湖底の遺跡『渦潮』②/ロイの援護
「ぶっへぁぁぁぁぁ!! うぉげっ……っぶはぁ、はぁ、はぁ!!」
『よくやった。なかなかの回転っぷりだったぞ』
「うる、せ……」
サリオスたちが水のダンジョン『渦潮』に飛び込んでから十分後……ロイは、聖剣騎士たちのいない湖の反対側から飛び込んだ。
飛び込むまで、かなりの勇気が必要だった。
『早く飛び込まないと見失うぞ』とデスゲイズが言うので、意を決して飛び込んだ。
水中で渦潮に巻き込まれ、きりもみ回転しながら湖底へ。
上下左右がメチャクチャになり、視界に見えたダンジョンに泳いで到着……気が付いたら、水のダンジョン『渦潮』に到着した。
息も絶え絶えに、ロイは立ち上がって首をブンブン振る。
「し、死ぬかと思った……あぁもう、二度とやりたくない」
『安心しろ。行きはともかく、帰りは『転移』の魔法がある」
「そりゃどうも。で……ここが『渦潮』か」
水のダンジョン『渦潮』
外観は、火のダンジョンと似ている。湖底にあるのに明るく、空気がある。
いつまでも入口にいるわけにはいかない。
「『黒装』」
ローブと仮面を装備。ローブのフードを被り、手に魔弓デスゲイズを持つ。
「デスゲイズ。火のダンジョンで見た、ダンジョン内を把握する魔法の絵だけど……」
『あれは、『投影魔法』だ。ダンジョン内に住む『スコープバット』というコウモリの視界を利用して、魔法で映している。いいか、ダンジョン内にいるコウモリに気を付けろ……仕留めるのではなく、気づかれるな』
「了解……じゃあ、狩りの時間だ」
スゥー……っと、ロイの気配が消える。
ステルスローブに魔力を送ると、周囲の景色と同化する色に変わる。
ロイは足音を消しつつ、ダンジョン内に侵入した。
◇◇◇◇◇◇
「昨日は様子見でしたけど……今日から本格的な攻略、ですよね」
「そうねぇ。サリオスくん、ダンジョンにすぐ順応したし、魔獣と戦いつつ、ゆっくり先に進みましょうか」
「は、はい」
「ククッ、ロスヴァイセ、すっかり保護者じゃねぇか」
聖剣騎士団『雷』部隊長のエクレールが茶化すと、ロセはムッとする。
「もう、エクレールさん。エクレールさんもお姉さんなんだから、ちゃんとサリオスくんのこと指導してあげてよ!」
「アタシ、そういうの向いてねぇから任せるぜ。な、ポマード」
「ボクはちゃんと指導するけどね」
ロセを先頭に、後ろにサリオス、エクレールが真ん中で、後部にポマードという陣形だ。柔軟な対応ができるロセ、その補佐にサリオス。真ん中にはエクレールで、マッパーや道具運搬の騎士を守り、殿はポマードだ。
サリオスは、緊張しているのか、何度も深呼吸を繰り返す。
すると、大きなドアの前に来た。
「……ここは」
「ここからが、本当の『渦潮』だぜ」
エクレールがニヤリと笑い、収納から『籠手』を取り出し装備する。
ただの籠手ではない。紫色に鈍く輝き、手の甲部分に『剣』が取りついていた。
籠手の剣とでもいうのか、初めて見る武器にサリオスは視線が釘付けだった。
ポマードは水色の大剣、ロセはそのままだ。ロセの武器は大きすぎるので、場所を選ぶ。
ロセがドアを開けると、その先に待っていたのは。
「な……なんだ、これ」
広い空間には、大量の水が満たされていた。
サリオスたちのいる場所から奥に、手すりのない一本橋がかけられている。
そして、水は激しくうねり、渦潮が出来ていた。
「この橋を渡って、向こう側に行きます。いい? 最初にここまで来た渦潮と違って、これから先の渦潮に飲まれたら、もう上がってこれないから」
「は、はい」
「それと、当然……」
すると、渦潮から全長1メートルほどの、青い鱗を持つ『魚』が飛び出した。
デカい。そして、口が大きく牙が生えており、どう見ても肉食だ。
エクレールは「へっ」と笑う。
「ここに出て来るのは、ああいうキモいクソ魚魔獣だ。一本橋を渡りつつ、魔獣をブチ殺しながら進む。先に進めば進むほど一本橋は狭くなるし、途切れていたり、迷路みたいになっている。当然、地面は水で満たされ渦潮だらけ……落ちても死ぬ、クソ魚に喰われても死ぬと、やべーくらいクソ面白いダンジョンだ」
「…………」
サリオスの顔が青くなる。
すると、ポマードが眼鏡をクイッと上げた。
「ま、大丈夫さ。ボクたちがいるし、気楽に行こう。サリオス殿下、きみはとにかく経験が足りないから、率先して魔獣と戦ってくれ」
「は……はい!!」
「じゃ、行きましょうか~」
ロセが『地聖剣ギャラハッド』を収納から出し、持ち手を折り曲げる。すると、両刃斧が分離して片刃になり、まるで大剣のようになった。
これなら、邪魔にならない。
ロセが一本橋を渡り始めると、いきなり水面から肉食魚が飛び出し、ロセに襲い掛かって来た。
「会長!! ───……えっ」
ジュボッ!! という肉が叩きつけられるような音がした瞬間、肉食魚は粉々になり水面に落下……他の肉食魚たちが一斉に群がり出した。
「な、何が……」
「今のが見えねぇなら、まだまだ修行不足だな」
「うわっ!?」
エクレールがサリオスと肩を組む。いきなりで驚くサリオスだが、エクレールは真面目に言った。
「あいつ、ドワーフとのハーフって聞いたか?」
「は、はい」
「ドワーフはな、怪力の種族なんだ。あいつは見た目は人間寄りだけど、胸と筋肉だけはドワーフなんだよ。あの斧をあれだけの速度で振り回せる奴は、歴代でもロスヴァイセだけだ」
「す、すごい……」
「まだ『能力』も『魔法』も使ってねぇ。ククク、マジで頼りになる七聖剣士サマだぜ。なぁ?」
「…………」
ロセの背中は、誰よりも頼もしく見えた。
◇◇◇◇◇◇
(とんでもないな……)
エレノアから生徒会長ロスヴァイセのことを聞いていたロイだが、援護など必要ないくらい、ロセは強かった。
現在、ロイは一本橋の手前の壁にぴったりくっついている。
ロセたちは気付いていないが、部屋の隅や、部屋を照らすいくつもの松明の影に、直径五センチほどの小さなコウモリが大量に潜んでいるのを、ロイは見逃さなかった。
声も出せず、ヘタに援護もできない……が、それは普通の狩人の場合だ。
ロイは『音無矢』を三本抜き、一本を番えてゆっくり歩きだす。
足音はゼロ。気配も完全に消え、物陰に隠れているスコープバットですら気付かないほど周囲に同化していた。
『いいか、スコープバットは殺すな……ここの管理者である『せせらぎ』のシタラドは、四人の侯爵の中で最も頭脳明晰だ。僅かな違和感で、お前のことを察知するかもしれん……それに、シェリンプの死は間違いなく伝わっている。この先も、どうなるかわからん』
そうですかい。
ロイはそう思い、なぜか笑っていた。
こんな緊張感は、久しぶりだった。
いつもの狩りより、遥かに獲物が近い狩りと同じだ。
見つかればどうなるか? 魔界貴族はもちろん、もしかしたら聖剣士たちからも『敵』と認定されるかもしれない。
デスゲイズのことも、バレる。
(…………)
『……何を笑っている?』
ロイは、声を出さずに口を動かした。
こんな緊張感は久しぶりで……すごく楽しいんだよ。
そう呟き、ロイは弓を構えた。
「サリオスくん、そっちお願い!!」
「はい!!」
水中から飛び出してきた肉食魚を、サリオスは光聖剣サザーランドで斬る。
肉食魚は水面にドボンと落ち、ぷかぷか浮く。だが、ロイはその魚がまだ動いているのを見逃さず、サリオスが傷付けた断面に『音無矢』を貫通させる。
矢は、貫通すると同時に一瞬で消えた。
(この距離なら、まだ気にしなくても大丈夫か)
矢筒に手を伸ばし、掴んだのは『透明な矢』だ。
『姿隠矢』という、自身の姿を喰らい存在を消した矢。視認できるのはロイだけという、『暴食』の一つ。
『いい選択だな』
デスゲイズが褒める。
ロイは答えず、サリオスが斬った肉食魚に、透明な矢を叩き込む。
斬られ、着水と同時に矢が叩き込まれ、沈むと同時に消えるので、まさか背後から射手が弓で援護しているなぞ、ロセはもちろん、エクレールとポマードも気付いていない。
「やるじゃねぇか!! 一太刀で斬り伏せるとはよ!!」
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!!」
「サリオス殿下。無茶はせず、無理だと思ったら下がりなさい。何のためにボクらがいるのかを考えて」
「は、はい!!」
「ふふ、サリオスくん、がんばってね~」
サリオスにも、いい修行になっている。
ようやく反対側に到着し、ロセが次の部屋へのドアを開け、全員が中に入り、ドアが閉まる瞬間にロイも身体を滑り込ませた。そして、近くの壁に寄り掛かり、ほんの少しだけ息を吐く。
「……ま、また一本道」
「こういうのがいくつも続く。難易度もハネ上がっていくぜ」
「…………」
「まだまだ先は長い。サリオス殿下、無理だと思ったら言うように」
「は、はい……」
「じゃ、張り切って行きましょうか~!」
ロセの合図で、一行は再び一本橋を渡り出す。
ロイは、周囲を警戒しつつ内心で思った。
(これ、かなり時間かかりそうだ……)
水のダンジョン『渦潮』の攻略は、まだ始まったばかりである。
 





