第21話 容疑者
「通常幻術は介された五感に対して発動されることが多い。つまり視覚を通して発動された幻術は視覚に対して影響を与えるということだ。これを視覚以外の五感に作用させることも出来なくはないけど……そこまで出来るようになるには相当な訓練を要する。特に脳の奥深くまで干渉して相手を操ったりするなんてもっての外だ。そんなことが出来るのは一部の天才だけだからくれぐれも変なことは考えないように」
そんな冗談めかした注意に教室から笑いが洩れる。
一限目の魔術の授業、二限目の結界術の授業が終わり、現在は三限目の幻術の授業へ移っていた。
担当教員はロナルド・アルテュール・ベルトレ。若くして魔法学園の教授職に就いた俊英として知られており、その分かりやすい授業と爽やかな容姿で生徒からの人気も高いと言う。
実際、まだ一コマ目の授業であるにも関わらずロナルドは(主に女子生徒から)大きな支持を受けていた。
「それじゃ、今日はここまで。授業内容を忘れないように復習も忘れずにね」
やがて授業が終わり、ロナルドが退室した後も女子たちは授業内容などそっちのけで「ロナルド先生カッコよかったね♡」などと無駄口を叩き合っていた。
国の将来を担う人材を育てる教育機関と言うのだから自身が通っていた軍学校のような規律が厳格な訓練所のイメージをジェイミーは魔法学園に持っていたのだが、どうやらその認識も間違っていたらしい。
規律がないとはもちろん言わないが、優れた教育を受けながらも少年少女が年相応の振る舞いを出来る場。
これが教育現場の理想の形なのだろう。そんな風にジェイミーは感じた。
だが、ジェイミーに浮かれている暇はない。
なぜなら現在、任務をこなす上で最も重大な問題に直面しているからだ。
「レイチェル様、一緒にお昼はいかが?」
「そっ、それはレア様とお昼ご飯をご一緒するということですか⁉︎」
前列ではレアがレイチェルを昼食に誘っていた。
魔法学園の授業は一日六限目まであり、三限目と四限目の間に五十分の昼休憩が入る。つまり今だ。その間に生徒、教職員たちは昼食を済ませるのだ。
そんな二人の様子をジェイミーは「あんな風に向こうから誘ってくれれば楽なのにな」とどこか現実逃避じみた面持ちで見ていた。
この学園生活でジェイミーが最も優先しなければならないのはレアの護衛という任務。それを全うするためには常に彼女に近くにいなければならない。使い魔を飛ばして視覚を共有すれば離れていたとしても監視自体は出来るが、それではレアの身に何かあった時すぐに対応が出来なくなる。
授業中は教室内から動くことがないためそんな心配はいらないが、長時間の休憩となる昼休みは話が別だ。皆教室の出入りを自由にするためジェイミーもレアの行動に合わせて動かなければいけない。
しかし、レアと直接のつながりがないジェイミーが彼女をつけ回すのは周囲から見て不自然だ。
そうなってくると自分からレアに話しかけ、接点を作る他ないがどう話しかけるのが正解なのだろうか?
普通に話しかけるだけでは下心のあるその他大勢と同じように見做され門前払いを受けることは目に見えている。
だが、他に話しかけ方などあるのだろうか。
こうなったら向こうから話しかけてくるように誘導するしかないように思える。
そのためにはまずレイチェル、ジル、フェリックスのいずれかを脅すなり幻術で操るなりして――
「お時間よろしいですか?」
物騒な解決手段を模索し始めたその思考に待ったをかけるように誰かが声をかけてくる。
仕方なく思考を打ち切り声の主へ顔を向けるとジェイミーにしては珍しく目を軽く剥いた。
「もしかしてお邪魔してしまいましたか……? 難しそうな顔をされていたようですし……」
「いえ、問題ございません。私に何かご用でしょうか? レア皇女殿下」
なんと話しかけてきたのは悩みの種であった皇女レアその人。その背後には脅そう考えていた三人組も控えている。
感情が顔に出ていたことを自省しつつ席から立ち上がり、畏まった態度を取った。
「今からお外でお昼を頂こうと考えているのですけれどもご一緒しませんか? 今朝助けて頂いたお礼もまだ言えてませんし」
なるほどとジェイミーは「何故?」という疑問をすぐ納得に氷解させた。
あの照明落下の一件で自分とレアの接点は既に出来ている。それを利用すれば良かったのだ。どうやって話しかけていいかはまるで分からないが。
「ええ、喜んで」
ともあれ、あちらから誘ってくれたのはありがたい。
ジェイミーは恭しく頭を下げ、レアの申し出を受けた。
◇
「まあ! やはりジェイミー様は郵便庁長官フレミング伯爵のお子だったのですね」
「子と言っても養子ですが」
ジェイミーが連れられたのは一年生校舎から少し歩いたところにある広場だった。
手入れの行き届いた芝生が一面に広がっており、空から降り注ぐ日光と時折吹く風が心地よい。
ジェイミー、レア、レイチェル、ジル、フェリックスは芝の上に腰を下ろし、各々が持ち寄った昼食を広げていた。
広場には五人以外にも昼食を取っている生徒がポツポツ見受けられるが、そのほとんどがレアのことをチラチラと気にするように見ている。
「まったく、どいつもこいつも――」
「ジルー、この前も言ったけど全ての視線にカリカリするな。気が休まらないぞー」
「そうよジル。せっかくのランチなんだから楽しみましょ?」
「レア様が仰られるのであれば......」
「あ、あのー......本当にわたしなんかがご一緒してもよろしかったのでしょうか?」
「そんなの気にしなくていいよ。レア様がいいって言ってるんだし」
「ええ。この場では皇女ではなく学友として接してくれると嬉しいわ」
「は、はいぃ……」
こう言われてはこれ以上の遠慮は無礼にあたる。
レイチェルは恐縮しながら購買部で買ってきたサンドウィッチを口に運んだ。
「それにしてもあの照明の落下は一体なんだったのでしょう?」
ふとレアがそんなことを口にした。
「決まっています! レア様を亡き者にしようとした内通者に仕業に違いありません!」
「ジル! 声が大きいぞ!」
ジルの無用心な発言をフェリックスが声量を抑えながらも怒気を孕んだ声色で咎める。
「す、すまない……」
「でも、皆さん不審がっているのは確かだと思います。学園内に襲撃者を引き入れた裏切り者がいるって……」
周囲の目を気にしながらもレイチェルがジルの発言に同意する。
「皆さん不安なのでしょうね。身近に敵がいるのではないかと」
「まあ、怪しまれてる人はいますよねえ」
「結界術担当のヴァンガード先生……今日の授業でも肩身が狭そうでした」
どこか同情気味に言うフェリックスにレアが二限目の冷ややかな空気の授業を思い返しながら曇り顔を見せた。
「その様子だとお前はヴァンガード先生が犯人ではないと考えているのか?」
「だって分かりすすぎじゃないか? 学園の防衛システムが全て対処された上で結界が悪用されたなんて疑ってくださいって言ってるようなもんだよ。ここまでやるならバレるのは前提でトンズラすんのが普通だろ」
「防衛システムの結界の作動方法を知っているのは作成者であるヴァンガード先生本人と直接結界の管理を担当していたお弟子さんだけだしな」
フェリックスの考えにジルが情報を補足する形で相槌を打つ。
ちなみにその弟子は事件後、警備塔から死体となって発見されている。
「先生が犯人でないとすれば襲撃者がそのお弟子さんから作動方法を拷問や幻術で吐かせた可能性も――」
「それはねえ。父さんから聞いた話によるとよ、殺されたお弟子さんの死体からは拷問の跡や幻術をかけられた痕跡はなかったようだ」
「……そうか。ではお弟子さんが内通者だった線は? そして最後は口封じに殺された……」
「なくはないな。でもその手掛かりがない以上、机上の空論だ。結局は一番怪しいのはヴァンガード先生ってことになっちまうな」
セシルの犯人説を疑いながらも最有力容疑者であるという客観的な見方は崩さないフェリックス。
結局何も分かってないということだが、フェリックスの言うことは正しい。
手掛かりが足りない、全てはその一点に尽きる。
ジェイミーも情報は聞いてるが、捜査は停滞気味とのことだ。
何か一つ手がかりがあればいいのだが――、
「あ、そう言えばわたし――」
「失礼します皇女殿下」
そこへレイチェルの言葉を遮るように男の声が割って入ってきた。
一同が顔を向けるとそこには不適な笑みを浮かべるエコンズと一人の男子生徒が立っていた。
最後まで読んで頂きありがとうございました!
面白ければ下の⭐︎とブックマーク、感想等で応援してくれると嬉しいです!
モチベーションに繋がりますのでどうか宜しくお願いします!




