12 衝撃の事実
次の日の朝、右の手のひらがぶり返して痛くなってきた。
「デイケア行かなきゃ」
優陽は着替える。朝食は冷蔵庫にある肉まんを食べた。
「今日は休みなさい」
美優はリビングから玄関へのドアをとおせんぼうする。
「母さん」
「私が電話しとくから。手まだ痛むんでしょ?」
「いや行くよ、どいて」
「ちょっと!」
「行くって約束してるんだ」
優陽は鋭い目線で美優を見た。
「そう、無茶はダメだからね」
「わかってる」
優陽は外に出ると駅へ急いだ。
もしかしたら、葉子がいるかも知れないと淡い期待をしていた。
だが、どの車両にも彼女の姿はない。
仕方ないのだろう、昨日の今日で退院するはずない。
「会いたい」
優陽はぼそっと呟き、椅子に座った。たった一駅の距離だがとても長く感じた。駅から近いデイケアへの階段を上がる。
「おはようございます」
「おはようって……、石井さん、どうして?」
俊はびっくりして目をぱちくりさせている。
「え? どうして?」
「来てよかったんですか? 手の怪我、半端ないのに」
「デイケアには休まず行くと決めているんです」
「石塚さん、病院にちょうどよく入院してるため、このまま産休に入るそうです」
「そうなんですか? お腹大して出てませんでしたけど」
「そういう人もいますよ」
「そうですね」
優陽は石塚さんに伝えたいことがあった。会いたかった。しかししばらくは会えない。復帰を首を長くして待つことにした。
「青井さんは捕まったんですか?」
「はい」
「覚醒剤の出どころもわかっているようで。デイケアをすぐに復活できました」
「それはここではないんですね?」
「もちろん、青井さんはとある宗教に入っておりまして……そこで覚醒剤が摘発されたんですよ。薬を作った人が検挙されたんです」
「それは何より」
優陽は一安心した。
「デイケアは色んな人がいますね」
「そうですね、いい人ばかりで! たまに悪い人が紛れることもありますが。……そういえば、皆の前でもいいますが、昨日作った、照り焼き、残しといてあるんですよ」
「それは嬉しい! ありがとうございます」
優陽は心から感謝を述べる。
「いえいえ、それでは席についてください」
「はい」
優陽が少し待っていると、3人のスタッフが前に出てきた。
優陽はこれはただ事ではないぞと思っていると、理恵が声を張り上げた。
「昨日は不祥事が起きてしまい、怪我人が出ました。我々の注意不足ということです。本来なら命を脅かす者を見つけて咎めるのが我々の使命でした、すみませんでした。石井さんには大事なスタッフを守っていただきどれだけの感謝をしても足りないくらいです」
パチパチ!
優陽の周りの人は優陽に拍手し始めて、その拍手は伝染していって大きな拍手になった。
「これからも元気いっぱいでデイケアの皆さんに尽くしていきたいです。よろしくお願いします。そして昨日作った照り焼きは、皆さんでお食べするように昨日の方々の分の作った分と合わせて、スタッフ共々が用意いたしました。1人2切れですが、お召し上がりください。テレビ側の方からどうぞ」
約10人が列を作った。
優陽は最後に照り焼きをとった。
醤油とにんにくベースの匂いがする。
綺麗な照りがある、これは美味しいぞ
「「「いただきます」」」
それはそれは美味しかった。
口いっぱいに広がる肉汁たっぷりの肉! 少し辛めなタレの味わい。
優陽はすぐに平らげた。
そして、スタッフはルーティンになっている朝の司会の人を決めた。
優陽は思い切って手をあげた。
ここで皆と仲良くして、葉子さんの情報をもっと集めるためだ。物覚えのいい優陽は体操も覚えていた。
「石井さん、ありがとうございます」
「皆さん、おはようございます。今日の午前のプログラムはヨガ、パソコン教室。午後はフラワーアレンジメント、クラフト活動です。体操始めます。上ー、右ー、左ー、前ー後ろー〜〜〜〜」
優陽はなんとか体操をこなした。
「ラジオ体操お願いします」
「はーい」
百合香はラジカセを操作して、ラジオ体操を流した。
『深呼吸』
優陽は終わりの深呼吸をした。
「パソコン教室やる方は、ホワイトボードに名前の記入をお願いします」
ホワイトボードの前に大勢の利用者が集った。
なるほど。書かれる名前をホワイトボードは一斉に待ち受けているんだ。
優陽はなんとか枠をとった。
葉子のいないパソコン教室だが、スキルアップにはちょうどいいだろう。
優陽はタイピングには自信があった。
奥のノートパソコンルームへ向かい椅子に座った。周りにはパソコンが3台、置いてあった。
タイピング練習のコマンドを押す。
カタカタカタカタ、ターンッ!
およそ5分間でなんともない適当な文章を書き込んでいく。
点数がでてきた。88点だ。打ち間違いを減らそうと書かれていた。
「速いですね」
「引きこもっている間、パソコンが友達だったんで」
「ははは、そうでしたか」
「もう代わったほうがいいですか?」
「30分までは大丈夫です。続けてもいいですしやめてもいいですよ」
「じゃあ続けます」
優陽はパソコン教室で少しずつ、タイピング力を上げようと思った
そして、午後はフラワーアレンジメントをした。
オアシスに花を刺して生けていくというものだ。
生花の先生に褒められた。
そして今日も無事終わって、家に帰った。
アパートに行って自立するのは後でいい。それよりも葉子と太陽に手紙を書こう。
便箋を雑貨屋で購入した。模様はクローバーだ。
家に帰ると、すぐに手紙の作成に着手して、2通の手紙ができた。
桜歌にいつ電話しようか迷っていた。
美優はリビングでコーヒーを飲んでいるようだ。
家で電話したら太陽のことを美優に咎められそうだ。
よし、明日、デイケアで電話しよう。
「優陽、ご飯!」
「はーい今行く」
今日のご飯は焼きうどんだった。
「「いただきます」」
2人が食べ終えると優陽は問うた。
「もう下には誰もいないんだよな?」
「死体から発生する害虫はいないよ。焼いて骨だけにして骨壺に入れたし。もう骨は魔法で太陽に戻ってるし」
「どうして9年前、父と別れていないように桜歌叔母さんに見せたんだ?」
「鋭い質問ね。桜歌ちゃんとマッサーのために一芝居うったの。桜歌ちゃんも夫婦仲が悪いときがあってね。でも簡単に私達のことを知ったら離婚するって選択肢を選びそうだったからかな。そして、その後太陽を奪った女が私の家に来た。だから言ったの。あんたたち2人とも私達の知らないところに行って死ねと」
「そしたら、2人で身投げしたってこと?」
「うん。未来のことを知ることができる、魔法使いが来て、太陽の身体を回収したの」
「また魔法……、僕には使えないんでしょ?」
「訓練さえすれば楽器をだしたり消したりはできるよ。あとの魔法は適性だね」
「悪いけど、音楽なんて興味ない」
「それならそれでいいよ。魔法使いになれなんて言わないよ。下手に楽器弾ける自信つけて、月影の戦いに巻き込まれても危ないし」
「そうだな! 僕はデイケアに休まず行くという志もある」
「そうね。偉いよ。優陽」
「偉くはない」
次の日デイケアで桜歌に電話して会うことになった。ノリをベタベタつけて封をした封筒を桜歌に渡した。宛先は太陽様と書いていた。
そして、その日のうちに葉子が入院している病院に行って、封筒の手紙を渡してもらうように看護師に頼んだ。
日を追うごとにデイケアは新鮮味が落ちていき、デイケアに来てもケータイをいじる毎日が続いていた。しかし、デイケアには必ず参加していた。
◇
そして3ヶ月がたつ頃だった。
デイケアで。
「石井さん、石塚さんからお手紙です」
「手紙?」
『石井優陽さんへ。
お元気ですか?
お会いして3ヶ月、早いものですね。お手紙ありがとうございました。赤ちゃんは無事生まれました。母子ともに元気です。
前に石井さんからもらったチョコレートとても美味しかったです。ありがとうございました。襲われた時、かばってくださりありがとうございました。嬉しかったです。感謝をこめて手紙にしたためました。
石井さんが困った時、助けてあげたいです。
それから、良い報告と悪い報告ががあります。良い報告とは、実は私は母の連れ子でお父さんとは血がつながっていないということです。私はO型、太陽お父さんはAB型です。
悪い報告は、不審に思っているだろう、赤ちゃんのことです。実は私の赤ちゃんの父親はよく知りもしないホストの人です。私は処女を捨てたくて、初めて行ったホストクラブで行きずりの女になってしまいました。これは、反省すべき点です。こんな私でも良ければこれからも仲良くしてください。 石橋葉子より』
優日は同封されている写真を手にとった。
葉子に赤ん坊が抱かれて微笑んでいた。写真の裏には『朝陽と葉子』と書かれていた。
「ぃよっしゃあああ!」
優陽は窓からベランダに出ていき叫んだ。
「優陽君、どうした?」
「あ、すみません、なんでもないです」
窓を挟んでで皆が優陽を見ていた。
葉子はこれから育休に入るのか。
優陽はデイケアに通いつつ、どこかで働こうか、迷っていた。
葉子が血のつながっていない兄妹なら結婚できるはず。万が一、振られたとしても経験になる。
デイケアにあと3ヶ月通ったら、告白して、ハロワに行こう。
なんでもいいから仕事がしたい。
♪
「ん?」
ケータイに石橋桜歌と名前が出てきた。
『優陽君、今リコヨーテにいるんだぁ。お兄ちゃんと一緒にいるよぉ、代わろうか?』
『代わってください』
顔に汗が吹き出てきた。
『優陽、俺だけど、元気にしてたか? デイケア行ってるんだってな、たまには身体を休ませろよ。』
ずっと前から聞きたかった声だった。
『父さん、会いに来てくれないか?』
『美優にも会いたいしな、でも嫌われてんだよな、困ったな』
『桜歌が美優お姉ちゃんと隣町に行くから大丈夫だよぉ。またファミレスで会ったらぁ?』
『そうするか! 明日の土曜日の朝11時にヴァーミヤンに集合な?』
『うん、父さんは大丈夫?』
「もちろん! こっちにも航空機はとんでるんだよ」
「わかった、じゃあ明日」
優陽は電話を切った。
明日までうきうきで過ごせそうだ。そんな時、起こりうる中でも最悪なことが起こっていたのを知ったのは、デイケアを終えてからだった。
優陽は帰りの電車のため駅に向かっていた。
◇
駅の北口の外で石段に腰を落ち着かせてぐったりしている人がいた。よく見ると赤ん坊も一緒だ。
そして、その人が顔をあげた。優陽の知っている人、一番大切に思っている人だった。
「石塚さん? なんでこんなところに?」
「……いし……い……さん」
葉子の顔の頬にあざがあった。衰弱しているように見える。
「そのあざはどうしたんですか? あ、ちょっと待ってて」
優陽は駅の外にある自販機で水を買った。そして、葉子のところに戻った。
「これ飲めますか?」