侯爵級の管理人
五大ダンジョン。
それぞれ、地、水、火、風系統の魔獣が出現するため、『エレメンタル・ダンジョンズ』や『地水火風ダンジョン』など、多くの呼び名がある。
『快楽の魔王』パレットアイズの配下である四人の侯爵級が管理するダンジョンで、このダンジョンの一番の目的は『パレットアイズを楽しませる』ことであった。
現在、四人の侯爵は、『火』を司るダンジョン『業火灰燼』に集まっていた。
「初めてよね、こうしてひとつの国に、あたしたちのダンジョンが集まるの」
この『業火灰燼』の管理者。魔界貴族侯爵、『断鋏』のシェリンプが煙管片手に言う。
長い緋色のツインテールが揺れ、露出の多い緋色のドレスから覗く足は、なんともなまめかしい。
だが、そんな美貌に一ミリも関心のない、水属性のダンジョン『渦潮』の管理者。
魔界貴族侯爵、『せせらぎ』のシタラドが眼鏡をクイッと上げる。
「状況など、どうでも構いません。我々がすべきことは、主であるパレットアイズ様を楽しませること。つまり、聖剣士たちを罠にはめ、苦しむ様を見せることです」
すると、初老の男性が挙手。『地』のダンジョンを管理する魔界貴族侯爵、『財宝』のボッグワーズが、モジャモジャの髭を触りながら、ぽっこり出た腹もサワサワ撫でながら言った。
「あのあの、こんかいの『財宝』……自信作なんですよ。もふふ……その、人間たちの手に渡ったら、厄介になる武器とか防具もあるかも」
「ハ、問題ねぇし」
机に脚をドカッと乗せたのは、パンクファッションの短髪少女。
魔界貴族侯爵、『荒巻』のザオレンだ。
「小デブの作る道具で、オレらがピンチになったことなんてねぇだろ。ンなことより……なんでパレットアイズ様は、トラビア王国に全部のダンジョンを出現させたんだ?」
「……なんでも、ササライ様の配下が、目覚めて間もない聖剣士に敗北したそうよ。『伯爵級』を、目覚めて間もない聖剣士が倒すなんて、信じられない話だけど……」
「ケッ……どうせ伯爵級でも下の下のクソだったんだろ。魔族のクソ面汚しめ」
ザオレンは椅子に寄り掛かり、ギーコギーコと揺れる。
すると、ダンジョンに設置する財宝の一手を任されているボッグワーズは、ザオレンを見ながらムスっとした。
「ザオレンさん。毎回言いますけど、ぼくの財宝を侮らないでくださいよ」
「へいへい。でもよ、人間もクソ間抜けだよな。ボッグワーズの『財宝』をいくつか持ち帰ってるはずなのに、それらが人間の世界で流通することがほとんどないんだからよ。一部のクソ権力者だけが、クソ自分を守るためだけに隠し持ってるっつーのがクソ現状だ。ほんと、救えねぇ……さっさと狩り殺して食っちまえばいいのに」
ザオレンの尤もな意見に、シタラドは苦笑した。
「ははは。ま、人間なんてそんなもんさ……危険だとわかってもダンジョンに来る理由の一つが、その欲望の深さだからね」
と、四人が話をしていると……一人の老紳士が、部屋に入って来た。
「皆さん、お揃いのようで」
「よう、クリスベノワ。相変わらず最後に現れるのが好きな奴め」
洗練された紳士服の上からでも、鍛え抜かれた肉体をしているのがわかる。
白い髪をオールバックにしており、帽子を取ると短いツノが二本見えた。
口元には立派な鬚が蓄えられ、ステッキを片手に持つ六十代半ばの老紳士が、四人のいるテーブルに近づき、空いた椅子に座る。
魔界貴族公爵、『討滅』のクリスベノワ。
パレットアイズ最強の配下が、椅子に座ると葉巻を取り出し吸い始めた。
「ん~~~……やはり、トラビア原産の葉巻は美味い。煙草を作る技術……これだけは、人間を認めないといけません。他にも、オースト帝国産の麦酒は至高の一品……くやしいですが、魔族には真似できない」
クリスベノワは、美味しそうに葉巻を吸う。
すると、ザオレンが煙を手で払いながら言った。
「クリスベノワ。パレットアイズ様の様子は?」
「んん~……相変わらず、お菓子三昧さ。ダンジョンに挑戦する聖剣士達を、心待ちにしているよ」
「そうかい。へへへ……最高のショーを見せてやろうぜ」
「当・然」
クリスベノワは葉巻を灰皿に捨て、四人に言う。
「さて、人間たちの動向だが……どうやら、聖剣騎士団と、聖剣レジェンディア学園の生徒を投入して攻略するようで……今までと違うのはやはり、人手不足でしょうなぁ」
「おいおいおい。他の国は何してんだ?」
「どうやら、非協力的のようで」
「……憐れ、ね」
シェリンプがクスっと笑う。
ボッグワーズは「財宝、いちおう予備も用意したけど……いらなかったかな」と呟いた。
クリスベノワは、意味なく指をパチンと鳴らす。
「我々がすべきことは一つ。我らが主、パレットアイズ様を楽しませるために、人間を出迎え楽しく遊ぶことだけ……うむ、いつもと変わらんな」
四人の侯爵と、一人の公爵が動き出す。
快楽の魔王パレットアイズの配下が動き出した。
そして、聖剣騎士団も動き出す。
数年に一度現れる、『快楽の魔王』パレットアイズのダンジョン。聖剣士たちの戦いが始まった。
◇◇◇◇◇◇
ロイは、お昼休みにオルカと一緒に中庭でパンを食べていた。
「な、な!! ダンジョン、ダンジョン知ってるよな!! いやー……まさか、ダンジョンがトラビア王国の周辺に五つも現れるなんてよ!!」
「テンション高い。あと唾飛ばすなよ」
オルカは「おっと失礼」と言い、パンを飲み込んでお茶を一気飲みする。
「っぷは……で、ダンジョンだよダンジョン。知ってるか?」
「まぁな。ってか、俺の目の前で現れたし」
「目の前?」
「ああ。街道歩いてたら地震起きて、いきなり地面が割れて出てきたんだ」
「すっげー!! いいなぁ~」
「よくない。死ぬかと思ったぞ」
学園内でも、ダンジョンの話題で持ち切りだった。
ダンジョンの脅威を知らない一年生にとって、ダンジョンの出現という非現実的な話は、恐怖や不安よりも興味や噂などが上回っている。
現に、オルカは言う。
「ダンジョン内にはお宝が山ほどあるってよ!! 金銀財宝もあるみたいだし、噂によるとダンジョン攻略に挑んだ聖剣士が見つけたお宝、部屋いっぱいの金貨だったらしいぜ。今、その聖剣士は剣士を引退して、一等地に屋敷を買って住んでるとか」
「へぇ~……」
『不可能ではないな。人間の金貨、銀貨程度、魔族なら無限に作り出せる』
立てかけてあるデスゲイズが言う。
ダンジョンの話は、デスゲイズから聞いていた。
「ダンジョン。数年、数十年に一度、世界各国に突如として現れる、快楽の魔王パレットアイズの仕掛けた罠か……」
パレットアイズは、ダンジョンに挑戦する聖剣士たちを見て楽しんでいる。
当然、ダンジョン内で命を落とす剣士もいれば、財宝を抱えて戻ってくる剣士もいる。
正直なところ、あまり害を感じない魔王だとロイは思っていたが。
『パレットアイズの邪悪なところは、数十年かけて聖剣士たちがダンジョン慣れしたところで、一気に絶望に叩き落すほどの高難易度ダンジョンを設置するところだ。挑戦した聖剣士たちが全員、四肢をバラバラにされ、どこかの国の城下町に降り注いだこともあるぞ』
「…………」
デスゲイズの話は、食事中に聞くものではなかった。
すると、中庭がざわついた。振り返ると、ユノとエレノアが一緒にこちらへ向かってくるところだった。
「やっほ、ロイ」
「よ、エレノア」
「やっほ、ロイ」
「ユノも一緒か」
エレノアの真似をするユノが、どこか小動物のようで可愛いかった。
オルカが「オレも、オレもいるよ」とエレノアにアピールして「はいはい」とあしらわれている。
その隙に、ユノはロイの隣に座った。
「ロイ、わたし……ダンジョン行くことになった」
「……え?」
いきなりユノが言ったことは、ロイにとって驚くべきことだった。





