第22話 認識のズレ
「失礼ですが貴方は?」
「申し遅れました。私はエコンズ・ピレストム・アーリャ・プラインセズ。【黎明派】ゲイン・ゴールトソン・アーリャ・プラインセズ侯爵の長男でございます」
そう自己紹介を終えると恭しく頭を上げた。
そして、隣の男子生徒も同じように口上を述べ始める。
「同じく【黎明派】であるイーシェード伯爵家のフォロゾ・マーキューズ・アラウドリック・イーシェードです。どうぞお見知りおきを」
「それで、何のようだアーリャ・プラインセズ候にイーシェード伯」
ジルがレアを庇うように前へ出るが、エコンズは意に介さずレアへ向かって話し続ける。
「是非お食事をご一緒させて頂きたく参ったのですが――」
「レア様は現在、我々と重要な話し合いの最中だ。邪魔にならぬよう疾く去るがいい」
「それでは私どももその話し合いに参加させて頂きたく――」
「部外者に聞かせる話はない。去れという言葉が聞こえなかったのか?」
「イートン嬢、君に話は聞いていないのだが?」
その言葉とともにエコンズが初めてジルの方を向いた。
「この程度の些事でわざわざレア様がお手を煩わせる必要はない。お前の相手は私で十分だ」
「男爵の貴様に侯爵の私の相手が務まると?」
「その男爵にレア様の護衛選抜で負けた侯爵がお前だ」
二人の間に一触即発の空気が流れる。
なにか些細なきっかけで殴り合いに発展しそうなほどの。
「なら貴様は護衛として何をした? 今朝の一件のみにあらず先日の襲撃事件の際もみすみす皇女殿下を襲撃者たちに連れ去られていたではないか。そんな者に殿下の護衛が務まっているとは到底思えないのだが」
安い挑発だと側から見ていたジェイミーは感じていた。
確かに護衛の役割を果たせなかったのは印象として良くない。
だが、そもそもレアが連れ去られてしまったのは学園側の不手際に起因するもので襲撃者らを侵入させてしまった時点でジルたちが出来ることはなにもなかった。二人が護衛の任を解かれてないことがその証明だ。
その自負があるからこそジルは毅然とした態度で反論しようとしたのだが――、
「じゃあ、あなたは何をやったんですか?」
ジルが言うより先にレイチェルが声を上げた。
「――何だと?」
「確かにジルさんはレア様を守ることが出来なかったのかもしれません......でも、あなただって何も出来なかった。大講堂でレア様が連れ去られた時、あなたはそれを止めようと行動しましたか? レア様に照明が落ちてきた時、何かしましたか?」
その言葉にエコンズの顳顬から青筋が浮き出る。
「あなただって何も出来なかった。それなのに......あなたは安全な場所から何もせずに文句をつけているだけ。そんな卑怯な人に誰かを非難する資格はありません!」
恐れから来る震えを帯びながらもなお特級の火力を誇るレイチェルの反論にレアとジルは目を点にし、フェリックスは感心したように「ひゅー」と口笛を吹いた。
「貴様何と無礼な! エコンズ様! こんな平民の言うことなど気にしてはなりませぬ! 貴方様は――」
憤慨するフォロゾがエコンズへそう訴えかけるが、言葉が途中で止まってしまう。
隣に立つその横顔が憤怒で形容し難いほど歪んでいたからだ。
「誰が卑怯者だッ殺してやるッッ‼︎」
唾とともに飛ばしたその激憤は死刑宣告。
そしてその瞋恚に従うまま断頭の刃を振り下ろす。
「〈荒ぶれ〉、〈憤怒の炎よ〉――」
「何してんだテメッ――!」
詠唱を紡ぎ始めたエコンズにフェリックスが血相を変え、その蛮行を止めんと利き足を爆発させその一足で彼我の距離を奪う。
「〈そして我が威光を――〉」
(ダメだ……っ! 間に合わねえ……!)
エコンズはもう詠唱を終えようとしている。
自分の速度ではあと一歩――、いやあと半歩届かない。
届かないその僅かがいくら手を伸ばしても届かない遥か先に感じる。
遅い。オレは遅すぎる。
そう己の無力を痛感したその時――、
背後から風が吹いたような気がした。
しかし気がつくとその風は自分の横を通り過ぎ、とうに追い越していた。
そして風――ジェイミーはエコンズの前に吹くと掌底を腹に喰らわせた。
「ガハッ…………!」
肺から空気が引き摺り出され、詠唱が途切れたことにより術式の解析が中断される。
エコンズは膝から崩れ落ちるとそのまま芝に頭を落とし、腹を抱え「ううっ……」と蹲った。
何が起こったのか分からず時間を停止させる一同。 やがて、その状況を掴み始め一番に口を開いたのは――、
「きっ、貴様ぁ‼︎ エコンズ様に何をして――」
「手を上げたのはそちらが先です。加えて学園内での勝手な魔法の使用がどうなるかをお忘れですか?」
その言葉にフォロゾが悔しげに口を閉ざす。
学園内では授業内や緊急時以外での魔法の使用(自主練などをしたい場合は許可を取れば可能)は原則禁止されており、破った場合は停学などの処分が課され、それが他人に危害を加えるために使用された場合は悪質性が高いと見做され、退学になる可能性もあり得る。
「文句がないなら早くここから立ち去ってください。せっかくの学園生活をたった一日で終わらせたくはないでしょう?」
既に周囲には野次馬が集まりつつあるが今ならまだ個人間の話で済ませることが出来る。
これ以上注目を集めないためにもジェイミーはエコンズとフォロゾにこの場から消えてもらうことで事態の沈静化を図ったのだが――、
「殺してやる……殺してやる……」
蹲ったままエコンズが顔を上げ、強烈な殺意のこもった目で睨みつけてくる。
悪いのはそちらなのに何を怒っているのだろうか?
不可解だがいつまでもそんな態度では面倒なので程よく自尊心を満たさせることで満足してもらおう。
「何ですか? 謝ったら満足ですか? 『殴ってごめんなさい』って頭でも下げましょうか?」
「お前……私をおちょくっているのか……ッ!」
何故かより殺意を滾らせてきた。
面倒臭い。もうさっさっとどこかへ行ってもらおうとジェイミーはエコンズの髪を引っ張り無理矢理立ち上がらせる。
「ほら立ってください。もう大丈夫でしょう?」
「ぐっ……はっ……」
苦しげな顔でこちらを睨んでくるエコンズ。
大分手加減したはずなのにおかしいなとジェイミーは首を傾げる。
本来なら移動速度を乗せて威力を上げていたところを腕の力のみで、それもその力すら抜いたのだ。
ジェイミーが本気だったら骨が砕けていただけでなく、臓器がいくつかぐちゃぐちゃになっていただろう。
仕方ないなとジェイミーが髪を手放すとエコンズは仰向けに倒れた。
「じゃあ、しばらく横になっていてください。楽になったら行ってくださいね」
指の間に絡まった髪を手を振って落としながら言うジェイミーだが、エコンズは頭を抑え苦しげに呻いている。
どうやら倒れた時、頭をぶつけたようだ。
受け身くらい取っていればああならずに済んだものを。
ジェイミーはやっと終わったと溜息を吐き、背中を向けた。
「待…………て…………ッ!」
だが、すぐに地獄から沸き上がってくるような怨嗟の声に止められる。
振り返るとエコンズが肩で荒く息をしながら立ち上がっていた。
「私を散々コケにして……許さない……! お前も……そこの平民もッ……!」
何故か怒りの矛先はレイチェルにも向いているようだ。
正しいことを言われただけなのに何がそんなに気に食わないのだろうか?
「分かりましたよ。謝ればいいんでしょ謝れば。レイチェルさん、貴方も――」
そう宥めようとしたところでエコンズがハンカチを投げつけてきた。
その意図が分からず疑問符を浮かべるジェイミーだったが、周囲はそれがどういうことか正しく理解し「おおっ!」とどよめく。
「お前たち二人に『決闘』を申し込む! このケリは必ずつけてやるッ!」
「…………は?」
どうしてこうなる。
周囲に置いていかれる形でジェイミーはそんな感想を抱いた。
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