第11話 救援
第三階位魔法電撃系魔術《降雷》が防御されるがこれは囮。
本命の攻撃は第四階位魔法電磁系魔術《電磁加速投射》。対象に向かって並行に陽極、陰極の磁界レールを形成し、その間に強力な電流を流すことで発生した電磁気力で物体を高速射出する魔術。ジェイミーは自身を弾体として飛ばすことで相手との間合いを一気に詰めると同時に一撃必殺と称すに相応しい雷速の突進をお見舞いした(この時、第二階位魔法電磁系魔術《磁性化》で自身に磁力を付与しておく)。
「――――ッッ⁉︎」
不意打ちを間一髪で防いだ直後での新たな攻撃に青ローブの男は対応し切れない。
能天使を蹴散らしながら炸裂した《電磁加速投射》での短剣の刺突は音を置き去りにする勢いで学園内を横断し、校舎の壁を次々ぶち抜きながら最後は学園を囲っている結界に激突した。
それと同時に跳躍し、舞い散る砂塵の中から脱出したジェイミーは軽く舌を弾く。
心臓を突き刺したはずなのに手応えが薄い。
高エネルギーの電磁波を照射することで対象を透視する第二階位魔法電磁系魔術《閲樟眼》でローブの下に鎧のような物を着込んでいるのは確認していた。
鎧程度そのまま貫ける自信があったのだが、見立てが甘かったらしい。
やがて晴れてゆく煙の中、その奥に立ち上がる影が見えた。
「ふう〜〜〜〜……危ない危ない……危うく死ぬところだった」
とても命拾いした直後の人間とは思えない涼しい声で呟きながら男が姿を現した。
長い金髪を持った背の高い美しい男だった。纏っていたローブずたずたに引き裂かれ、その顔にも無数の傷が付いている。
そして何よりの特徴は耳が鋭く尖っていること。これは男が普通の人間ではなく長命種である亜人妖精人だと言う証拠だった。
だが、それよりもジェイミーの目を引いたのは破れたローブの隙間から顔を見せる奇妙な鎧。
「……何だそれは?」
金属製であることは間違いない。だが、デザイン、造りが通常の鎧とはまるで異なっており、纏うだけで力が漲ってくるような威風を感じさせた。
ただ、心臓がある箇所が大きく陥没しそこを基点として鎧全体に亀裂が広がっており、煙を吐きながら金属の破片をボロボロと溢している。
「見ての通り鎧だよ。色んな機能があるんだけど君のせいでオシャカになっちゃった」
そう肩をすくめて笑った。どうやら素直に話すつもりはないらしい。
しかし、ジェイミーは、
(そういうことか……)
一人合点がいったと心中で呟いた。
そして、短剣を妖精人の男に向けると降伏勧告を促す。
「ならば大人しく縄についてもらおうか。【薔薇十字教団】」
「やれやれ。正体までバレているとは……」
【薔薇十字教団】。それは近年各国で悪名を轟かせている魔法結社だ。
目的は謎に包まれているが、少ない構成員数に反してその脅威度は高く大きな事件をいくつか起こしていることから多くの国家、組織から危険視されている。
「アナタの得意魔術は電気を放射する電撃系魔術と電気を磁力や電磁波に変換する電磁系魔術のようですねえ。この二つは近縁魔術ですし、使用できる者がいることは珍しくないのですが、両方をここまでの高水準で使える者は中々いない。アナタは何者ですか? 認識阻害の幻術のせいでよく分かりませんが――」
その誰何は途中で遮られる。ジェイミーが無詠唱で第三階位魔法電撃系魔術《雷光条》を放ったからだ。
「――〈■■■■■■■■■〉」
だが、その攻撃は盛り上がった土砂の壁によって防がれた。
「精霊術か」
精霊術。霊的存在である精霊を通して四大元素を操る魔法だ。精霊語と言う特別な言語の習得が必要で使用者はほぼ妖精人に限られるという傾向がある。
「せっかちですねえ。聞きたいことがあるのはアナタも同じでしょうに」
「口からではなく、頭から直接聞けばいいだけだ」
「面白い言い回しをしますねえ。やれるものならやってみなさい!」
妖精人特有の美形を醜く歪めて叫ぶとどこからともなく大量の土砂が現れ、ジェイミーに襲いかかる。
「ワタクシの名前はロジャー・ケリー。冥土の土産に是非覚えていて下さいませ」
◇
「――何だ? 何が起こったんだ……?」
土砂の波に研究棟の壁へ叩きつけられたベルンハルトは惚けたようにこぼした。
あまりに速い何かが横から敵に突進して消えた。
元軍人として鍛えられたベルンハルトの動体視力をもってしてもそれだけしか分からなかった。
「先生!」
そこへレイチェルがやってくる。
「君は……?」
「新入生のレイチェル・ライダーです!」
「新入生?」
それを聞いたベルンハルトは顔色を変えた。
「怪我はないか⁉︎ 他の新入生はどうしたんだ⁉︎」
「ええっと……」
矢継ぎ早にされる質問にレイチェルは混乱を落ち着けつつ頭の中を整理するとジェイミーの名前を出さないよう注意しながらベルンハルトに虚実交えた説明を行った。
「なるほど……やはり大講堂は占拠されていたか。死者が出ていないことが不幸中の幸いだな」
「はい……ですので早く先生たちにみんなを……」
「もちろんそのつもりだ。……と言いたいところだが、私はこの様だ。加えて研究棟にも奴らの侵入を許してしまった。まだ中には他の先生方もいる。すまないが力を貸してくれるかライダー君」
「分かりました!」
二人は近くに敵がいないのを確認してから研究棟へ立ち入った。
研究棟は三階建ての建物で魔草畑を四角型に囲む形で存在しており、教師陣は二階の奥の方にいるらしい。しかし、まず二人が向かうのはそこではなく、一階にある薬品室だった。
現在、ベルンハルトはケリーとの戦闘で重傷を負っている。
具体的には身体中に裂傷があり、脇腹、右足の骨には罅が入り、体内の魔素は半分以下にまで減っていた。
こんな状態でまともに戦えるはずもないため、回復のための魔法液薬を取りに向かっているのだが――、
「大変申し訳ない……」
「いえ……緊急事態なのでお気になさらず……」
ベルンハルトはレイチェルの肩を借りる形で歩いていた。
レイチェルを気遣い、出来るだけ自分の足で歩いているベルハルトだが、それでもその恵体に見合う体重に寄りかかられるのは十五歳の少女にとってかなりの重荷だった。
しかし、泣き言を言ってはいられない。笑う膝を鼓舞し、物陰や教室に隠れながら慎重に目的地へ向かう。
「そう言えば薬品室って先行した先生方が行っている場所ですよね?」
「ああ。しかし、別れて既に二十分は経っている。順当に考えれば材料を回収し終え、帰っているだろうが……」
そう順当な考えを口にしたベルンハルトだったが、目的地先から聞こえてくる音を拾うと顔を顰めた。
「何ということだ……」
二人が廊下の陰から顔を出すとその先――薬品室の前で十人程の黒ローブの男たちが中へ向かって攻撃を仕掛けていた。
「あれって……」
「ああ……薬品室が奴らの襲撃を受けている。恐らく中には先生方がいるのだろう」
予想していた中で最悪の状況にベルンハルトは頭を抱え、レイチェルは顔を青くした。
「でも、今も戦っていると言うことは先生たちはまだ生きてるってことですよね……?」
「恐らくな……しかし何故だ? 本職が研究者と言えど一流の魔導師である先生方があの程度の練度の敵に苦戦するなど――ッ!?」
突如としてベルンハルトの膝が折れ、床に崩れる。
「どうしたんですか先生!?」
「――そういうことか……」
慌てるレイチェルに対し、ベルンハルトは悟った声色で呟いた。
「やっぱり傷が――」
「いや……この倦怠感は外傷によるものではない。恐らくは……毒だ」
「毒? それって先生たちが集められた部屋で撒かれた……」
「ああ。実験室に残った先生方と違い即座に症状が出なかったことから大丈夫なのだと思い込んでいたが、どうやら私も吸ってしまっていたらしい」
それが今になって時間差で発症したということだ。
「じゃあ、今戦っている先生も……」
「うむ。毒に侵されながらの戦闘を強いられているのだろうな」
毒の症状は時間が経つにつれ悪化してゆく。均衡が崩れるのも時間の問題だった。
そこまで考えたところでレイチェルはあることに気付く。
「実験室の先生たちは大丈夫なんですか!? もうかなり時間が経っています! もしかすると――」
「……その心配はない。薬品室に向かう前クラウゼ――錬金術の先生が応急処置の薬を処方してくれてな……そうすぐ毒が回ることはないはずだ……」
「そうなんですね……」
「しかし……君の言う通り時間が経ち過ぎている。悠長にしている暇はない。……大変申し訳ないが頼まれてくれるか?」
「頼まれてくれるか?」その言葉が何を示すかは明らかだった。
薬品室の教員らに加勢する形で襲撃者と戦う覚悟を問う確認。
ここで拒否したとしてもベルンハルトはレイチェルを責めることなく、その身を惜しまず一人死地へ赴くだろう。
だが――、
「はい、分かりました」
レイチェルはその覚悟を示した。
怖くないわけがない。ジェイミーに言われたことはずっと頭に残っている。
それでも、戦わないという選択肢はレイチェルの中になかった。
自分の夢のため、理想のために。
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