悪魔獣の森
夏季休暇まで残り二十日。
授業が終わり、黒板を綺麗に消し終えたアンネは、授業で使った教科書を閉じ、数枚のプリントをまとめ、持ち運びしやすいように重ね終えてから咳払いをする。
「こほん。皆さん、夏季休暇まで残り二十日となりました。ですが、その前に……学期末試験があります」
教室内のテンションが一気に下がった。
そう……夏季休暇の前に、期末試験があるのだ。
期末試験があるが、一年生は座学のみだ。実技試験が加わるのは二学期からとなっている。
オルカが「うげぇ」と唸るのをチラッと見たロイ。
「いいですか? 試験で赤点を取ると、夏季休暇中に補修があります。たった三日の補修ですけど、大事な休みを三日も使いたくないですよね? 皆さん、きちんと勉強するように」
そう言い、アンネはニッコリ笑って教室を出た。
たちまち、教室内は夏季休暇の話で持ち切りになる。
ロイの席に、オルカとユイカが来た。
「テスト、どう? あたし、自信ないかも」
「俺はなんとか」
「……オレは微妙。つーかロイ、お前そんな成績いいなんて聞いてないぞ」
「昔から、記憶力はいいんだよな」
そう言い、ロイは椅子に深く腰掛ける。
ユイカは、ロイに向かって身を乗り出した。
「ね、ロイ。今日は自主練習休みにしてさ、三人でカフェで勉強しない?」
「賛成だぜ。ロイ、オレの夏季休暇のために頼む!!」
「い、いいけど。俺、他人に教えるとかやったことないぞ」
「わかんないとこ聞くだけだって。答えとやり方教えてくれればいいからさ」
「ああ、わかった」
試験内容は、トラビア王国、その他各国の歴史、聖剣に関する問題、数字を使った計算問題などだ。
ロイは特に難しいとも思わない。記憶力はいいし、授業の内容も全て覚えている。
ユイカは歴史が苦手で、オルカは計算が苦手なようだ。
「あ、ユノも誘おっか……って、いないし」
「たぶん、自主練習だ」
「そういや最近、ユノちゃんって七聖剣士にしか使えない訓練場に籠ってるんだよな。すっげー強いのに、まだまだ足りないってか?」
「うーん、ちょっと心配だね」
「…………」
確かに、ユイカの言う通りだ。
ロイは、もういないユノの席を見て、不安になるのだった。
◇◇◇◇◇◇
夏季休暇まで、残り十五日。
今日は休日。ロイは『狩人形態』に変身し、トラビア王国郊外の森にいた。
最近は勉強ばかり。オルカとユイカに付き合って放課後は勉強し、たまにエレノアも混ざってひたすら勉強の毎日だった。
そして、剣術授業ではほぼ活躍できず、未だに素振りもヘタクソだと言われるロイ。剣術授業担当のシヴァも「うーむ……」と唸り、どう指導すればいいのか悩む始末だ。
ロイとしても、できないのだから仕方ない。
デスゲイズは『魔界貴族なんて比べ物にならない魔力操作のせいだ』と言うが、ロイには意味が解らないし、どうにもならない。
二学期からテストには剣術も加わるのに、今から頭が痛いロイ。
なので、今日は気分転換に、一人で狩りに来ていた。
ロイは高い木のてっぺんに立ち、大きく伸びをする。
『ここは、いつもの森と違うな』
「ああ、いい狩場を見つけたんだ。ヒトの手が加わっていない広い森でさ、王都から走って片道二時間半くらい。半日狩りしても寮の門限までには楽勝で帰れる」
『……動物より、魔獣の気配が強い』
「動物肉より、魔獣肉のが美味いんだって。それに値段もいいし」
『なるほどな』
「ここ、狩場⑮って名付けるか。へへへ、俺の狩場、どんどん増えていく。やっぱトラビア王国は広くていいな」
『……やれやれ』
狩場⑮……つまり、ロイにとって、トラビア王国周辺で見つけた十五個目の狩場である。
ロイは、ニコニコ顔から狩人の顔になる。
「さぁ、半日以内だけど、思いっきり狩るか」
◇◇◇◇◇◇
「ユノちゃん、本当にいいのね?」
「はい」
「ほんと、強くなりたいって気持ちはわかるけどねぇ」
「でも、確実。先輩たち、ありがとう」
「オレとエレノアもいるけどね」
「まぁいいわ。あたしも、強くなれるなら戦うだけよ」
学園が休日の今日……ユノは、ロセに頼んで学園郊外にある危険度A級の森、『悪魔獣の森』に来た。
同行者は四人。エレノア、サリオス、ロセ、ララベル。七聖剣士に選ばれた五人が揃っていた。
ロセは、緊張しながら言う。
「いい? この森は、トラビア王国で最も危険な七つの地域の一つ。『悪魔獣の森』よ。危険地域の中では難易度が一番低いけど、現れる魔獣はほとんどが討伐レートA~SS級の魔獣ばかりなの」
「そうねぇ……Aレートの魔獣が、伯爵級の魔界貴族と思えばいいわ。そういえば……魔獣ってのは、どこから発生したのか、どうして現れるのか、魔族にもわかんないみたいよ」
「「「……」」」
今日、ここに来たのは、三人の『能力』を覚醒させ、『魔法』の熟練度を上げるためだ。
三人とも、第一階梯の魔法は多少なり覚え、扱えるようになってきた。
だが、実戦レベルには程遠い。呼吸するように、無意識に魔法を放てるほどにならなければ、実戦では使い物にならない。
そして、『能力』だ。
「私の見立てでは、ユノちゃん……もう少しで、能力を覚醒できる段階まできてるわね」
「あたしは?」
「エレノアちゃんはまだ」
「お、オレは」
「サリオスくんもまだねぇ。ユノちゃん、すごい気迫だから、聖剣も応えてくれてるのかも」
ユノは、腰に下げている『氷聖剣』を手に取る。
「がんばるね。それと……あのときはごめんなさい」
「あの時?」
ララベルが首を傾げるが、ユノは首を振った。
きっと、マリアと言い争いをしたときに言った、『フリズスキャルヴ、返す!!』のことだろうとエレノアは察していたが、何も言わなかった。
「じゃあ、行きましょうか。先行はララベル、殿は私が」
「まっかせなさい!! ふっふっふ。テスト勉強のストレス、ここで発散してやるわ!!」
そう、ロセがここに来ることの許可を出し、ララベルが付いてきたのは……テスト勉強のストレス発散と気分転換という意味合いも大きかった。
ユノは、キリっと表情を変えて歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
「……………………なんであいつらが」
ロイは、木の上から数キロ離れた先にいるエレノアたちを見ていた。
万象眼で見た鷹の視界から森の入口を見たら、なんとエレノアたちが森に入ってきたのである。
ほんの少しだけ、ロイはげんなりした。
「せっかく見つけた俺の狩場だったのに……まぁ、俺のじゃないけど」
『恐らく、魔獣狩りだろうな。お前、気付いていないようだから教えておくが……ここに住む魔獣、最弱の部類でも伯爵級と同レベルだぞ』
「そうなのか? んー……あんま強い感じはしないけど」
『…………』
デスゲイズはもう何も言わない。
「まぁ、あいつらの邪魔しないようにするか。俺たちはあっちで狩ろうぜ」
『あ、ああ……』
ロイは周囲の気配を探りつつ、木から飛び降りる。
ほぼ無音で着地……着地と同時にしゃがんで衝撃を吸収した。そして、矢筒から矢を一本抜く。
「…………よし」
だが、矢を戻した。
そして、『野伏形態』へ転換する。
『お前、『色欲』は使いたくないんじゃなかったのか?』
「人間相手には、っていうのは酷いと思うか?」
『いや? ククク、わかってきたじゃないか』
「嬉しくないけどな」
右手の籠手と一体化した『短弓』を展開し、腰の矢筒から矢を抜いてセット。
ロイから百メートルほど離れた場所で木の実を齧っていた中型のリスに狙いを付けて放った。
『ギッ!?』
「───来い」
『…………』
刺さった矢が消え、ロイが命令を出すと……リスは木の実を捨て、ロイの元へダッシュ。
そして、ロイが左手を差し出すと、その上に飛び乗った。
「『愛奴隷』の矢。矢が刺さった相手を奴隷にする……人間相手じゃ絶対に使えないな」
『使えば、好きな女をいつでも抱けるぞ? あの生徒会長も、エルフの女も、エレノアとユノも、お前に失望している教師も、お前を見て発情するだろうさ』
「だから人間には使わないんだよ」
『ちなみに、魔界貴族にも効く。だが……人間相手を奴隷化するには魔力を常に吸い取られる。お前の魔力量だと、伯爵級相手なら二分程度しか奴隷化できんぞ。仮にパレットアイズを奴隷化したら、二秒ともたずお前の魔力は枯渇する。いいか、小動物程度なら問題ないが、人間や魔界貴族を奴隷化する時は一分以内にしておけ。あと、伯爵級以上は奴隷化するな』
「長々とどうも。でも、動物以外に使う気ないし。それに、こいつの使い方は───」
ロイは、リスを『万象眼』で見て離した。
「行け」
リスはロイの命令により走り出す。
『愛奴隷』の矢が刺さった対象は、ロイと繋がった状態だ。なので、ロイの声が届くというメリットがある。
「右」
リスは右に曲がる。
「左」
左に曲がる。
「停止」
リスは止まった。
ロイはニヤリと笑い、右の籠手を撫でる。
「これ、かなりいいな。斥候として使うには十分すぎる」
『悪い顔をしているな。ククク、お前も随分とクズになったものだ』
「やかましい」
『あいだっ!?』
ロイはデスゲイズを叩き、先行するリスの視界を見て獲物を探すのだった。





