魔界貴族公爵クリスベノワの『討滅城』⑧/色欲の力
ロイは、内心ドキドキだった。
(マジで大丈夫なのかよ、おい!!)
『クリスベノワは、直接戦闘向きの公爵級ではない。大半の魔力を『制限』に使っている。今も、この部屋から動いてないのは、この部屋に聖剣士を出迎えるための『制限』を設けているからだ。侯爵級を四人屠ったお前なら、倒せるはずだ…………たぶん』
(そのたぶん、ってのやめてくれ!!)
隠し通路から一気に最上階まで来ると、城主の間にクリスベノワがいた。
というか、全力で気配を隠蔽し、隠れて狙撃するつもりだったのに、部屋に侵入した時点で気付かれてしまったのだ。
カッコつけて「三分以内にケリを付ける」と言ったが、正直なところ勝利も危うい。
『ともかく、いつも通り確実に殺せ』
(───……了解)
いざ、戦闘開始───と、思った瞬間だった。
唐突に、入口のドアが開いて三人の聖剣士……サリオス、エレノア、ユノが入ってきたのだ。
「っ」
「ほう、早かったですね」
その通り、とロイは思った。
想定よりも、エレノアたちの攻略速度が速い。
これは、戦いの中でエレノアたちが成長したことで、ダンジョンの攻略速度が早くなっているからだ。そして、財宝部屋などを無視して、ひたすら登り続けたということもある。
まさか、たった一日で最上層まで来るとは、ロイもクリスベノワも考えていなかった。
「一日で二十層であるこの『討滅城主の間』まで来るとは。少々、あなたがたを侮っていたようだ」
「お前が、このダンジョンの守護魔獣か!! ん……?」
サリオスの眼が、ロイを───『八咫烏』を射抜く。
「───ッ」
エレノアが「ロイ」と呼ぼうとしたが、声が出ない。
ユノは首を傾げ、『八咫烏』を見ていた。
城主の間に入ってきたのは三人。正規の方法で侵入したロイは、『部屋に三人だけ入場可能』という『制限』に引っかからなかったようだ。
クリスベノワは「仕切り直しだ」と言い、玉座に座り直す。
サリオスは、八咫烏を警戒しつつもクリスベノワを見ていた。
「いい目をしている。ククク……我が名はクリスベノワ。『快楽の魔王』パレットアイズ様の側近である」
「クリスベノワ……お前、あの声の男か」
「いかにも。ふふ、我が『討滅城』はどうだった? お前たちの収納には、我が城の財宝が詰まっているようだ……楽しんでいただけたようで、我も嬉しいぞ」
「ざ、財宝はその……まぁ、もらっておくわ!! それより、ダンジョンの核はどこ!?」
エレノア、お前……とロイは思った。
すると、クリスベノワは自分の心臓を指でトントン叩く。
「ここ、だ。この『討滅城』の核は、我の心臓と一体化している。つまり……我を倒さねば、このダンジョンは消えん。あと二十日もすれば、城からあふれ出したダンジョンが、トラビア王国を覆い尽くすだろう」
「その前に倒せばいい」
ユノがレイピアをクリスベノワに突き付ける。
サリオスとエレノアもクリスベノワに剣を向けていた。
「ククク……若いな、実に若い。お前たち三人程度で我を倒そうなど、愚の骨頂」
「やってみないとわからない!! エレノア、ユノ、力を貸してくれ!!」
「当然!!」
「凍らせる」
「ふぅむ……城に入った当初より力が増している。自信の原因はそれか? まぁいい。無駄だと思うがね」
と───クリスベノワは気付いた。
「…………ほう」
八咫烏の姿が、消えていた。
◇◇◇◇◇◇
『ステルスを全開にすれば、クリスベノワの気配探知も辛うじて反らすことができるな』
ロイは、ステルス機能を全開にして、部屋に飾ってある全身鎧の背後に隠れていた。
エレノアを見ると、視線だけでどこかを探っている。ロイを探しているのだろう。
『どうする』
(決まってる。俺の役目は直接前に出て戦うことじゃない……)
『そうだったな。フッ……』
デスゲイズは笑った。
そして、戦いが始まった。
「行くぞクリスベノワ、たとえお前がどれだけ強くても、オレたちは負けない!!」
『青臭いガキだな……あんなセリフ吐いて恥ずかしくないのか?』
デスゲイズがぶち壊すが、ロイにしか聞こえていないのが幸いだった。
クリスベノワは立ち上がると、赤ワインのボトルに向かって指をパチンと鳴らす。すると、中のワインが意志を持ったようにボトルから吐き出され、まるでスライムのような形となる。
「『制限』───『この空間内では、我の許可なく水、またはそれに連なる属性を使役することは不可能』」
「えっ」
と、ユノの『氷聖剣フリズスキャルヴ』が纏っていた冷気が消え、氷が蒸発した。
『液体無許可』が、二つめの制限。
同時に、ワインが刃のようになり、ユノに向かって飛んで来た。
「『灼炎楼・炎旋華』!!」
だが、エレノアが割り込み、剣を回転させて《炎の盾》を作り、ワインを蒸発させた。
「はぁぁぁぁっ!!」
その間に、サリオスはサザーランドを双剣状態にして斬りかかる。
だが、クリスベノワは、おつまみ用の肉のソテーに使ったナイフを掴み、サリオスの斬撃を片手でしのぎ始めた。
ギンギンギン!! と、ナイフと剣による金属音が響く。
そして、エレノアがバーナーブレードでクリスベノワの真横から斬りかかるが、クリスベノワは右手の人差し指で、エレノアの剣を直前でぴたりと止めてしまった。
「『制限』───『炎は、我の許可なく燃え盛ることが不可能』」
「なっ」
エレノアが炎が消え、バーナーブレードが通常剣に戻る。
三つ目の制限は『炎無許可』だ。
「エレノア、下がれ!!」
「だったら、普通に斬る!!」
「ふっ───」
と、クリスベノワが微笑を浮かべた瞬間、両腕を振り上げたエレノアの脇から、『矢』が無音で飛んで来た。これにはクリスベノワも驚き、エレノアの剣を止めようとした右手で矢を掴み、首をひねってエレノアの剣を躱す。
エレノアの剣は、玉座に深く刺さる。
「レイピアーゼ流細剣技、『テュシュ・ドロア』」
「ッ!!」
そして、さらにエレノアの隣から、高速で剣が突き出された。
氷の力を封じられ、ただのレイピアとなった剣。レイピアーゼ流最速の『突き』が、クリスベノワの額を狙って向かってくる……が。
「無駄ですな」
「えっ」
レイピアは、クリスベノワの額に刺さらなかった。
それどころか、傷一つ付かない。皮膚で止まっている。
「『制限』───『聖剣士の斬撃は我の許可なくダメージを与えることは不可能』
「「「なっ」」」
クリスベノワは、ナイフとフォークを捨てた。
エレノアとサリオスの斬撃がヒットする……が、斬撃は皮膚で止まっていた。服も傷つかず、硬い岩を叩いたような衝撃が、エレノアとサリオスの腕に響いた。
『斬撃不許可』が、四つ目の制限だ。
「我は、この空間内に『制限』を設けることが可能です。つまり……炎、光、氷の聖剣を持つあなた方が来ると知っていれば、いくらでも対処はできるのですよ」
「ず、ずるい……!!」
「はっはっは。ずるいとはまた、随分と幼い思考のようだ。これは戦いではなく、殺し合い。死んだ後に文句は言えませんなあ」
「くっ……」
エレノア、サリオスが距離を取り、ユノも傍へ。
「なら「ああ、当然ですが」
と、サリオスのサザーランドの光が消えた。
当然のことだが、三人の聖剣は無効化される『制限』が掛けられていた。
でも、サリオスは諦めない。
「まだ……まだだ!! 聖剣が力を失っても、まだ」
「まだ、気付かないのですかな」
「え……?」
クリスベノワが立ち上がる。
すると、クリスベノワの背からコウモリのような翼が生え、頭にツノ、口から吸血用の牙が生え、天井にぶら下がっていたコウモリがクリスベノワに集まり、まるでマントのような形となった。
同時に、恐ろしいほどの『圧』が、三人を襲う。
「本来なら、『制限』など使わずとも、あなた方を始末するのは容易いのです。ですが……我が主パレットアイズ様は、快楽をご所望だ。あなた方で遊び、楽しんだ後に殺す……そう、結果は決まっているのですよ」
「「「……っ」」」
ビリビリとした強烈な圧に、三人は青ざめていた。
◇◇◇◇◇◇
ロイも、攻めあぐねていた。
魔界貴族『公爵』の力を舐めていたわけではない。だが、力を解放したクリスベノワの『圧』は、ロイが今まで対峙し、退治してきたどの魔獣よりも強烈だった。
矢が心臓を貫くイメージが持てない。
隙を伺って射っても、軽々と防御されるイメージしか湧かない。
『ロイ』
(どうする、どうする……音無矢でも不意は付けない。姿隠矢は……ダメだ、姿が見えないだけの矢じゃ意味がない。魔喰矢……いけるか?)
『ロイ、聞け』
(なんだよ、今忙しいんだ)
ロイは考えていた。
デスゲイズは「ふっ」と笑う。この相棒は、クリスベノワを討伐することしか考えていない。今ある力だけで、どうやって倒せばいいのかを考えている。
都合のいい『力』になど、決して頼ろうとしない。
だからこそ、デスゲイズは認めた。
『ロイ、お前を認めよう……新たな権能を、お前に授ける』
(えっ)
『ククク、さぁ……お前に、この力を使いこなせるかな?』
ロイの頭の中に流れて来たイメージは、とんでもないモノだった。
(な、なんだ、これ)
『力は授けた。後の使い方は任せる……その代わり、死ぬなよ』
(無茶言いやがる……でも、試す価値はあるな)
絶体絶命に変わりはないが、ロイは笑っていた。
「大罪権能『色欲』装填」
同時に、デスゲイズの形状が変化する。
溶けるように小さくなり、ロイの右腕と同化した。
ロイの肘から先は、漆黒の籠手に変化した。ロイが念じると、籠手の上部分が展開し、小型の弓となる……籠手と一体型の『短弓』となった。
矢筒も、背中から腰に位置が変わり、コートの装飾や装備、仮面の視界も変わった。
デスゲイズは、どこか満足そうに言う。
『今までのが『狩人形態』だとしたら、これは『野伏形態』といったところか』
新たな姿へひっそり変わったロイは、腰の矢筒から短矢を抜き、籠手にセットした。
(今度こそ、三分以内にケリを付ける───……行くぞ)





