第28話 魔獣討伐決闘
「遂に始まりましたね」
「そうね……」
「……」
Ⅲクラスの教室にてほぼ全員が揃うクラスメイトに混じり、最前列でレア、ジル、フェリックスは黒板に映された『決闘』の映像を静かに観戦していた。
「ねえフェリックス、二人は勝てると思う?」
「心配しすぎっすよ。あの二人の特訓は散々一緒に見たじゃないですか。よっぽどのことが起こらない限り、二人の勝利は揺るぎないですよ。なっ、ジル?」
「…………」
同意を求めるフェリックスだが、ジルにはそっぽを向いて無視されてしまう。
まだジェイミーに惨敗を喫したことを根に持っているらしい。
だが、あれから一週間程しか経っていないことを考えると折り合いをつけれていないのも当然かと苦笑するに留めた。
「……一つ気になることがある」
「え?」
予想に反し返答を寄越してきたジルにフェリックスの口から調子の外れた声がこぼれる。
「競技内容がなぜ『魔獣討伐決闘』なのかだ。定石なら純粋な戦闘力を競う『模擬戦闘』が選ばれるはずだ」
『決闘』の競技内容は『魔獣討伐決闘』の他に『魔法技巧決闘』や『使い魔決闘』など様々あるが、ジルの言う通り行われるのは専ら『模擬戦闘』だ。
理由は三つで総合的な魔法の実力の競い方としては最も適当であることと、生徒同士の心情として最も納得しやすいやり方であること、そして最も不正がしにくいという点である。
「力加減が分からない新入生同士が戦うことで事故になることを学園が危惧したんじゃないの?」
レアが尤もな意見を口にするが、ジルは静かに首を横に振った。
「わたくしもそれは考えました。しかし、競技内容は選手側の意見が尊重されやすいらしいです。加えて奴の実家であるアーリャ・プラインセズ家は学園に多額の寄付をしている聞きます。その意向が反映される可能性は高いかと」
「じゃあ、競技に『魔獣討伐決闘』に選ばれたのはプラインセズ様本人の意思ということ?」
「そう考えるのが妥当でしょう」
一連のやり取りを経てレアの中に今までなかった違和感が芽生えた。
エコンズは先の一件で相当腹に据えかねているはずだ。そして『決闘』はそんな雪辱を晴らせる絶好の機会でそのための競技として『模擬戦闘』は相手を直接叩きのめせるという点(実現出来るかは置いておいて)で最も適していると言えよう。
しかし、エコンズは『魔獣討伐決闘』を選択した。
つまりこれが示す意味は――、
「この競技なら勝てる自信があるいうこと?」
「ええ。それだけならいいのですが、わたくしはそこにきな臭いものを感じています」
エコンズが持つ自身の根拠。それがなんなのか分からず、一抹の不安を抱えたままレアは黒板に映された『決闘』の様子を見ていた。
◇
一足先にエリアへ突入したジェイミーがまずしたことは周辺に潜む魔獣の位置と数の把握だった。
《電探》で周囲に電磁波を飛ばし、跳ね返ってきた時間からそれらを測る。
(この広間一帯にいる魔獣の数は全部で十七体。位置は全体的に散らばっている。大きさからしてレートはほとんどがFか)
「GYAOOOOOOOO!」
そこへFレートの魔獣吸血蝙蝠が牙を光らせ、三匹襲いかかってくる。通常のコウモリよりも一回り体長が大きく、獰猛である。
攻撃方法はその牙による噛みつきで獲物から血と魔素を吸い取ることで戦闘不能に追いやるが、それ以外の攻撃手段を持たず飛翔速度も決して速くはないため脅威度は低い。そのため初心者でも討伐可能なFレートに分類されている。
ジェイミーは袖下から短剣を滑らせるように取り出すと魔法を使うことなく、一呼吸のうちに三匹全てを斬り捨てた。
「ジェイミーくん!」
そこへレイチェルが遅れてやってきた。
「大丈夫だった?」
「見ての通りだ」
「良かった……」
腕を広げ、無傷をアピールするジェイミーに安堵の声を漏らすレイチェルだが、すぐに「あ……」と肝心の索敵について思い出し、結果を聞き出す。
「そっか。じゃあもう移動するってこと?」
「ああ」
前もってジェイミーとレイチェルはFレートの魔獣は積極的に狙わないと決めていた。
質より量と言うが得点の低い魔獣ばかり狩っていても効率が悪い。一点と三点の魔獣の個体数がそう変わらない以上、後者を狙う方がポイントが稼げるのは子どもでも分かることだ。
作戦通り場所を移動しようとする二人だったが、それを阻むかのように新たな魔獣が襲いくる。
「前から五匹の魔獣が!」
「また吸血蝙蝠か。気にせず突っ込むぞ」
迷うことなく吸血蝙蝠の現れた前方へ駆け出すジェイミー。
その後をレイチェルも急いで追いかける。
「今度はきみがやってみろ」
「分かった」
速度を緩めたジェイミーに先頭を譲られたレイチェルが代わって前に出ると「〈射て〉」の短い詠唱とともに《水弾》を放つ。特訓時に学んだジェイミーの教えを実行しながら。
◇
「攻撃の範囲を狭めて弾丸を密集させろ、ですか?」
《水弾》を見た直後、ジェイミーはレイチェルにそう告げた。
「でも、《水弾》の強みは攻撃範囲の広さです。それを損なうのは良くないかと……」
「今きみが放てる弾数では大した脅威にはなり得ない。相手を仕留めきれなかったら本末転倒だ。イェーガー先生も言ってただろ?」
《水弾》はその名の通り圧縮された水の弾幕を放つことが出来るが、弾丸一発あたりの威力は高いとは言えず一撃命中しただけでは大した決定打にはなり得ない。そのため対象に致命傷を与えるには複数弾お見舞いしなくてはならないのだが、そのために弾幕を狭めてしまうとレイチェルの言う通り強みが失われしまうと言うジレンマを抱えているのだ。
「じゃあ、どうしたら……」
「出来ないことを嘆いていてもしょうがない。今の自分に出来ることが何かを理解するんだ」
「何が出来るか、ですか?」
「そうだ。今は何がしたいかではない。何が出来なくて、何が出来るかだ。それが分かった時、きみは成長すること出来る」
◇
(今の自分に何が出来て、何が出来ないのか――)
あの時の教えを自分の中で反芻し、レイチェルは《水弾》の弾幕を吸血蝙蝠の一団がギリギリおさまる範囲まで絞り、発射した。
攻撃範囲を限界まで広げようとするのではなく、限界まで狭める。殺傷力が失われないギリギリまで。
それが今のレイチェルに出来るジェイミーの教えを魔法に落とし込んだ特訓の成果だった。
降り注いだ水の弾幕は魔獣たちの体に無数の穴を作り、次々と落下させてゆく。
「これで五ポイント」と軽くガッツポーズを取ったレイチェルだったが、そこへ見逃していた六匹目の吸血蝙蝠が迫る。
だが、迎撃に慌てながらも移ろうとしたレイチェルに代わってジェイミーが前へ出て吸血蝙蝠を鷲掴みにするとそのまま頭から握り潰した。
「今の攻撃は人間相手なら正解だが、Fレート魔獣相手だと考えるともう少し余裕を持って弾幕を張っていても良かったな。おれの教えを実践したことは感心だが全員に同じ戦い方をするんじゃなく、その相手に合った戦い方をすることを心掛けろ」
「は、はい……」
左手にまとわりついた魔獣の血を払いながらアドバイスを出してくるジェイミーに軽く引きながらレイチェルは頷いた。
特訓中から感じていたが、ジェイミーの戦い方はひどく実戦的だ。
容赦なく急所を狙ってくるし、魔法で攻撃してきたかと思えば肉弾戦も交えてくる。その場その場に適した攻撃を仕掛けてくると言った感じだ。
合理的と言うか、生々しいと言うか、手段を選ばないと言うか……。
そんなレイチェルの様子をジェイミーは気にかけることなく走る速度を速め、彼女もその後に着いてゆく。
途中遭遇する魔獣を倒しながら新たな広間に辿り着いた時には獲得ポイントは十六点になっていた。内訳はFレート十三体とEレートが一体。
討伐数だけを見ると順調かもしれないが、そのほとんどが一点であるため効率が悪く感じられる。
やはりむやみに討伐数を稼ぐよりもポイントの高い魔獣を狙う方が効率的だ。
そう改めて結論づけると《電探》で索敵を始める。
「どう?」
「数は二十六体。Fレートが十体、Eレート十四体、Dレートが二体と推測される」
この一帯に潜む魔獣の内のその過半数が三点以上。
全体の数もポイントの質も先程よりずっといい。
「じゃあ――」
「ああ、ここで仕掛ける」
ジェイミーは短剣で左手を切り裂き、血を滲ませると勢い良く左腕を払い周囲へ赤の斑を散りばめた。
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