第31話 責任と期待
「それじゃあ、イカサマを訴えても意味がないってこと......?」
全ての説明を受け、途方に暮れた様子でこぼすレイチェルにジェイミーは静かに首肯した。
「じゃあ! じゃあ! どうするの⁉︎ このまま洞窟エリアで魔獣を倒していても点数が低いから追いつけないよ‼︎」
ジェイミーの注意が効いているのか先ほどよりは落ち着いたテンションで窮地を訴えるレイチェル。
そんな自分のパートナーに対し、苛立つほどの冷静さでジェイミーは「答えはそれだ」と人差し指を突き刺した。
「ここにいても点が稼げないのなら場所を変えればいいい。例えば......森林エリアとかな」
「............無理無理無理無理無理だよぉ‼︎」
ジェイミーの突飛な解決案に混乱がぶり返してしまうレイチェル。
「森林エリアはこの洞窟エリアから一番遠い場所だよ⁉︎ 迷路や道中で襲ってくる魔獣のことを考えたら今から全力疾走したとしても着くのは時間終了ギリギリ......! 魔獣を倒す時間がなくなって本末転倒だよ!!」
「ならより早く移動すればいいだけだ」
「え?」
それが出来れば苦労はしない。
そう言いたくなるほど簡単に言ってのけるジェイミーにとぼけた声をこぼしてしまうレイチェル。
しかし、当のジェイミーはそれが可能である確信を持った目つきをしていた。
◇
数分後、レイチェルは音速を超える速度で迷宮を疾走していた。
壁を蹴破り、魔獣を蹴散らし、道なき道をひたすら驀進する。
周囲の景色が置き去りにされ、一歩を駆け出す度にそれまでにあった光景がすべて変わってゆく。
風を食い破る感覚を味わいながらレイチェルは己の力を超えた加速に全能感と恐怖心を覚えざるを得なかった。
加速の正体は《電磁加速投射》。
レイチェルを弾体として射出し、壁などの障害をぶち抜いて森林エリアまで一直線に突っ切る。
あらゆる道順をショートカットし、余計な時間と手間をかけることなく最短で目的地に辿り着ける合理的かつ強引な移動方法だった。
《電磁加速投射》はその弾道を変えることが出来ないため、森林エリアまでの直線の道筋を計算した上で発射されている。そのためレイチェルは足を動かし、走り続けるだけで目的地へ到着出来るのだが、それでも背中に冷たいものが滲むのを抑えれなかった。
何かの拍子で軌道がズレてしまうのではないか、躓いて凄まじい勢いで転がってしまうのではないか、今も体の表皮をヒリヒリと焼き付ける空気摩擦に燃やし尽くされてしまうのではないか。
数多の懸念が次々と浮かんでくる。
「息が乱れているぞ」
そこへいつの間にか真隣に現れたジェイミーが声を掛けてきた。
「きみに使った術はおれのものよりも威力を弱めている。だから心配の必要はない」
先にレイチェルへ術を施さなければならないため、ジェイミーは何秒か遅れて疾走を始めた。
それでもジェイミーがこうして追いついてきたのがその証左だ。
「地を踏み締めることを意識してただ真っ直ぐ走り続ければいい。前だけを見ろ。雷が守ってくれる」
《電磁加速投射》をかけられるのは実はこれが初めてではない。
特訓中にも何回か練習はしていた。
最初は制御が出来ず、大怪我をしかけたこともあったが、最終的には及第点と言える程度には使えるようになった。
「今まで通りやるんだ」
ジェイミーの言葉でそのことを思い出したレイチェルは乱れていた呼吸を整えた。
そして、隣を見て頷くと前へ向き直り、足の速度を上げる。
ジェイミーもそれに合わせて並走した。
実際には一分にも満たなかったが、何時間にも感じられるスリリングな疾走を経て森林エリアが見えてきたところでレイチェルはあることに気付く。
「ねえ! あそこ炎が......!」
「結界術《炎壁》か。このまま行くぞ」
「でも――」
「言っただろ。雷が守ってくれる」
そんなやりとりをしているうちに炎の障壁が目前に迫る。
心の準備など出来てない。突進の直前、レイチェルは目を引き結んだ。
だが、そんな杞憂を覆すように疾風迅雷の加速は炎を突き破り同時に結界を破壊した。
強力な電流が生じさせた電界は炎を押し退けることが出来る。そのことを知っていたジェイミーは大丈夫だと確信があったが、その知識がないレイチェルは自分が火傷ひとつ負うことなく森林エリアに侵入出来たことに目を白黒させていた。
「早速か」
ジェイミーが上を見上げる。そこには人の半身ほどもある白色の鳥が旋回していた。
大白鳥。その鋭い鉤爪で大型動物を連れ去ってしまうほどの膂力を持つCレート魔獣だ。
首に付けられた刻印が野生の魔獣でなく、使い魔であることを表していた。
「奴等だ! 奴等がここまで来たぞ! フォロゾ貴様も使い魔を集めて用心しろ!」
そこへエコンズの警告の叫びが聞こえてくる。《炎壁》が破壊されたことを感じ取り、こちらの侵入に気付いたようだ。
大白鳥もこちらに気が付いたのか方向を転回し、一本の矢のように一直線に二人へ迫る。
「〈鳴らせ粛清の天鼓〉」
ジェイミーは慌てることなく短縮詠唱で《電磁加速投射》発動し、短剣を大白鳥に向かって投げつけた。
威力が落ちているとは言え、それでも目で追いきれない速度を誇る投擲が大白鳥の腹部に突き刺さり、風を裂くような苦悶の鳴き声とともにその巨体がゆっくり地面へ落下してゆく。それと同時に――
「うわあああああああああああああ⁉︎」
少し離れたところから共鳴するように悲鳴が聞こえた。
ジェイミーは《電磁加速投射》を繰り出す直前、短剣にとある呪術をかけていた。
第三階位魔法付与系呪術《連鎖反響》。魔素の繋がりを通して遠隔で相手にダメージを与える呪術である。
今回の場合は使い魔の大白鳥を通してその使役者であるフォロゾに攻撃したのだ。
そんなことなど知る由もないレイチェルは何が起こったか分からずに相変わらず豆鉄砲を食らっていた。
「エコンズはこの先にいる。《電磁加速投射》が解ける前に奴の場所まで辿り着け」
《電探》で既に居場所を探知していたジェイミーが指示を飛ばす。
我に帰ったレイチェルだが、慌てた様子を見せる。
「私が⁉︎ プラインセズさんを⁉︎」
てっきりエコンズの相手はジェイミーがやるとばかり思っていたので予想外の抜擢だったのだ。
「勝って証明しろ。きみが学園を救った英雄であると」
「!」
その言葉の意味をレイチェルは理解した。
ジェイミーは自分に花を持たせてくれたのだと。
この『決闘』は学園中が見ている。
例え、勝利したとしても相手の花形であるエコンズを倒したのが自分でなければその賞賛はジェイミーに浴びせられる。逆に自分は大した活躍が出来なかったと受け取られ「学園を救ったなど嘘だ」などと陰口を叩かれることになるだろう。
それは事実だ。自分はあの時大それたことは出来ていない。ただ成り行きで身に過ぎた栄光を授けられた凡人なのだ。
しかし、その栄光が虚構だとしても放り出していい理由にはならない。その責任から逃げたくない。
栄光を与えられた者はその期待に応え続ける責任があるのだとレイチェルは思う。
ならばその責任に応えてやる。
エコンズに勝てると自分を信じて、送り出してくれるジェイミーの期待に応えたい。
迷いなど最早なかった。
レイチェルはジェイミーに力強く頷くとジェイミーを抜き去り、その場から姿を消した。
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