第24話 模擬試合
訓練場とは魔法による実戦的な訓練を行う際に使われる学園の施設だ。ドーム状の建物で中には様々な訓練設備が搭載されおり、授業以外でも生徒が自主訓練をするために利用している。
そんな訓練場にある個別訓練室にジェイミーとジルは対峙していた。
個別訓練室は白い床と壁に覆われた教室ほどの広さの空間で個人または少人数での戦闘訓練の際に利用される設備だ。壁からはゴーレムが出てくるようにもなっているためそれを利用した訓練も行うことが出来るが、今回出番はない。なぜなら――、
「勝負は一本勝負。先に一本取った方が勝利だ」
「ああ。おれが勝ったらきみは金輪際口出しをしないと言うことでいいな?」
ジルはここへジェイミーを連れてきて自分と模擬試合をすることを迫った。
ただの練習という体なら決闘のような面倒な手続きも不要で訓練場へ許可証だけで済む。
それにこれは誇りだとか尊厳だとかそんな大層なものをかけた戦いではなくただの個人的なプライドだ。敬愛すべき主に迷惑をかけることは出来ない。それくらいの分別は義憤に駆られた中でも出来ていた。
最初は嫌がっていたジェイミーだったが、ジルに「私が負けたらこれ以上貴様に干渉しない」との条件を加えられたことで同意した。
レアの護衛をするにあたって最大のネックとなるのがジルの存在。
他者に排他的な面を持つ彼女がいるとレアに近づくのが難しくなる。それを取り除けるのはジェイミーの任務を遂行するにあたって明確なメリットだ。
一方の彼女はジェイミーに対して何の要求もしていない。
ただ気に入らない相手を打ち負かしたいだけなのだろうが、護衛としての職務を放ってこのような些事にかまけるのは甚だ疑問を覚える。
しかし、今回ばかりはそのことを口にしようとは思わない。
道理の通らない相手に物事の正しさを説くのは魔法を行使するために必要な霊素を持たない人間に魔法の使い方を教えるくらい無意味なことだからだ。
「どうなっちゃうんでしょう……これ……」
二人の様子を耐魔効果のあるガラスを隔てる形で部屋の外から窺うレイチェルが隣のレアとフェリックスに半ば独り言のように呟いた。
「流石に殺し合いにまではならないと思いてえが――」
「そんなことは絶対に許しません」
レアが食い気味に断言するとフェリックスは「それは杞憂か」と思い直した。
向こう見ずなところのあるジルだがレアへの忠義心は本物だ。強く言い聞かせれば大人しく従うだろう。
「お二人はどっちが勝つと思いますか?」
「何とも言えないわね。もちろんジルのことは信頼しているけどジェイミー様の実力が分からない以上、想像がつかないわ」
「同僚としてはジルに肩入れしてえが、ジェイミーからは只者じゃねえ雰囲気がプンプンする。もしかしたらジルが負けることもあり得るかもな」
二人とも「ジルが勝つ」と断言すると思っていただけにレイチェルは驚かされた。
普通に考えれば皇女の護衛に選ばれているジルの方が勝利して然るべきだろう。
だが、落下する照明に反応したり、エコンズの暴走を止めたジェイミーも侮れない。
そんな中でレイチェルは確信していた。
この勝負はジェイミーが勝つだろうと。
ただの勘だが、それ以外の可能性をレイチェルは考えられなかった。
そして、鳴り響くブザー音とともに二人の試合が始まる。
「賢者の石!」
ジルは試合開始と同時に赤い結晶を腰のポーチから取り出すとそこに魔素を込める。
賢者の石とは主に錬金術師が使用する触媒で、元素を生み出すという効果を持つ。一回きりの使いきりかつ貴重な代物だが、その場に扱いたい物質がなかったり、変換している暇がない際に即座に出せるため錬金術師が戦闘を行うときには必須の触媒だ。
ただ元素であれば何でも生み出せるというわけでなく、扱える元素は本人の適正に依存するという特性がある。
そして、ジルが高い適正を持ち、好んで使う元素が金であった。
「喰らえ!」
一瞬で生み出された床全体を覆えるほどの量の砂金がジェイミーを呑み込まんと迫る。
それをジェイミーは床を足場として回避した。
金は比重が重く、捕まってしまえば振り解くのに苦労する。絶対に捕まってはいけなかった。
「〈閃け〉」
お返しに第二階位魔法電撃系魔術《雷光》を放つも圧縮した砂金の壁がそれを遮った。かと思えばそれが黄金の弾丸となって降り注いでくる。
「〈阻め〉」
それらをジェイミーは強力な磁場を発生させることでバリアを形成する第三階位魔法電磁系魔術《電磁結界》を展開し弾く。
しかし――、
「はあああっ!」
その隙に距離を詰めたジルが砂金の一部で錬成した剣を振るってきた。
それにジェイミーは愛用の短剣を取り出して応戦する。
(重いな……)
ジルの一撃を受け止めながらジェイミーはそう感じていた。
剣が金のみでできているため通常のものよりも重量があり、受け止めるたび腕に電気が走る。
それを女の細腕で振るうジルは大したものだと思う。相当な鍛練を積んでいることは想像するに難くない。
研究者気質の強い傾向にある錬金術師に似つかわしくない戦い方だが、こうでもしなければ皇女の護衛は務まるまい。
「へえ……やるなぁ……」
二人の戦いを眺めていたフェリックスがそう洩らした。
「息もつかせない接戦……! 二人とも凄いです!」
「ええ……! これはどっちが勝ってもおかしくないわね」
興奮した様子で語るレイチェルとレアだが、フェリックスは冷静に戦況を見ていた。
(ジルが次々攻撃を仕掛けている一方でジェイミーは目立った動きをしてねぇ……それで互角ってなると……ジェイミーが動けばこの拮抗、すぐ崩れちまうかもな……)
◇
どうしたものかとジルの剣をいなしながらジェイミーは考えていた。
正直ジルを倒すだけなら最初の一撃で済ませることは出来たが、それではジェイミーが常人を大きく逸脱した実力を持っていることが知られてしまう。
それが分隊員であると露見することとイコールではないが、大きい疑念を持たれるような行動は慎むべきだ。
かと言って学生の範疇に収まる実力まで手を抜いてギリギリで勝ってしまうとジルが再戦を申し込んでくることがあるかもしれない。わざと負けるのは言語道断だ。
つまりジェイミーはこの戦いを知っている四人に大きな疑いを植え付けることなく尚且つ、ジルが再度歯向かってくることがないくらいギタギタに打ち負かさなければならないということだ。
中々に面倒な任務だが全うしてみせる。
おれは諜報員なのだから。
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