聖剣士の勝利と新たな魔王
ロイは、大公園から離脱した。
ロセやララベルに面倒な質問をされるかもしれないし、『快楽の魔王』パレットアイズは、七聖剣士の五人が倒したということになっている。
戻っている途中、パレットアイズの『魔王聖域』が解除された。
ロイも路地裏で変身を解き、普通に町を歩く。
「終わったのか……『快楽の魔王』を」
『倒していない』
「は?」
『パレットアイズは倒していない』
「…………はぁ!?」
思わず叫んでしまった。
町では、素っ裸の男女が身体を隠しながら走っている。『蟲人間』になったとき、衣類が弾け飛んでしまったせいだろう。ロイの目の前で蟲人間化した学園の女子が、路地裏で涙目になりながらしゃがみ込んでいるのが見えた。どうやら裸で動けないらしい。
とりあえずパレットアイズのことを置き、ロイは制服の上を脱いで少女の元へ。
「あの」
「ひっ!? やだやだ、こっち来ないでえ!!」
「わ、わかったわかった。ほら、これ」
「え……」
「このまま隠れてて。きみの友達、呼んで来るから」
「……あ」
制服を渡し、ロイは走り出す。
学園まで戻ると、ちょうど女の子の友人がキョロキョロしているのが見えた。
ロイが近づくと、女の子はロイの元へ。
「あの、ミーナ……じゃなくて、栗色の、おさげの女の子見なかった!? あの子、虫みたいになって……でも、虫になった人、元に戻ったから!! あの子も」
「知ってる。ちょうど俺もそのこと伝えようと思ったんだ」
友達の女子に、ミーナのことを教えると、着替えを持って学園を飛び出した。
それを見送り、ロイは自分の部屋へ戻ろうとすると……寮近くの道で、声をかけられた。
「あ、ロイ」
「ろ、ロイ……」
「ん?」
どこから聞こえたのか。
キョロキョロすると、近くの藪からだった。
すると、藪からソロ~っとオルカが出てきた。
「……お前、何してんだ」
「た、助けてくれ」
「え?」
「その、服」
「…………ああ」
オルカは素っ裸だった。どうやらお菓子を食べて蟲人間になったらしい。
もしかしてと思い、少し離れた藪を覗くと。
「ひゃぁぁぁ!? ここ、こっち来ないで、見ないで!!」
「うお!? わわ、悪い」
藪の中には、同じく裸のユイカがいた。ロイに声をかけようとした瞬間にロイが覗いてしまったせいで、いろいろと見えてしまった……が、ロイは気付かないふりをして言う。
「二人とも待ってろ」
ロイはオルカの部屋から適当な部屋着を、自分の部屋から洗ったばかりの運動着を取りに行き、オルカへ渡し、ユイカに投げ渡す。
それから数分後。ようやく二人が出てきた。
「まいったぜ……ダンジョンからソッコーで戻ってきたらさ、お菓子いっぱい降って来たんだよ。で、ユイカと一緒に喰ったあとの記憶がない」
「あたしも……気付いたら素っ裸で、オルカと倒れてた」
「いやー、いいモン見れたぜ。はっはっは」
「うう~……オルカ、殺す」
「…………なんというか、お前らの話聞いてると何でもなかったように聞こえるな」
毒気を抜かれたロイ。
ユイカは「ロイ、あとで服返すから」と女子寮に戻り、ロイはオルカと戻った。
部屋に戻り、ロイはベッドに身を投げ……木刀状態のデスゲイズを手に取り、聞いた。
「で、パレットアイズは?」
『始末してない。というか……できなかった。あの状態の我輩では、辛うじてパレットアイズを上回る程度の力しか出せん。それでは、奴の『核』を破壊することはできなかった』
「……マズいだろ。じゃあ、パレットアイズは生きてるってことだろ!? あいつが戻ったら、お前の正体が」
『そこは大丈夫だ。あいつの脳を徹底的に弄り、ニセの記憶を植え付けた。油断したところを、五人の聖剣士に貫かれ、核を損傷した……ということになっている。まぁ、次の奴の手番が回ってくるまでは、何もできん』
「偽の記憶……それ、エレノアたちにも」
『ああ。パレットアイズとの戦い……我輩が一時的に顕現し、パレットアイズを追い詰めたことは、エレノアとお前しか知らん』
ロイは、薄ぼんやりと覚えていた。デスゲイズが一時的に封印を破り、パレットアイズを追い詰めたのを……だが、あれでもパレットアイズは死んでいない。
『あれは裏技のようなものだ。我輩もだいぶ力を消費したからな……ロイ、次こそお前が魔王を討てよ。さて、いろいろ話しておくことがあるな』
「……ああ。なぁ、デスゲイズ」
『ん?』
ロイは、木刀を自分の額にコツンと打ち付けた。
「ありがとな、お前のおかげで俺は……エレノアたちは、生きている」
『…………』
照れているのか、デスゲイズは何も言わなかった。
◇◇◇◇◇
快楽の魔王パレットアイズを、追い詰めた。
エレノアたち五人は、起き上がりこの事実を確認……魔王を追い詰めた事実を実感していた。
「アタシたち、すごいじゃん!! 魔王を、あの『快楽の魔王』を追い詰めるなんて!!」
「でも……魔王には逃げられちゃいましたねぇ」
「…………」
エレノアには、デスゲイズが植え付けた偽の記憶ということがわかる。だが、エレノアも強く実感している。なぜなら、エレノアにも偽の記憶が植え付けられているから。
パレットアイズの身体に炎聖剣フェニキアを突き立てた感触まであった。デスゲイズの正体がバレないようにの措置だが、あまりにも完璧でデスゲイズが噓を突いているように感じた。
ララベルの制服を着たユノは言う。
「……あれ、八咫烏は?」
「そういやいないわね。まあいいけど」
「とりあえず、このことを報告して、あとの処理をしないとねぇ」
ララベルとロセが歩きだす。
すると、ユノがエレノアの背中をトンと叩いた。
「わ、な、なに?」
「エレノア、喜んでない」
「え……?」
「魔王、追い詰めたのに。わたしたち、魔王に勝てそうだった」
「そ、そうね。あれ、サリオス?」
サリオスは、空を見上げていた。
そして、ゆっくりとエレノアとユノを見て言う。
「なあ、オレたち……本当に、魔王を追い詰めたのかな」
「「え」」
「なんというか……オレ、あんまり実感がなくて。吹っ飛ばされたような気はするんだけど」
勘がいいのか、それとも、デスゲイズの記憶操作が甘かったのか。
サリオスは、首を傾げながらウンウン唸る。
「と、とりあえず。やることいっぱいあるし、戻ろっか!!」
「うわっ!? あ、ああ」
「ほら、ユノも」
「お風呂入りたい」
「さすがに湯屋はやってないわよ。寮のお風呂行きましょ」
「ん」
エレノアとユノは歩きだし、サリオスはその後ろに続いた。
そして、サリオスは立ち止まり、もう一度だけ空を見上げた。
「八咫烏……不自然なくらい、奴の記憶もない。本当に、オレたちだけで戦ったのか……?」
◇◇◇◇◇
「はぁ、はぁ、はぁ……っっ、ああ、っあ、グァァァァ!!」
パレットアイズは、トラビア王国郊外にある古城の壁を殴り壊した。
「この、あたしが……あたし、が「負けたねぇ、パレットアイズ」
と───聞こえてきたのは、少年の声。
殺さんばかりの殺意を込めて声の方を睨むと、そこにいたのはササライだった。
何が楽しいのか、ニコニコしている。
「ササライ……」
「わかっただろ? 今の聖剣士は、舐めちゃいけないって」
「……ッ」
ギリギリと、歯が砕けんばかりに食いしばる。
聖剣士五人に刃を突き立てられ、命からがら逃げだした。
肉片と核だけの状態で這いずり、『魔王聖域』を解除、手足を再生させ、何とかこの古城まで逃げ帰った。
部下は全員死んだ。配下の魔界貴族も、何もかも。
「パレットアイズ、手ひどくやられたねぇ。核がほんのちょっぴり傷付いてる。今の聖剣士に、魔王の核を傷つけられるなんてねぇ……魔王がここまで追い詰められたのは、トリステッツァ以来じゃないか?」
「…………失せなさい」
「魔界貴族も、しばらくはキミの下に付きたがらないだろうね。キミは生きているけど、聖剣士に敗北した魔王だ。今のキミより遥かに弱い魔界貴族だけど、プライドはある。負けた魔王の下に付く魔族はいないよ? トリステッツァでさえ、手ひどくやられた時に全部失って、今の体勢を整えるのに七百年かかったんだ。あーあ、パレットアイズ……しばらく、お休みだねぇ」
「黙れェェ!!」
魔力がササライに向けて放たれる、が……一瞬で霧散した。
弱った今のパレットアイズの攻撃が、同格である魔王ササライに届くはずがない。
ササライは、パレットアイズの隣に一瞬で移動し、その肩を抱く。
「ふふ。しばらくバカンスなんてどうだい? ボクの領地にいいビーチがあるんだ。美味しい食事とお菓子を用意して待ってるよ」
「…………ッ」
パレットアイズの髪を掬い、軽くキスをして離れた。
舐められ、侮辱され───優しくされる。
ササライが消えた後、パレットアイズは涙を流して言った。
「聖剣士……覚えてなさい!!」
◇◇◇◇◇
レイピア-ゼ王国にある、かつて栄えた小さな領地にある町。そして砦。
レイピアーゼ王国は雪と氷と吹雪の国。あまりにもひどい大雪により、一晩で小さな村や集落が埋まり、氷漬けになることは珍しいことではない。レイピアーゼ王国には、そのように『雪』が原因で放棄された村や集落が山ほどある。
そんな小さな村にある砦の一つに、顔色の悪い男がいた。
「うっうっ……ぱ、パレットアイズ殿が、ま、負けた? うぅぅ……これから彼女を待つのは、『負けた魔王』というレッテル……!! わ、我が、我がそのレッテルを払拭するのに、七百年!! これから彼女は、七百年かけ、全てを取り戻さねばならない……!!」
酷い顔色の男だった。
漆黒の髪はヨレヨレで、肩にかかるほどの長さ。
真っ蒼な顔。顔立ちは悪くないのだが、つねに泣いているのか目元はガサガサで、口は堅く結ばれ、眼は真っ赤に充血している。
身体つきも、不健康そのものだ。ゆるいシャツから見える胸元にはアバラが浮いており、手も足も病人のように細い。
「ち、力になりたい……う、うぅぅ、わ、我が、彼女のためにぃ!!」
ボロボロ泣きだし、髪を搔きむしる。
すると、真っ蒼な顔をした包帯だらけの女が、ゆらりと現れた。
血濡れの女だ。包帯を巻いているのに、所々に血のシミがある。
両足がなく、錆だらけの車椅子をキィキィと漕ぎながら止まった。
「…………王」
「あ、あぁぁ!! ね、ネルガルゥゥゥ!! ほ、包帯は替えたのか!? ああ、あああ……こ、こんな血に濡れて……っ!!」
「平気です…………どうせ、治りませんし」
「あぁぁ!! そそ、そんなことを言うなぁぁぁぁぁ!! わ、我が、我が、どんな気持ちでェェェェェェェ!!」
泣きながら、男───トリステッツァは、ネルガルと呼ばれた女の肩を揺さぶった。
揺さぶりすぎ、指が肩に食い込んでさらに出血しているが、トリステッツァは気付かない。
そして、揺さぶられながらネルガルは言った。
「王、手番です…………」
「!!」
トリステッツァの手が、ピタリと止まった。
「王、これから、王の手番…………」
「…………あぁぁ」
「なに、します?」
「…………ぐすっ」
トリステッツァは涙を拭うが、すぐに涙があふれ出す。
「この悲しみを、我の『嘆き』を…………人間に」
「…………はぁい」
魔界貴族公爵『疫病』のネルガルの口が、三日月のように歪んでいた。
ついに始まろうとしていた。
この、雪国である『氷聖剣』が守護するレイピアーゼ王国にて。
「我は……ただ、悲しい」
『嘆きの魔王』トリステッツァの手番が、始まる。
第二章はここまで!
次回から新章です!





