第20話 魔法学園の授業
しばらくして戻ってきたベルンハルトによって以下のことが伝えられた。
Ⅲクラスの教室は立ち入り禁止となるためその間は空き教室を代わりに使うこと。
校内の混乱を避けるため、事故については他学生に口外しないこと。
後者に関しては隠蔽工作ではないかと疑る生徒もいたが、照明が落下したこと自体については話しても問題ないとした上で今回のことは魔法省に報告し国による調査が行われるため心配はいらないとの説明が加えられた。
そしてこれは後に分かった情報だが調査の結果、やはり天井には結界が仕掛けられた痕跡があり、教壇に置かれた花瓶を呪物とした幻術によってカモフラージュがなされていたそうだ。
「改めて今日より君達Ⅲクラスの担任をさせてもらうことになった魔術及び戦闘訓練担当教師ベルンハルト・イェーガーだ。よろしく頼む」
紆余曲折あってようやく空き教室にて遅めの一限目が始まった。
ちなみに教室の造りは元の教室とほぼ変わらずその一番後ろの席にジェイミーはいた。
「まず、昨日副学園長からも話があったと思うが、先日の襲撃事件があった中でよくここへ通う意志を貫いてくれた。あの時何も出来なかったと悔いている者もいるかもしれないが、あれは本来我々教師が対処すべき事態だった。足止めされていたなど言い訳にもならない。今朝の件も含めて皆を危険に晒してしまい申し訳ない」
そう言い、ベルンハルトは頭を下げた。
「しかし、あの事件は我が国が置かれている現状の一端を表した出来事であるとも言える。君達がシオン帝国の魔導師として生きるならばまた同じような事態に遭遇することもあるだろう。その時は――君達自らが戦わなければならない」
向けられた猛禽類を思わせるその視線に生徒達の背筋が無意識に伸びる。
「私の授業の主題はその戦う術を教えること。魔術は魔法の中でも戦闘面で使用されることの多いジャンルだ。私が魔術と戦闘訓練の教師を兼ねているのもそこにある。それを理解した上で授業に臨むように」
つまりベルンハルトの授業は他よりも戦闘色の濃い内容になるということ。
加えてこれは警告だ。「気を抜いていると怪我をするぞ」という。
「では、授業を始めてゆく。まず基本の確認からだ。大前提として魔術とは何だ? 簡単な概要を誰か説明しなさい」
「はい」
間髪入れず手を挙げたのは獅子の鬣を思わせる金の長髪をした青年。彼はエコンズ・ピレストム・アーリャ・プラインセズ。シオン帝国建国以前から皇帝レイ一世に仕える【黎明派】の重鎮アーリャ・プラインセズ侯爵家の令息でレアを娶ろうという企みを隠そうともしないほどの野心家だ。
「魔術は詠唱を用いて術式を構築することで自然現象を一時的に引き起こす魔法です。魔法は過度に化学、物理法則に反したことは出来ませんが、魔術はその特性が強い傾向にあります。また非魔導師に勘違いされがちですが、魔術は無から物質を生み出すことは出来ません。例えば火炎系魔術なら魔素で空気摩擦で火を起こし、嵐風系魔術なら同様に魔素で空気の流れを操作するといった感じです」
「その通りだ。座りたまえ」
「ありがとうございます」
「アーリャ・プラインセズの言った通り魔術は魔素を利用して既存の要素を変化させ、制御することが基本だ。そして魔術は詠唱による術式解析を経て、魔法陣が展開され発動される。詠唱が何かは皆理解していると思うが、術式とは何だ? ビルハ・オヌール・ガロワ」
指名されたのは桃色の髪をハーフアップにした少女。彼女はビルハ・オヌール・ガロワ。シオン帝国有数の富豪であり、錬金術の名家でもあるガロワ伯爵家の令嬢だった。
「魔法陣の核となる部分です。術式を起点として魔法陣は形成され、魔術は発動します」
「そうだ。つまり術式こそが魔術の基盤であり、そこから魔法陣を正確に組み立てることが魔術の威力、精度に関わってくる。そして、そのために重要なのが詠唱だ。皆の中に無詠唱や短縮詠唱に憧れている者もいるかもしれない。しかし――」
言葉を切るとベルンハルトは横を向き、開けた掌を突き出す。
そして魔法陣を展開させ、そこから小動物ほどの大きさの炎を吹かせた。
「今のは第三階位魔法火炎系魔術《灼熱放射》だ。本来は人一人をゆうに呑み込める大きさの炎を放てるが、無詠唱ではこの通り威力が下がってしまう。これは短縮詠唱でも同じことが言える。よって君達には詠唱を省略しない通常詠唱を唱えた上で魔術を使うことを意識して欲しい」
「先生、よろしいでしょうか」
「何だライダー?」
「通常詠唱を唱えることが大切なことは分かります。ですが、魔術での戦闘では相手に詠唱を邪魔されないよう出来るだけ早く唱えることが前提とされていることを聞きました。であれば少しでも短く詠唱を唱えることに力を入れた方がいいんじゃないでしょうか?」
レイチェルの言葉に共感するように何人かが頷いた。
魔術の発動が詠唱を前提としている以上、それを封殺されてしまうと魔術師は何も出来ない。
それに対抗するべく魔術師は無詠唱、短縮詠唱を極めることが求められる。
そのため「優れた魔術師とはいかに素早く魔術が使えるかだ」などと言われているくらいだ。
「ならばライダー、今さっき私が述べた欠陥についてはどう思う?」
欠陥とは詠唱を縮めることによる威力の減衰のことだ。
「それは……確かに悩ましいですけど魔術そのものが発動できないよりは――」
「本当にそれでいいのか?」
「え?」
「魔術を発動することそのものが目的にすげ代わっていないか? 例え魔術を発動出来たとしてもそれが十分な威力を発揮出来なくては本末転倒だ。これは最近の魔術師のほとんどに言えることだが、早く魔術を使うことばかりに固執し、肝心の威力についてはまるで頭が回っていない」
身に覚えがあるのかレイチェルをはじめとして多くの生徒が苦々しい表情を見せた。
「だが、ライダーの言うことにも一理あるのは確かだ。実戦において無詠唱、短縮詠唱は非常に重要だ。魔術の発動自体が出来なければ話が始まらないからな。ならばどうするべきか。その答えを今から教えてゆく」
そう言うとベルンハルトは今日初めてチョークを手に取った。
「話は戻るが魔術の発動には詠唱が必要だ。しかし、疑問に思わないか? それなのに何故無詠唱でも魔術が使えるのかと」
「確かに……」
レイチェルが無意識に呟いた。
「その答えは既に先ほどガロワが触れている。魔術の本質は詠唱ではなくその核たる術式だからだ」
ベルンハルトは黒板に「詠唱→術式解析→魔法陣展開と魔術の発動」と書いてゆき「術式解析」の部分を囲うように二重に丸を付けた。
「畢竟、術式の解析さえ出来れば詠唱など必要ない。だが、多くの魔術師は詠唱しなければ術式を解析出来ない。なぜなら頭の中だけで術式を解析し魔法陣を展開するのはとても複雑なことだからだ。これは例えるなら筆算を使わず暗算で二桁以上同士の掛け算をするようなもの。筆算を使えば解くのは容易いが暗算だと難易度が一気に上がる。これと同じことが魔術にも言えるのだ」
魔術は数学に例えると計算問題が術式、筆算が詠唱、答えが(魔法陣の展開)と魔術の発動だ。
計算問題で答えを出すには当然計算をする必要がある。魔術でも術式を解析してはじめて魔術の発動が出来る。謂わば詠唱はその確実な解析方法なのだ(つまり詠唱=術式解析とも言える)。
その解析方法を使わずにあるいは省略し魔術を発動させようとするのが無詠唱、短縮詠唱であるが、本来の手順を踏まない以上、使い手によっては解析に不備が出てくることもある。
これが魔術の効果低下、ひいては不発に繋がるのだ。
「こう言うと難しく感じるが、実は大したことではない。時にジェームズ・フレミング、16×16は何だ」
まさか指名されるとは思っていなかったが、動じることなく答える。
「256です」
「筆算もせずどうして分かった?」
「頭の中で計算しただけです」
「よろしい。このように二桁同士の掛け算であっても慣れてしまえば暗算で行えるようになるのだ。これも魔術と同じことである。そしてこれを習得する一番の近道こそ通常の詠唱を繰り返すことなのだ」
ここで話が最初の結論へ戻ってきた。
「最初から詠唱を省いてしまうと本来の詠唱を知らないままで適切な術式解析が出来なくなってしまう。そうなってしまうとその魔術本来の力を発揮出来ない。通常詠唱に慣れてゆくことでいずれは短縮、無詠唱でも威力を損ねることなく魔術を発動出来るようになるのだ。加えて、先ほどライダーの言った通り実戦では通常詠唱を唱える暇がない。つまり、この学生時分が通常詠唱を心置きなく唱えることの出来る限られた時間なのだ。これが私が通常詠唱を強く勧める理由だ」
これが魔法学園の授業か。
一連の説明を聞いたジェイミーはそんな感想を持った。
単に魔法を習得させたり、魔法理論を教えるだけでなく、それを掘り下げた先にある問題点やそれに対する解決法――つまり表面上しか知らない魔法への造詣とそれに関連する事象への理解を深める場であるのだと。
こう言ったことは魔導書を読んだりしているだけでは分からないことで本来であれば自分で疑問を持ち、答えを探すかもしくは知っている者に尋ねなければならないが魔法学園ではそれらを向こうから教えてくれるのだ。
僅か創立十一年で世界最高峰の研究機関にまで成長を遂げただけのことはある。無駄が少なく、効率的だ。
ジェイミーもそれなりに恵まれた環境で魔法を学んできたという自負はあったが、ここはより優れた場であることは疑いようがない。
任務以外でも学園へ通う意義はあるようだ。
そう認識を改めるとジェイミーはそれまでレアへ向けていたウェイトを僅かに授業へ傾けた。
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