第32話 下剋上
《電磁加速投射》の効果が切れる直前でエコンズのもとまで辿り着いたレイチェルは不意打ちの《水砲》を放つも躱されてしまう。
怨嗟の声を上げる相手に僅かに慄くものの攻撃の手を止めることはしない。
水の噴射を横に逸らしエコンズを追いかける。
《水砲》についてもジェイミーとの特訓でアドバイスを受けていた。
曰く、放射を出来るだけ細くし、撃ち続けることを意識しろと。
無駄な水の噴出をせず、一点に威力を集中させることで無駄な魔素の消費を抑えると同時に殺傷力を上げることが出来る。
その教えをレイチェルは守っていた。
圧縮した水を細く鋭くレーザーのように放ち続けることを意識する。
油断していい一撃ではない。
そう判断したエコンズは流石の身のこなしでそれを避けながら反撃の詠唱を始める。
「〈燃えろ〉、〈焔の弾子〉」
第二階位魔法火炎系魔術《火球》が放たれる。
それを受けてレイチェルはエコンズに定めていた狙いを変更し、人の頭のほどもある火の弾子を消火した。
だが、その隙にエコンズは距離を詰め、拳闘仕込みのパンチを繰り出してくる。
レイチェルは魔術を中断し、魔素の込められた拳を避けるも続け様に二撃目が打たれる。
白兵戦に持ち込まれては魔闘技の心得のないレイチェルでは勝ち目がない。
その後も容赦なく放たれる打撃を回避し続け、息継ぎの呼吸で乱撃が止んだ僅かな隙に距離を取り間合いから逃れる。
「〈奔流となりて――〉」
そして《水砲》を撃とうするが――、
「〈燃えろ〉、〈焔の弾子〉」
それよりも早く詠唱を終えたエコンズの《火球》が放たれる。
詠唱を止め、跳び退った直後にレイチェルの目の前で火の弾子が落ち爆発した。
「きゃっ!」
直撃こそしなかったものの爆発が生み出した暴風がレイチェルを襲い、踏ん張りも虚しくその華奢な体を横薙ぎに吹き飛ばした。
二度、三度体をバウンドさせ勢いが止まると起き上がり、自分の負傷具合を確認する。
顔は咄嗟に腕で庇ったため無事。体も対魔繊維で編まれた制服のおかげか火傷などはなかった。ただ、地面に打ち付けられたせいで所々が痛む。
これくらいなら問題ないと立ちあがろうとするが右足に走った痛みがそれを妨げた。
膝から頽れ、すぐ確認すると右足の付け根が青黒く腫れている。踏ん張った時か吹き飛ばされた時に足を挫いたようだった。
「その足ではもう動くことは出来ないな」
そこへ勝ち誇ったような声が投げかけられる。
木の上からエコンズが腕を組み、こちらを見下ろしていた。
「貴様のような卑賤な平民がこの高貴なる血を受け継ぐ私に勝てるとでも思ったか? 驕りも甚だしいわ!」
何も言い返さずレイチェルはエコンズの罵倒を黙って聞いていた。
レイチェルとエコンズの大きな差。それは生まれ育った環境にあった。
レイチェルが魔法を学ぶにあたり師としたのは専ら一冊の魔導書。そこに記された文献を自分なりに紐解きながら地道に学んでゆく。
誰も教えてくれる者はいない。最も身近な存在である両親は魔導師でないため頼ることは出来ない。
自分の力だけで手探りで進んでいくしかなかった。
一方のエコンズには多くの師がいた。
それは父であったり、家庭教師であったり、高名な魔導師であったり、同年代の天才であったり、レイチェルと同様魔導書であったり。
多くのものから教えを享受し、道標となる見本を提示された。
魔法のほとんどを一冊の魔導書からしか学べなかったレイチェルと違い知識の偏りはなく、その実態をも文章のみに頼りきらず把握出来ていた。
そのため、学びの道に迷うことなどはない。最初に何を学びどう実践すればいいのかが全て示され、その標の通り歩いていけば知識は自然と身に付いていった。まるで磁石に砂場の砂鉄が吸い寄せられるように。
つまり両者の間には魔法を大成するための下地に隔絶した差があったのだ。
「わたしを卑怯者と侮辱したこと今後悔させてやる。貴様を片付けたら次はフレミングだ」
そう吐き捨て《火球》の詠唱を始める。
足を痛めた以上回避は叶わず、詠唱速度でもエコンズに分があるため迎撃も出来ない。
エコンズの勝利は確定したも同然だった。
「〈燃えろ〉、〈焔の――〉」
しかし、レイチェルには温室育ちのエコンズにはない強みがあった。
それは実戦的な経験。知識を蓄えるだけではなく、それを本番で使いこなすために踏んだ場数の差だった。
「ごぼっ!?」
詠唱が途切れ、代わりにくぐもった悲鳴と気泡が口から洩れる。
それだけで何が起こったのか驚愕しながらもエコンズは理解した。
これは水の玉だ。大きな水の球体がエコンズを包み込んでいたのだ。
「ギリギリ間に合ったぁ……」
「きさばぁ……なにをぉ、こぼぼぼぼっ……!」
ホッとしたように息を吐くレイチェルにエコンズが気泡混じりの問いかけとともに鋭い眼光を叩きつける。
「水瀑系魔術《水牢》。相手を大きな水球の中に閉じ込める第三階位魔法です」
(第三階位魔法だと!? いや、それ以前にどうやって私よりも速く発動させた!?)
魔法の階位と詠唱の長さはそのまま比例する。第二階位魔法よりも第三階位魔法の方が詠唱が長くなるのは当然だった。
にも関わらずレイチェルはエコンズのよりも速く詠唱を終え、術式を完成させた。詠唱速度でもレイチェルの方が劣るのにだ。
「単純な話です。あなたがわたしに色々言っている間に小声で詠唱を唱えました。速度じゃ勝てないし、こんな足じゃ逃げることも出来ないから」
小癪な真似を。
そんな謗りは水中で泡となって消えた。
このままでは負けてしまう。
『決闘』で相手の殺害や致命傷を与える行為が禁止されている以上、命の心配をすることはないが、この水球の檻が解かれるのは呼吸困難になり、身動きが取れなくなった時だ。その瞬間を叩くのが相手の狙いだろう。
つまり《水牢》が解除される時が自分の敗北と同義。
だが、それは逆をいえば水中にいる間は安全ということでもある。
水が障壁となるため、そう手出しは出来ないはずだ。
呼吸が持つ間に打開策を考えなくては。
どうするべきか、エコンズは酸素の足りない頭を懸命に回転させる。
まず泳いでの脱出を試みるが、それは不可能だとすぐに気付いた。
《水牢》が自分の動きに合わせて動いているのだ。
酸素を温存するため、無駄な運動を即座に止めると魔術での打開を目論むがとある絶望的なことに気が付く。
詠唱が出来ないのだ。
詠唱が声を発するものである以上、当然酸素がいる。しかし、水中には酸素がないため息を吸い、肺から空気を押し出すことなど出来るはずがない。
それでもエコンズは諦めようとしない。
詠唱がだめならと無詠唱での術式解析を試みる。
魔術を発動するのに詠唱は必須ではない。それはベルンハルトも言っていたことだ。
発動するのは《火炎葬送》。これで水球を焼き尽くそうと言うのだ。
第三階位魔法を無詠唱で使おうとするのは初めてだった。
だが、臆することはない。
私は貴族なのだ。侯爵なのだ。国王陛下とともに独立戦争を戦い抜き、建国に尽力したゲイン・ゴールトソン・アーリャ・プラインセズの息子。それが私だ。 そんな私がたかが平民に負けるはずなど――
その時――、耳が爆発した。
少なくともエコンズはそう思った。
それほどの轟音が耳元で鳴ったように感じたのだ。
そしてそれは一回のみに止まらず、光を伴って連鎖的に巻き起こりエコンズの鼓膜を劈いた。
「ッッ〜〜〜〜!?」
何が起こったのか理解出来ず悲鳴にならない無数の気泡を口から吐き出す。
急速に薄れゆく意識の中、最後にエコンズはこちらへ手を向けるレイチェルの姿を見た。
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