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第4話 遅刻と邂逅

 入学式を間近に控えた学生街は先程までとは真逆の様相を呈していた。

 人の姿はまばらで話し声はおろか鳥の鳴き声一つ聞こえない。少し前の学生服で彩られた喧騒の面影はどこにもなかった。

 現在の時刻は八時五十分を過ぎたところ。新入生は既に学園へ到着していなければ遅刻まっしぐらなので人の行き交いが少ないのは当然と言えよう。


 しかし――、


 「はぁ、はぁ……」  


 そんな人気の少ない街路を全力疾走する制服姿の少女がいた。

 青みがかった黒髪を肩口まで切り揃え、エメラルドのような翡翠色の瞳を持った小柄な十五歳ほどの少女だった。化粧っ気のない顔立ちは貴族令嬢のような華やかさや戦乙女のような凛々しさはないものの、取っ付きやすさを感じさせる素朴な可愛げがあり、誰からも親しまれる町娘のような印象があった。

 そんな美少女が余裕のない顔で通りを一心不乱に駆け抜けている。

 彼女はレイチェル・ライダー。今年から魔法学園に通うことになった魔法師の卵――なのだが、


 「何やっているのわたし入学式の日に遅刻なんて〜〜‼︎」


 と言うわけである。

 新しく始まる学園生活が楽しみで眠れず寝坊してしまったなど言い訳にもならない。

 ただでさえ魔法学園では少数派の庶民家庭の出身だと言うのに入学早々悪目立ちするわけにはいかないのだ。


 そんな焦りが原動力となり、スカートを揺らしながら魔素(マナ)で強化した足をフル回転させる。

 そして学園へ続く十字路へ差し掛かった時だった。


 「!? あぶな――――」


 時を同じくして十字路の左手側から青年が現れたのだ。

 青年がいるのレイチェルの直線上。

 このままだとぶつかってしまう!

 すぐ止まろうとするが、速度の付いた疾走で急停止など出来るはずもない。勢いに従うまま少女の体が青年を弾き飛ばし――、


 「…………え?」


 惚けた声をこぼすレイチェル。

 何と青年が足を止め、レイチェルを避けるように体を後ろへ反らしたのだ。

 まるで自分がやって来るのを予期していたかのような動きに思考がフリーズするレイチェルだが直後、その体が遅れて効いたブレーキで前へ投げ出される。


 「あ…………」


 受け身を取ろうとするも呆けた頭で反応しきれない。遅くなった体感時間の中で着実に近づいてゆく石畳にレイチェルはキュッと目を瞑る。

 しかし――、


 「……大丈夫ですか?」


 その顔が石畳と接吻を交わす前に体が抱きとめられる。

 目を開け、顔を上げるとそこには今さっきぶつかりかけた青年の顔があった。

 左側を編み込んだ男にしては長い白髪を軽く後ろで縛った青年だった。ただ白一色と言うわけではなく、右側のもみあげのみがインクでも落としたように黒く染まっている。 

 顔立ちこそ整っているものの本人の内気な性質の表れか覇気のない人相をしており、すれ違った数秒後には記憶から消えていそうな陰の薄さを放っていた。


 これが青年を見た一般的な印象だろう。

 だが、レイチェルの所感は異なっていた。


 「――――」


 レイチェルは青年の目に衝撃にも近い何か抱いていた。

 と言っても眼球そのものに特徴があるわけではない。二重の瞼にはめられた髪色と真反対の黒色の双眸はそのどちらかが欠けているわけでも、光を映していないわけでもないでも、魔眼のような特別な力を有しているようにも見えない。

 ただ、その目の奥にある色が常人とは決定的に異なっていた。

 どこか陰を感じさせながらも独特の威圧感を与え、一切の感情を匂わせない。それでいて相手の心の内を見透かすような理知を帯びている。

 そんな目つきをこの一見凡庸そうな青年が持っている。そのことにレイチェルは強い興味を抱かずにはいられなかった。


 「あの……どうしました?」


 青年が戸惑いがちに声を掛けてくる。

 ここでようやくレイチェルは自分が抱えられたまま青年の顔を凝視していることに気がついた。


 「――ごめんなさいっ!」


 慌てて青年の腕の中から離れ、謝罪とともに頭を下げるレイチェルだが、ここでようやく青年が自分と同じ魔法学園の制服を着ていることに気が付いた。

 入学式に新入生以外の生徒が出席しないことを考えると上級生とは考えにくい。

 つまり目の前の青年はこれからの四年間、苦楽を共にする同級生で――、


 「あ……」


 そこまで考えたところでレイチェルは思い出した。

 現在自分が遅刻間際であるということに。


 「失礼します! わたし急いでいるので――!」


 ここを真っ直ぐ行けば学園はすぐそこだ。

 謝罪を全て言い切る前に駆け出すレイチェル。

 しかし、同時に違和感を覚える。


 (何でこの人、新入生なのに学校側から歩いて来たんだろう――?)


 その直後、


 「待って」


 青年に腕を掴まれ、引き留めらてしまう。

 魔素(マナ)で強化された疾走を腕一本で止められたことを驚くよりも先にレイチェルは「やってしまった」と言う後悔を覚えていた。

 いくら急いでいるとは言えロクに礼も告げず立ち去ろうとするなど無礼以外の何物でもない。不快感を抱かれても何らおかしくはないだろう。

 顔を向けると案の定、青年は険しい表情を浮かべている。

 

 (これは怒っている……よね……)


 謝ろう。

 一拍の間の後、決意し謝ろうとするがその僅かな逡巡の隙を突かれ青年が先に口を開く――


 「あの……これから一緒にお茶しませんか?」


 「……………………へ?」


 決して短くない間を置いた後、レイチェルの口からこぼれる調子外れな声。

 青年から発せられたのは怒りの言葉ではなく、ナンパの誘い文句だった。

最後まで読んで頂きありがとうございました!


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