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第17話 査問会

 時は流れ襲撃事件から五日後。

 皇都キャメロットの中心に聳える『世界樹』。その根本には多くの行政機関の建物群が軒を連ねている。

 その中の一つである魔法省庁舎の審議室にて魔法学園襲撃事件の査問会が行われようとしていた。

 審議室は擂鉢(すりばち)状の広い一室であった。段差部分が机を伴った席になっており、査問委員会が属する魔法法務局の関係者たちが円を描くように腰掛けている。

 その中央にポツンと置かれた椅子には初老の小柄な男が落ち着かない様子でしきりに膝を震わせていた。

 彼が今回の査問の対象である魔法学園学園長。場の雰囲気に気圧されているからか、その体躯はより小さく見えた。

 そこから少し離れた正面には法壇のような他よりも一段高い席があり、そこには両脇を査問官と書記官で固めた査問官長が座している。

 査問官長は学園長とは対照的に若く、威厳を湛えた男だった。

 そして、査問官長が静かに立ち上がり、厳かに開会を告げる。


 「魔法学園襲撃事件に関する査問をここに開始する。関係者は自らの全ての言葉に責任を持つよう。偽証があった場合は即刻処罰が下されることを認識した上で真実を述べよ」


 査問官長の冷たく響く声が審議室に広がった。


 「まず学園長、今回起きた学園襲撃事件について貴殿が知っている限りの説明を求める」


 査問官長が鋭い眼光とともに促すと学園長は一瞬たじろぎながらも立ち上がり答え始めた。


 「……わ、わたくしが事件について知っていることはそう多くはありません……事件当日は出張で学園を離れていましたから……わたくしが聞き及んでいるのは襲撃がレア皇女殿下を狙って起こったということ……そして襲撃者らが()()()()()()()()()防衛システムを乗っ取られたらしいということです」


 そこまで言うと学園長は言葉を中断する。

 何せ四方からの厳しい視線に晒されているのだ。

 汗が無尽蔵に吹き出してくる上に口内も全ての水分が蒸発したように急速に渇いてゆく。

 少しでも喉を潤わせようと水の代わりに唾を飲み込み発言を再開する。


 「防衛システムについてはレア皇女殿下が入学してこられると言うことでわたくしも細心の注意を払っており……不備は一切なく万全の状態であったと自負しています。よ、よって今回の件での責任は全て襲撃者を手招きした内通者にあり、当日現場には居合わせていなかったわたくしにはないと主張します!」


 学園長の主張をそれまで黙って聞いていた査問官らは呆れたような目つきを向けていた。

 それらしいことは言ってはいるが、どこか他人事、言い訳のような態度が目立つ。

 名家の令息、令嬢の多く、ひいては自国の皇女が危険に晒されたということを理解しているのだろうか?もしも彼らに何かあれば国の一大事であり、首が飛ぶのは自分だけではないと言うのに。

 そんな苛立ちを抑えながら査問官長は答える。


 「確かに、貴殿は当日出張で学園にはおらず襲撃に対して適切な対処を取れる状況にはなかった。それは事実に相違ない」


 自分の主張の一部が受け入れられたことに学園長が安心したように息をついた。


 「しかし」


 査問官長の語気が強まる。


 「防衛システムは万全の状態であった。この点については異議を唱えさせて頂く」


 その言葉と同時に部屋に空気が硬化した。

 今までとは比にならないほどの重圧が学園長の胃にのしかかってくる。

 ここからが本番なのだと学園長は吐き気を堪えながら感じた。


 「学園が一時襲撃者の手に落ちたのは内通者の協力により防衛システムが攻略、悪用されたことが大きな要因である。だが、調査員が調べたところ肝心のシステムの内容が魔法防衛局に申請されていたものよりも小規模であったという報告が上がっている。レア皇女殿下の入学に際し防衛システムに見直しを行ったと言うのに、これはどういうことでしょう?」


 鋭さを増す査問官長の眼光に学園長は声を震わせながら言葉を選ぶように弁明する。


 「それは……工事の進行に遅れが生じておりまして……」


 「ではそれに伴い増額された学園の予算に一部不透明な流れが見られるのはどういうことか教えて頂きたい」


 言葉の一瞬の間を逃さず放たれた指摘に学長の喉が鳴り、席からはざわめきが洩れる。

 査問官長が目配せをすると査問官の一人が立ち上がり、学園長の前で一枚の書類を見せつけた。


 「これは我々が独自に昨年の学園予算の動きをまとめたものだ。見てみると予算と比較して出費額が低い項目がしばしば見受けられる。しかし、それらが魔法省に返還されたという記録はない。特に防衛予算に関しては全体の六十五パーセントしか使用されていない。このことから貴殿は予算の一部を着服し、個人的な利益に充てた疑いがある。これについて弁解は?」


 学園長の顔が一気に青ざめる。視線が泳ぎ、痙攣のように体の震えが激しさを増す。


 「そ、そんなことは……わたくしは……知らない……」


 「では、これは?」


 学園長の前に立つ査問官が新たな書類を見せると学園長の目が限界まで見開かれた。


 「これは学園都市内の銀行にある貴殿の架空名義口座の記録だ。入ってくる金額は未使用の学園予算額と一致している」


 「それは………」


 「貴殿の立場ならこれらの不正をするのは容易いはずだ」

  

 学園都市は魔法学園の発展とともに形成された都市であり、その背景から学園の都市への影響力はあらゆる面で大きい。

 そんな学園のトップである学園長は事実上、都市を牛耳る立場にある。

 魔法研究局局長、魔法教育局局長、魔法法務局局長、魔法防衛局局長、魔法資源魔獣管理局局長に並ぶ魔法省六つ目の主要部署の局長と言わるほどに。


 「貴殿の邸宅を捜索すれば証拠である裏帳簿も発見されることだろう」


 「……………」


 遂に学園長は項垂れてしまう。

 これはもはや罪を認めたのと同義だ。

 それでも査問官長の追及は止まない。


 「では次の議題へ移ろう。貴殿は先刻、学園襲撃の原因がレア皇女殿下であると語ったが、それは適切ではない。確かに襲撃者らの大半を占めていた新生ロムルス連邦の目的は殿下だったかもしれないが、連中を率いていた【薔薇十字教団(ローゼンクロイツァー)】の目的は学園長室から盗まれた魔法液薬(ポーション)だ」


 「⁉︎」


 本当に知られたくなかった新事実の暴露に学園長は勢いよく顔を上げた。


 「なぜ……それを……」


 取り繕うことも忘れて馬鹿正直に思ったことを口にしてしまう。


 「情報源がどこかは関係ない。我々が知りたいのは貴殿が持っていた魔法液薬(ポーション)、その詳細だ。早く答えてもらおう」


 だが、学園長は答えようとしない。

 目線を下に落とし、滝のような汗を流したまま口を固く閉じたままだ。


 「答える気はないようだな。ならばこちらも相応の手段を取らせてもらおう」


 査問官長がそう言うと審議室の扉が開かれ、爪先から頭のてっぺんまで黒で覆われた二人が入室し、階段を降りてきた。

 彼らの姿を認めた学園長の目が怯えの色を帯び出した。


 「学園長がその立場に溺れ学園を裏切り、私利私欲に走っただけでなく、多くの生徒らを危険に晒したことは明白であり査問委員会は学園長職の解任を命じる。そして彼が犯した犯罪行為への立件、起訴は検察庁に、襲撃事件の直接の原因とも言える魔法液薬(ポーション)についての取り調べは魔法犯罪捜査部の魔導審問官が引き継ぐものとする」


 査問官長の最後の言葉に審議室がどよめいた。

 魔導審問官は限られた条件下において魔法犯罪者への例外的な取り調べが許された捜査官であるのだが、その特殊性故に出番は少ない。

 では、彼らが行う例外的な取り調べとは何なのか?


 「やめろ! 来るな! お前たちの取り調べなど受けてなるものかぁ!」


 学園長――いや()学園長は抵抗を試みるがやってきた二人の黒ずくめの男――魔導審問官にあっさり取り押さえられ、そのまま連行されてゆく。

 

 「嫌だぁ‼︎ 拷問は嫌だぁ‼︎」


 孫がいるであろう歳をした大の大人が子どものように暴れ、喚き散らす。

 しかし、一同はその姿を情けないと一蹴することは出来なかった。

 魔導審問官が行う拷問はただの拷問ではない。魔法を利用した痛覚増幅、毒物投与、幻覚誘発など心身のあらゆる角度から対象者を追い詰めてくる。

 例え相手が忠義の騎士でも、百戦錬磨の勇士でも、悟りを開いた仙人でも彼らの前では赤子同然に泣きじゃくりながら全てを白状せざる得ない。


 願わくば彼が無駄な抵抗を試みず全てを告白することを。

 それがこの審議室にいる全員の総意であり、憐れみだった。

 そうすれば廃人にだけはならずに済むのだから。


 「以上をもって、査問会を終了とする」


 査問官長が閉会告げると同時に()学園長と魔導審問官二人が退出し、審議室の扉が閉められた。

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