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第33話 決着

 水の中でだらんとエコンズの全身が脱力したことを確認するとレイチェルは《水牢(ウォーター・プリズン)》を解除した。

 水球が割れ、中にいたエコンズの体が水浸しになった地面に横たわる。既にその目に光は宿っていなかった。

 念のために脈を確認すると息はちゃんとあり、レイチェルは内心胸を撫で下ろす。

 ルール違反による敗北を免れたことはもちろんだが、あまり好きではない相手とは言え命を奪うのは後味が悪かった。


 『まさかの大番狂せだあああああああ‼︎ なんとなんとライダー選手がプラインセズ選手に勝利いいいいいいいいいい! 学園の救世主がその実力を示したあああああああああ!』


 実況のエクスの熱の入った叫びに誘われ、観戦していた生徒らも歓声を上げる。

 レア、ジル、フェリックスも各々のリアクションでレイチェルの勝利を喜んだ。


 『しかし、一体何が起こったのでしょうか? プラインセズ選手を覆っていた水の中が激しく発光したように見えましたが……』


 『その答えは直前にライダー選手が使っていた魔術にある』


 リベブロの疑問にエクスは大悟した声で答えた。

 実況というのはただ試合の状況を伝えるための状況把握力と盛り上げるための話術だけがあればいいというものではない。

 その競技への造詣、戦況の背景を理解する圧倒的知識量が求められる。

 エクスはその点で一年後輩のリベブロよりも遥かに多い『決闘』と魔法の知識量を持っていた。


 「それはプラインセズ選手の背後で発動された小さな水球の爆発でしょうか?」


 水中にいたことにより聴覚と視覚を鈍らされていたエコンズは気が付いていなかったが、実はレイチェルは《水牢(ウォーター・プリズン)》の後、もう一つ魔術を発動していた。

 第二階位魔法水瀑(すいばく)系《水裂弾(ウォーター・ブラスト)》。拳ほどの大きさの水球を爆発させ、その衝撃で相手にダメージを与える魔術だ。


 『そう。あの爆発が《水牢(ウォーター・プリズン)》に直撃したことによるキャビテーションでバブルパルス現象が起こったんだ』

 

 『キャビテーション? バブルパルス?』


 聞き慣れない単語にリベブロだけでなく多くの生徒が首を傾げる。


 「キャビテーションは液体中の圧力差によって気泡が沸騰し、それが破裂することで起こる衝撃。バブルパルスはキャビテーションで発生した大量の高圧の気泡がエネルギーを失うまで沸騰と収縮を繰り返す現状のことです。まあ、水中で起こる凄い勢いの衝撃波だと思ってください」


 他の生徒ら同様、要領を得ていないレアとジルに先んじてそう語ったのはフェリックスだった。


 「凄い。よく知ってるわねフェリックス」


 「こういうのはオレの専門分野なんで」


 そう言われてレアはフェリックスが得意とするのが振動による衝撃波を生み出す振動系魔術であることを思い出した。

 次いでジルが尋ねる。


 「では、あの光の正体はなんなんだ?」


 「あれはソノルミネッセンスだ。さっき言ったみたいな水中で凄い勢いの沸騰と縮小が連続的に起こると瞬間的数千度以上の高温が発生するんだ。それによって分解された原子と分子が発光するんだとよ」


 そしてリベブロの方もエクスからフェリックスがしたものよりも簡単な解説を聞き、なるほどと頷いた。


 『では、その衝撃によってプラインセズ選手は気絶したのでしょうか?』


 『それは少し違うね。沸騰、縮小する時の気泡の速度は音速に近いものになるんだけど、その二百十八デシベルくらいの音が鳴るんだよ』


 『二百十八デシベルですか? それはどれくらいの音量なのでしょうか?』


 『人間が肉体的な苦痛を感じる限界と言われる音量が百三十デシベルだから相当大きいよと思うよ。ちなみに至近距離で雷が落ちた時が百四十デシベルらしい』


 『では、それだけの音をそばで聞いたら――』


 『音が鳴るのはたった一秒だけど、ひとたまりもないだろうね』


 落雷の際の一.五倍以上の音が耳元で鳴る――想像しただけで怖気がした。


 「ふぅ……」


 上手くいって良かったとレイチェルは膝立ちでエコンズを見下ろしながら思った。

 この戦い方を提案したのはやはりと言うべきか使用者であるレイチェル当人ではなくジェイミーだった。

 レイチェルは《水牢(ウォーター・プリズン)》を相手を窒息させるか、足止めするかの魔術で『決闘』の場ではあまり役立たないと思い込んでいた。窒息させては『決闘』のレギュレーションに引っかかり、足止めは事態の根本的な解決にならないからだ。

 しかし、そんな固定概念はあっさり覆された。

 キャビテーションだとかバブルパルスだとか説明されてもよく分からなかったが、こうして彼の教えをものにすることが出来たので及第点と言っていいのではなかろうか。


 腹の底からゾクゾクした高揚感が湧き上がってくるが喜ぶのはまだ早い。

 『決闘』はまだ終わってないのだ。

 痛む足に鞭打ち何とか立ち上がろうとして――、


 『おおっと何が起こったのか⁉︎ あっと言う間にフレミング選手が百四十二ポイント目を獲得! チームAの総合得点を上回りました!』


 『この場合、競技の続行はどうなるのでしょうかエデュール先輩?』


 『本来「魔獣討伐決闘(モンスター・ハント)」は制限時間まで続くのが通常ですが、片方のチームの選手が全員が戦闘不能の状態で復帰の見込みがないかつ相手チームの得点がリードしている場合、制限時間の終了を待たずにそのチームの勝利となります』


 『つまり……』


 『これにて試合終了! 勝者はチームBのライダー選手とフレミング選手になります!』


 校舎中から万雷の如き歓声が爆発する。

 下馬評の大半を覆しての結果に生徒たちは大きに沸き立った。


 「勝っ……た……?」


 状況が飲み込めずしばらく呆然としていたが、やがて実感が形を帯び笑みがこぼれ出た。


 「やった……やった!」


 喜ぶレイチェルを他所に実況の二人が『決闘』を締め括り、同時に映像を撮影していた四体の飛行ゴーレムと野放しにされていた魔獣が操られ一箇所へ着陸した。

 一頻り喜んだレイチェルだが一つ問題があることを思い出す。

 それは痛めてしまった足だ。

 最悪片足で帰れないこともないが、『決闘』でひどく疲弊した今の身体では大変辛い。やはり誰かの手を借りたかった。


 (よし。ジェイミーくんが来るまでここで待っていよう)


 そう決めた瞬間だった。

 「おーい」という声とともに木の間から人好きのする柔らかな表情を浮かべた青年教師が姿を現した。


 「いたいた。大丈夫? 怪我しているみたいだけど」


 「確か……ロナルド先生!」


 「うん、そうだよ。覚えていてくれて嬉しいな」


 そう頷いた幻術教師はゆっくりと距離を詰め、しゃがみこむとレイチェルの足首を確認する。


 「結構腫れているね。歩くことは出来そう?」


 「難しそうです。片足でなら……」


 「いや、無理はしなくていいよ僕が運んでいく」


 「ありがとうございます」


 「ところで、彼は大丈夫かい?」


 ロナルドは少し離れた場所で倒れているエコンズを見て言った。


 「はい。気は失っていますけど……」


 「そうか。それなら都合がいいね」


 「え?」


 意図の分からない発言にレイチェルが戸惑う中、ロナルドがおもむろに立ち上がる。

 そして――、突如としてレイチェルの腹を勢いよく蹴り上げた。

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