魔界貴族侯爵『ゆらゆら』のシュプレーと『遊戯』のルードス⑤/崩壊
「ロイ?」
ユノがそう言った瞬間、地面が揺れた。
「わわわっ!? なな、何なになにっ!?」
『これは……』
(デスゲイズ、なんだこれ!?)
すると、床に亀裂が入り、部屋の壁にも亀裂が入る。
何が起きたのか───すると、デスゲイズが言った。
『これは崩壊じゃない。どうやら……この領域を作った魔族が、故意に崩壊を招いている。どうやら、今戦った魔界貴族が死んだ気配を察知したんだろう。危険を感じたのかもしれんな』
(悠長に言ってる場合かよ!? おい、どうすれば)
『最初に言っただろう? 恐らく───』
(───核、か!!)
このデミ・アビスにある、魔界貴族侯爵『遊戯』のルードスの核を破壊する。
この空間のどこにあるのか? それはわからない。
『まずいな。空間が崩壊すれば間違いなく死ぬぞ』
(デスゲイズ、核はどこにある?)
『恐らくだが……この空間の中心、最も魔力が集まる場所だろうな。確証はないが』
(十分!! で、近いのか?)
『……崩壊の影響か、魔力の流れが不安定だ。だが……力の流れを追えばわかる。ふふ、崩壊を選択したのは悪手だったな。おかげで、空間の亀裂から流れ出る魔力を追うことができる』
『よし』
ロイは、八咫烏の声を出した。
そして、エレノアとユノに言う。
『こっちだ、付いてこい』
「わかった!!」
「うん。あの……義姉さんたちは」
『途中で拾う。今は、一刻も早くここから出るぞ』
「どうやって?」
『説明は後だ。行くぞ!!』
八咫烏、エレノア、ユノは走り出した。
◇◇◇◇◇◇
ルードスは、知恵の輪を捨てた。
「…………シュプレー、死んだ」
別に、死ぬのはいい。
だが、問題は……聖剣士が、侯爵級でありバリバリの戦闘系であるシュプレーを倒したということ。
正直なところ、ルードスの戦闘力はシュプレーよりも下。つまり、このまま聖剣士が『領域』から脱出すると、自分の危機に繋がる。
「…………」
ルードスは決めた。
今、目の前にある不安を取り除く。そのために、領域を崩壊させて中にいる聖剣士を全員、確実に始末する。
そうなると、シュプレーに持たせたワクチンサンプルも失われる。ネルガルの撒き散らした『疫病』に対するワクチンサンプルは、今のところ一つしかない。
「……どうする」
ワクチンサンプルは、なくせない。
トリステッツァ配下に求められる、『疫病』に対する絶対的なルールの一つに、『希望』というものがある。どんな状況でも、決して人間から『希望』を奪ってはならない、というものだ。
希望を奪うのは最後。そして、その役目はトリステッツァが行う。
希望を奪われ『嘆く』人間が、トリステッツァの大好物なのだ。
その希望を、ルードスは……。
「……まずい」
ルードスは爪を噛む。
主であるトリステッツァは、四大魔王の中でも温厚だ。涙もろいという一面はあるが。
だが───優しいわけではない。
もし、大好物である『嘆き』をルードスの不手際で失ったとわかれば、処罰……あるいは、処刑もあり得る。
「…………」
だが、シュプレーを倒した聖剣士の前に現れるつもりはない。
なので、ルードスは速攻で決めた。
「希望、持たせてやるか」
ルードスが指を鳴らすと、領域の崩壊が始まる。
ほんのわずかな出口を残しておけば、聖剣士なら脱出できるかもしれない。
駄目なら───そこでおしまい。トリステッツァには『領域を攻略できず死んだ』と報告するしかない。
トリステッツァは嘆くかもしれない。もしかしたら自分も処刑されるかもしれない。
だが、シュプレーを倒した聖剣士の前に出るよりは、マシ。
「がんばれ聖剣士。脱出できたら、ボクは姿をくらますとするかね」
そう呟き、ポケットから小さな木製のパズルを取り出した。
◇◇◇◇◇◇
「ねえ!! こっちで合ってんの!?」
『ああ!!』
「あ───待って!!」
エレノア、八咫烏、ユノが、崩壊する領域内をひたすら走っていると、ユノが急停止。
ユノが指さした先には、マリアたちがいた。
マリアもユノに気付き、驚いたように叫ぶ。
「お前たち!? よかった、無事だったか」
「義姉さん。よかった」
「ユノ……と、話は後だ。どうやらこの世界の崩壊が始まっている。脱出するぞ!!」
「うん」
『全員、こっちだ』
八咫烏が言うと、マリアはギョッとして剣を抜いた。
「貴様、何者だ」
「まった、マリアさん、こいつは変な仮面だけど味方なの!!」
『…………』
「味方?」
「う、うん。こいつね、出口を知ってるの。ロイを見つけて先に脱出させて、あたしたちのこと聞いて、ここまで来てくれたのよ」
「何?」
エレノア、ナイス。
ロイはそう心の中で呟き、マリアを仮面越しに見た。
「……いいだろう、だが、妙な真似をしたら斬る」
『好きにしろ。とにかく、付いてこい』
ロイは走りだすと、エレノアたちも付いてきた。
『───近いぞ、ロイ』
(核か?)
『ああ、本当に馬鹿な奴だ……剥き出しの『疑似核』がある。この領域を構成する、魔族の心臓にして弱点。どうやら、魔王連中も、『魔王聖域』の弱点に気付いていないようだ。気付いているなら、こんな弱点を残しておかない』
到着したのは、崩壊寸前の広い空間。
その中央に、小さな白い宝石がフワフワ浮かんでいた。
エレノアが眼を輝かせる。
「わ、綺麗……ね、なにこれ」
『この領域の核だ。これを破壊すれば領域は死滅し、魔族も死ぬ』
「え……ま、マジ?」
『ああ。ここに来た理由、もうわかっただろ?』
ロイは一瞬で矢を番え射る。矢は宝石に命中し、砕け散った。
そして、領域に亀裂が入り───世界が、崩壊した。
◇◇◇◇◇◇
「───……っぐ」
ルードスが胸に激痛を感じ、パズルを取り落とすと……身体が、青く燃え始めた。
「あー……」
理由は不明だが、内側から攻撃され心臓を破壊された。
ルードスはようやく、領域内に『核』があることを知った。
「…………負けた、のかぁ」
燃える身体。
死は免れない。
なので───ルードスは最後に、落としたパズルを拾った。
スライド式の、簡易な木製パズル。
最後に何度かスライドさせ、絵柄を完成させる。
出てきた絵は、シンプルな雪ダルマだった。
「───……クリア」
満足げに微笑み、ルードスは完全に消滅した。
◇◇◇◇◇◇
世界が割れると、真っ白な光に包まれ───八咫烏たちは地上に戻って来た。
八咫烏は一瞬で離脱、変身を解き、今来たようにエレノアたちの元へ駆け寄った。
「おーい!! みんな、無事だったか!!」
「ロイ……」
ユノが真っ先にロイに抱きつく。
いきなりのことで思わず受け止めてしまうが、頭をぐりぐり押し付けてくるユノを引き剥がせない。
不思議な甘い香りが髪からする気がして、ロイは顔を赤らめてしまった。
「…………」
エレノアがムスッとし、何度か咳払い……ようやくユノが離れた。
エレノアは、全員を見て言う。
「どうやら、勝った……のかな?」
そして、ポケットからワクチンサンプルを二つ出した。
あと三つ。全てを合わせれば、疫病に対するワクチンとなる。
マリアはエレノアからサンプルを受け取り言う。
「とりあえず、今は状況を確認しよう。警戒しつつ、町の様子を探る。侯爵級は倒したと思うが、男爵級や子爵級などの部下が潜んでいる可能性もある。慎重に行くぞ」
マリアを先頭に、町へ向かう。
その途中……ロイは、小さな木製パズルが落ちているのを見つけ、拾った。
『魔力の残滓がある。恐らくこれは、我らを閉じ込めた魔族のモノだろうな』
「…………」
ロイは、なんとなくそのパズルをポケットに入れた。





