ユノとマリア
聖剣レジェンディア学園、第一訓練場。
ここは、七聖剣士専用の訓練場で、使用できるのは七聖剣士のみ。
その訓練場に、聖剣を持ったユノとマリアが向かい合っていた。
ユノは学園の制服で、マリアも旅の装いではなく、動きやすさを重視した服に軽鎧を装備している。
「制服でいいのか?」
「うん。この制服、魔力を通すと鉄の鎧より硬くなるから」
「え……そうなのか?」
「そうよ? あんた、知らなかったの?」
ロイがエレノアに確認すると、あっさり頷いた。
マリアは微笑み、レイピアを構える。
「ユノと同じ、レイピアか」
「みたいね。普通の聖剣だから、変形機構はないけど……」
「…………」
ユノも同じ構えだ。
レイピアーゼ流細剣術。レイピアーゼ王国に伝わる、『氷聖剣』専用の剣技だ。レイピアーゼ王国の王族は必修であり、王国内には剣術道場がいくつもある。
マリアは、ユノに言う。
「変形機構はいくつ手に入れた?」
「四つ」
「ほう、あと二つか……随分と成長したな」
「ここで学んだからね。たぶん、レイピアーゼ王国じゃあと二つは使えないと思う」
「ふっ……さぁて、始めようか。言っておくが、手加減は不要だぞ」
「わかった」
すると、マリアがロイに言う。
「少年、いや……ロイ君。開始の合図を」
「あ、は、はい。じゃあ……はじめっ」
いまいち微妙な開始の合図だったが、マリアとユノは同時に踏み込み、レイピアの切っ先を突き出した。
すると、針のような互いの切っ先が、金属が衝突するような音と共にぶつかった。
切っ先が合わさり、カチカチと震える。
「う、うそ……あんな細い切っ先が、合わさってる」
手のひらと手のひら、指と指を合わせることは難しくない。だが、ペンの切っ先同士、針の先端同士を合わせるのは至難の業だ。だが、マリアとユノは、互いにレイピアを突き出し、その切っ先を完全に合わせていた。
「レイピアーゼ流細剣術、第一の型にして全ての基本、『ドロワ』……ふむ、かなり鍛えぬいたな」
「喋ってる暇ないよ」
ユノは切っ先を外し、連続突きを繰り出す。
だが、マリアは全てを反らした。ユノの突きを自分の剣で軌道を変え、突きをずらしたのだ。
それは、ユノの剣を見切ったからこそできる技だ。
「───……チッ」
ユノは舌打ちし距離を取り、氷聖剣を第二形態の『鞭剣』へ変形させ、鞭をしならせて頭上で回転させ、マリアに向かって投げ放つ。
「ほう!」
「『絶氷陣・釣鐘桔梗』」
鞭がしなり、ユノの頭上で蜘蛛の巣のような軌跡を描く。
氷聖剣の変形を獲得したユノは、レイピアーゼ流細剣術を使わなくなった。オリジナル剣技を、今の自分をマリアに見せるために、ユノは技を見せる。
鞭剣は氷を帯びている。蜘蛛の巣のように軌跡を描くことで、氷の蜘蛛の巣がユノの頭上に完成していた。それを鞭で絡めとり、回転させてマリアへ放つ。
キザギザした氷の蜘蛛の巣は、触れるだけで身体が裂けるだろう。
だが───マリアは、レイピアを地面に突き刺した。
「能力発動。『氷壁』」
「えっ」
すると、薄い水色の膜のようなものが、マリアの目の前に展開された。
エレノアが言う。
「せ、聖剣の能力!」
「そういや、聖剣には能力があるんだっけ」
ロイが感心したように言う。
聖剣には能力があるが、まともに見たのは初めてだった。
「ユノ。得意げに聖剣の変形を見せるのはいいが、能力は開花したのか? それと───」
マリアがレイピアをユノに突きつける。
「初級青魔法───『アイスランス』」
「!!」
氷の槍が現れ、ユノに向かって飛んできた。
ユノは氷聖剣をチャクラム形態に変え、氷の槍を叩き落す。
ロイは言う。
「魔法。そういや聖剣には属性があって、その属性の魔法を使えるんだよな」
「そうね……周りが七聖剣士だったり、変形だったりで忘れてたわ」
「一年生はまだ、魔法の授業始まってないしな……」
二人が会話していると、マリアは言う。
「ユノ、魔法は使えないのか?」
「…………」
「やれやれ。まだ習っていないから、などと甘えたことを言うつもりではないだろうな?」
「…………っ」
「本当に甘いな。魔法も、能力も使えない。変形機構を四つ覚えた程度で、私に勝てるとでも思ったのか……だとしたら、お前はどうしようもない甘ちゃんだ」
「っ!!」
マリアの気配が変わる。
剣を構え、ユノを倒すべく動き出す。
ユノは氷聖剣を構えた。
「氷聖剣・第四「遅い」───ッ!?」
ユノが氷聖剣を変形させようとした瞬間、レイピアを横薙ぎしたマリアが、ユノの腹部をレイピアの腹で殴打した。
「うっぶ!?」
「遅い。弱い……まさか、この程度か?」
「う、っぐ……」
腹を押さえ、ユノは嘔吐した。
一切容赦のない殺気。マリアはユノを見下ろし、冷たく睨む。
そのまま、レイピアを振り上げ、ユノの身体に傷を付けようとした瞬間。
「待ったぁぁぁぁ!!」
「!!」
エレノアが割り込み、炎聖剣フェニキアでレイピアを受け止めた。
「マリアさん、ごめんなさい。でも……ユノは弱くなんかありません!! だって、あたしと一緒にダンジョン潜った時とか、模擬戦の時とか、ほんと強くて、その」
「…………」
「え、エレノア……」
「ごめんユノ。勝負の邪魔だよね、こんなのおかしいよね、普通は真剣勝負に割り込みとかしないし、嫌われても文句言えない。でも……身体が勝手に動いちゃったのよ!!」
「え」
「え」
「……」
ユノ、ロイが「え」と言い、マリアが軽く目を見開いた。
「マリアさん!! ユノを連れ帰るの、もうちょっと待ってください!! 夏季休暇まであと一か月……それまでに、ユノは今の倍以上強くなります!! この学園で、ユノは最強になります!! だからその、えっと」
「く、はははははっ!!」
「え」
「いいだろう。どうやらユノは、いい友人を見つけたらしい……」
「じゃあ」
「ああ。ユノ、どうやらお前は本来の実力を発揮できていないようだ。だから……お前を連れ帰るのは、夏季休暇まで待つことにする」
「!!」
「だが、私はお前を『連れ帰る』のが目的だ。休学……いや、退学届を出し、レイピアーゼ王国騎士団で、お前のことをイチから鍛え直す。七聖剣士として相応しいようにな。それと同時に、フレム王国の王子との縁談も進めておく」
「……っ」
「だが───もしお前が、万が一に出もこの私に勝つことができたら、この聖剣レジェンディア学園がお前の教育の場に相応しいと、私から父上と兄上に報告する。同時に『ユノはまだ未熟』と報告し、縁談も白紙にする」
「は、白紙って……王子様との縁談、そんな簡単にできるモンなのか?」
ロイがポツリと言うと、マリアはロイを見て言った。
「できるさ。もちろん、正式な理由があるからな」
「え?」
「……その件に関して心配はするな。だが、あくまで私に勝てればということだ。それと、私に勝っても夏季休暇はレイピアーゼ王国で過ごしてもらうぞ。魔王の脅威は事実だからな……その氷聖剣を持ち、不安に怯える住人たちや、騎士団たちを鼓舞してくれ」
「…………わかった」
ユノは立ち上がり、マリアを真正面から見た。
「義姉さんに勝つ。たとえ義姉さんが、レイピアーゼ王国最強の騎士で、レイピアーゼ王国騎士団団長でもね」
「「え」」
「ふっ……楽しみにしているぞ」
そう言い、マリアは立ち去ろうとして───ロイに向かって振り返る。
「と……ロイ君。その、城下町の宿に行きたいのだが、案内してくれないだろうか」
「あ、はい」
「……義姉さん、相変わらず方向音痴なの?」
「う、うるさいぞ」
「あ、あたしも行く!! ロイと二人きりとか……」
「わたし、訓練する……義姉さん、一か月後に」
「ああ」
こうして、ユノとマリアの戦いは終わり……圧倒的な、ユノの敗北だった。
◇◇◇◇◇
ロイ、エレノアは、マリアと一緒に城下町を歩いていた。
「マリアさん、まさか騎士団団長だったなんて……」
「まぁな。今までは兄上が団長で、私が副団長だったが……兄が即位することが決まり、私がその後釜となった。まぁ、兄上は剣よりも本を好むようなお方だし、剣の実力は私のが上だ。兄上も安心していたよ」
「……ユノの、お兄さん、お姉さん」
エレノアが言うと、マリアは笑う。
「まあな。あの子は少し特殊でな……両親を三歳で失った。そこに、あの子の父親である元騎士団馬番で今は木こりのベアルドが引き取ったんだ。ベアルドも、娘を亡くしたばかりだったからな……ベアルドはユノに愛情を注ぎ、男手一つで育てた。だが、ユノが十歳の時、ユノの元に守護聖剣である『氷聖剣フリズスキャルヴ』が現れた」
「え……で、でも、聖剣の選抜は十五歳じゃ」
「普通はな。だが、七聖剣には意志がある。自ら持ち主を選ぶ。きみの持つ炎聖剣フェニキアは、長年使い手が現れずに、教会に安置されていた特異な例だ。普通、守護聖剣は自国で管理する決まりだ……ところで、エレノアくん」
「は、はい」
「きみの持つ剣は、フレム王国の聖剣だが……フレム王国から、何か連絡とかは」
「いえ、特には」
「……そうか」
マリアは、少し考えこんでいるようだった。
ロイは、話を変えてみた。
「あの、ユノの婚約ですけど」
「ああ……事実だ。レイピアーゼ王国とフレム王国は隣同士。その特性上、仲良くやっている」
「「特性??」」
「ああ。フレムは砂漠の国で、オアシスと呼ばれる水溜まりのない地域では暮らしていけない。常に気温は40℃近く、住むにはなかなか厳しい……が、我が国の水属性聖剣士を派遣したり、レイピアーゼ王国にある万年氷を輸出している。対してフレム王国は、フレム王国でしか取れない『熱石』という石を輸出している……こういう、魔力を通すと熱を持つ石だ」
マリアが見せてくれたのは、袋に入った石だ。
その袋に魔力を流すと、石が熱を持ち袋が温かい。
「あったかい。これ、ポケットに入れておきたいですねー……あったかあ」
「ああ、欲しいな」
「ふふ……そういうことで、この婚姻は互いを強く結びつける絶好の機会だ」
「あの……そんな重要な婚姻、取り消せるんですか?」
「…………まあ、な。フレム王国の王子とは顔見知りだ」
「顔見知り?」
「…………あ」
と、エレノアが何かに気付いたところで、宿へ到着した。
王都では中堅規模の宿だ。マリアは宿でお礼を言い、「ではな」と言って宿の中へ。
残されたロイとエレノアは、学園へ向かって歩きだした。
「婚約かぁ……ティラユール家にいたときは、俺もいずれ……なんて考えてたけど」
「…………」
「エレノア?」
「え? ああ……」
「どうしたんだよ」
「その、なんとなくだけど、マリアさん……ほんとは、ユノに結婚して欲しくないのかなーって」
『どういうことだ? 確かにあの女は強かった。一個師団を率いれば、侯爵級とも渡り合えるだろう』
「そういう意味じゃないし……ってか、意味わかんないし。ま、気のせいだと思う」
エレノアは、宿をチラッと見て思った。
もしかしたらマリアは、フレム王国の王子とやらが好きなのではないか。ほんの一瞬、フレム王国の王子の名前が出た時、顔が綻んだように見えた。
「…………気のせいだよね」
「何がだよ?」
『意味がわからんぞ』
「あーもう、うっさい!!」
ロイ、エレノア、デスゲイズは、ギャーギャー騒ぎながら学園へ戻った。





