最終話 スパイ
「【分隊】ではない……? それは一体どういう事だ?」
「そのままの意味ですよ。大臣が予想された通り私は分隊員ではありますが、同時に別の組織にも属しているのです。今回の貴方の暗殺は後者によって命令されたものなのですよ」
「別の組織……だと? それは一体なんだ? 君は一体何者なのだ?」
「これから死んでゆく方にわざわざ教える必要性は感じませんね」
「なっ………一体君は何を言っている!? 私を殺すことがどういうことか――」
「分かっていますよ」
マハルに科白を最後まで言わせずジェイミーは答えた。
「貴方の存在は邪魔ですし、我々としてはこの国がある程度弱体化してくれた方が嬉しいですしね。――しかし、貴方が殺されたという事実は残したくありません。ですので――貴方の存在そのものをなかったことにします」
存在そのものをなかったことにする。
その言葉にマハルは警戒よりも困惑を覚えた。
「何を言っているんだこの少年は」と。
「何を言っているのか分からないと言った様子ですね。深く考える必要はありませんよ。そのままの意味ですので」
こちらの考えを読んできたジェイミーの発言にマハルは薄ら寒いものを覚えた。
そんなはずがない。そんなことが出来るはずがない。
それを否定したい気持ちに突き動かされる形でマハルは反駁する。
「存在そのものをなかったことにする? ……そんなこと出来るはずがない! 私のことは多く者たちが知っている! その皆の記憶から私の存在を消すなど出来るはずがない! 仮にそれが出来たとしても記録はどうする? 私の存在は既に王国史に刻まれている! 私の生きた軌跡はそこかしこにあるのだ! 記憶と記録、その両方を消すなど出来るはずがない!!」
「出来ますよ」
当然とでも言うようにジェイミーはあっさりそう返した。
「貴方も知っているはずだ。不可能を可能にする力のことを。エルシャダイ教徒の貴方なら当然ね」
エルシャダイ教徒なら当然知っている。
そう告げられたマハルはハッとした。
「まさか――」
その答えをマハルが口に出来ることはなかった。
再び動き出した『ネフィリム』に思わず言葉を止めたマハルはこのまま握り潰されるのではないかと身構えたが、その予想は外れた。
『ネフィリム』は掴んだマハルの体を窓際まで近づけて再び停止したのみ。
その意図の読めない行動にマハルが頭上に疑問符を浮かべる中ジェイミーがその答えを返す。
「そうしないとおれの異能力が当たらないので」
すると窓の外に異変が起こった。
雲に覆われ、闇一色だった空から一筋の光が漏れ出し、辺りを照らしたのだ。
そこからまばゆい階段のような光束がゆっくりと回転しながら伸びてくる音もなく窓へ向かって。
光でできていることを除けば何の変哲もない螺旋階段。
それにマハルは恐怖を覚えた。
まるでこの世ならざる世界へ連れ去られるような本能的な恐怖を。
「何を――一体何をするつもりだ! 答えろ!!」
ジェイミーは答えない。
しかし、代わりに光が答えた。
階段が窓を透過し、マハルにまで達した瞬間だった。
極光が階段を伝い、マハルの姿を飲み込んだ。
「ぐわああああああああーーーーーーーー――」
それは天から降りる罰、あるいは救済。
極光を受けたマハルの体が光と同化するように輪郭を失ってゆく。
絶叫は途中で途切れ、影すらも光の中でねじれ、砕け、消えていった。
そして光が消えると、そこには何も残っていなかった。
血も。
灰も。
服の切れ端すら。
「――報告の準備を始めろ」
マハルの最期を見届けたジェイミーが感情を覗かせない瞳で言い放つと待機していた黒服たちが動き出す。
一人は懐から取り出した水晶のような魔道具を正面にセッティングし、それ以外はジェイミーの手当にあたった。
治癒系呪術で潰れた両腕と数多の傷を治し、血と埃で汚れた体を拭い、乱れた服を整える。
それは医療行為と言うより目上の者への謁見に対する備えにも見えた。
「いかがでしょうか?」
「少々痺れはあるが、今はこれくらいで問題ない」
一先ずの治療を終えた両手の開閉を繰り返し、大きな異常がないことを確認すると目の前で水晶をセッティングしている男に声をかけた。
「そっちはどうだ?」
「は! いつでも問題ございません」
「そうか。ならお前も下がれ」
指示を受け、ジェイミーの後ろに下がった男は他の黒服とともに横一列に並び休めの姿勢を取った。
それを確認したジェイミーは新たな指示を飛ばす。
「総員、片膝を着いて頭を下げろ」
黒服全員が一糸乱れぬ動きで一斉に片膝を着き、頭を下げる。
それを確認した後でジェイミーも遅れて片膝を着き、頭を下げた。
直後、水晶から映像が投影され、荘厳な装いの男が姿を現す。
『ジェームズ、面を上げよ』
威厳を湛えた声に命じられ、ジェイミーはゆっくりと顔を上げた。
「お久しぶりですご主人様」
『ああ。一連の様子は見ていた。少々手間取ったようだが、問題なくマハル・ベザレルを排除出来たようだな』
「この度は皆様方にお集まりいただいたことに感謝致します。そして、見苦しい姿をお見せしたことをお詫び申し上げます」
『それには及ばない。マハル・ベザレルは王国でも屈指の強者。お前であろうと苦戦は免れないのは分かっていた』
ジェイミーの戦闘を主人――マッテオ・デ・コルネロとその仲間たちはファントムマスクを通して見ていた。
事後報告でも良いところを何故わざわざ複数人で監視していたのか。
ジェイミーに不審な動きがないように見張っていたというのもある。
しかし、それだけなら下の人間一人にやらせればいいだけだ。
なら何故なのか。
理由はジェイミーの異能力にあった。
「それにしても、何度見てもお前の異能力は末恐ろしいな。その気になればお前は誰にも気付かれることなくどんな者でもこの世からその存在を消すことが出来る――我らすらも」
そもそも異能力とは何か。
異能力とは魔法と異なる形で超常現象を起こす特殊能力である。
異能力と魔法の異なる点はいくつかあるが、最も大きな違いは科学、物理的に不可能な事象を起こすこと出来るという点だ。
魔法にもそう言ったことを起こすことの出来るもの少ないながらあるものの、内容、規模という点で異能力はそれらを大きく逸脱している。
ジェイミーの異能力《天に続く終の階段》は天空から光を発射し、直撃した人間の存在を抹消するというもの。
抹消というのはただ肉体を消滅させるという意味だけではなく、その名前や人々の記憶、記録などのあらゆる面で消し去るということでもある。
つまり、《天に続く終の階段》を受けた人間はこの世から存在しなかったことになるということ。
その人物にまつわる記憶や記録、担っていた役割は相応しい別の者にすげ替えられるため、大きな違和感を覚えられることもない。
あらゆる因果を捻じ曲げ一人の人間の生きた痕跡を跡形もなく消し去る、異能力に相応しい異常性を持つ能力と言えるだろう。
「お戯れを。私は貴方がたの犬。そのような愚行、万に一つも犯しませぬ」
口にはしなかったが、今回に限らずジェイミーは自分の行動が常に監視されていることを知っていた。
それはジェイミーの裏切りを防止するだけでなく、異能力対策としての意味も兼ねていた。
《天に続く終の階段》には記憶消去を免れる方法がある。
それは対象が消去される瞬間を目撃すること。
そうすれば消された人物に関する記憶が消えることはない。
マッテオたちがわざわざジェイミーの戦闘を監視していたのも、現地に手下を派遣したのもそれが理由だった。
『ふっ、そうだな。飼い犬が主人に逆らうなどあってはならぬ。お前をシオン帝国に送ったのは我々【十二貴族】の支配下に置くため。そのために犬らしく働くのだ』
【十二貴族】。異能力を発現することが出来る唯一の民族『ユダの民』の末裔たる十二家の貴族にして古くより裏から世界を操る陰の支配者たち。
その一家であるコルネロ家が有するのが諜報員集団【飛脚】。コルネロ家の家業である郵便事業を用いた情報網を駆使した更なる情報の獲得、暗殺、工作任務などを行うコルネロ家――いや、【十二貴族】の手足とも言える集団。
ジェイミーはその歴代最年少頭領で新興国故、【十二貴族】の影響下にないシオン帝国を掌中に置くため、遣わされたスパイだった。
「御意。すべてはご主人様、そしてやんごとなき『黒の貴族』たる皆々様のために」
この国を主人達に捧げる。
そのために自分は動くだけだ。
貴族という身分も、【分隊】という地位も、学生という立場もすべて利用して。
その意思をジェイミーは感情の灯らない目で答えた。
最終話です。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
皆様が読んで頂けるのであれば次作でお会いしましょう。
それではさようなら!




