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聖剣が最強の世界で、少年は弓に愛される~封印された魔王がくれた力で聖剣士たちを援護します~  作者: さとう
第三章 青白の嘆きトリステッツァと白銀世界

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魔界貴族公爵『疫病』のネルガル②/恐怖

「矢───……? だれぇ?」


 ネルガルは、胸に刺さった矢を引き抜いた。

 血が噴き出すが、一瞬で凍り付く。そして、矢を投げ捨てると粒子となって消えた……魔力によって精製された矢だと気付き、矢の残滓をジーっと見る。

 そして、矢が飛んできた方向に首をギュルンと曲げ、矢を構える黒い仮面の何か……『八咫烏』を見た。


「……………………」


 八咫烏。

 ダンジョン内で確認された正体不明の聖剣士、とデータがある。

 だが、なぜここにいるのか? ネルガルは首を傾げるが、すぐに考えるのをやめた。

 そんなことはもう、どうでもよかった。


「痛ぁぁい……」


 血はすでに凍っており、止血の代わりとなっている。

 正確に心臓を射抜かれ、『核』に矢の先端が命中した……が、ネルガルの核には傷一つ付いていない。

 だが、痛い。

 魔族も痛みを感じる。苦しみも、悲しみも、人間と同じく感じるのだ。


「───……『病魔』を消してるの、あの子ね?」


 ここで、驚くべき変化が起きた。

 ネルガルが車椅子に魔力を流すと、車椅子が分離し、ネルガルの膝下と連結……なんと、蜘蛛のような、金属の八本脚となった。

 上半身は女、下半身は蜘蛛。まるでバケモノだ。

 ロイは青ざめ、矢を番える手が一瞬だけ震えた。


「な、なんだあいつ……!?」

『怯えるな。いいか、ネルガルの核は、魔界貴族で最硬度だ。通常の矢では傷一つ付けられんぞ!!』

「じゃあ、『魔喰矢(グロトネリア)』で!!」

 

 ロイは矢筒から『魔喰矢』を抜き、構える。

 すると───ネルガルは、八本の金属脚をガチャガチャ動かし、ロイのいる外壁に接近してくる。

 ロイは、吹雪を全身に浴びながら三日月のように裂けた口で笑う女に、根源的な恐怖を感じた。


「こ、こえぇっ」

『馬鹿者、ビビるな!!』

「くっ……」


 ロイは外壁から飛び降り、雪の中を走り出す───……が、すぐに後悔した。


「は、走り、にくいっ……!?」


 雪で足が取られ、非常に走りにくかった。

 ティラユール領地にも雪は降り、冬がやってくる。だが、ここまで深い雪は降らないので、雪で滑ったりすることはあっても、足が埋まるという経験がロイにはない。

 だが、ネルガルは違った。

 八本脚を器用に動かし、雪原をすごい速度で追ってくる。

 ロイは矢筒から矢を抜き、ネルガルの脚めがけて放った。


「ッ!?」


 ガキン!! と、ネルガルの動きがブレる。

 ロイの矢が、八本脚のうち一本、関節部に食い込んで動きが止まりかけた。

 そして、第二、第三の矢が放たれ、関節に矢が食い込んで動きが止まりかける。

 ロイは立ち上がり、一気に三本の矢を抜き、ほぼ同時に放つ。

 一本は心臓、一本は喉、一本は額を貫通して頭に突き刺さる。頭を穿たれ、一時的に意識が飛びかけるネルガル。

 

「───……っ!!」


 ほんの数秒、意識が飛んでいた。

 気が付くと、八咫烏が消えていた。吹雪に紛れ、どこからかネルガルを狙っている。

 すると、ネルガルの心臓を狙い、背後から矢が突き刺さった。


「…………」


 だが、核には傷一つ付いていない。

 矢を引き抜くと、まるで肉食魚のような鏃だった。

 そのまま矢をへし折ると、消滅する。


「…………ふふふっ」


 ネルガルは、口を歪めて怪しく微笑んでいた。


 ◇◇◇◇◇◇


「う、噓だろ……『魔喰矢』を背中から心臓にかけてブチ当てたのに、核を貫通するどころか、通常の矢と同じくらいのダメージしか与えられないなんて」

『面倒なヤツだ。どうする? このままじゃジリ貧だ』

「……手はあるけど」

『接近して『愛奴隷』の矢を使うか?』

「……でも、正直かなり怖い」


 ロイは、ネルガルから百メートルほど離れた木陰で呼吸を整えていた。

 矢が効かない。通常矢はもちろん、『魔喰矢』ですら効かなかった。


「くそ。公爵級がここまで厄介だなんて……」

『パレットアイズは、戦闘能力は二の次で、自分が楽に楽しむことしか考えていなかったからな。部下の侯爵級も、側近の公爵級も、大した強さじゃなかった』

「…………」

『だが、ネルガルは……他の公爵級は、間違いなくバケモノの類だ。気を付けろ』

「わかってる」

『急げ。奴の放った血の魔獣も、王都に到着してしまうぞ!!』

「忙しいなもう!!」


 すると、ネルガルの首がグルンと回転し、ロイがいる方を見た。

 

「気付かれた!!」

『ロイ、迷っている暇はない。『色欲』を使え!!』

「ああ、わかっ


 次の瞬間、ネルガルが八本脚で跳躍。

 足が風車のように回転し、ロイめがけて飛んで来た。


「なっ!?」

「クキキキキキキぃぃぃぃやァァァァァァ───っ!!」

「くっそ!?」


 ロイは横っ飛びする。すると、ロイの立っていた場所にネルガルが着地。

 回転する足がガリガリと地面を削っていく。あんな脚に触れたら、間違いなくミンチになる。

 ロイは『野伏形態(レンジャーフォーム)』に転換(コンバート)し、矢を装填する……が、矢を放とうとした瞬間、ネルガルは足を一本ずつ外し、まるで双剣のように構えた。


「───ッ」


 矢を放つが、あっさり叩き落されてしまう。

 『愛奴隷』の矢を刺せば勝てるかもしれないのだが、高速接近されると狙いがつけにくい。ロイの本領はあくまで、遠隔からの狙撃なのだ。

 

「くそ、やべぇ……ッ!!」

『チッ……ダメだ。我輩の力も、まだ───……』

「キキキキキキキキキッ!! あなた、おしまぁい!!」

「ッ!!」


 両手に蜘蛛の脚を持つネルガルが、ロイめがけて脚を振り下ろす。

 かなり近づかれた。雪に足を取られ動けない。

 このままではやられる。ロイは相打ち覚悟で『魔喰矢』を抜いてネルガルへ向けた。

 が───次の瞬間。


「『灼炎楼(しゃくえんろう)円旋刃(えんせんじん)』!!」


 突如、割り込んで来たエレノアが、バーナーブレードを片手で回転させながら、ネルガルの脚を叩き落した。

 そして、目を見開くネルガル。

 エレノアのバーナーブレードの柄が伸び、分割された刀身がさらに分割され、収束された炎が形となり、エレノアの両手に収まる。

 突撃槍(ランス)形態。炎聖剣フェニキア、第四の形態。

 エレノアは、突撃槍を構える。すると、柄尻から炎が噴射し、突撃槍を構えたエレノアの身体が一気に前進した。


「!?」

「ぐっ……ッ!! 『灼炎楼(しゃくえんろう)激震(げきしん)』!!」


 ネルガルは、脚を交差させてエレノアの突撃を受ける。残った六本脚で踏ん張るが、炎の噴射に負けてジリジリと交代。炎の威力がすさまじく、熱気で周囲の雪が一気に解けていた。


「だぁぁァァァァァッ!!」

「これは───……無理ぃ」


 ネルガルが微笑むと、交差した足が熱で溶けて砕け散り、ネルガルの腹に突撃槍が突き刺さる。そして、そのままネルガルの上半身が千切れ飛んだ。

 

「うわわわっ!?」


 噴射の勢いに負けたエレノアは、慌てて炎を止める。だが、着地に失敗して地面をゴロゴロ転がった。

 そして、ロイは慌ててエレノアの元へ。


『エレノア!!』

「やっほ、ロ……八咫烏。接近戦は苦手かしら?」

『……ああ、助かった』


 エレノアを起こす。

 すると───上半身だけとなったネルガルが、背中から虫のような触手を生やし、そのまま起き上ったのだ……これにはエレノアも顔を青くする。


「いたぁい……でもぉ、もう用事は済んだわぁ」

「用事って……あんた、何? 魔界貴族? そうなら、ここで潰す!!」

『……お前だけか? ユノは?』

「ユノは別方向の外壁から、黒い魔獣たちを魔法で迎撃してる。あたしは、あんたが戦ってるの見えたから手伝いに来たの」

『なるほどな』

「フフフ……あなたたち、強いわねぇ? でも……もう、用は済んだ」


 ネルガルが、ボロボロの手を頭上に向けると───……そこを、一羽のカラスが飛んでいた。

 エレノアは「?」と首を傾げるが、ロイには見えた。

 真っ黒なカラスが、ドロドロと溶けはじめ……レイピアーゼ王国の中心に、落下したのを。


『───ぁ』

「フフフ。災いの始まり……じゃあねぇ」

「あ!!」


 ネルガルが地面を叩くと、雪が一気に舞う。

 雪が消えると、ネルガルの姿はなかった。両断した下半身も消えていた。


「あーもう、逃がしたわ。ったく……あ、見て。黒い魔獣も消えていく。ね、これで終わったの?」

『…………』


 ロイは何も答えず……いや、応えることができなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 この日、ネルガルの襲撃により、レイピアーゼ王国に『疫病』がばら撒かれた。

 住人たちは、徐々に、徐々に病に侵されていく。

 始まりは高熱───……そして、視力の低下、吐血、最後には内臓の機能が低下する。

 医師の見解によると、魔界貴族の疫病は総じて、発症から十五日ほどで死に至る病。

 恐らく、今回もそうなるだろうとのことだ。

 恐ろしいのは、発病するタイミングが、一日十人と決まっていること。

 三日で、すでに三十人が病に侵された。

 住人たちは震え、いつ来るかとわからない病に怯える日がやってきたのである。

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