魔界貴族公爵クリスベノワの『討滅城』⑦/遭遇
ユノは、氷聖剣フリズスキャルヴを《鞭剣》形態にし、飛んでいた『ダンジョングリフォン』を拘束、凍らせ、そのまま地面に叩き付けて粉々に砕いた。
たまたま、なんの制限もない部屋に到着したが……敵が非常に厄介だった。
「みんな、怪我しないでね」
ユノの指示はそれだけ。
そもそも、ユノは前に立って仲間を引っ張るようなキャラではない。
そういうのは、自分の役目ではない。
だからこそ、混乱する。
「こっちに援護頼む!!」「指示をお願いします!!」
「こっちだってこっち!!」「ぐぁぁっ!?」
大混乱……とまでは行かないが、指示が曖昧なせいで、怪我人が出始めていた。
現在八階層。広いホールに入ると、天井付近を飛んでいた『ダンジョングリフォン』という鳥型魔獣が、一気に襲い掛かってきたのである。
地上を歩くゴブリンやコボルトならともかく、空を飛ぶ魔獣と戦ったことのない生徒がほとんどだ。二年生たちが魔法で攻撃しているが、追い付いていない。
「…………」
ユノは無言で鞭剣を振るう。
表情こそ変わらないが、内心では焦っていた。
(このままじゃ……)
全滅、とまではいかない。だが……怪我人が多くなり、撤退を考えなくてはいけない。
空を飛ぶ敵。これらを一掃したい。
ユノがそう考えていると。
「……え?」
氷聖剣から、イメージが送られてきた。
ユノの気持ちに、氷聖剣が応えてくれた。
ユノは迷わず頷き、氷聖剣フリズスキャルヴに命じた。
「氷聖剣・第三形態」
なんと、細剣の刀身が縮み、鍔と柄だけになる。
鍔が割れて広がり、柄も分離して形状変化。その二つがまるで歪なリングのような形になった。
そして、リングから冷気が発せられ凍り付く。その氷の形状は、雪の結晶のように美しく、透き通っていた。
「『氷円転輪』……せーのっ」
ユノは、『投輪』となった二つのリングを投げた。
チャクラムに触れたグリフォンが凍り付き落下。ユノと繋がっているチャクラムは、空中である程度の操作が可能だった。
チャクラムを両手でキャッチし、ユノはくるっと回転する。
冷気を纏い、チャクラムを両手に持ち回る姿は、さながら氷の妖精。生徒たちはユノに釘付けだった。
「これ、いいかも」
そう呟き、ユノは残った敵の殲滅を開始した。
◇◇◇◇◇◇
サリオスは、『長槍』となった光聖剣サザーランドで、無双していた。
「だぁぁァァァァァッ!!」
第三形態『光長槍ランスオブライト』は、長剣、双剣に続く三つ目の形態。
サリオスの願いに応じて変形を果たし、仲間たちから羨望の眼差しを受けていた。
現在、十三階層。制限は『一名のみ、聖剣を振るうことが可能』という厄介なものだった。
チームを分け、ここまで進んで来た。分かれたチームの中では、最も早い攻略だ。
広いホールに現れたのは、一匹だけの魔獣。
頭に角が生えた、禍々しい馬の魔獣。『ユニ・スレイプニル』だ。鎧のような外皮のおかげで斬撃が効かず、突きによる攻撃を繰り返していたところ、光聖剣サザーランドが変形したのであった。
「みんな、援護を頼む!!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
聖剣は振れないが、盾としては使える。サリオスに同行している生徒は、迷うことなく剣を構えた。
サリオスは、決して一人で戦おうとしない。
光聖剣サザーランドの所持者であり、七聖剣士最強となるべく生まれた剣士だ。
かつては自惚れていたが、今はもうその影はない。
仲間を守り、仲間を頼り、勝利を掴む。そのために戦う剣士として成長しつつある。光聖剣サザーランドがサリオスに応えたのも、当然の結果だ。
「必殺!!」
仲間五人が前に出て『ユニ・スレイプニル』と対峙している間に、サリオスは態勢を低くする。
サリオスの身体が光に包まれると同時に、光の速さでサリオスは槍を構えて突進した。
「『シャイニング・スピア』!!」
ボッ!! と、『ユニ・スレイプニル』の身体が消滅。首だけがゴロンと落ちた。
魔獣が完全に消滅すると、宝箱が現れる。
「よし!!」
「「「「「やったぁ!!」」」」」
仲間たちはハイタッチ。サリオスに飛びつかんばかりに喜んだ。
「みんな、宝箱を開けよう。ふふ、何が入っているかな?」
サリオスが宝箱を開けると……そこには、大量の宝石が入っていた。
「「「「「「おおお~……!!」」」」」」
「す、すごいな。どれも見たことがない宝石だ……」
サリオスのチームには女子が三名いるが、その女子たちがキラキラした眼で宝石を見ている。男子もまた、羨ましそうにしていた。
サリオスは、少しだけ考えて頷く。
「みんな、一つだけ持っていこう。あとはオレの収納に入れておくから」
「「「えっ」」」
「で、ですが殿下。ダンジョン内で見つけた財宝には、提出義務が」
「命懸けで戦ったんだ。報酬くらいもらっていいだろう?」
サリオスは、悪戯っぽく笑う。
人差し指を口に当て、どこか子供っぽく。
すると、男子の一人が噴き出した。
「プっ……まさか、殿下がそんなことを言うなんて」
「あはは。いいじゃないか。もしバレたら、立場を振りかざして守ってやる」
「あははっ、それ本気ですか?」
全員、笑っていた。
本来はいけないことなのだが……戦いに勝利した余韻と、団結力が、それを許していた。
それぞれ、宝石を一つずつ取り、残りはサリオスの収納へ。
「いいかい、他の人にも言っちゃダメだぞ」
「「「「「はい!」」」」」
サリオスたちは笑い合い、次の階層へ向かった。
◇◇◇◇◇◇
クリスベノワは、『討滅城』の最上階にある『討滅城主の間』にある玉座に座り、優雅にワインを飲んでいた。
「フゥム……いい味だ。人間が作るワインの味は、魔族には真似できん……ワインに関しては、人間という種族がいかに素晴らしいものであると認めなければならん」
ワイングラスを揺らし、赤いルビーのような液体を眺める。
そして、別のグラスに透き通るような琥珀色の白ワインを注いだ。
「そして、白……」
匂いを嗅ぎ、一口……ぶるりと震え、ゆっくり目を開ける。
「素晴らしい」
それしか出てこない。
そして、静かな空間の中で語る。
「私の能力は『制限』……私は、空間内に最大『七つ』の制限事項を設けることができる。今は一つずつ制限を設けているが、その気になれば……フフフ」
そう言い、ワインを飲む。
「ふぅ……私の配下である四人の『侯爵級』は、愚かだった。能力を使わず、人間を舐めくさり、魔性化に溺れ、命を散らした……魔族の風上にも置けぬ愚か者よ。この戦いが終わったら、新たな『侯爵級』を選別し、ダンジョンの管理を任せねばならん。次は、決して手を抜かず、自己に溺れぬように鍛え直さねばな」
赤ワイン、白ワインと交互に楽しんだクリスベノワ。
最後に、スパークリングワインのコルクを開け、細長いワイングラスに注ぐ。
「デザートだ。フフフ……そろそろ、聖剣士たちがやってくる。その前に、教えておこう……最初の『制限』は、『七聖剣士三名のみ入場可能』だ。なぁ? 聞こえているんだろう?」
次の瞬間、クリスベノワのグラスが砕け散り、クリスベノワは心臓部分を守るように手をかざす。すると、ほんの少し遅れて『何か』がクリスベノワの手に命中した。
「ほう、グラスを狙い、ほんのわずか注意がグラスに向いた隙を狙って、心臓を狙うか……しかもこれは『矢』だな? そろそろ、姿を見せておくれ……『八咫烏』」
ゆらりと、柱の影から現れたのは……漆黒のコートを纏い、仮面をかぶり、フードを被った『何か』だ。
肌の露出が一切ない。目の前にいるのに『いない』ように錯覚するほど希薄な気配。
「風のダンジョンに現れた暗殺者か。ふむ……このダンジョンに入れるということは、十五歳から十七歳の子供だね。七聖剣士……ではないな」
「…………」
八咫烏───ロイは、無言で矢筒から矢を抜き、番える。
『確実に殺せ』
デスゲイズの声。
クリスベノワには聞こえていない。
ロイは、ポツリと呟いた。
『三分以内にケリを付ける───……行くぞ』





