第15話 任務完了
結界を解除するにあたりまずジェイミーが取り掛かったのは術式の分析だった。
(結界術の正体はやはり第三階位魔法の《地爆》。起動条件は時限式。床ごと結界陣を破壊しようものなら即強制起動するように仕掛けられているか。爆発まであと――五分八秒か……ギリギリだな)
ジェイミーは親指を噛み切り出血させるとその血で結界陣の中央に位置する術式部分の書き換えを始めてゆく。
学園を囲んでいた起動済みの結界陣と違い、起動前の結界は適切な対処を踏むことで停止させることが出来る。
時間は刻一刻と減っていくが、慌てるようなことはしない。手順を一つでも間違えれば結界術が強制起動してしまうからだ。
「――――」
針に穴を通すような慎重さで黙々と作業を続けてゆく。
失敗すれば自分の命ごと消し飛ぶと言うのにその顔に焦燥感や恐怖の色は少しも見られない。
――残り四分。
進捗状況二十パーセント。作業は滞りなく進行中。
――残り三分。
進捗状況四十四パーセント。作業は順調。余裕を持って進んでいる。
――残り二分。
進行状況五十八パーセント。少々だが作業の進行に遅れが見られ始めている。
――残り一分。
進行状況七十五パーセント。作業が難航中。このままのペースでは時間に間に合いそうにない。作業速度を早めなければ。
「――――」
一秒、また一秒と宝石のように貴重な時間が無常にも流れてゆく。
それでもジェイミーは冷静だった。汗一粒流すことなく、術式に血をインクとした親指の筆を走らせ続ける。
焦ったところで良いことなど何ひとつない。それで事態が好転するならいくらでも焦ってやる。
それに――こんな状況追い詰められた内にも入らない。
――残り五秒。
――残り四秒。
――残り三秒。
――残り二秒。
――残り一――
五分ぶりにジェイミーの手が止まる。
解除を諦めた――などではない。
終わったのだ。
「ふぅ……」
一仕事終えたとでも言うように軽く息を吐いた。
既にタイムリミットを過ぎているにも関わらず《地爆》が起動する様子はない。
成功したのだ。
そこへドタドタとこちらへ向かってくる足音が聞こえた。
恐らく結界術の存在を察知した誰かがやってきたのだろう。そして、そんなことをしようとするのは学園の教師たちだけだ。
彼らが無事だったことに安堵しながらジェイミーは姿を消した。
「――逃げ遅れた生徒はいないか!」
やってくるなりベルンハルトが大講堂全体に響き渡る大声で呼びかけた。
「先生! あそこ!」
レイチェルが倒れているジルとフェリックスを発見し、駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
レイチェルは二人を揺さぶるも反応はない。
「大丈夫だよレイチェル君。二人とも気を失っているだけだ」
追いかけてきたクルトがそう二人を診断した。
「既に結界が解除されている――⁉︎」
元々行く予定だった一人と入れ替わりでこちらへやってきたセシルがジェイミーによって解除された結界を見つけた。
「どういうことだセシル先生?」
「分かりません。我々が来る前に何者かが解除したとしか……」
「生徒たちなら何か知っているもしれない。聞いてみよう」
ベルンハルト、クルト、セシルの三人がこの状況に当惑する中、レイチェルはその中心にいるであろう人物の正体に気が付いていた。
(ジェイミーくんだ――ジェイミーくんがやったんだ!)
その直後、背後で人が動く気配をレイチェルは感じた。
今この場にはレイチェルとその前方にいる教師三人組しかいないはず。
もしやと思い、唯一その気配に気が付いたレイチェルが振り返り大講堂の出入口から出ていく背中を捉える。
きっとジェイミーだ。そう確信し後を追いかけ、大講堂の外へ出る。
どこへ行ったのだろうと右、左と首を回すと左側の先に角を曲がるジェイミーの横顔が一瞬見えた。
「待ってよー!」
レイチェルもその後を追い、角を曲がるとその先の校舎の陰に入ってゆくジェイミーの姿があった。
「待っててば!」
こちらの声など聞こえていないのか帰ってくる様子がないので相も変わらず追いかけ、校舎の陰へ入ったのだが――、
「――あれ?」
そこにジェイミーは見当たらなかった。
(おかしい。確かにここに入っていたはずなのに。そもそもどうしてこんな場所に――、)
その時だった。
背後から伸びた手がレイチェルは頭を強く掴んだ。
「〈不可視の糸よ〉、〈我が意思に応じろ〉、〈そして総てを晒せ〉」
それに対してレイチェルは――何もしなかった。
否、何も出来なかった。
頭を掴まれたと認識すると同時に意識が急速に失われてゆく。
抵抗しようとした時にはもう指の一本すら動かせなかった。
「な――――に――――を――――」
レイチェルが立ったまま意識を失う。
その背後には彼女の頭を掴んだジェイミーがいた。
何をしているのか。
ジェイミーはレイチェルの頭の中にある自分にまつわる記憶を消そうとしているのだ。
ジェイミーが得意とする魔術は三種類ある。
一つ目は電撃系魔術、二つ目は電磁系魔術。どちらも電気に関連する魔術でこうした性質の近い魔術同士のことを魔術学では近縁魔術と呼称する。
魔術師が適性を持つ魔術の傾向はこの近縁魔術の関係に当てはまることがほとんどであり、ジェイミーの三つ目の得意魔術もこの法則に合致する。
そしてジェイミーが得意とする三つ目の魔術――それは同じ電気系統の魔術の中でも使用者の少ない電位系魔術であった。
電位系魔術は電撃系魔術と電磁系魔術と同じく電気に関連する魔術であるが先の二つとは少し毛色が異なっている。
電撃系魔術と電磁系術はともに魔素で空気摩擦を起こすことで電気を発生させそれを操っているのに対し、電位系魔術は電気を生み出すようなことはせずに元々そこにある電気を操作する魔術なのだ。
そして元々そこにある電気とは何か――それは生体電流。あらゆる動植物の生命活動に際し生じる生体信号だ。
つまり電位系魔術は電気を介して生体信号に干渉する魔術なのである。
例えば、身体能力や反射神経、五感、脳の演算力を上昇させたり、細胞分裂を促進させ傷を瞬く間に治癒したり、体調を整えたりと人体に関係するあらゆる事象を操ることが出来る。
現在、ジェイミーがレイチェルに使用しているのは第四階位魔法電位系魔術《電位解析》。対象の体の一部に触れることでそこから生体電流を介して対象の記憶を読み取る魔術だ。
まずこれを使って自分とレイチェルが関わった記憶を探し出す。
そしてそれを見つけたら第三階位魔法で同じく電位系魔術の《電位制御》でその部分の記憶を削除、または辻褄が合うように書き換えるのだ。
こうすればレイチェルの頭の中から今日のジェイミーとの記憶は全て消える。
レイチェルには自分が分隊員であるという情報は与えてない。
しかし、学生離れした立ち回りには大きな疑問を覚えているはずだ。興味を持たれ、詮索などされたら困る。
加えて、今日のことが明るみに出れば学園中から注目を浴び、任務に支障をきたす恐れもある。レイチェルから情報が漏れる心配がある以上、懸念の芽を潰しておくのは当然だった。
「――任務完了」
ジェイミーは記憶を消し終えたレイチェルの体を地面に横たえるとその場を後にした。
◇
レイチェルが目を覚ましたのはそこからすぐのことだった。
「あれ……? わたし……」
何でこんな所で寝ていたのだろう?
一瞬怪訝に思うもすぐに思い出す。
(疲れて一人になりたくなってここへ来て、そのまま寝ちゃったんだ……)
それが捏造された記憶であると疑うはずもなく納得した。
なのに、何故かもやもやする。
何かを忘れているような――
「ライダー! どこへ行ったんだー!」
だが、そんな違和感は自分の名を呼ぶベルンハルトの声に打ち消された。
きっと心配して探しに来てくれたのだろう。
早く行かなければ。
急ぎ立ち上がると声のする方へ走った。
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