『地底宝物殿』の財宝⑤/魔界貴族侯爵『財宝』のボッグワーズ
ボッグワーズが指を鳴らすと、制御室全体に警報が鳴り響いた。
「今更だけど、きみ……聖剣士じゃないのかい? 弓なんて持って……暗殺者か何か?」
「…………」
『探られている。ロイ、絶対にこいつを逃がすな。確実に殺せ』
ロイは返事をしない。頷かない。
ボッグワーズに、何一つとして情報を渡すわけにはいかない。
ロイは矢筒から一気に十本の矢を抜き、背後のドアが開くと同時に三本同時に射る。
入ってきた男爵級の心臓にある『核』を正確に射抜き、三人はほぼ同時に蒼炎に包まれ消滅した。
そして、ボッグワーズに向けて残りの矢を全て放つ……が、ボッグワーズは椅子を回転させ、椅子の背で全てを受けた。
「すごいな、きみ。超一流の暗殺者だったのね」
暗殺者ではなく狩人。そう叫びたかったが、声は出さない。
床の振動で、こちらに向かってくる大勢の男爵級を感じた。
数は十ほど。大した数ではない。
ロイは部屋を飛び出した。
「あっはっは、逃げ道は全部封鎖したよ~?」
ボッグワーズは、ロイが逃げると考えたようだ───……当然、逃げるつもりなどない。
ロイはミスリル製の矢を抜き、手に魔力を漲らせる男爵級たちを射抜く。
『男爵級は魔法を使って戦う。武器を持つ者も多い、油断するなよ』
部屋から飛び出してきた男爵級は、剣を持っていた。
魔力操作で身体能力を上げている。ロイに向かって振り下ろさた剣は、紙一重で躱され、カウンターでハイキックを側頭部に叩き込む。
壁に激突した男爵級に、ロイは矢を叩き込んだ。
『ロイ、さっきの召喚部屋に行け!! あそこの魔法陣を潰しておかないと、聖剣士たちが殺されるぞ!!』
ロイは小さく頷き走り出す。すると、召喚部屋から、鉛色の鎧を装備し斧を持ったギガントオーガが現れ、ロイに向かって威嚇をした。
だが、ロイは怯まない。獲物の威嚇なんて、日常茶飯事だ。
ロイは矢を二本抜き、ギガントオーガに向かって真っすぐ進む。
『グォォォォォォォッ!!』
ギガントオーガが斧を振りかぶり、振り下ろす。
同時に、ロイは矢を二本射ると、ギガントオーガの両目に矢が突き刺さった。
そして、三発目の矢を脳天へ。ギガントオーガは倒れ消滅した。
召喚部屋に入ると、男爵級たちが慌てて召喚をしている。ロイは一切の慈悲を与えず、ほぼ同時に五発の矢を放ち全員を始末した。
『魔法陣の一部を傷つけるだけでいい。それだけで機能不全を起こす』
ロイの矢は。魔法陣の一部に刺さる。すると、魔法陣が輝きを失った。
『よし、これで魔獣は召喚できない』
「エレノアたちは……」
『信じろ。奴らも成長している』
「…………」
『お前は、お前がすべきことを』
「……っ」
ロイは頷き、魔弓デスゲイズを握る。
そして、矢筒から一気に矢を掴み、召喚部屋から飛び出す。
魔界貴族が何人かいたが、ロイが事前に数を減らしていたので少ない。
「クソ、なんでこんな少ないんだ!!」
「奴がやったのか!?」「おい、増援───っが!?」
現れる魔界貴族たちに、連続で矢を叩きこむ。
『もう、男爵級程度はお前の敵ではないな……』
ロイは走り、ボッグワーズがいた部屋に飛び込む……だが、そこには誰もいない。ボッグワーズが座っていた場所に、不自然な穴が空いていた。
『絶対に逃がすな!!』
ロイは頷き、迷わず穴に飛び込んだ。
◇◇◇◇◇
ロイが穴に飛び込むと、立って歩けるくらい広い穴だった。
「何だ、ここ……」
そして、穴は微細な振動を繰り返している。
まるで、何かが『堀り』進んでいるかのように。
すると……振動が大きくなってきた。
「───ッ!?」
次の瞬間、ロイの真横から何かが飛び出してきた。
『ブハッハッハッハッハァァァ!!』
「───!!」
それは、『モグラ』だった。
巨大な、かなりのデブモグラが、横穴を掘って飛び出してきたのだ。
ロイは瞬時に前に飛び、前転しながら矢筒から矢を抜く。だがデブモグラことボッグワーズの『魔性化』形態は、再び穴を掘って消えてしまった。
『どうやらここでケリを付けるようだな』
「……モグラ狩りか。普通とは違うやり方だけど、まぁいける」
ロイは、矢筒から何本か矢を抜こうとする。
「……違うな。貫通力が欲しい……もっと、こう……」
ブツブツ言いながら、一本の矢を抜いた。
螺旋状の鏃だ。さらに、鏃部分に羽のようなものがくっついている。
『なるほどな、それで狙うのか?』
「ああ、シンプルにいく」
と、今度はロイの頭上に大穴が開き、巨大デブモグラの爪がロイめがけて突き出される。
「ッ!!」
ロイは前転で転がって回避。天井から落ちてきたモグラは、そのまま地面を掘って消えた。
速い。
ロイは矢を番えるが、ボッグワーズは地中を高速で掘り進んでいる。
だがロイは、ポツリと呟いた。
「狩人を舐めるなよ」
◇◇◇◇◇◇
ボッグワーズは、『魔性化』形態で地面を掘り進んでいた。
地中では無敵。モグラの自分が、負けるわけがない。
地中なら、他の三人の侯爵にだって負けない自信があった。
掘り進みながら、いくつか考えてみる。
「敵は人間。弓矢使い。でも聖剣に弓矢なんてなかった気がする。ならエルフ? エルフは弓を使うけど聖剣士には及ばない。なら何だろう?」
得体が知れない。
もしかしたら、この場で自分が戦うのは得策ではないかもしれない、そう思えてきた。
まず、クリスベノワに報告。そしてパレットアイズの指示を貰う。
もしかしたら、何かご褒美があるかも?
そこまで考え、ボッグワーズは方向転換。ロイから離れ、逃げ出した。
「ぐふ、戦略的撤退だね。今までダンジョン管理してきて、きみみたいなイレギュラーは初めてだし……もしかしたら、きみを舐めたから、あの二人はッッゴブ!?」
ボッ!! と、ボッグワーズの胸を何かが貫いた。
心臓を貫通して突き破ったのは、《矢》だった。
螺旋状の溝がある矢。それが、硬い岩盤を貫通しながら、ボッグワーズの元まで一直線に飛び、心臓を貫通したのだ。
「ま、ざが……ぼくが、地面を掘る音と振動で、位置を……!?」
矢が飛んで来た穴を見る───……数百メートル先には、弓を構える仮面の人間がいた。
『螺旋矢』
螺旋状の鏃で回転力を高め、『矢が刺さらないモノと肉だけを喰らう』力を込めた矢が、ボッグワーズの核を正確に撃ち抜いた。
「なん、て……にんげ、」
ボッ……と、ボッグワーズの身体に青い炎が燃える。
消えゆく意識の中、ボッグワーズは思った。
こいつはやばい。少なくとも、聖剣士ではない。
だが、それを伝えるすべのないボッグワーズは、地中で静かに燃え尽きた。
◇◇◇◇◇◇
一方、エレノアたちは。
突如として発生した大量の魔獣たちを、ひたすら倒していた。
最初こそ困惑したが───……冷静になったエレノア、ユノをメインに、バルバーとネクロムがアシストする形になっている。
これには、バルバーも驚いた。
「おいネクロム」
「……うん」
ネクロムも気付いていた。
エレノア、ユノは、財宝を見つけてはしゃいでいた子供とは別人。冷静に、持てる力をフルに使い、魔獣の対処に当たっている。
「『灼炎楼・六歌閃』!!」
バーナーブレードによる、流れるような六連続斬りで、ギガントオーガの両腕、両足を切り刻む。
「『氷華蓮・富貴菊』」
鞭剣が渦のように舞い、オーガの群れを連続で凍らせていく。
格上かと思われた魔獣が、二人の若き聖剣士によって屠られて行く。
一時は、命の危機さえあった。だが……バルバーも、ネクロムも、もう危機を感じていない。
「成長してやがる……」
「うん、急激に、今この瞬間も……」
エレノアは、しっかりと見ていた。
熱を感知する力を無意識に使い、ギガントオーガの『熱を持つ部分』を視覚に捉えている。そして、攻撃が来る部位を予測し、身体を動かし躱していた。
『熱感知予測』
人も、聖剣士も、魔獣も、身体を動かそうとすると、その部分に力が入る。その部分は《熱》を持ち、エレノアが感知することができるようになる。そこから、動きを予測する技となった。
「見える」
『……ッ!?』
「もっと見せて。もっと、もっと……今のあたしなら、全部見える!!」
ギガントオーガが全滅し、エレノアの前に現れたのは……ロイが召喚部屋で魔界貴族たちを全滅させる前、男爵級たちが最後に召喚した、この『地底宝物殿』の守護魔獣。
キリングオーガ。
土色の体躯はギガントオーガの二倍。筋力も、攻撃力も、ギガントオーガの比ではない。
だが、エレノアは引かない。
「エレノア、ずるい」
「ごめんごめん。じゃ……一緒にやろっか?」
「うん」
ギガントオーガを全滅させたユノが隣に並ぶ。
バーナーブレードと鞭剣を展開し、キリングオーガへ向けた。
「今のあたしたち、あんたのことちっとも怖くない」
「凍る? それとも、燃える?」
「当然───……どっちもでしょ!!」
『グォォォォォォォッ!!』
キリングオーガの雄叫びが、エレノアとユノの身体を叩く……だが二人は全く怯まず、キリングオーガに向けて走り出した。
◇◇◇◇◇◇
『……問題なさそうだな』
「ああ。それにしても、エレノアとユノ……桁違いに強くなったな」
『今なら、伯爵級のベルーガにも引けを取らんだろうな。だが、侯爵級を相手にするにはまだ早い……それにしても、戦いながら成長するとは、今の聖剣士は面白いな』
ロイは、ボッグワーズを討伐後に、ボッグワーズの堀った穴を通って出口を探していた。すると、ギガントオーガたちと戦うエレノアとユノを見つけたのである。
助太刀を……と考えたが、その必要はなかった。
エレノアとユノの剣が変形し、新たな技を使い戦っているのを見た。
「……」
『どうやら、エレノアの隣に立って戦うのは、ユノのようだな』
「……ああ」
『男でなくてよかったな』
「う、うるさい……あ。なんかデカいの出てきた」
『あれは、ダンジョンの守護魔獣だろう。上級魔族くらいの強さはあるが……あの二人なら、問題ないだろうな』
「……だな」
連携訓練など、していないはずなのに……エレノアとユノの息はぴったりだった。
キリングオーガは焼かれ、凍り付き、最後は二人の同時攻撃で消滅した。
『さ、帰るぞ。今から帰れば、晩飯食ってのんびり寝る時間はあるだろうさ』
「ああ」
ロイは、キリングオーガを倒して喜びあうエレノアとユノを見て、満足しながら帰路に付いた。





