第40話 計算通り
ラスト2話です。よろしくお願いします!
全て計算通りだった。
現状の攻撃をいなすだけでも精一杯の中で起死回生の一手である攻撃が跳ね返されれば隙ができることは避けられない。
マハルはその隙を見逃さないだろう。止めの一撃――『ネフィリム』本体による攻撃を必ず仕掛けてくる。
それが狙いだった。
「仕留めた」と相手を一瞬油断させ、そこを突く形で《電磁加速投射》での吶喊を仕掛ける。
全てジェイミーが読んだ通りの展開だった。
しかし、全てを読んでいたのはマハルも同じだった。
『ネフィリム』の破壊が困難である以上、ジェイミーが術者である自身を狙ってくることは容易に想像がつく。
そして『ネフィリム』の直接攻撃で仕留めきれなかった時点でジェイミーの攻撃の中で最大かつ最速であろう《電磁加速投射》が来ることも警戒できていた。
故に疾風迅雷の刺突が肉薄するであろう軌道目掛けてジェイミーが詠唱を終えるよりも早く、左腕のロケットパンチを放ちスピードにぎりぎり対応して見せたのだ。
「ガハッ……」
殴り飛ばされたジェイミーは結界によって破壊されることのない壁に叩きつけられた後、床へ落下し激しく吐血した。
《電磁加速投射》によって全身が雷で守られていたこと、咄嗟に残された右腕でガードしたことで即死するようなことはなかったが、更に骨が砕けた上に臓器もいくつか損傷を受けてしまっている。
更に当然と言うべきか右腕も潰れてしまい四肢の内、残るが足のみになってしまった。尤もその足すらもボロボロで十全に動かすことは叶わないのだが。
「なかなかに危ないところだったが、その体ではもう戦えまい。おしまいだな」
胸に指をあて、そこに付いた血を見ながらマハルは言った。
「さて――」
『ネフィリム』の左腕が倒れたジェイミーまで伸び、そのボロボロの体を掴み上げた。
「ぐっ……」
「これから君は死に絶えるわけだが、いくつか質問をしよう。君たち【分隊】は我々――【薔薇十字教団】についてどれほど知っている?」
『同志』の一員としてマハルは【薔薇十字教団】の脅威について把握しておく必要がある。
特に教団内で目の上のたんこぶとして名前が上がっているのが、ジェイミーの所属する【分隊】だ。
まだ『同志』の中で犠牲者が出たわけではないが、その激しい追及によって多くの協力者や活動拠点がいくつも潰され、その被害規模は無視できないものになりつつある。
そのくせ自分達はまったく尻尾を掴ませないのだから腹立たしいことこの上ない。
そんな宿敵の一人が目の前にいる。この機を逃さないわけにはいかなかった。
「――――」
だが、ジェイミーは何も答えない。
感情を覗かせない瞳でマハルを見つめ続けている。
「やはりそう簡単には答える気はないか。ならばしょうがない」
そう言うと『ネフィリム』の左手の握力を強める。
「グッ……ゴフッ……!」
全身を押し潰さんとする圧迫感にジェイミーは顔を歪め、再び吐血した。
「さあ、早く吐きたまえ。そうすれば楽に殺してあげよう。痛ぶる趣味はないのでな」
そう促すが、変わらずジェイミーは沈黙を貫く。
それを受け、『ネフィリム』の左手が更に強く握りしめられる。
さらに増す握力に苦悶の声と血が洩れ、体中の骨が軋み、筋肉繊維が断裂し、全身を激痛が貫く。
しかしそれでもジェイミーは何も語ることはなかった。痛みと死の恐怖に屈することなく、ただ何かを待つようにそれらに耐え続けている。
そんな分隊員の様子を目の当たりにしたマハルは殺すことを決めた。
ここまでして口を割らないのであればどうやっても話すことはないだろう。
それに自分の正体が国に露見していると考えられる以上、一刻も早く逃げ出さなければならない。ジェイミーが戻らないことに気がつかれれば更なる追っ手が送り込まれてくる可能性もある。
無駄なことに時間を割いている暇は少しもなかった。
神経電位を通じて『ネフィリム』に指示を出し、左手の握力を最大にする。
常人を上回る耐久力を持つ魔導師と言えどもこれに耐えられる道理はない。
手の中の分隊員は果実のようにぐちゅりと握り潰され、赤い花々を狂い咲かせる――はずだった。
「――――?」
マハルが怪訝げに眉を寄せる。
『ネフィリム』が動かない。指示を出しているはずの『ネフィリム』が微動だにしないのだ。
不具合が起こったかと考えるもそれはないと即座に切り捨てる。
既に幾度も試運転を重ね、そういったものは全て改善済みだ。そのような初歩的な見逃しはあり得ない。ゴーレム使いの頂点であるマハルはそう断言出来た。
ならば一体――、
「!?」
更なる異変にマハルは気付く。
動かない。自分の体が。
まるで石化してしまったかのように指の一本すら動かすことが出来ないのだ。
「やっと効いてきたか」
そこへこの状況を理解しているような口ぶりでジェイミーが言葉を落とす。
「一体何を――」
投げかけようとした問いが途切れる。
マハルは絶句していた。
指示を聞かなくなったはずの『ネフィリム』が腕を床へ下ろし、ジェイミーを解放したからだ。
「貴方の《思考操作》はゴーレムと神経電位を接続し、操作を行う。そしておれの電位系魔術は神経電位を操る。ここまで言えば分かるでしょう?」
「――――ッ!! まさか……私から『ネフィリム』の操作権限を乗っ取ったと言うのか!?」
魔糸を必要としない《思考操作》だが、その本質は《傀儡操作》と同じく術者と傀儡の間に繋がりを作るというもの。
そしてその繋がりさえ掌握してしまえば傀儡は乗っ取ることが出来る。
《傀儡操作》の場合は魔糸を切断し、自身の魔糸を新たに傀儡へ接続することで乗っ取りが完了するが、《思考操作》の場合は両者を繋ぐ神経電位の視認は困難な上、魔糸と異なり断ち切ることが叶わない。
故に電位系魔術の使い手であるジェイミーはマハルの生体電流に干渉することで『ネフィリム』の乗っ取った。
「馬鹿な……電位系魔術は対象に触れなければ発動することは出来ないはずだ! 私に触れてもないのにどうやって――」
そこまで言ってマハルは眼球の動きのみで胸の一点を染める赤に目を落とす。
「あの時……まさかこれを狙って……っ!! ここまで計算通りだったと言うのか……!」
「ええ、貴方を直接狙っても殺しきれないのは分かっていましたので。かと言って『ネフィリム』を潰すのも無理筋。ならば乗っ取ってしまうのが一番良い」
「くっ……!」
「では――」
主人を変えた泥岩の巨神が体を向きを変える。無機物であるはずのその双眸に向けられた敵意が乗せられているように感じたマハルは自分の危機を悟った。
既にこの場において手持ちのゴーレムはない。
傀儡術師は傀儡を失うと無力になる。その習いはマハルでさえ例外ではなかった。
そうなってしまうと選べる択は逃げの一手しかない。
《護法結界》を解除し背を向け、脱兎のごとく駆け出す。
ここから逃げおおせ、邸宅まで辿り着ければそこにはまだ大量のゴーレムがいる。
それらを駆使すればこの国から脱出することも――、
「!?」
突如として足がほつれ、無様に床へ転倒する。
否、ほつれたのではない。足が重くなった――いや、固まったと言うべきか。
まさかと自らの足に目を遣ると膝から下が石化していた。
そこへ伸ばされる巨神の左腕。
迫り来るそれからマハルは匍匐前進で逃れようとすると呆気なく捕まり、その手の中から顔だけを出す形で収まった。
それを下から見上げるジェイミー。
つい先程とは完全に立場が逆転していた。
「ぐっ……本当に私を殺していいのか? 私を殺せば多くの者がその死を取り上げるだろう。公式発表で病死や事故死を偽ろうとも人の口に戸は立てられぬ。人々はやがてお前たちに辿り着くであろう。そうなっては困るのではないか!」
そう脅しをかけるようにマハルは余裕を取り繕った笑みで投げかけた。
シオン帝国屈指の地位、実績を持つマハルがいなくなれば国内の動揺は避けらず、特に国の主要機関である魔法省は大打撃を受けることは間違いない。これを好機と捉え魔法省と対立する軍務省などが勢力を削ごうと動き出し、内紛に発展する恐れも考えられる。
そして当然だが、敵は内だけではなく外にもいる。諸外国もこの隙に付け込み、シオン帝国の弱体化を謀ってくるだろう。
これだけでも頭が痛いが、マハルを失うことによる問題はまだある。
重要人物かつ老齢ではあるが健康状態に問題はなく、そのような噂もないマハルが突然死んだと周知されれば疑いを持つ者も出てくるだろう。
根も葉もない噂が蔓延し、中には『マハル・ベザレル魔法大臣は暗殺されたのではないだろうか』という真実を言い当てる者も現れるはずだ。
噂が流れること自体も好ましいことでないが、更なる問題は噂を噂と聞き流すことなく真実と受け止め追究に乗り出してくるであろう者たちだ。
例え国からの圧力を掛けようと、僅かな根拠を動力源として馬車馬の如く稼働する好奇心と常人では躊躇する一線を軽々と踏み越える行動力を併せ持った追究者たちを完全には止めることなど出来ない。
やがて彼らは辿り着くやもしれない。暗殺されたマハルが【薔薇十字教団】であること、そして下手人が中央情報庁の秘密部隊【分隊】であることに。
前者の事実が露見することによる悪影響は言うまでもないが、後者も無視できない。
国の闇を背負う【分隊】の存在が明るみになってしまえばシオン帝国は彼らを切り捨てざるを得なくなる。しかし、【分隊】は国防の最先端を担う精鋭集団でもある。マハルに加えそんな人材たちを失うなど目を覆いたくなるほどの損失だ。
つまりマハルは『私を殺してはシオン帝国の国力は間違いなく低下するぞ』と言っているのだ。
そしてそれはどんな手を使っても国を守護する役目を担う【分隊】にとって見逃せるものではない。
国への裏切り行為を働いた以上、マハルは魔法大臣の地位を失うことは避けられないだろう。
しかし、ジェイミーがこのデメリットを理解すればこの場で死ぬことは避けられる。
それでも上層部は秘密裏に処刑を執行しようとしてくるだろうが、それを進めるにはいくつかの手続きを踏む必要がありそこに猶予が出来るはずだ。
その間に仲間が救出にやってくるだろうとマハルは考えていた。魔法大臣ではなくなり、密偵の役割を果たすことは出来なくなるが、それでも単騎でゴーレムの軍隊を持つことが出来る自分を教団が簡単に見捨てるはずがないだろうと。
(ここで死ななければいくらでも機はある。私の望んだ世界を見るまで死してなるものか!)
そう心中で息巻くマハルは必ず助かると自分に言い聞かせ、ジェイミーの様子を窺う。
だが、そんな効果的な脅しさえもジェイミーは無反応で返した。
話が理解出来ていないとか動揺を押し殺しているなどと言った様子ではない。
瞳の中には何の感情も宿っておらず、ただその色と同じ漆黒の闇がどこまでも広がっていた。
その得体の知れなさにマハルは気持ち悪さに似た恐怖を覚えた。
直後、扉が開かれ幾人かの影が入ってくる。全員がジェイミーと同じ黒のローブにファントムマスク姿だ。
【分隊】の増援かと思うも様子がおかしい。
全員がジェイミーの背後で整列すると傅くように片膝を折ったのだ。
その内の一人が口を開いた。
「首領、申し訳ございませんでした。内から結界が張られており、突入が遅れてしまいました。すぐ治療を――」
「後でいい。先に対象を始末する」
振り向くことなく短かく告げると口を開いた男は「御意」と答えた。
「言い忘れていましたが大臣。私は今日、分隊員としてここへ来たのではございません」
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