生徒会長ロスヴァイセ・ストレイテナー
ロイは、一人で森の中にいた。
学園が終わると、買い食いに誘うオルカに謝り、速攻で森に来たのだ。
「『黒装』」
ローブ、仮面を装備し魔弓デスゲイズを握る。
いつになくやる気満々のロイに、デスゲイズは言う。
『気合が入っているな……なんだ? あの青髪の女を抱く算段でも付いたのか?』
「へし折って捨てるぞこの野郎。今日から、生徒会長がエレノアたちを鍛えるんだって。俺も七聖剣士たちを援護するって決めたし、もっと弓の腕前を上げないとな!!」
『…………』
はっきり言って、狙撃に特化した今のロイはエレノア、ユノ、サリオスが束になっても勝てないほど強い。他の聖剣士をデスゲイズは知らないが、正直なところ、真正面から戦わない限りロイが負けるとは思えなかった。が……せっかくやる気になっているので、余計なことは言わない。
『なら、実戦だ』
「え?」
『…………ちょうどいい。ククク、ここから三キロほど南に、魔族がいる』
「───!?」
『数は……四か。恐らく、ベルーガの死を確認しに来たのだろう。安心しろ、魔界貴族ではない。下級魔族が三体と、中級魔族が一体だ。強さで言えば、下級魔族一匹が、お前が以前撃ち抜いたアッシュウルフ二十頭ぶんほどだ』
「め、滅茶苦茶強いだろうが……」
アッシュウルフは、D級聖剣士が三人ほどいれば倒せる。それが二十頭となると、B級聖剣士がいないと危ういかもしれない。
ロイはゴクリと唾を飲むが、デスゲイズは言う。
『真正面から戦うのはお前の役目じゃない。お前、群れに対しての狩りは経験がないのか?』
「いや、あるけど」
『なら、やれ』
「……わかった」
スゥー……っと、ロイの気配が変わる。
狩りをするために、狩人となる。
たった今まで弱音を吐いていた子供とは思えない変貌っぷりに、デスゲイズは驚いていた。
『ロイ。いい機会だ……お前に、魔族を教えてやる』
ロイは、デスゲイズが指示する方向に向かって走り出した。
◇◇◇◇◇◇
魔族。
姿形こそ似ているが、人間とは全く違う種族である。
魔族は、心臓付近に『核』と呼ばれる命の結晶があり、これを破壊されない限り、首を刎ねても、頭を潰しても死ぬことはない。
魔族は、人間より遥かに高い魔力を持ち、地水火風光闇雷全ての属性に適性を持つ。魔力量はざっと人間の数百倍……魔法の撃ち合いで魔族が人間に負けたことは、人間と魔族の歴史が始まってから一度もない。
魔族には、以下の等級がある。
下級魔族。中級魔族。上級魔族。最上級魔族。
最上級魔族の上に、『爵位』を与えられた強大な力を持つ魔族、『魔界貴族』がいる。
男爵級、子爵級、伯爵級、侯爵級。そして、四人の魔王が一人ずつ抱えている『公爵級』だ。公爵級は四人しかいないため、『四魔公爵』と呼ばれ、魔族から尊敬、羨望されている。
魔界貴族は、それぞれ固有の能力を持つ。
魔族は固有の能力を開発して、魔王に挑む権利を得ることができる。
魔王に認められ能力に『名前』を付けられ、爵位を与えられた瞬間に魔界貴族となる。
『───と、こんなところか』
「魔界貴族か……俺が撃ち抜いたやつは『伯爵』だっけ?」
『ああ。魔界貴族の中でも弱い部類だな』
「弱い部類って……男爵、子爵は?」
『もっと弱い。まぁ、模造聖剣士どもは苦戦するだろうが、戦えないほどではない。問題なのは、侯爵級以上の魔族だ……こいつらは全員、今のお前でも苦戦する』
「……倒せるとは思わんけど」
『ははは。今の、お前ではな。忘れたか? 我輩の権能を使いこなせれば、魔王だって倒せるのだぞ?』
「じゃあ、はやく他のくれよ」
『ダメだ。物事には順序がある。まずは、『暴食』を完全に使いこなせ。まだ『魔喰矢』……肉と魔力を食う矢しか撃てないだろうが』
「他にもあるのか?」
『ああ。暴食は何でも喰らう。その意味をよく考えるんだな』
「むぅ……」
走りながらの会話だ。
一キロほど走り、森の入口でロイは急停止。
近くの藪に飛び込むと、マントと仮面が藪と完全に同化した。
「…………いるな」
『見えるのか?』
「ああ。平原の街道を……四人で歩いてる。面倒だな、遮蔽物がない、完全に開けた場所だ」
万象眼を使わずとも、二キロ圏内ならロイの魔力操作で向上した眼で確認できる。
デスゲイズは言う。
『狙いは心臓だ。仮面に魔力を多く注いでみろ』
「……おっ」
仮面ごしに見た魔族の心臓付近が光って見えた。
『それが核の位置だ。いいか、頭でも首でもない、核を狙え』
「わかった」
『だが……どうする? 一人射抜けば、間違いなく残りは警戒するぞ』
「簡単だろ」
ロイは矢筒から、重量のある『ダムライド』という金属製の矢を四本抜く。
先端が鉛色で、鈍い輝きをしていた。
『それは?』
「鉄芯鋼加工がしてある矢。簡単に言うと、鏃に鋼の芯を入れて、貫通力を高めた矢だ。これ一本金貨一枚するんだけど、お前のおかげでいくらでも出せる」
『ふむ、なかなか面白いな……で、それで狙うのか?』
「ああ」
ロイの眼がスッと細くなり、四人で並ぶ魔族に注目する。
デスゲイズは黙り込む。ロイは静かに矢を番え、確認した。
「本当に魔族なんだな? 見た目はどう見ても普通の人間だけど……」
『我輩が間違えるとでも?』
「…………わかった」
ロイの呼吸が止まった。
狙いを定めている。
十秒、二十秒と呼吸が止まっている……が、ロイの表情は一切変わらない。
おかしい。
いつもよりタメが長い。だが、汗も掻かずに何かを狙っている。
一分が経過し、さすがに声をかけようとした瞬間。
「───きた」
矢が放たれた。
二秒後、ロイは静かに言う。
「よし、命中」
確認したデスゲイズは驚愕した。
『ま、まさかお前……た、たった一本の矢で、四人同時に!?』
「ああ。四人は前後に並んで歩いてたから、四人の心臓の位置が合わさる瞬間を待ってたんだ」
『…………ッ!?』
ロイは当然のように言い、眉をひそめた。
「おいおい、身体が青く燃えて……き、消えたぞ」
『あれが魔族の死だ。魔族は核が損傷しない限り、何千年も生き続ける。核が破壊された魔族は、青い炎に包まれて灰すら残らずに消える』
四人の魔族は青い炎に包まれ、完全に炎が消えると何も残らなかった。
ロイは、ポツリと言う。
「青い炎……不謹慎かもだけど、綺麗な色だな」
『…………』
デスゲイズは改めて思う。
ロイ・ティラユール。この少年の弓技は、魔王ですら射抜けると。
◇◇◇◇◇◇
一方そのころ。
エレノア、ユノ、サリオスの三人は、聖剣レジェンディア学園第一訓練場に集まっていた。
第一訓練場。ここは、七聖剣士しか使うことのできない特殊な訓練場。
通常の訓練場よりも頑強な造り、とエレノアたちは聞いている。
現在、ここにいるのは三人だけだ。
「……遅いな」
サリオスがそう言うと、ユノがウンウン頷く。
約束の時間から、十五分以上経過している。なのに、生徒会長は来ない。
それからさらに十分後、ようやく来た。
「ごめんなさぁ~~~いっ!!」
現れたのは、ユノよりも小柄な栗色のロングウェーブヘアの少女。
外見年齢は十四歳ほどにしか見えない……が、デカい。
「ごめんなさいねぇ。生徒会のお仕事、終わらなくて……約束のお時間までには! って思ってたんだけど、ぜんぜん終わらなくって……本当に、ごめんねぇ」
「「「…………」」」
どこかのんびりした少女だ。
謝っているのだが、どこかニコニコしている。馬鹿にしているのはなく、自然とニコニコ顔になってしまうようだ……が、ペコペコ頭を下げると、すごく揺れる。
「おっきい」
「こ、こらユノ!!」
ユノは、自分の胸を持ち上げながら生徒会長を見た。
サリオスはそっぽ向き、耳まで真っ赤になりゲホゲホむせている。
生徒会長の胸は、エレノアよりも大きく、制服が弾け飛びそうだった。
生徒会長は胸を押さえて赤くなり「あはは」と笑う。
「ごめんなさいねぇ。その、私のお胸、ドワーフの血のせいなのか、おっきいのよ~、もう困っちゃうわぁ」
「ドワーフ?」
「知らない? 私の故郷、オースト帝国に住む固有種族なの」
「……なるほど」
サリオスは理解した。
七つの聖剣が守る国には、それぞれ固有の種族が住む。
このトラビア王国には人間が住み、他種族を受け入れている。
オースト帝国はドワーフ、ユノの故郷であるレイピアーゼ王国にはダイアスノウという寒さに適応した種族が住む。
「私、ドワーフと人間のハーフでねぇ。お顔や身体は人間なんだけど、ドワーフの女性の特徴で、お胸が大きいのよ~」
「すごい」
「べ、別に言わなくていいですよ。うん」
エレノアが止める。
ちなみに、ドワーフは女性も髭が生え体毛が濃く、身長も酒樽程度の大きさだ。生徒会長は酒樽よりは大きいし、髭も生えていないし毛深くもない。胸が大きいというところだけドワーフに似たようだ。
生徒会長は、こほんと咳払いする。
「改めまして。私はこの聖剣レジェンディア学園の生徒会長! ロスヴァイセ・ストレイテナーです~! 『地聖剣ギャラハッド』の聖剣士でもあります。みなさん、よろしくね~!」
どこか間延びした声で、生徒会長ロスヴァイセは挨拶をした。





