第39話 起死回生の一手
すいません……
あともう一話話数が増えそうです。
合体式ゴーレム『ネフィリム』。
マハルがそう言った通り五体のゴーレムが合体し、一体の巨大なゴーレムとなった。
合体した五体のゴーレムの形はいずれも歪なものだったが、それらが一体のゴーレムを構成するための一部位に過ぎなかったのだと知ると納得がいく。
丸みを帯びた姿のものが多い他のゴーレムに比べてスラリとしたフォルムをしており人間の形に近いが、その鬼神のごとき異様と二十メートルを超える巨軀は巨神の名を冠するに相応しい迫力を湛えていた。
「どうだ? まだ試運転のテストが完了したばかりのものだが大したものだろう。次はちょうど対人間の実戦データが必要だったのだ」
マハルのその言葉を合図としたように『ネフィリム』の頭部の上部にある二つの窪み――コブラ型の時は目にあたった部分から光線が発射されるが、ジェイミーはそれを首を軽く傾けて躱した。
目だけを背後にやると光線が直撃した箇所が石化していた。
「やはり正面からの攻撃は効かぬか」
攻撃が当たらなかったことをさして落胆した様子もなく呟いたマハルは目の前の分隊員が予知、もしくは反応速度を強化する魔法、或いはその両方を使用していることを確信した。
大臣の立場にあるマハルであっても『分隊』の構成員がどのような能力を持っているのかについては知り得ない。
そのため、マハルもまずはジェイミーの能力把握に努める戦い方をしていた。
まさかその過程でほとんどのゴーレムが破壊されるとは思ってもいなかったが、『ネフィリム』のパーツである五体さえ残っていればどうにでもなる。少なくともマハルはそう考えていた。
しかし、ジェイミーが予知能力を持っていたとしたら正面からだけでなく不意打ちも見透かされて恐らく通用しない。
「ならば分かっていても防ぎきれない攻撃で攻める」
頭からは光線、右手からは魔弾が発射されると同時に鎖で伸ばされた左腕が獲物を捕らえんと迫り、床の上で動きを止めようものなら遠当てが動きを奪おうと音を立てる。
どうやら合体した後でもパーツ固有の能力は変わらず使えるらしい。しかも単体の時よりも威力が増している。
ジェイミーはそれらの攻撃を《数秘術》の未来予測に《電位活性化》で強化された反射神経と身体能力を駆使し、ことごとく回避してゆく。
一見してジェイミーが変わらずマハルを圧倒しているようにも見えるが、そこに先程までの余裕はない。
攻撃の質、手数が段違いに上がっている上、普通の部屋に比べずっと広いとは言え、動く範囲が制限される密室内という条件が加わることでその脅威度に拍車を掛けていた。
それまであった反撃の余力をすべて回避へ回さなければ一網打尽にされるほどの攻撃の波濤。
それでもその中で最善の回避を続け、何とか絞り出した余力で攻撃に移る。
そのような危険な綱渡りなどせずとも回避に専念し続ければその内ゴーレムの動力が尽きるのではと思う者もいるかもしれない。
だが、断言できる。そんな未来は来ないと。
何故なら、ゴーレムが力尽きるよりもジェイミーが力尽きる方が早いからだ。
《数秘術》と《電位活性化》を併用し続けていることでジェイミーの身体からは絶え間なく魔素が失われ続けているだけでなく、脳への負担も無視出来ない段階にまで差し迫ってきている。
このまま長期戦を続けては魔素が尽きるか脳が焼き切れるかでジェイミーが先に倒れることは確実。
つまり『ネフィリム』を撃破しなければジェイミーの勝利はあり得ない。
そんな確信とともにジェイミーは術式を構築、無詠唱でも威力を損ないにくいかつ攻撃速度のある《雷光条》を放つ。
狙うは下半身の核。ゴーレムは核を破壊しない限り駆動が止まることはない。そして『ネフィリム』は五体のゴーレムが合体し一体として動いている性質上、計五つの核を持っている。例え一つ核を破壊したところで残りの核が生きている限りその稼働が止まることはないのだ。
ならば下半身の核を破壊すればどうだろうか。
頭部の核を破壊したとしても頭部の機能が失われるだけ。腕を破壊したとしてもそれだけだ。
しかし、下半身の核を破壊すれば動きの要となる脚の動きは停止し、その機動力は大きく低下する。
『ネフィリム』は床を這いつくばるように腕だけでの移動を余儀され、鈍重な瓦礫と化すだろう。
脳への負荷と魔素の残存量を考慮してこの攻撃に《数秘術》の予知を使うことはしない。
だが、ジェイミーは確信していた。
この攻撃は勝利への一手になると。
核の位置は《閲樟眼》で分かっている。
突き出された右手の前に展開された魔法陣から雷の光条が閃めく。
身軽な人間や魔獣であっても回避の難しい雷速の一条を何と『ネフィリム』はその巨体に見合わぬ軽快な動きで対応して見せるが、やはり躱しきることは叶わず光条は動体に直撃した。
それを見たジェイミーは顔を僅かに顰めた。
攻撃が命中したにも関わらず何故そのような「やられた」とでも言いたげな表情を浮かべたのか。
狙った箇所に当たらなかったからか。
否。ジェイミーは理解していたからだ。
『ネフィリム』は攻撃を避けきれなかったのではない。
わざと避けなかったのだと。
そして次の瞬間、胴体に備わった機能が発動し、魔素攻撃である《雷光条》が反射された。
やっとの思いで仕掛けた反撃が破られただけでなく、自分自身に跳ね返ってくるという悪夢のような事態だが、それすらもジェイミーは神算の予知と神速の反射をもって回避して見せる。
しかし、それはこれまで晒さなかった大きな隙を与えることになった。
追撃の魔弾の連射と二条の石化の光線が放たれる。
今まではギリギリで躱わせていた攻撃だが、《雷光条》の回避直後は話が別だ。
かなり無理矢理の回避を敢行したため身体に大きな負担がかかっただけでなく、体勢、タイミング的にも隙ができてしまった。
どこに攻撃が来るのが分かっていたとしても反応が追いつかず、致命傷となる攻撃が五発体を貫く未来が視えている。
全ての攻撃を躱すのは不可能。
ならば致命傷は避けるのみ。
その意思のもと体を動かし、最善の体勢を整える。
結果、魔弾は全てジェイミーの体を掠めるのみで胴や手足に着弾することはなかった。
だが、問題はもう一つの攻撃である石化光線だった。
二条放たれた内の一条は躱すことが出来たが、残りを利き腕の左腕に受けてしまう。
光線が直撃した箇所から肌が灰色に変色してゆく中、短剣を左手から右手に持ち替える。
やがて変色は左腕全体に広がり動かせなくなるだろう。
利き腕が使えなくなったのは痛いが、左腕を犠牲にしなければ光線は胴体に当たっていた。
そこへ地響きのような振動とともに肉薄してくる『ネフィリム』と繰り出される左拳での打撃。
単純かつ圧倒的な質量の暴力。それが一人の人間にぶつけられる。
まともに受ければ全身の骨が砕かれる一撃を後方へのステップと石化しかけの左腕を盾にすることで威力の軽減を試みる。
そして、炸裂した打撃は盾代わりの左腕を半ば圧し潰し、その巨拳よりも小さな体を高速で殴り飛ばした。
しかし、ジェイミーもただでは終わらない。空中ですぐ体勢を立て直すと壁へ重力を無視した着地を果たし、攻勢の姿勢を整えた。
(また折れたか)
着地の衝撃で足の指が折れ、踵にひびが入った。
その他にも殴られた衝撃で体の十数箇所で骨が損傷を受けている。
だが、あそこで回避行動を取っていなければこの程度の怪我では済んでいなかった。命を落としていたのは確実だろう。
そんな満身創痍の状態でも少しの痛痒も表情には見せず、しかし身体の限界は確かに感じながら起死回生の一手を打つ。
「〈天雷よ〉、〈我に集え〉、〈無限の磁気を帯び〉、〈万物を貫く矢と化せ〉、〈鳴らせ粛清の天鼓〉」
紡ぐは《電磁加速投射》の詠唱。《数秘術》も《電位活性化》も解除し、回すことのできる全ての魔素をこの一撃に注ぐ。
狙うは術者一点のみ。
既に『ネフィリム』本体を破壊できる余力などない。それを操る術者の息の根を止めることでしかジェイミーに勝つ道はなかった。
「〈鳴らせ粛清の天鼓〉―― 《電磁加速投射》!!」
詠唱を終えると身体が訴える悲鳴も何もかも無視してジェイミーは一本の矢となった。
雷速の疾走を以て彼我の距離を瞬きの間に塗り潰し、残された右手に握られた得物で泥岩人形の使い手に迫る。
そして、その切先が衣服を破りのけ、薄皮一枚をも貫き、血を迸らせた。
目の前の死神と相対したマハルは背中からどっと汗を吹き出させ、凍るような冷たさを感じると同時に安堵する。
ギリギリ間に合ったと。
その瞬間だった。
巨拳がマハルの目前へすれすれに割って入り、二度ジェイミーを横殴りで吹き飛ばした。
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