子さん、君にいつか会える日が来る。でも自らで危ないことはしないで。……それか、僕より、いい相手を見つけたらその時は僕のことを忘れて欲しい」

「こんなに好きなのに、忘れられるわけないでしょう?」


葉子は真剣に返した。


「ありがとう。でもしばらく猶予があってね。葉子さんと行きたいところがあるんだ」

「何処に行くの?」

「それを言うのは、後1ヶ月と半分待って欲しい」


そういう優陽の考えを読んだのか、葉子はくすりと笑った。


「そっか。後、1ヶ月と15日で本当に好きなのかわかる日だよね。……優陽さん、いくらでもお世話するから、お願いだから、生き続けて欲しい」

「ありがとう」

「一緒にリハビリ頑張ろうね」

「うん。ところで葉子さん、行きたい所ある?」

「私は、もし行けるのなら、ミーアキャットカフェに行きたい」

「いいよ、行こうか。よし今日からリハビリ頑張ろう」

「ちょっと、無理しないでいいからね」


葉子は、優陽が右のベッドの柵を掴んで一生懸命起き上がろうとするのを見て、慌てて止める。


「右は動くのに左は動かないんだよなあ」

「片麻痺じゃないかな?」

「脳内に傷ができているらしいな」

「不幸中の幸いで眼瞼麻痺になってなくて安心したよ」

「そうだね」

「朝食は食べた?」


葉子は優陽と見つめ合う。


「うん。味気ない食事だったよ」

「ちゃんと食べれただけで偉いよ」

「半分残したけどね」

「そう。今度は全部食べれるといいね」

「葉子さんは?」

「私も食べてきた、もう面会時間の制限の30分になりそうだから行くね」


葉子はおもむろに、優陽の左手の甲にキスをした。


「じゃあ、また来るね」

「うん、ありがとう」


優陽はこれからもずっと、寿命が来るまで生きていたかった。しかし先ずは左半身をどうにかしないと。もう1回。


「1、2、3!」


やはり、肩には力が入るが左手は脱臼したかのようにぶら下がっている。

しばらく、リハビリしていると恰幅のいい女性の看護師がやってきた。


「こんにちはー、床ずれするので身体の向きを変えましょう。手はそのままに。右側に寝返りをうつようにしましょう」


看護師は太い腕で手と膝を持たせて、優陽は体位変換する。

優陽はたやすく横向きになった。


「看護師さん、僕はもう歩けないんですか?」

「歩けるようになった例はありますよ。大丈夫です。焦らなくても」



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