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16 異世界とは

 日曜日、5時。

 優陽は珍しく早く起きた。と、いうのも朝陽の泣き声で目覚めたのだ。

 下に降りるとリビングで葉子が朝陽をあやしていた。眠気は一気に吹き飛んだ。


「葉子さん、代わる! 寝てください」

「ごめんね、起こしちゃったかな?」


 葉子の青白くクマのある顔が寝不足だということを物語っていた。


「あら、皆、早いのね」


 美優も2階から降ってくるように来た。


「まだご飯いいよね、私、録画しといた朝ドラ見るから」

「いいけど。葉子さん、朝陽は僕が見とくので、寝てください」

「ありがとう」

「いえいえ、ここだとうるさいから2階へ。布団は僕が持っていきますので」


 優陽は布団を丸めて持ち上げる。そして2階へ。

 朝陽はその光景を物珍しく見ていた。


「大丈夫そ?」


 葉子は心配げに階段を登る優陽を見上げる。

 優陽は元桜歌の部屋に布団を敷いた。


「全然大丈夫! さあ、お眠り、2時間後に起こすね」

「助かる、ありがとう。おやすみなさい」


 葉子は意識を失うかのように眠った。

 優陽は粉ミルクやおむつ、タオル、水筒などをショルダーバッグに入れ、散歩の用意をする。お昼ご飯用にサンドイッチを作った。

 美優も朝ご飯を作り始めた。

 今日は味噌汁とベーコンエッグだった。

 ピンポーン

 インターフォンがなった。


「誰だろう?」

「僕が見に行ってくる」


 優陽は玄関から外へ出た。しかし表札の前には誰もいなかった。

 放っておこうか? いや虫の知らせかもしれない、一応、2人には話しておこう。


「優陽、誰?」


 リビングで美優の声がする。


「誰もいないんだ、嫌な予感がする」

「そうなの? ふうん。こんな朝から変ね」


 美優はご飯を盛りながら返答した。


「いただきます」


 美優は朝ご飯を食べ始める。

 そのご飯の量は2人分くらいあったがいつものことだ。


「いただきます」


 優陽も美優に習い、ご飯を平らげた。しばらくして葉子を起こした。


「じゃあ、散歩に行ってくる」

「行ってらっしゃい。気をつけて」と美優。

「何かあったら電話してね」と葉子。


 2人は似たもの同士に見える。


「3、4時間くらい、のんびりするよ」


 優陽は以前なら体が拒むほどの外出だが苦ではなくなっていた。

 仲秋でヒヤリとする風が吹いている。

 月が綺麗だろう。

 朝陽も散歩が嬉しいようでニヤけている。

 少し歩くと公園が見えてきた。

 ベンチに座り、朝陽を撫でる。

 朝陽は不機嫌そうに顔をふった。


「ごめん、ごめん」


 しばらくして、優陽は歩いて30分の図書館まで向かった。


「あーーーうーー」


 朝陽は泣き始めた。

 2人はちょうど図書館についた時だった。そして図書館の中の多目的トイレに入った。赤ん坊用のシートがあるからだ。

 優陽は朝陽のおむつを替えた。


「うあーーー」


 それでも、朝陽は泣き止まない。

「朝陽、どうした? お腹空いたのか?」


 優陽は粉ミルクの入った哺乳瓶を取り出し、お湯と水でミルクを作った。

 ゴクゴク。

 朝陽はミルクを飲みだした。


 ゴフォ!


「落ち着け」


 優陽は朝陽に順調にミルクを飲ませていたが、朝陽は急いでミルクを飲むのでむせた。その後、タオルで朝陽の顔を拭いた。朝陽が泣き止んだので、抱っこ紐で抱っこする。その後図書館内をウロウロした。

 子供を育てる本を熟読する。

 朝陽の首が座っているか確認した。

 大丈夫そうだ。


「うん。借りていこう」


 優陽はカウンターで本を借りた。帰路につく。流石に長い距離を抱っこしていると、ベビーカーが欲しくなった。

 公園にたどり着くと、ベンチに座った。

 サンドイッチを食べ終わる頃。


「あうーー」


 朝陽は泣き出した。


「朝陽? どうした?」


 優陽はおむつを替えるのに公園だと不潔なので、家に帰ることにした。

 手紙?

 郵便受けに長3サイズの茶封筒が入っていた。宛名は優陽、差出人は不明だ。切手がないということはそのまま郵便受けに入れたという証拠だ。

 優陽は手紙ショルダーバッグにいれると帰宅した。


「おかえりなさい」

「ん。母さん、朝陽のおむつ取り替えてやってくれ」

「ん、じゃないよ。まったくもう」

「葉子さんは? ホラー観ないの?」

「1作品見て、寝てるよ」

「ん、じゃあ起きたらお昼ご飯作ってやってね、僕はいらんから」


 優陽は朝陽を美優に任せると2階に上がっていった。

 後ろ手で扉を閉めると、ショルダーバッグの中から、手紙を取り出した。


 石井優陽、今すぐ石塚葉子と朝陽を開放しろ。

 お前が葉子を軟禁しているのはわかっている。

 明日、葉子と朝陽を保護しに行く。

 by朝陽の本物の父親、葉子の婚約者。


 葉子とデパートに行った時の写真が中に同封されていた。少々乱暴な字で、赤いマジックで美優と優陽の顔には☓をつけられていた。


「まさか、朝のピンポンダッシュってこの人?」


 優陽は驚いた。かいた汗が三度吹き出した。

 コンコン。

 優陽の部屋のドアがノックされて、開いた。


「優陽さん、おかえり。私の養父母に会いに行くんでしょう? 私もついていくよ。え? その手紙って……」


 葉子は元気を取り戻したように室内に入ってきた。写真を見て唖然としている。


「ただいま、葉子さん。今朝、葉子さんの婚約者が来たらしいよ」


 優陽は呆けたように口を動かした。


「婚約者じゃないよ! 付き合っているなんて言われたこともない」


 葉子は憤慨した。


「私が行かなくなって客がいなくなって、また来るようにっていう脅しじゃないかな」

「うーん。明日は誰が来ても出て行かないでね。絶対に外出を控えるように。母さんと常に一緒にいること! 守れる?」

「守るよ。それで、今日は養父母のところに行くのやめる?」

「やめとこう。警察に脅されていることを伝えておかないとまずいから、いつか行こうな」

「手紙貸して。美優さんに説明してくる」

「あ、ありがとう。僕、明日のデイケア休もうかな」

「行きなよ、私のことはいいから」

「でも」

「いいの! そう思ってくれてるだけで嬉しいから。でもこれじゃあ、いたちごっこになる」

「わかったよ。作業所のこと聞いてくる」


 優陽は1階に降りていく葉子を静かに見ていた。

 そして、その日は近くの交番に行って、相談をした。





 ◇

 翌日。6時。

 優陽は再び朝陽の泣き声で目覚めた。

 1階に降りて見に行くと美優が朝陽をあやしていた。

 葉子は具合が悪そうに毛布にくるまっている。


「おはよー、今日も早いね」

「あー、おはよう、まあ」


 優陽は顔を洗い、うがいをした。


「母さん、相手はいつ来るかわからないから、危ないと思ったら迷わず警察か僕に電話をしてくれ」

「うん、わかった」


 美優は卵焼きを作っている。タコさんウインナーもだ。

 優陽はのんびりとケータイを弄りながら、テレビをつけた。

 今日の天気は晴れだ。

 優陽は朝ご飯を食べて、余裕な時間を持たせて、家を出た。





 ◇

 デイケアに1時間くらい、早くついた。


「おはようございます」

「童貞じゃないじゃん」


 モリコ頬杖をついてそう切り返してきた。


「いきなりそれですか? ていうか、イヌタンさん、僕言うなって言っといたのに」

「ごめん、つい話したくなって」


 イヌタンは申し訳なさそうに背を低くしている。

 ♪

 優陽は確認もせずに通話ボタンを押した。


『もしもし、優陽? 大変よ! 相手がブルトーザーできてて、炎で追払おうとしたら家に火がついて!』


 美優はどこかに走っているように外にいて、声が聞き取りづらい。


『急いで消防車を!』


 優陽の足は外を向いていた。とんぼ返りだ。


『さっき連絡した。葉子さんが体調が悪くて、今担ぎ出したところなの』


 美優は早口でまくしたてる。

 優陽は駅につき、深呼吸をする。


『朝陽は?』

『外。全員無事よ……あ、ちょっと! 何するのよ!』

『母さん?』


 通話が途切れた。

 何があったのだろう?

 電車に乗りながら、3人の無事を祈った。

 電車が止まり、優陽は改札を出る。


「葉子さん、母さん、朝陽!」


 優陽は腰痛を無視して走った。

 呼吸は著しい。

 ビューン!

 なにかのアニメの痛車に目が止まった。法定速度をかなりオーバーしていた。窓を蹴る足が見える。

 瞬時に察した。

 あの足は葉子さんの足だ。とりあえず家まで行ってみよう。

 家の方から焦げ臭い匂いが漂っている。そこに黄色いブルトーザーが道を占領していた。


「母さん?」


 家につくと、石垣の下にへたりこんだ美優がいた。鼻血を出して、額にあざがあった。


「優陽、大変。朝陽と葉子ちゃんが連れ去られたの!」

「あの痛車か?」


 優陽は玄関の焼けた家を見る。鎮火はされているように見える。


「ホスト風の男は何人いたんだ?」

「3人よ。窓を割って入ろうとしたから、玄関から攻撃したの。でも、まさかブルトーザーとご対面になるとは思わなくて。葉子ちゃんと朝陽と逃げている途中で拉致されたの」

「警察には?」

「言ったよ」

「あの痛車、見つけてくださいって言っているようなものだよな? 何が目的なんだろう? 今、SNSで聞いてみる」


 優陽はケータイを操作させている。

 ウウー! カンカンカン!

 消防車と警察がほぼ同時にやってきた。


「いた! 道の駅にいるようだ。じゃあ僕、行ってくる」


 優陽は自転車にまたがり、走らせた。


「気をつけてね! 警察にも話しておくから!」


 そう言った美優を置いて、優陽は自転車を立ちこぎする。

 道の駅までは3キロメートルほどの距離。

 近くもなければ遠くもない。

 優陽は走りに走った。


「葉子さん!」


 優陽は道の駅につくと、痛車の中を覗き込む。しかし誰もいなかった。


「すみません。この痛車の中の人って何処に行ったか知りませんか?」


 近くに止まっていたトラックの運転手に尋ねた。

「レストランに入ってったよ?」

「ありがとうございます」


 優陽はお辞儀してその場を去ろうとしたところ呼び止められた。


「お兄さん、待った。痴話喧嘩してるみたいだったから、話しかけるのは止めたほうがいい」

「僕の奥さんなんです。誘拐されているんです」

「じゃあこれ持っていきな」

「あ、ありがとうございます」


 優陽は小さな秘密兵器をもらった。

 店に入ると、1番後ろの4人席を占拠している2人の男と葉子がいた。

 優陽は今すぐ躍り出て、助けようとする気持ちをぐっとこらえた。


「食え! 朝陽がどうなってもいいのか?」


 大きな声が耳に反響した。


「朝陽を返してください」

「あと、10秒以内に食べ始めないと、朝陽の爪をはぐ」

「食べます、食べますからやめてください」


 葉子は泣きながらいちごパフェを食べ始めた。

 男はトランシーバーのようなもので誰かに何かを語りかけた。

 食べ終わった葉子はテーブルに突っぷす様に寝てしまった。

 どうやら、食べていたものになにかの薬が入っていたようだ。


「すみません、あの3人の他にもう1人、赤ちゃん連れの人来ませんでした?」


 レストランのウェイターにこそこそと話す。

「お客様、どういった関係で?」

「実は、僕の奥さんと子供が誘拐されているんです」

「誘拐?」

「しー! 声が大きいです。それで、来たんですか?」

「いらっしゃいましたが、すぐに出ていかれました」

「そうですか。何処に行くか聞いてませんか?」

「おむつを買うなどと言っておられました」

「そうですか、ありがとうございました」


 この道の駅のすぐそばにある、ドラッグストアにでも行ったのだろう。


「これはチップです、ありがとうございました」


 優陽は1000円ウェイターに渡す。


「待ってください、警察には通報なさったんですか? こちらはなるべく調理のスピードを遅くします」

「まだ、このレストランにいるとは言ってません。逃げられる可能性があるので」

「私が通報いたします。お名前は?」

「僕は石井優陽、さらわれたのは石塚葉子と朝陽です。よろしくお願いします」

「警察が来るまで取り押さえておきます」

「僕はドラッグストアへ行きます」


 朝陽を連れているチャラそうな金髪の男性を赤ん坊用品売り場で見つけた。彼は片手で丸太を持つように朝陽を抱えている。

 優陽は後をつけた。

 その男がお金を出すタイミングで朝陽を床に置いた。


「おい」


 優陽は肩を叩いて、その男の目に秘密兵器の激辛スプレーをかけた。


「ぐわああああ」

「お客様!?」

「朝陽行こう!」


 優陽は朝陽を無事にゲットした。そして、トラックの運転手のところへ戻った。


「すみません、警察が来るまでしばらくこの子を頼みます」

「お、おう」

「それじゃ」


 優陽はレストランに入ろうとするも入れ違いで犯人グループがでてきた。葉子はお姫様抱っこされている。


「やばいって、もうバレた」

「待て!」

「あ、お前は優陽か?」

「葉子さんの婚約者か? 僕は配偶者になる男だ!」

「て、てめえ」

「なんであんなにわかりやすい車で来た?」

「葉子の好きなアニメの車ならやり直してくれると思ったんだ」

「オタクなのか?」

「お前にわかってたまるか」


 葉子を抱えてない方の男が拳銃を取り出した。

 優陽はその男に飛び込んでいった。


 バン! バン!


 首の頸動脈に弾丸があたった。

 もう助からないだろうな。

 優陽はそう思いながら、男にのしかかっていた。

「葉子さん…………」








 ◇

 目が覚めると白い空間にいた。

『パンパカパーン! 善意を持ったまま死んだ人間は異世界に、転生もしくは、転移できまーす』


 いきなり目の前に美しい女性が映った。銀色の長い髪をした裸体の女性は空中にとどまって笑っている。耳は長く、大きな声で話しかけてくる。

 非現実的な世界だ。ついに僕は異世界に?


「え? ちょ、ちょっと待って」


 優陽は立ち上がる。素っ裸だ。


『待ちませーん』

「今、いいところだったのに」

『今回あなたに転移してもらうのは奴隷の子供に決定しましたー』

「はあ? てか、あんた誰?」

『人間に生まれ変われただけでも喜んでくださーい。私は神でーす』

「現代の日本に戻りたいのだが? 今まさに、僕、重要な場面だったよ?」

『そんなあなたにおすすめなのは異世界作業所でーす』

「異世界作業所?」

『働いてもらうと、働いてくれた日付の分、代わりに現代の世界に生き返る権利をもらえまーす。もちろんその権利を行使できるのは一度のみー』

「1日でもいいのか?」

『もちろんー。何日、何ヶ月、何年にしても、どうせ異世界に帰ってくることになるけどねー』

「異世界作業所ってどんなところなんだ?」

『行ってからのお楽しみー、権利を使いたくなったら、脳内で呼んでねー、それでは、1名様ご案内ー』

「ええ?」


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