第35話 確信
百四十二ポイント目となる十点の魔獣を倒したところでジェイミーは一息つく。
本来ならほぼ独力かつ短時間で差分の得点を稼いだジェイミーの活躍は目立つはずだが、観客の目はほとんどがレイチェルに向いていた。
これは元々の注目度がジェイミーよりレイチェルの方が高かったということだけが理由ではない。
《燻製鰊の虚偽》。相手の意識を自分から第三者に誘導する第二階位魔法精神系幻術でジェイミーはこれを『決闘』が受理された日から今日に至るまでレイチェルに使い続けた。
訓練の時だけでなく、登校、授業中、休み時間、ランチタイム、下校とあらゆる場面でレイチェルと行動を共にし、自分の存在を薄れさせた。
諜報員たる者目立つわけにはいかない。必要以上の実力を見せるなどという失態は犯さないが、『決闘』には出るだけで注目の的となってしまう。そこから正体が明るみになるとは考えにくいが念を入れた立ち回りをするのは当然だった。
『決闘』終了のコールが響く中、ジェイミーはこれから起こる未来を演算する。
『決闘』の影響で皆の記憶から薄れつつある内通者の存在だが、動くとしたらこの場面だとジェイミーは踏んでいた。
『決闘』が終わり、一番気の緩んだこのタイミングこそ絶好の狙い目。そんな機会を内通者が見逃すはずがない。
しかし、ジェイミーのこの思考を聞いている者がいれば何故と疑問を呈すかもしれない。
内通者の狙いはレア様のはず。何故『決闘』が関係してくるのかと。
その疑問に対し、ジェイミーはこう返すだろう。
『内通者の狙いは皇女殿下ではない。レイチェル・ライダーだ』
◇
「やはりきみか」
姿を見せたジェイミーにロナルドは苛立たしげに目を細める。
一方のジェイミーはその言葉に何も答えずロナルドが隙を見せる瞬間を窺っていた。
「気に入らないな。一週間程度という短い関係とは言え教師だった男が内通者であったことに眉ひとつ動かさないとは」
「おおよそ検討はついていたので」
「何故僕だと分かった?」
わざわざ説明するつもりはなかったが、相手の隙を作るため素直に応じた。
「そこで倒れている彼女から見せてもらったので――そのバッジを」
ロナルドの指先に掴まれたバッジに目をやりながら答えるジェイミー。「そういうことか」とロナルドは忌々しげに倒れたレイチェルに目を向けた。
「彼女は気づいてなかったがそれは学園行事の際に先生方が付けるものだ。理由は不明だが貴方はそれを落とし、彼女が拾った。後は持ち主を絞ればいいだけだ」
ジェイミーがバッジを目にしたのはレイチェル、レア、ジル、フェリックスの四人と昼食を共にしたあの日だった。
制服の右ポケットからバッジを取り出そうとしたところで邪魔が入り他の三人は気づけなかったが、あの時レイチェルの右隣に座っていたためにジェイミーだけは一瞬だが目視出来た。
それがどういった経緯の物かは当時の話の流れから容易に想像が出来、その持ち主が内通者である可能性が高いということまで理解が及んだ。
だが、そのことをレイチェルには話さなかった。言えばレイチェルは目に見えて動揺し、寿命を大きく縮めることになったからだ。
調べたところ学園へバッジの紛失届を提出していたのは三人。ロナルドはその内の一人で証拠こそなかったもののジェイミーは一番内通者の可能性が高いと踏んでいた。
「どうやってかは知らないが、貴方は彼女がバッジを持っていることに気が付いた。そして、余計なことに勘付かれる前に始末しようとした」
照明の落下もレイチェルを狙ったもの。レアはたまたま巻き込まれただけだった。
「ですが、事故を装っての暗殺は失敗。そして今度は『決闘』のどさくさに紛れて殺そうとした。何か申し開きはありますか先生?」
「いくらでも言い訳は出来るけどそれできみは納得しないだろう?」
ジェイミーは何も返さなかったが、それを肯定と受け取ったのかロナルドは肩をすくめた。
「きみの言う通りだよ。事件当日、僕は学園内で彼らと本番前の打ち合わせしていた。その時にバッジを落としてしまったらしくてね。僕が気づかぬまま去った後にそれをメンバーの一人に拾われたんだ。後で返される予定だったんだけどそれは果たされなかった。何故ならその人物は死んだからだ」
その人物――バッジを拾った襲撃者はレイチェルと交戦し、バッジを持ったまま生き絶えてしまったというわけだ。
「バッジの紛失に気が付いたのは全てが終わった後だった。心当たりのある場所を探したけど見当たらなかったから学園へ紛失届を出したんだけど、その後で彼から事を聞かされてひっくり返ったよ。それで慌ててバッジの拾い主がいたっていう崩れた研究棟へ忍び込んで探したけどまあ見つからないよね」
他人事のように語っているが、実際は気が気じゃなかっただろう。
バッジは学園行事の時のみに付けられる物。そんな物が入学式を控えた研究棟に落ちているなど不自然以外のなにものでもない。
疑いの目を向けられるには十分な材料だろう。容疑者は三人いるとは言え、一度疑われてしまえばそこからボロが出る可能性も十分ある。僅かでも疑われるということ自体、ロナルドは避けたいはずだった。
「とすると考えられる可能性は二つ。一つはバッジは爆発した研究棟の瓦礫のどこかに埋もれて見つけられない状態にある。もう一つはバッジを誰かに拾われたという可能性だ。僕としては前者の可能性が高いと踏んでいたよ。僕はあの日、毒煙で倒れていたことになっているから言い訳は難しいし、先生方ならバッジがどういう物か分からないはずがないからね。だから先生方が拾っていたなら僕はとっくに疑いをかけられ警吏庁に連行されていただろう。そう思って安心したんだけどもう一つの可能性に気が付いたんだよ。あの場にいた先生方以外の人物――ライダーさんのね」
「そこまで気が回ってたにしては随分動きが消極的でしたね。事故を装っての暗殺から今日まで一週間以上空いている。その間に学園内で接触するなり寮に押しかけるなりして始末しても良かったのでは?」
「学園内では他人の目が多すぎてどうしても目立ってしまうし、寮のセキュリティもそう甘くないからね。生徒以外が無理矢理入ろうとすれば絶対警備部隊に気付かれ、正攻法で入ろうとすれば記録が残る。確信がない状態でそこまでの危険は犯せないよ。それに、きみも他人のことは言えないんじゃないのかな? 僕に疑いをかけていたにも関わらず今日まで何もしなかったんだからさ」
ロナルドがレイチェルがバッジを拾ったという確信がなかったと言っていたように、ジェイミーもロナルドであるという確信もなかった。
経歴、犯行当時の状況、得意魔法から最も疑わしいのはロナルドであったことは間違いない。しかし、証拠がなかった。
証拠――確信がない以上、思い切った行動をするのは悪手だ。出来るだけ避けた方がいい。
だが、ジェイミーが行動を移さなかったのにはもう一つ理由があった。
「急ぐ必要なんてありませんでしたから」
「何?」
「内通者が動き出した後からでもどうにか出来る確信はありましたので」
その言葉にロナルドは一瞬キョトンとした顔を見せたが、すぐに声を上げて笑い始めた。
「アハハハハハハハハハハハハハッ――中々面白いことを言うじゃないか。ならその自信のほどを見せてもらおう!」
その途端だった。奇妙な感覚がジェイミーを襲った。
まるで体が水中を漂っているような――それでいて体が自分のものではなくなっていき、意識が朧げになっていゆく――そんな感覚だった。
「なる――ほど――既に――」
虚ろな目でそう呟くジェイミーにロナルドは口を三日月型に歪め答えた。
「きみは既に幻術の中だ」
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