第13話 数秘術
波濤のような土砂が意思を持ってジェイミーに押し寄せてくる。
一撃でも当たればそれで終わり。
まるで巨人が腕を振り回しているようだった。
「どうされました? 躱しているだけでは勝負はつきませんよお!」
丸太ほどの直径を誇りながらも水のような流動性であらゆる動きに対応してくる。
それが一つではない。二つ、三つと次々襲いかかってくる。
少しでも判断を誤れば次の瞬間には肉塊へ変わり果ててしまうが、そんな状況にも関わらずジェイミーは顔色ひとつ変えず針の穴を縫うような動きで宙を舞い、巨人の腕を足場とし、それらを回避し続けていた。
(おかしい)
笑みを貼り付けたままケリーが訝しむ。
常人が見ればジェイミーが人間離れした身体能力と反射神経を生かし攻撃を躱し続けているように見えるかもしれないが、ケリーはそうは思っていなかった。
その根拠はジェイミーの動きの早さ。明らかに攻撃が飛んでくるよりも先に反応している。
これはもはや反射神経が良いなどの話ではない。予知能力を持っていると考えるのが自然だ。
そうなってくると最も考えられる可能性は魔眼の一種である千里眼。
千里眼は数刻先の未来を見通す能力。それ故、瞬き程の刹那であっても隙となり得る白兵戦においては無類のアドバンテージとなる。
だが、その分弱点もはっきりしている。
そこにケリーは勝機を見出した
「■■■■」
そうケリーが精霊語を紡ぐと今までジェイミーを捕らえんと伸ばされていた巨人の腕の一部が数多の砂粒となって飛散した。
殺傷力は低いもののその意図を察したジェイミーはそれらに対しても回避の動きを見せる。
それと同時に放たれる二の矢。新たに襲いかかる砂粒を制服の裾で防ぐ。
しかし、そこへ更に射られる三の矢が完全にジェイミーの視界を奪った。
千里眼には発動条件がある。
それは発動時に予知する対象である目の前の光景を視認し続けている必要があるのだ(そもそも目を通して対象に干渉する魔眼は総じてそう言った弱点がある)。
つまり、視界を奪ってしまえば千里眼は発動出来ない。
現在、ジェイミーの目には砂粒が入り込み、復帰には数秒は要する。
たかが数秒。
だが、戦闘においてそれは致命的な隙だ。
「終わりです」
巨人の腕がまた形状を変える。
無数の剣山と化したそれがジェイミーはを串刺しにせんと勢いよく伸びるが、神がかり的な勘の良さを発揮したのか、運が良かったのか、それらも躱した。
それでもケリーが動揺することはない。すぐに背後から追撃の剣山を放つ。
しかし――、
「――――」
ジェイミーはそれすらも予期していたかのような動きで防いだ。
「なっ――⁉︎」
ケリーの笑みが崩れた。
(何故背後からの攻撃に対応出来た? いや、そもそも目を潰されたままどうやって――音? 魔素感知? 千里眼以外の未来予知――?)
「《数秘術》を知ってるか?」
無言だったジェイミーがそう問いかけた。
「《数秘術》? 確か占術の一種である第五階位魔法で目にしたあらゆる事象を数値化し、未来を予測する秘術――まさか⁉︎」
「おれはその使い手だ。お前の未来は既に演算が済んでいる。例え目が潰されようがそれは関係ない」
その間も次々と攻撃を躱してゆくジェイミー。そこからも彼の言葉が真実であることは疑いようがない。
だが、いくつかの疑問が出てくる。
まずジェイミーはどうやって《数秘術》を習得したのか。
《数秘術》はユダの民と呼ばれる民族集団の一部によって密かに継承されてきた魔法。一般にはその詳細は伝わっておらず、魔導書も出回っていない。そんな独自の魔法をどこで学んだのだろうか。
次にそもそも使用出来るのか。
《数秘術》はその性質上、精度の高い未来を予測するためには多くの情報を取り込む必要がある。そして多くの情報を取り込めばそれだけ演算量も増え、脳がその負荷へ耐えきれなくなる。
それ故《数秘術》は本来、千里眼同様それほど先の未来を予知できないはずなのだ。
にも関わらずジェイミーはそれを無視した予測を見せている。一体何故――
そして最後に、これは《数秘術》そのものの欠陥で対象者の精神状態によって予測は大きく狂う可能性があることだ。
言ってしまえば思いつきや気まぐれでケリーの行動が本来予測していたもの変わってくることは十分に有り得る。特に長時間の予知であれば尚更でそれを防止するためには正確に相手の思考や嗜好、人間像を理解していなければならない。
長い付き合いある者ならばまだしも先程あったばかりの自分の思考パターンをどうやって把握したと言うのか。
謎が謎を呼び、頭の中がぐるぐると回るような感覚が沸いてくる。そして同時に自分の勝ち筋が一気に消え失せたことを悟った。
普通なら絶望するところなのだろうが、それとは真反対にケリーの口角が大きく吊り上がる。まるでこの状況を楽しむかのように。
(興味深い......! 百年以上を生きても尚、現れる未知に心が躍る!)
長命故、内向的かつ外界への関心が薄い妖精人の中においてケリーは異端と称されるほど享楽的かつ知的好奇心が強かった。
あらゆる知識を貪欲に吸収し、自分が納得いくまでとことん追求する。それは命のかかっている戦闘中であっても変わらない。
そんな性分が彼自身の首を絞めた。
「〈天雷よ〉、〈我が右手に集え〉、〈無限の磁気を帯び〉、〈万物を貫く矢と化せ〉、」
思考に気を取られ、攻撃の手が緩まったと同時にジェイミーは詠唱を始め、短剣を投擲する構えを見せる。
短剣を挟みこむように磁界レールが顕現。その間をバチバチと電流が迸る。
つい先程も披露したジェイミーの電磁系魔術《電磁加速投射》の詠唱だった。
瞼は閉じられたままでも敵がどこにいるのか分かっている。
第二階位魔法電磁系魔術《電探》の飛ばす電波で対象の位置と距離を把握出来るからだ。
ジェイミーの攻撃の構えに気がついたケリーは回避が難しいと判断すると操った土砂を圧縮し、目の前に分厚い防御壁を作った。
同時に鎧の上からも土砂を纏い、更に防御を固める。
前の攻撃は鎧だけで防ぐことが出来た。今回は防御壁に加え、鎧のガードも強化している。
完璧に防ぎ切れる自信がケリーにはあった。
「〈鳴らせ粛清の天鼓〉――《電磁加速投射》!」
ジェイミーの手を離れ、発射される雷砲。
電磁力を纏ったその投擲は稲光を鳴らしながら風を引きぢきり防御壁に到達。その先端が触れた瞬間、壁全体に蜘蛛の巣を思わせる亀裂を入らせ、一瞬で崩壊させた。
崩れゆく壁の間からこちら目掛け引き寄せられるように飛んでくる流星にケリーは瞠目する。
その速度、威力は先程の一撃とは比べものにならない。
何故か。
まず第一に弾体が人間ではないこと。
人間に電磁力をかけ、高速で飛ばそうとすると当然それだけ負荷がかかる。そのため肉体へのダメージも考えなければならないのだが、弾体が物体であればその必要はない。
そして二つ目は射程距離が短かったこと。
射程距離が長くなるとどう言った問題が起こるのか。
弾体が対象に届くまで時間がかかる――つまり摩擦に晒される時間が長くなるのだ。
強力な摩擦熱が加わればその分弾体は消耗し、最悪の場合消失してしまう。そうなれば本末転倒。元も子もない。
しかし、今回の距離は前回の半分以下。加えてジェイミーの短剣は《電磁加速投射》にも耐えられるよう魔素への耐性が高く頑丈な緋色金で作られている。
全力で魔素を注ぎ込むことが出来た。
「――ッ‼︎」
直撃。爆発と言っても差し支えない雷混じりの粉塵が舞い起こる。
その余波で周囲が抉れ、大気が震えた。
そして、ジェイミーが地上へ降り立つ。
目はもう開いていた。
「〈戻れ〉」
一節の詠唱とともに砂埃の中から投擲した短剣が手元に帰ってくる。
第二階位魔法電磁系魔術《磁力操作》で磁力を操り、短剣を引き寄せたのだ。
その損傷具合を確認したジェイミーは短剣と入れ替わるように未だ舞い散る砂塵の中へ足を踏み入れた。
「……ギリギリで体を逸らし急所を免れていたか」
やや歩いたところでジェイミーがつぶやく。
その視線の見下ろす先では左腕を削り取られ、校舎に背を預ける形でケリーが下半身を下ろしていた。
「まったく……少し見くびっていましたよ。まさかここまでとは……」
なくなった左腕の断面を押さえながら苦しげに、だが笑みを浮かべケリーが答える。
これだけの致命傷を負って尚、死ぬどころか意識を失っていなかった。
「呪うなら彼我の力量さえ測れない自分の目を呪うことだ」
だが、それもここまで。
回収したばかりの短剣を逆手に持ち振り上げる。
これで止めを刺して終わり――のはずだった。
「いいんですかあ?」
ケリーの思わせぶりな言葉に振り下ろそうとしていた腕が止まる。
「何がだ?」
「ワタクシなんかにかまけていると大講堂に仕掛けた爆破の結界術が起動しちゃいますよ?」
「――嘘だな」
一瞬固まるが時間に稼ぎのブラフに過ぎない。そう一蹴するが、ケリーは愉しげな態度を崩さない。
「本当ですよ。もしも学園を覆う結界が解かれた場合の保険が必要ですから。最も人が群がる大講堂を爆破すれば多くの死傷者が出ます。人員の多くは怪我人の救助に裂かれる。その混乱に乗じて逃げ出そうというわけです」
確かに筋は通っている。だが、それが本当に結界が仕掛けられている証拠にはならない。
そもそもケリーの発言が事実だとしても始末を終えた後すぐに大講堂へ向かえば何の問題もないのだ。
つまりやるべきことは変わらない。
そう断じた直後だった。
大地が揺れたと錯覚するほどの轟音が敷地全体に鳴り響く。
思わず音の方角を向くと研究棟が煙を吐いて崩れてゆくのが見えた。
(本当に仕掛けられていたのか⁉︎ いやそれよりもあそこには先生方とライダーさんが! 既に脱出して――)
「おや? これは予知出来なかったみたいですねぇ」
その思考に水を差すようにジェイミーの横を風が吹き抜ける。
(しまっ――!)
その正体に気付き顔の方向を戻すがそこには既にケリーの姿はなく、流した命の残滓だけが滴っていた。
やられたと悔しげに顔を顰める。
しかし、あの傷でそう遠くへ逃げられるとは思えない。
それに血の跡もある。すぐに捜索を始めれば見つけられる可能性は高いだろう。
だが、ジェイミーは校舎の上へ駆け上がると血の跡が指し示す方向ではなく、大講堂へ向かい疾走を始めた。
ケリーの発言が真実味を増した以上、確認しに行かないという選択肢はない。
例え無駄足になる可能性があろうとも。
ひとつ気がかりなのは研究棟のこと。
教師陣とレイチェルの安否も気になるところではあるが、大講堂にいる百四十人余の命と生死不明の数人を天秤にかけた時、優先されるのは前者だった。
それでも王国の魔法研究を担う学園教師らを失うことも看過出来ない。
足を止めることなく通信魔具を取り出し、学園内にいる同僚に通話をかける。
「――こちら『天階』。『変貌』、可能ならすぐさま爆破された研究棟へ生存者の救助に向かえ」
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