湖底の遺跡『渦潮』④/魔界貴族侯爵『せせらぎ』のシタラド
絶体絶命。
このままでは、サリオスたちが全滅する。
エレノアから援護を任された以上、見殺しにはしたくない。だが……ここで攻撃をすれば、ロイの存在が完全に露見する。
それだけは避けたかった。
「くっ……ロスヴァイセ、逃げる方法は?」
「……難しいですねぇ」
ロセは、右腕が食い千切られている。
エクレールは、小型ケルピーが飛び掛かってくるたびに切り刻んでいたが、水に触れると一瞬で回復してしまう。攻撃を躱してはいるが、細かい傷が増えていた。
ポマードは、暴れるサリオスを押さえながら必死にこの状況をなんとかしようと考えている。
ロイは、歯噛みした。
(デスゲイズ、一つだけ策がある……かなり綱渡りで、うまくいく保証もない。でも、もしかしたら……殿下たちを助けて、魔界貴族を倒せるかも)
『何?……いいだろう、聞かせてみろ』
ロイは、たった今思いついた作戦をデスゲイズに話す。
すると案の定、デスゲイズは渋った。
『……うまくいく可能性は三割もないぞ』
(でも、これしかない。俺は……殿下を、見捨てたくない。頼むデスゲイズ、やらせてくれ)
『…………わかった。その賭け、我輩も乗ろう』
ロイは、さっそく作戦に移ろうとする……が、ロセが出血多量でフラフラしている姿を見た。
◇◇◇◇◇
久しぶりに、ダメージを受けた。
ロセは、斧を握る手が震えていることに気付く。そして、大した重さではないと思っている『地聖剣』がやけに重く、放り投げたい気持ちになった。
だが、ここで倒れるわけにはいかない。
「ロスヴァイセ、こうなったら……どんな手を使ってもいい。ここから逃げるぞ!!」
「ええ……できれば、ね」
エクレールも、ロスヴァイセの顔色を見て舌打ちしたくなった。
右腕の消失からの出血多量。こうして、斧を振れるだけでも奇跡に近い。
ロスヴァイセだからこそ、意識を保ったまま斧を振れるのだ。
「クソが……!!」
そして、サリオス。
何もできない自分が悔しくて、涙を流していた。
◇◇◇◇◇
ロセを助けたい。
サリオスは、歯を食いしばって涙を流していた。
足手まとい。暴れることしかできず、ポマードに迷惑をかけている。
自分は未熟だ。
小型ケルピーがロセとエクレールを襲っているのに、何もできない。
でも、諦めたくない。
「はぁ、はぁ……っぅ」
「ロスヴァイセ!!」
そして、ついに……ロスヴァイセの手から、『地聖剣』が離れ、崩れ落ちた。
そんなロセに、小型ケルピーが襲い掛かる。
「う、ァァァァァァァァァァっ!!」
「殿下ッ!?」
「ボクは、ボクは───……諦めたく、ないんだァァァァァァァァァァ!!」
ポマードの手を払い、サリオスは走り出す。
ロセを、守りたい。
心優しい、生徒会長を守りたい。
「頼む、光聖剣サザーランド!! ボクに、力を!!」
ピキリ───……と、サリオスの願いに応えるように、光聖剣サザーランドの柄が割れる。
そして、刀身に真っ直ぐな亀裂───いや、分割する。
サリオスは悟った。
剣が、応えてくれた。
「『光聖剣・第二形態』!!」
サリオスは、割れた柄をそれぞれ左右の手で掴む。
刀身が割れ、それぞれ片刃剣となり、サリオスの手に収まった。
しっくりくる。そう……これが、サリオス本来のスタイル。
「に、二刀流───」
ポマードがそう呟くと、サリオスは高速で左右の剣を振り、ロセに襲い掛かる小型ケルピーを切り刻んだ。
バラバラになった小型ケルピーが水中に落下。瞬く間に復活する。
だが、サリオスは両手の剣をクルクル回転させ、ロセの前に立った。
「サリオス、くん……」
「ロセ会長。あなたは、ボクが……いや、オレが守ります!!」
「ふふ、変形……使えるように、なったんだ」
「はい!!」
光聖剣サザーランドは、両刃の剣。
だから、サリオスはサザーランドに選ばれた時、本来のスタイルを封印した。
そう、サリオスは本来、二刀流の聖剣士だ。
「さぁ来い!! 全て、切り刻んでやる!!」
◇◇◇◇◇
(殿下……やるじゃん)
かつて、ロイを陥れようと見張り塔に閉じ込めたと告白してきた。
卑怯な男。見てくれだけはいいヤツ。そんな風に思っていたが……今のサリオスは、カッコいいと素直に思えた。
二刀流。サリオス本来の型。
『なかなか様になっている。なるほど……あのガキ、本来は二刀流なのか』
デスゲイズも認めた。
サリオスは、高速で剣を振るい、エクレールの分まで小型ケルピーを刻んでいる。
だが、小型ケルピーは水面に落下すると、すぐに肉片同士がくっついて元の姿に戻る。
それでも、サリオスは止まらない。
生きる可能性がある以上、最後まで諦めない。
ロセの前に立ち剣を振るう姿に、ロセは胸がときめいた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
(殿下───……)
ロイも、覚悟を決めた。
そして、矢筒から一本の矢を抜く。
「大罪権能『暴食』装填……喰え、『魔喰矢』」
漆黒の、鏃が魔獣の顔みたいな矢だ。
それをデスゲイズに番え、呼吸を整える。
『わかってるな?』
「ああ」
ロイは、チャンスを狙う。
すると、聞こえてきたのはシタラドの声。
『土壇場での双剣、見事だね。でも……ケルピーを倒せない以上、どうにもならないよ?』
「くっ……」
『さぁ、幕引きだ』
シタラドの命令で、巨大ケルピーがサリオスめがけ、水面から飛び出した。
大きな口を開け、ギラギラした牙がサリオスを喰らおうと鈍く輝く。
だが、サリオスは双剣を構え、諦めなかった。
そして───……。
「───喰らえ」
ロイの矢が放たれ、『魔喰矢』がケルピーの横っ腹に命中。ケルピーは真っ二つになり、矢はそのまま次の部屋に繋がる扉を破壊した。
「「「「…………え」」」」
『……は?』
最初に反応したのは、ポマードだ。
「っっ、逃げるぞ!!」
次の部屋の扉が破壊されたことで、逃げられる。
サリオスはロセを担ぎ、エクレールとポマードは部屋に飛び込む。
そして、エクレールは胸の谷間に手を突っ込み、小さな紫色の宝石を取り出した。
「それは……?」
「脱出石。ダンジョンにいくつか設置されてる、脱出用の石だ。こいつに魔力を送ると───……」
エクレールの周囲が輝き、ポマード、サリオス、ロセの身体が光に包まれ、完全に消失した。
残ったのは、水面を優雅に泳ぐケルピーと、小型ケルピー。
『なんだよ』
部屋に響くのは、シタラドの声。
『なんだよ、なんだよ今の!? 誰だ!? そこにいるのは誰だ!?』
当然、誰もいない。
すると、天井がブチ抜かれ、顔中に青筋を浮かべたシタラドが現れた。
「ふざけやがッテ……!! せっかく、セッカク……アァァ!! せっかく、聖剣士ヲォォォォォx!! クソがァァァァァァッ!!」
シタラドの風貌が変わる。
顔中に鱗が浮かび、筋肉が盛り上がり、皮膚が青く変色する。
手が水掻きになり、眼がギョロっと大きくなり、口には牙が生え変わる。
半魚人。シタラドは、無意識に『魔性化』の封印を解いていた。
「許さネェ……オレが、オレが直々
ジュボッ!! と、シタラドの胸に大きな穴が開いた。
シタラドは「?」と自分の胸を見て、心臓が消失していることに気付く。
そして、自分の身体が青い炎に包まれ始めたのを見て、愕然とした。
「な、な、ナ……ナン、で」
『賭けは我輩たちの勝ちだ』
デスゲイズの声───……は、ロイにしか聞こえない。
ロイも、姿を現さない。羽虫よりも小さな気配で部屋にいたのだ。
『脱出口を作り、サリオスのたちを逃がす。そして、怒り狂ったシタラドが部屋に来た瞬間に、心臓を討つ……かなり綱渡りだった。サリオスたちが扉を破壊した時点で脱出しなくてもアウト、シタラドがこの場に現れなくてもアウト。成功率の低い策だったが……勝ったな』
「…………」
シタラドは、胸を押さえ水面に落ちた。すると……シタラドが使っていたはずのケルピーが、シタラドの肉を貪るように全身に喰らいつき始めたのだ。
『あ、あ、ぁぁぁ……パレットアイズ、様ぁ』
最後の力で、水面に手を伸ばしたシタラド。
だが、その手は青い炎に包まれ、灰も残らなかった。
シタラドが完全に消滅したのを見届け、ロイはステルスローブの迷彩を解き、仮面を外す。
「…………あ、あぶなかったぁ~」
ロイはようやく力を抜き、その場にしゃがみ込んでしまうのだった。





