吹き荒ぶ『螺旋風の塔』②/なりふり構わず
「この辺かな……? おいデスゲイズ、大丈夫だろうな」
『ああ、魔族の気配はない』
「よし、じゃあ───行くぞ」
ボゴン!! と、『螺旋風の塔』第一階層の床が、弾け飛んだ。
竜巻を消せないのなら、竜巻の外……つまり、地中を進んで来たのである。地面ならザオレンには察知できない。
だが、床が割れたということは知られてしまう。
『どのみち、侯爵級が三人始末されたことは知られている。恐らくだが……このダンジョンでは、奴が直接現れる可能性が非常に高いだろうな』
「ヤツ?」
『ザオレン。ダンジョンの管理者であり、パレットアイズ配下では最後の侯爵級だ。ザオレンは非常に短気だ。「ゲーム」を盛り上げるために、ある程度聖剣士たちで遊んだら、奴自身で始末をつける可能性は大いにある』
「つまり、殿下たちと侯爵級の直接対決か」
『ああ。だが……やや不利だろうな。サリオスは気合が入り聖剣の変形も獲得したが、まだまだ甘い。ドワーフは実力こそ高いが、侯爵級を相手にするには難しい。もう一人のエルフは知らんが、ドワーフと同レベル程度と考えるなら、やはり難しいな。三人で協力して、初めてザオレンの相手ができるだろう。だが、『魔性化』を使われたら話は別だ』
「…………つまり」
『お前の出番だ。こっそり援護して、隙を作れ。そのくらい今のお前は朝飯前だろう?』
デスゲイズは当たり前のように言う。
だが、ロイは周囲を見て「うーん」と唸った。
「難しいな……この塔、階段と部屋だけしかない」
螺旋風の塔は、円柱の塔であり、ダンジョンのように入り組んだ迷宮や遺跡、洞窟のような道があるわけではない。円柱状の部屋がいくつも積み重なった特殊なダンジョンで、身を隠せる場所がほぼないのだ。
こんなところで、ロイの狙撃による援護が入れば……?
「俺が狙撃したってバレるかも。殿下はともかく、聖剣騎士団の部隊長や、先輩聖剣士の生徒会長やララベル先輩なら、隠れた俺に気付くかもしれない」
『そこはなんとかしろ。ほれ、サリオスたちが攻略したおかげか、次に進める扉が開いている。さっさと合流するんだな』
「へいへい」
ロイはため息を吐き、首をコキコキ鳴らして言う。
「半日以内にケリ付けてやる───……行くぞ」
ロイは『狩人』になり、魔弓デスゲイズを手に次の階層へ向かった。
◇◇◇◇◇◇
「ハァァッ!!」
サリオスは、『光』を纏わせた双剣を振るい、襲い掛かる『ダンジョンコボルト』という二足歩行の野良犬のような魔獣を斬り伏せていた。
その双剣の手捌きは、かなりのもの。
ララベルは、聞いてみた。
「ね、サリオス。あんた元は双剣使いだったのよね? どうして双剣を使おうって思ったの?」
「あ、いや……その」
「なに? 言いにくいこと?」
「ララベル。サリオスくんに構ってないで攻撃しなさい!」
現在戦闘中。
ララベルは双短剣を振るい、ダンジョンコボルトを斬り伏せている。同じ双剣なので興味がわいたのか、サリオスの戦いに興味がわいたようだ。
「その、笑わないでくれるとありがたいんですけど……」
「お。教えてくれるんだね」
「もう、ララベルってば……サリオスくん、ララベルに付き合わなくてもいいのよ?」
ロセは大斧を両手に持ち回転。一度に二十以上のダンジョンコボルトが吹っ飛び、消滅した。
サリオスは、恥ずかしがりながら言う。
「その……剣が一本より、二本のが強いと思いまして。双剣のが、一本の剣よりも強いから鍛えていたんです」
「「…………」」
「あ、あはは……子供っぽいですよね」
「そんなことないわよ。正直、あんたの双剣士としての腕前はかなりのものね。その剣の振り方、自己流?」
「はい。トラビア流剣術は叔父から習いました。双剣はその、我流です」
「……我流ね」
かなりの完成度である双剣技であり、自己流とは驚いた。
まだまだ強くなる。ララベルはそう思った。
「ね、サリオス。双剣使うなら、アタシがいろいろ教えてあげよっか?」
「ほ、ホントですか!? 嬉しいです!!」
「まま、まったぁ!! ら、ララベルは、これが終わったら国に帰るから」
「帰らないわよ。学園に通うし……くっくっく」
「なな、なに笑ってるのよぉ!!」
「あ、あの……会長、どうしたんです?」
「ふっふっふ。こいつの意外な弱点を見つけただけ。あー楽しい」
「…………ふんっ」
「あいだぁ!?」
ロセの倒したダンジョンコボルトが持っていた棍棒が折れ、その一部がララベルの頭にコツンと当たった。
「な、何すんのよ!!」
「あ、ごめんねぇ? ほらほらララベル、前見て前」
「あっぶ!? ロセ、あんた喧嘩売ってんの!?」
ロセが(わざと)倒し損ねたダンジョンコボルトが、ララベルの背後から迫っていた。ララベルはコボルトを引き裂きながら、ロセに向かってキレていた。
だが、ロセはクスクス笑うだけ。それがララベルに火を付けた。
「ふんっ!!」
「きゃぁっ!? ああ、危ないでしょぉ!!」
「あーらごめん。ほれほれ、前見なさいよ前」
「きゃぁっ!? もうララベルぅ!!」
「お返しよっ!! ほれほれ」
「もう!! 私も怒っちゃうからね!!」
「あ、あの……魔獣、もういませんけど」
いつの間にかダンジョンコボルトが全滅し、ギャーギャー言いながら騒ぐロセとサリオスの声が響き渡った。
◇◇◇◇◇◇
ロイは、階段傍でサリオスたちの戦いを見守っていた。
手に持った矢は、矢筒の中に戻した。
「……なあ。今回は俺、本当にいらないんじゃ」
『どんなことでもイレギュラーは起きる。用心はしておけ』
「……わかった」
ロセもララベルも強い。後ろに控えている聖剣騎士団の部隊長が何もできないほど強い。
サリオスも、以前見た時より強くなっていた。
「こうやって、聖剣士は成長していくんだな……」
『……お前は何を言ってるんだ?』
「俺も、もっと頑張らないと」
『…………』
それから、サリオスたちを追いつつロイは階層を登っていく。
数時間は経過しただろうか、恐らく、そろそろ夕食の時間だろう。
サリオスたちは、荷物持ちから『完全栄養食』をもらい食べている。豆や野菜などを柔らかく煮込んですり潰し、小麦粉で固めて焼いたものだ。砂糖が入っているので甘いお菓子のようなものらしいが、正直美味くないとエレノアが言っていた。
ロイは、持参したパンを齧る。
「……まだ進むのかな。メシ食ってるし、帰る気なさそうだ」
『この塔は確か、五十階層ほどだったか。現在二十階層……まだまだ、先は長い』
「はいはい。がんばりますよ、って」
食事を終え、サリオスたちは次の階層へ。
こうして、今日一日だけで二十五階層まで進んだ。
◇◇◇◇◇◇
二十五階層にて。
「今日はここまで、ね」
「は、はい……」
「ふふ、疲れたかな?」
「い、いえ……まだ、いけます」
「無理しない無理しない。サリオスくん、今日はすっごく頑張ってたもんねぇ。はい、いい子いい子」
「あ、あの……」
ロセは、サリオスの頭を撫でる。
それが恥ずかしかったのか、サリオスは顔を赤くしてそっぽ向いてしまう。
ララベルはそれを見て、クックと笑っていた。
「いやー、お姉さんねぇ、ロセ」
「別にいいでしょ。ほら、あなたも撤収準備」
「はいはい」
魔獣を倒し、安全となった空間のせいなのか、全員気が抜けていた。
ロセも、サリオスも、ララベルも、剣をすでにしまっている。
ほぼ何もしなかったカレリナ、ミコリッテも、撤収作業をしていた。
だから───……油断した。
「───まずい」
気付いたのは、ロイ。
矢を番えようとしたが、「射ったらバレる」と身体がすくんだ。
次の瞬間、天井に張り付いていた『スケルトン・グリフォン』が急降下してきた。
「「「えっ」」」
ロセも、サリオスも、ララベルも反応が遅れた。
カレリナ、ミコリッテも気付いた時にはすでに遅い。
「───ララベルッ!!」
「ッ!!」
だが、ロセよりも速い風のような抜刀で、腰から双剣を抜いたララベル。
スケルトン・グリフォン。
周囲に同化する『偽装』魔法を、常にかけている魔獣。
この『螺旋風の塔』の守護魔獣が、二十五階にいることに納得できないが……ララベルは、その攻撃を何とか受け止めようとした。
が、間に合わない。
「このっ───……っ、え」
『ッガ』
その強靭な爪で引き裂かれる───……と、思ったが。スケルトン・グリフォンの身体が一瞬だけ震えて止まったおかげで、ララベルは受け止めるよりも回避することができた。
横っ飛びして攻撃を回避。
その間、ロセとサリオスも剣を抜いていた。
「ロセ!!」
「ええ!!」
体勢を立て直したララベルと、斧を構えたロセが同時に飛び出す。
ララベルは一瞬でスケルトン・グリフォンに接近、短剣で両足を斬り、短剣を投擲してグリフォンの翼に突き刺す。
動きが鈍った瞬間、ロセが振りかぶった大斧が、スケルトン・グリフォンを一刀両断した。
スケルトン・グリフォンは完全消滅。ダンジョン核がコロンと転がった。
「あ、あっぶなぁ……」
「ララベル、大丈夫!?」
「え、ええ……」
「なんで、こんなところにダンジョンの守護魔獣が……しかも、オレたちが撤収する隙を突いたような攻撃をするなんて」
「…………」
「ララベル、核を」
「ええ」
ララベルは核を手に取ろうとしたが、核がふわりと浮き上がった。
「やるじゃねーか」
そして、いつの間にかにいた女性が、その核を弄び……大きく口を開け、飲み込んでしまった。
「光栄に思えよ? ダンジョンの管理者が、こうして姿を見せるなんて、数百年ぶりなんだ……この『荒巻』のザオレン様が、お前たちを褒めに来てやったぜ」
パンクなファッションをした、ピアスまみれの女性だった。
舌をペロッと見せると、舌にもピアスが大量に付いている。
「本来なら、ダンジョンの魔獣や仕掛けで殺すんだけどよ……もう、終わりだ」
ザオレンは、首をコキっと鳴らし……ニヤリと笑った。
「聖剣士、テメーら全員、皆殺しだ」
こうして、サリオスたちと魔界貴族との戦いが始まった。





